火種
「何とか言えよ!」
はい。そういう訳で目の前のグレンくんが吠える学園に来ています。貴族相応の教育を受けているとはいえ、身のこなしから見るに指一本で勝てそうだ。
(落ち着け俺の平常心…!コイツはガキだ、ここで怒っては先が思いやられる。ここは、愛想笑いで誤魔化そう。)
「すまん。よそ見してたわ。」
「敬語を使えやDランクが!」「失礼だろ!?」「グレンくんに謝れよ!」
そう言うと、俺の胸を突き飛ばし去って行くグレン。小太りだからかお握りが歩いてる様に見えるな。傍らには金魚の糞のお付きが二人。
(ぶち殺してやろうか此奴ら。というか…もしかして、この環境に3年?堪忍袋のスペアあったかな…)
背筋がスーッと寒くなる。力を解放して暴れるのは簡単だ。だがその場合、女王の悪目立ちするなという言葉に反するし、ワルプルギスが尾ひれ背びれつけて悪評を触れ回るに決まっている。
ここは我慢だ。我慢我慢…!
「あの、大丈夫?」
必死に怒りを抑え込んでいると、後ろから声がかけられる。快活そうで、少し高めの女の子の声だ。
「ああ、大丈夫だ。イラつくがな。ありがとうな嬢ちゃん。」
「嬢ちゃんって、同い年じゃない。Dランク同士仲良くしましょ。」
さっきからDランクDランク言ってるのは、この学園特有のクラス分けが理由である。
ひとまずは入試の成績でクラス分けが行われ、そこから諸々行事を経て変動する。
上級生を見る限り普段はCBASの4段階に分けられる様だが、今年は何故かDランクが新設されている。
…あ、入試の成績はドベでした。実技100点筆記100点、6割が合格ライン。実技で90点、何とか筆記で29点を取り、ギリギリで入った。え?6割に足りてないって?だからドベなんだよ。
「すまん、つい癖でな。俺はロックだ。あー、君は?」
「私はフィリアよ。よろしく。」
フィリアと名乗ったその少女は、長い紅毛をなびかせながら挨拶する。笑顔で挨拶してくれているので、格式を気にする貴族とは違った印象を受ける。
「フィリアは貴族出身なのか?」
「ん?私は教会出身なの。」
そう言って銀色の紋章を胸から取り出すフィリア。手にすっぽり入る位の小さなサイズである。
あれは確か…炎の女神の紋章だったな。先程グレンが使った奇跡は炎の男神のものだ。
前にも述べたが、この国、というか世界には『伝承教会』という組織が存在する。その下位組織として、個人が『教会』を経営する時がある。
一応誰でも、各々の神の聖書を読み解けば奇跡を使うことができる。なので、伝承教会の下、それを民衆に広めるのが『教会』だ。
「珍しい神様信仰してるな。女神の方だろそれ。」
「マジで!?知ってるんだこの神様!マイナーだから嬉しいわ。」
そう言うと、大層大事そうに懐にそれをしまう。確かに炎の女神はマイナーだが、神様については神核が体に入ってたら嫌でも詳しくなるわ。
「大事なものなのか?その銀の紋章。」
「うん!神父様が、『門出の祝いに』ってくれたのよ。教会の子供達からのメッセージも入ってるわよ。」
心底嬉しそうに笑うフィリア。教会での思い出を、心の支えにしていることが伺い知れる。
「それより、そろそろDランCランの入学挨拶が始まるわよ。講堂に行きましょ。」
ご丁寧にS、A、B、CDと挨拶は分けられている。俺達が向かうのは第四講堂だ。教室には、『このメッセージを読んだものから各自移動』とだけ書かれていた。
お陰でグレンに鉢合わせた訳だがな。
「―――より、この学園では、『いかに神の力を扱えているか』を評価し…」
「―――したがって、『模擬戦闘』が許可されています。基本的に、棄権は認可されません。敗北した場合はそのクラスの評価が下がり、個人の『席次』が下がります―――」
講堂にて、Cランクの担任から挨拶が行われている。要点は上の二文だけで事足りました。
試合を断れない、ね。上から下を叩くことにメリットしかない。何たってほぼ強さ順にクラス分けされてる訳だからな。
「―――以上です。では、これより加護を皆様に付与します。生徒は先頭から並んで下さい。」
その言葉が述べられた瞬間、講堂が一瞬で歓声に包まれる。余りの轟音に鼓膜が破れそうだ。
