入学の経緯
説明回です。
「おい、Dクラスのゴミ野郎が。目障りだから消えろよ。」
この学園を歩いていると、この様な罵倒が飛んでくる。ちなみに飛ばしてきたのはどこぞの貴族の息子、グレンだ。
小太りで額に脂汗。いかにも御曹司と言った容姿である。
(どんな教育受けてんだよコイツ。いや、まさか学園中こうなのか?)
「おい、黙ってんじゃねぇぞゴミが!」
俺の顔を炎が通り過ぎていく。どうやら、『炎の神』の初級の奇跡を使ったらしい。攻撃とも似つかぬ温風が肌を撫でる。
―――俺が冒険者学校に来るようになった経緯は、一ヶ月前に遡る。
「ロックさん、なぜここに呼び出されたのか、分かりますね?」
目の前の、初老の女性が口を開く。その口角は若干上がり、その碧眼はジト目である。俺に対する呆れた感情を隠せないようだ。
「えーっと、免許の件ですよね…。」
「貴方、この文字が読めますか?」
そうして指差す先には、『S級冒険者免許の有効期間』についての説明欄。そこには、有効期間内に国の冒険者ギルドに訪れ、更新するよう示す旨。
ちなみに有効期間満了の日付は一ヶ月前だ。
「有効期間内に更新されたし。遅れた場合は問答無用で取り消し…。」
「そうですよね、そう書いてありますよね。30半ばになって文字が読めないはずないですよね。」
はい。俺は今年で33になります。俺がうつむいていると更に目の前の女性・・・この国の女王様の呆れの表情が濃くなっていく。
「貴方の職業は?」
「ううっ…現在無職です…!」
「はーーーー。」
自分が情けなさ過ぎて涙が出てきそうだ。実際流れてるし。わざわざ俺を王都、それも王城に呼び出すくらいだ、女王様の呆れも伺い知れるというもの。
「困りますよ、国に5人しかいないS級冒険者がその体たらくでは。」
「面目ねぇ…。資格の影が薄すぎてすっかり忘れてました…!」
一応、この国では冒険者制度がある。魔物や迷宮など、神代の名残が目白押しなこの世界における便利屋だ。そして表向きは、DCBAランクに分かれている。
そしてその中でも特にぶっ飛んだ実力を持っている連中がS級冒険者という訳だ。公には明かされていないが。俺も一ヶ月前まではこれだった。
「有効期間ギリギリでクエストに手間取っているのかと思いもしました。なので期間終了後も更新余裕を持たせました。手紙も送りました。…忘れてたとは何ですか!」
「すいませんでした!酒飲んで酔ってる内に読まずに捨てました!」
本当に申し訳ない。我ながらクズ過ぎると思う。酒を飲むと我を忘れてしまう。あ、女王様が笑顔になった。あれはキレすぎて臨界点を突破した笑顔だな。
「ハハハ、二度とお酒を飲めない体にしてあげましょうか?」
「ハハハ、生き甲斐を奪わないで下さい。何でもしますのでどうか許して下さい。」
その言葉を聞いて女王様の目がキラリと光る。
「言いましたね?ワルプルギス!」
「あいよー!ガハハ、実験の許可が下りたぜ!今何でもするって言ったよなあ!?」
そう言って虚空から現れる魔女、ワルプルギス。神代から生きる大魔女にしてこの国最強の魔法使い。王家に契約で縛り付けられている、王家御用達の魔女だ。
言動から分かる通りの性悪魔女である。
「おい!俺はお前に二度と体は弄らせないと決めてんだ!女王様、他のことなら何でもするんでコイツだけは勘弁して下さい!」
「駄目です。」
前にも一度だけコイツに世話になったことがある。その時は高額な賠償金+クソみたいな呪いをかけられた。
呪いの内容は…ここでは伏せておこう。
「所で、貴方は我が国唯一の冒険者養成学校を知っていますか?」
「あー、あそこですか。貴族御用達と聞きましたが。」
「というか上位は騎士団志望だろあそこ。魔法使いでも育てろよつまんねえ。」
俺とワルプルギスは非難ごうごうである。あまり良い噂を聞かない場所である。貴族の覇権争いの場所になっていると聞くが。
この国は、500年前の神々の大戦争直後、現在の王家と、戦争で武勲を上げた奴らが設立した。故に、武勲を上げることがこの国の評価軸になっている。
騎士団はこの国の治安維持部隊であり、そこに入るのが誉れという意識が国民に根付いている。貴族共ももれなくこの意識を持っている。
