火蓋
「三度目だ、その汚え足をどけろ。」
俺がそこまで言うと、ようやくグレンは呆けた状態から戻り、青筋を浮かべる。
「何だてめぇ、は?」
周りが呆けている間に、フィリアを抱え、銀の紋章を手に取って元の位置に戻る。アイツらからは一瞬にして俺の腕にフィリアが抱かれているように見えただろう。
「これはな、お前如きが足乗せて良いもんじゃねぇ。」
フィリアを下ろし、グレンの近くまで歩を進める。
「人の大事なモン踏みつけといて、ただで済むと思うなよ。」
俺が歩く先にいる取り巻きが、のけていく。正面にいるのはグレンただ一人だけだ。
「ただで済まない?笑わせるなオイ。神から捨てられた分際でよお。」
「上等じゃねえか。お前を倒すのに、神の力は必要ねえ。俺の力で十分だ。」
ここまで言えば、アイツは絶対に乗ってくるだろう。この学校の特殊ルールにして、強者が弱者を踏みにじる制度。
圧倒的に向こうが有利な土壌だ。それにこっちから乗ってやる。
「―――模擬戦だ。明日の放課後にやるぜ。そこで格の違いを見せてやる。」
グレンがそう口にした瞬間、周囲の野次馬が大歓声を上げる。処刑が見れる、強者の一方的な処刑が見れると狂騒が巻き起こる。
勿論俺に拒否権はない。アイツらは、俺が黒焦げにされて倒れ伏す光景を心待ちにしているだろう。
「そうかよ、首洗って待っとけ。負けるのはお前だ。」
後ろから爆笑が聞こえるが、無視してフィリアと共に校舎の外へ出る。…本当に胸くそ悪い学校だぜ。
「…すまねえな、フィリア。俺がもっと早く戻って来てたら…」
「…謝るのはこっちよ。家を、家族を人質に取られて、何も…私は何も出来なかった…!そして、貴方まで巻き込んで…!」
そう言うフィリアの頬を、数滴の涙が流れる。
(クソ野郎共が…、権力を盾にしやがって。)
「―――悔しいか?」
「悔しいに、決まってるじゃない…!今までやってきたこと馬鹿にされて、家族を人質にとられて…!これを足蹴にされて…!」
「その悔しさ、俺に預けてくれ。俺が明日、お前の分返してやる。」
俺がそこまで言うと、隣で泣いていたフィリアが顔を上げる。
「加護無しで、勝てるの…?」
「ああ、勝てる。一回、俺を信じてくれ。」
「…うん。」
「身分も何も関係ねえ、ただのガキを信じてくれ。」
「…うん、信じる。」
「よし。取りあえず明日だな。だけどこんな学園、来たくなかったら来なくて良い。俺は明日アイツと戦うが、その為だけに嫌な思いをするこたねえ。」
それを聞くと、フィリアは涙を拭い俺の方を見る。その瞳は涙で煌めいているが、強い意志を感じさせる。
「いや、私は辞めないわ。送り出してくれた皆の為にも。」
「…そうか。強いな嬢ちゃんは。」
「…同い年でしょ。」
「すまん、癖が出た。」
『心が折れない』のは、良い冒険者になるための素質だ。絶望的な状況でも、諦めない強さで打開できる時もある。
フィリアは、折れなかった。ならば俺も応えるのみだ。
この学園には闘技場がいくつかある。模擬戦の為でもあるし、神の加護の練習のための空間でもある。冒険者、或いは騎士団、聖職者にとって、『神の力をどれだけ扱えるか』はそのまま強さに直結する。
この学園は『冒険者養成学校』と銘打っているが、その本旨は神の加護の扱いを学ばせることである。故にこのような設備があるのは自明だ。
生徒達で自由に戦えるのもそういう点でメリットではある。…こういう所で妥当性を確保してるから、公に批判できねえんだろうな。
さて、俺は昨日の宣言通り闘技場にいる。この闘技場の作りとしてはオーソドックスなもので、円形の戦場を囲むよう客席がある。また、ご丁寧に控え室までついているので、そこにフィリアと共に座っている。
「客入りはどのくらいだ?」
「CからAまで、皆興味津々よ。何たって最初の模擬戦だもん。Sランは来てるのか分からないわ。」
「俺の負ける姿を皆期待してるってわけか、上等だ。」
そんな会話をしていると、控え室のドアが開く。姿を現すのは痩せぎすの男…ニヒトだ。
「何ですかロック君。」
ニヒトは憐れみの表情を隠さずに声を発する。今日の授業だって必要最小限しか姿を見せなかったが、日中に呼びつけておいた。
「―――お前、グレンを焚き付けたろ。アイツにフィリアの情報を流したのはお前だな?」
忌々しいことに、Cランクの連中が話してるのが嫌でも聞こえてきた。いや、聞こえるように言っていたのかもしれないが。
フィリアの家について、貴族なら調べるのも容易いだろうが、初日で知っているのは流石に不自然過ぎる。となれば、教師側の奴が情報を流したとしか思えない。
「教師に向かってお前とは。どうやら躾がなっていないらしい。」
「…質問に答えろ。」
「万が一勝てたら教えてあげますよ。」
笑いながらそう言うニヒト。俺が勝てるとは微塵も思っていないらしい。だからこそ、付けいる隙がある。
「分かった。それと、もし俺が勝てたらDランク全員に加護をくれ。」
「加護無しで勝てるとは思いませんがね。いいでしょう、勝ったらDランクに加護を得る権利を差し上げます。」
「…そんじゃ、試合が始まる。行ってくるわ。」
席を立って闘技場へ向かう。そっちが細工する気なら、こっちも遠慮はしねえ。一回見た小細工が二度と通用すると思うなよ。
熱狂が会場を包む。神の加護を存分に使える様、広く作られた闘技場には処刑を見に来た連中が大勢見に来ている。
「さて、模擬戦のルールを説明いたします。」
会場に声が響く。恐らく『伝令の神』の奇跡か加護だろう。会場の熱狂に関わらず声が聞こえてくる。
「グレン君の体を覆うものを見て下さい。この闘技場には、『神々の寵愛』という奇跡がかけられており、本人の『神秘』に応じてオーラが生じます。」
確かに、グレンの体には赤いオーラが纏われている。大きさは、体を囲うように一歩分てとこだ。それは炎の様に揺らめき、絶えず形を変えている。
「皆さん知っているとは思いますが、『神秘』については後程授業でやりますのでここでは後回しに。ひとまず、加護を受けている方は本体のダメージをオーラが肩代わりしてくれます。」
そう言って俺の方に意識を向ける観客。無論俺の周りにそのようなオーラはない。それを確認すると会場が笑いに包まれる。
「加護を受けている人はこのオーラが見えなくなったら負けです。」
「せんせー、最初から神に愛されてない人はどうするんですかあ?」
わざわざ質問の声までデカくしやがって。寵愛を受けられない奴は最初っから神に見放されてるってか?
「その場合はいつ終わっているか分かりませんので、死ぬか気絶を目安とします。まあ、情けなく降参という手もありますが。」
会場が爆笑の渦に包まれる。…中には、笑わずこっちを見てる奴が極少数いるな。クラスメートと、俺の実力に気づいてる奴。となると、アレがSランクか。
「それでは、試合を開始したいと思います。」
「逃げるなら今だぜ、加護無しが。あんな親無しを庇いやがって。」
「―――黙れ。もうお前は口を開くな。」
「―――試合開始!」
本来『寵愛』は防御用の奇跡ですが、学園は「一応の」安全の為に強制付与させます。