「加護って冒険者にならないと貰えないんじゃなかったか?」
「この学園が特別なのよ。そもそも神の力の扱いを学べるのが特徴だし。あ、アイツがやってるわ。」
そう言って指差す先には水晶玉。行列の先頭の方で、グレンが水晶に手をかざしているのが見える。
水晶玉が赤く光を発し、グレンにその赤い光が伝播する。
「アイツは炎の神の加護ね。お家柄からしてアイツは確定してたけど。…というか、ほぼ皆確定してると思うわよ。貴族ばっかでしょここ。」
「え、貴族関係あるのそれ。」
「えっ、知らないの?」
フィリアが言うには、貴族はそれぞれ信仰している神がいるらしい。炎といえば貴族の中でも名門にしか信仰が許されていないとも。
一介の人間でも加護は手に入るが、お家として信仰してる連中とは出力が違うし、得られる加護も確定ではない。そういった点が貴族階級の強さの大元なんだそうだ。
(始めて知ったぞそんなの。冒険者は皆ランダムで貰えるものかと思ってたわ。…俺は途中で加護切れたが。)
風の神核飲んだ時に俺の加護は消え去りました。まあ、神核飲む前から風神の加護だったけど。
(道理で貴族出身の奴らが強いはずだ。極力関わらねーようにしてたが、そういうカラクリだったのか。というかもしかして…俺マズくねーかこれ。この状態だったら加護貰えないかな。)
一抹の不安が胸をよぎるが、先着順で並んでいたのでDランク先頭は俺だ。といっても、Dランクは4人しかいないが。何のために分けたんだ?
「では、以上となります。」
「待て待て待て、俺達がまだだろ」
俺らの番になった瞬間、切り上げの準備を始めるCランクの担任。問題が先送りになるのはいいが、Dランクの他3人は話が違う。一体どういうことだ?
「あなた方に、信仰している神はいませんよね?」
そう言って笑う目の前の男。そして俺達に侮蔑の目線を向けるCランク共。
(―――なるほどな、貴族にあらずんば信徒にあらずってことかよ。)
となると、Dランクが制度上存在しないのも伺い知れる。いや、毎年存在はしていたのだ。
貴族のバックボーンがないものはDランク。そして、Cランクに下を創る。本来なら貴族しかいない場所に庶民を入れることで、攻撃する大義名分を与え、優越感を煽る。
(下を排斥する、貴族階級の縮図ってとこか。哀れだな、俺達を排斥したら次はお前らだってのに。)
だが、バックボーンがあるCランク以上はここまで苛烈ではないはずだ。3年間の教育の結果、階級構造だけが性根に染みつき、それを引きずって大人になる。逆らうことが考えられなくなる。
(これを考えた奴は、相当切れ者だな。クソッタレが、俺達は潰してもいい枠として入れられた訳だ。道理で点数足りなくても入れた訳だぜ。)
俺が考えを巡らせていると、後ろに並んでいたフィリアが口を開く。
「階級と信仰は別問題でしょ。少なくとも、教会は受け入れを拒まないわ。」
青筋を立てて反論するフィリア。どうやら、信徒でないと言われたことが余程おつむにきたようだ。先程の紋章への愛着から、教会と信仰に対して真摯な姿勢は伝わってきた。その彼女に対し、この対応は侮辱以外の何物でも無い。
「…ハー。じゃあ、触ってもいいですよ。」
そう言ってCランクの担任は水晶をフィリアに差し出した。フィリアが手をかざすも、光を発することはない。フィリアの顔が、悲しげに歪む。これまでの信仰が否定されたのだ、無理もない。
「ほらね?」
(お前の方で弄ったんだろ。…これ以上は無駄だな。)
「行くぞフィリア、それはもう細工されてる。意味なんかねえよ。お前ら2人も、ここにいても良いことないぞ。」
「ロック…。」
フィリアの手を引いて講堂を出る。フィリアの目には、涙が滲んでいる。
(クソッタレ、3年ここにだと?今まで貴族に関わってこなかったってのによ、まさかその渦中にぶちこまれるとは思わなかったぜ。
神様の力を使った、貴族共の序列争い。戦いは子供の内から始まってるってか、下らねえ。)
ロックは酒飲んでなければ頭は回ります。酒飲んでなければ。
※申し訳ありません。ロックが加護を知らないのは無理があったので一部改変しました。