また、騎士団には一枚劣るが、上級の冒険者もそうだ。特にA級の冒険者には貴族出身が多い。S級には貴族出身が一人もいないがな。そういう事情もありS級は隠されているという訳だ。
「あなたには、そこに潜入してもらいます。」
「なぜに!?」
「あそこに私の娘が入学するからです。碌な男に靡いてもらっては困るので、貴方が目を光らせておいてください。」
「過保護か!」
というか、30過ぎのおっさんがガキが行く所に行ってどうすんだ。
「流石に教師ですよね?」
「生徒の方が距離が近いでしょう。こんなときの為のワルプルギスです。」
「は?」
そこまで女王が言うと、ワルプルギスが目を光らせる。そしていつの間にか俺の足下には落とし穴が。
「ハハハ、俺が飛べることを忘れたか!」
「そんな甘い作りにしてる訳ねーだろ。」
「ぶべら!」
風を操って飛ぼうとするも、落とし穴から無数の手が伸びてきて俺の顎にアッパーをかました。
その勢いのまま下へ引きずり込まれる俺。
辛うじて落とし穴の縁に掴まり体を固定する。
「おい女王様、解放条件は?」
「3年落第せずに卒業して下さい。あと王女を守り抜いてください。そうすれば免許を再発行してあげましょう。あ、これは罰も兼ねてるのでこちらからの保証は一切ないです。悪目立ちしないように。」
「ガハハ、腕がなるぜぇ!」
「覚えてろよこのクソ性悪魔女がぁ!」
…本気で力を出せば逃げられたが、全面的にこちらが悪いので仕方なし。女王に傷でも負わせた日には王家直属の騎士団がぶち殺しにくる。
そして体が無数の手に引きずり込まれた所で意識が途切れた。
「おはようございます、ロックさん。」
目を覚ますと、目の前には外面を綺麗に取り繕ったワルプルギス。普段とのギャップが激しすぎて吐き気を催す。
「気持ち悪いから止めろそのキャラ。」
「ふふふ、良い仕事をしましたわ。鏡をご覧になりますか?」
そう言って鏡を差し出してくるワルプルギス。そこに映っているのは…
「おい、誰だこの生意気な面したガキは。」
「貴方です。」
15歳くらいにまで若返った俺だった。顔も幼くなり、体も年齢相応に若返っている。そこで思い当たるのは…
「まさかっ!?」
「勿論、アソコも縮んでますよ。プククッ、良いじゃないですか使ってないんだから。」
「て、てめぇ・・・」
清楚なキャラを保ちつつも笑いをこらえているワルプルギス。元に戻ったら覚えてろよコイツ。
「あ、魔法の関係で力は最大25%まで制限させて頂きました。」
「…まあ、学校を塵にしても仕方ないからな。」
俺の体の中の…『風神の神核』が俺の力の源だ。これが体内にあるお陰で、俺は風を自分の手足の様に扱うことができる。
例えば、風を体に纏うことから、竜巻を発生させることなど。
そして『神核』とは、有り体に言うと神様の権能が結晶化したものだ。神様は500年前の戦争で滅んだが、権能だけがこうして残っている。
勿論国の宝であり、それを管理する『伝承教会』という組織も存在する。一個人が持っていていい力ではない、のだが…。
「こうしていると、あの時を思い出しますね。」
「止めてくれ。あの話はもう止めてくれ。マジで。」
「ガハハ!酒に酔って神核飲込んだ馬鹿は誰だったかなぁ!命を助けてやったスーパーウルトラ大魔女は誰だったかなぁ!」
「止めてくれぇ!」
こういう訳だ。前にお世話になったのもこの時。完全に誤算だった。会う度これで弄られるからマジで勘弁してほしい。俺が悪いのは知ってる。
「あ、ちなみに入学試験来月だから。あそこ仮にも名門だから筆記取れねえとまず入れねえぞ。」
「あ!?そっからかよ!?」
「保証は一切無いんだとよ!あと、教員側にも限られた層にしか情報入ってないから裏口も無理だぞ。ま、学費その他は出してくれるらしいが。」
アカン。俺鉛筆なんてここ何十年も握ってないぞ。このまま無職かよ…。
「それと―――アイツが考え無しにこんなことをするはずがねえ。裏も考えとけよ。」
「…ああ、分かってる。」
ロックが手紙を捨てたのは、P.S.の欄をワルプルギスが書いていたからです。
そこだけチラッと見て、「ワルプルギスからの手紙じゃん、面倒ごとしかねえわ捨てよ」と酔っ払った頭で考えたのでロックはゴミ箱にシュートしました。