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翌朝、フェルマールとサラが仲睦まじく腕を組んで食堂に出て来た。
「お父様、お母様、おはようございます。」
「おはようごじゃいましゅ!」
「うん、おはよう!僕の天使たち!」
「おはよう」
柔らかな母の腕に朝の挨拶と共に抱き締められてニコニコ顔で着席し、朝食を食べ始める一同。
「お父様、今日はお父様と一緒にお仕事場に行きたいのですが、如何でしょうか。」
「あぁ、ファレルに聞いているよ。
僕もイライザが作ってくれた資料を見せてもらったけど…流石僕とサラの娘だね!!天才だよ!!」
「ありがとうございます。」
「ただね、イライザを職場に連れて行くことはしない。」
「なぜですか?!」
今まで何をお願いしてもデレた顔で許可を出してくれた父が、初めて真剣な表情で拒否をした。
まさか拒否されるなんて微塵も考えていなかったイライザはショックのあまり固まってしまった。
「ああ、そんなに悲しい顔をしないでおくれ?
イライザに来て欲しくない訳じゃないんだよ。
君が来てくれたら仕事が今の何倍も早く片付く事だろうと少し考えれば想像がつく。それはとても嬉しいことだ。」
「ならば何故ですか?!」
ポトリ。
イライザから涙が零れ落ちる。
「おとうしゃまがおねえしゃまなかせた!ダメー!!」
「なっ!!イライザちゃん!!ごめんね!!
でもダメなんだよー!!」
イライザの涙に慌てふためくフェルマールとスヴェンにファレルが溜息をつく。
「旦那様、イライザ様は神童で御座います。
言葉でお伝えすればちゃんと理解してくださいます。」
「ファレル!!でも…理解することと気持ちは別だろ?」
困惑した表情のフェルマールに今まで笑顔で見守っていたサラがそっとフェルマールの腕に触れる。
「あなた、イライザはとても賢く、そして強い子です。決してそんな事で挫けるような子じゃないわ?」
ニッコリと笑い「ね?」と念押しされたフェルマールは少し悩んでからイライザに向き直る。
「イライザ、君の資料は実に素晴らしい。すぐにでも実働させてもらうよ。ただ、それを君が作ったことは今は伏せていた方がいいと思うんだ。」
「何故ですか?」
「イライザ。人はね、人と余りにもかけ離れた才能の持ち主や姿形のものに畏怖を抱き、それを排除しようとする者もいる。近寄らなくなる者もいる。攻撃してくる者もいる。そんな輩に隙を与えたくないし、無闇に君を傷付けてほしくないんだ。」
まるで自分がそうされたかのように痛々しい顔をする父に、イライザはもう何も返す言葉がなかった。
そうだ、この家の中だからこそ、自分は受けてもらえているだけなのだ。
シュンとして俯くイライザに、気付くと傍に立っていた母が跪き、イライザの小さな手に自分の手を重ねる。
「イライザ?人と違うことは決して悪いことではないし、イライザのその才能は誇ることよ?卑屈になる必要はないの。
でもあなたはまだ5歳だもの。だから、まだお父様とお母様に、あなたを守らせて頂戴?」
「お母様…」
「ね?」
「お母様ーっ!!」
この家の子どもに産まれて良かった、本当に。
お母様にしがみつきながらその胸に抱かれているとヒクヒクと泣いていたスヴェンを抱えたお父様がお母様ごと抱き締めてくれる。
「君たちは僕の天使なんだ。しっかり守らせてくれ。」
「はいっ!!」
「あ!でも今回みたいに使えそうな物を思い付いたらいつでも教えておくれ!」
「ふふふっわかりました!」
イライザを包む暖かい家族に、暖かい従者たち。
そんな幸せな家を少し寂しく思い覗きながらも、旅に出掛けるレイヤ。
立ち止まり、次に帰ってくるのはイライザが7歳になってからにしようと考えて頷く。
そうすれば錬金術を教えられるはずだ。
それまでずっとあそこにいたのでは自分も麻痺してしまう。私はあの生易しいぬるま湯に浸かっていていい人間じゃない。
ぐっと前を向き直し、モンドレーク家に背を向けて光の粒子を残してレイヤは消えていった。