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フェルマールにイライザが提出した企画案を進めて貰えることが決まり、一安心したけれど。

違う不安がイライザを襲う。

今回、久しぶりに前世のゲームの記憶を引っ張り出してきたけれど、記憶が以前より薄れていたのだ。

当たり前といえば当たり前だけれど、今の記憶ではなく生前の記憶なのだから、いつ思い出せなくなってもおかしくない。

そんな状態では、いざレイヤに教えてもらおうという時に万全な状態とは言えないのではないか、錬金術への情熱も薄れ、レイヤにも呆れられる…。それだけじゃない。もっと大事な記憶も…。




バン!



机を両手で思い切り叩き、イライザはそこで思考を強制的に切る。急いでペンとインク、紙を取り出して、涙に滲む目を擦りながらまだ残っている前世の記憶を書き記していく。


どんな所からこんな物が採れた、どんな物からこんな物を作り出していた、どんな機材を使っていた、こんな機能があると便利だった等の錬金術の記憶はもちろん、前世の暮らしや学校、制度はもちろん、両親のこと…。どんな記憶も思い付く限りのことを書き出していく。

必死さから、普段よりもかなり字が乱れ、歪み、必然と筆圧が強くなる。更に時折涙がこぼれ落ちて所々紙が滲んでしまっているが、読めなくはないので書くことに集中する。

前世の記憶が薄れていくことで、自分自身が消えていってしまうような、大好きだった家族との時間もなくなってしまうような。その時の記憶と、レイヤが去ってしまうような幻想がダブって思えてイライザは余計に焦燥感に駆り立てられて、必死で書いていく。

今世の家族、使用人たちが嫌だなんて全く思わない。今はとても大切な人たちだとわかっているけれど。それでも前世の家族にはもう二度と会えない、大切な思い出なのだ。忘れるだなんて悲しすぎる。寂しすぎる。

気付くと涙が止まらなくて。




寂しいよ…



2人がこの世から居なくなってしまった時の、蓋をしていた思いが溢れてきてしまい、ペンを握っていた手にも力が入らず脱力し、流れる涙もそのままに声を出して赤ん坊のように泣いた。

今まで家族と居る時に彼らの暖かさに触れて涙することはあったけれど、悲しさや怒り、理不尽に、突然大声を出して泣くようなことはしたことがなかった。

何かに取り憑かれたかのように勉強をしていた子どもの部屋から突然大きな鳴き声が聞こえたことに、家の使用人たちは驚き、その知らせを受けたフラーが何事かとイライザの部屋へと飛び込んで来た。




「イライザ様?!どうなさったのですか?!」



いつもならば礼儀を重んじるフラーも、そんな場合ではないと急いでイライザの部屋へと突入してくる。

そんなフラーの姿を認めたイライザは、安心感もあって更に号泣してしまう。

目の前で大事な令嬢が今まで見たこともない程に号泣している姿を見て、フラーは混乱しながらもイライザへと近付いて行く。



「お嬢様、フラーはそばにおりますよ?

いったいどうされたのですか?

お嬢様がこんなに号泣されるだなんて…」


困り顔でイライザの顔を覗き込もうと少し屈んだところで、イライザが急に立ち上がり、フラー目掛けて突進してきた。




「っ…!」


ドンッ!と胸に突進してきたイライザをなんとか転ばずに受け止めたフラーが彼女をギュッと抱きしめる。

家族の前で涙することはあっても、自分たち使用人の前で泣くことなど、殆どなかった。今までが不思議な程に泣かなすぎたのだ。

それは彼女たち使用人にとっては、主人と使用人では弱さを見せられない間柄なのだとわかってはいても寂しさを感じずにはいられなかった。特にイライザはまだ就学にも満たない子どもなのだ。もう一人の令息、スヴェンは嫡男ということもあり少々甘やかし気味で、すぐに使用人にも泣き付いてくれているというのに…。

でもやっと今、自分の胸に抱かれて泣いてくれている。彼女にとってここが安心出来る場所なのだとわかってもらえたようで、フラーは嬉しかった。

と同時に、大事な令嬢をこんなにも号泣させている原因がわからず、困惑と怒りが湧いてくる。


誰かがお嬢様を泣かせたのか…

怪しい人物が入ってきた様子はないけれど、使用人の子どもが誤って入ってしまい、お嬢様に何かしでかしてしまったのか…


「誰かに何かされたのですか?それならばこのフラー、絶対に許しません!叩きのめしてやります!!

さぁ、イライザ様、誰にされたかこのフラーに教えてくださいませ!!」



必死にイライザに話しかけるが、当の本人はフラーの胸に顔を埋めて横に顔を振るばかり。明確な答えは声に出されず…。


「は…!まさか…!王子ですか?!王子に何かされたのですね?!

だから何も出来ず泣かれているのですね?!」


と、斜めな解釈をしだしたフラーさんにさすがのイライザも焦り始める。


「ちょ、違うわ!あの人は全く関係ない!」


「いいえいいえ!そのように焦られることこそが証拠!イライザ様、フラーは覚悟が出来ております!

相手が如何なる相手だろうとこのフラー、許しはしません!!」


片手でイライザを抱きながら拳を握るフラーに、イライザは呆気に取られ…



「…あははは!」


「お嬢様?」


「あー可笑しい!王子にそんな言いがかりをつけたらあなたも私も確実に死刑にされてしまうわ!」


「そ、そんなぁ…」


「まったくこの家ではおちおち泣いていられないわね笑」


「折角お嬢様がはじめて甘えてくださったのに…申し訳ございません…」



しょんぼりしているフラーがまた可笑しくて、少し背伸びをしてフラーの頭をぽんぽんする。



「謝らないで。もう大丈夫。心配させてごめんなさいね。

また泣きたくなったら今度はフラーにお願いしてこっそり胸を貸してもらうわね。」


「お嬢様…!いつでもおっしゃってくださいませ!」



二人顔を合わせ、微笑み合う。

友だちにはなり得ないけれど、自分のことを一番に考えてくれて、気持ちを分かってくれる人。

そんな人、前は家族しかいなかった。

家族以外にも信頼できる人がいること、見返りを求めず手を貸してくれる人がいることが、何よりもイライザにとっえ嬉しくおもえた。



「さぁ!フラー!湿っぽいのはもう終わり!また忙しくなるわよ!」


「はい!お嬢様!」




父に進めてもらっている企画は動き出したばかりだ。

記憶の件はやっぱり気になるけれど、忘れてしまわないように書き留めることができたから、一先ず良しとしよう。

それに来年からは学校もある。

知識だけでなく、問題のコミュニケーションも何とかさなければならない。

正直同学年の子とのコミュニケーションとか不安で仕方が無いし、トラウマしかない…。

けれど、貴族に生まれてしまった今生ではそんなこと言っていられない。

両親の為にも、スヴェンに良い所を見せる為にも頑張らなければ…!



「よし!頑張るぞー!」









誤字の報告ありがとうございます。

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