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モンドレーク家が4人となって二年が経ち、イライザは5歳。

その頃には外からやってくる家庭教師も初等科のクラスでも中等科のクラスでもなく、高等科レベルの本格的な学問を教えてくれる教師に変わり、イライザは本人の意思に関わらず、神童の名を欲しいままにしていた。

モンドレーク家のご令嬢、イライザが自室のテラスにあるティーテーブルで溜息を漏らす。

「はぁ。いくらお勉強をして知識があっても、実践が出来ないのでは困りますわ…。」

「お嬢様、それは仕方がないことでございますよ?お嬢様はまだ5歳なのですから、政務はもちろん貴婦人たちのお茶会にもご参加できかねます。同年代の方の集いは別ですけどね。魔法に関しても今から使ってしまえば身体が持ちません。それはレイヤ様や教師の先生方も仰っていましたでしょ?」


産まれた時から私付となっているメイドのフラーがお茶をいれながらイライザを諭す。


「わかっているわ。でも実際はどうなのかしらと想像すると居てもたっても居られなくなってくるのよ…。はぁ…早く7歳になりたいものだわ。」



フラーのいれたお茶を飲みながら愁いを醸し出しながらふぅと再び溜息を付くイライザに、ついフラーは本音が口を出る。

7歳になれば少しずつ魔法は練習することができるのだ。


「フラーはお嬢様がまだ5歳なことに驚きです。」

「…私は恐ろしい?」


フラーの反応が怖くなって恐る恐るイライザがフラーに問いかけると、暖かい笑顔が返ってくる。


「そんなわけないじゃないですか。

私もですが、旦那様も奥様も、イライザ様にもスヴェン様にもまだまだ小さなお子様で居て頂きたいのですよ?

大きくなってしまえばギューッと抱き締めることもあまり出来なくなってしまいますしね!」


悪戯っぽくウインクをするこの可愛らしいメイドにイライザはいつもホッとさせられる。


「ありがとう、フラー。

ギューッとしてくれてもよろしくてよ?」


頬っぺを赤らめてプイッと明後日の方向を向く恥ずかしがり屋なお嬢様を優しく包み込むフラー。


「お嬢様、私たちはいつも、いつでも味方ですよ?

いつでも甘えてくださいませね。」



イライザがコクっと小さく頷いてフラーの腕に手を当てていると…



バタバタバタ!!!


「あぁーーー!!フリャーじゅるいーー!!

ぼくもだっこーーーー!!」


「ち、違っ!!」


小さな暴れん坊がイライザの部屋に入ってきて、恥ずかしさに顔を真っ赤にしたイライザとフラーの間に割って入ってくる。



「もう、スヴェンたら。苦しくてよ?」


「おねえしゃま、だいしゅきーっ」


「んもうっこの天使めっ!!」


可愛い天使たちがギューギュー抱きしめ合っていると、「あーーー!!私も混ぜてくれーーーー!!」と絶叫しながら表情筋緩々になって近付いてくる人影が…。


「旦那様…そんなだらしない顔で走られるなんてはしたないですよ。」



5年の間に、強面で殆ど表情筋を動かしていなかった様なフェルマールの顔も緩みまくりになっていた。そんな彼の後を追いながら辛辣な返しをしてくれたのは、このモンドレーク家に古くから代々執事長を任されているファレル。彼の冷たい声音と視線にビクッと肩を震わせて振り返る。


「ファレル、今は家の中なんだからいいじゃないかっ!」


と頬を膨らませつつも走るのを辞め、優雅に歩いて向かうフェルマール。

そのだらしない顔は引き締まらなかったようだが…。


ニマニマしながら子供たちの元へ向かい、2人まとめて抱き上げる。


「やぁやぁ僕の天使たち。随分と待たせてしまって悪かったね!なかなか仕事が山積みで家に帰れなかったんだよ…。」


鼻をグスグス言わせながら頬ずりする我が父に嬉しそうに頬ずりをし返すスヴェンと半目のイライザ。


「お父様、お母様にはご挨拶なさったのですか?

きっとお待ちですわよ?」


「はっ!!ありがとう、イライザ!!

ちょっと待っててねー!!」


まるで嵐のように去っていく父。


「きっとお父様たちは明日までお部屋に引き篭られるわ。

私たちもそっとしておいて差し上げましょう。」


「お嬢様は本当に5歳でしょうか…」


「ん?フラーなにか言いまして?」


イライザはプイッとメイドに背を向けて弟の手を取り室内に入る。





モンドレーク家の当主と奥方は、イライザの言う通り翌日まで2人の寝室に籠りきりだった。

その間にイライザは確認したいことがあり、父の書斎へファレルと向かっていた。



「ファレル、お父様のお仕事の書類、少し見せて頂きたいの。」


「畏まりました、こちらに御座います。」


この家の従者たちは、彼女が如何に天才であるか、その目で見て来ていた。もしそうでなかったとしても、モンドレーク家の人々が望むこと、その理由までなるべく先読みしているし、出来る限り叶えようとしてくれる。

今回のイライザのお願いも、何か考えがあっての事だと理解し、イライザが見ても問題ない部分を抜粋し、その手に手渡す。


「あら、これは…」


「如何いたしましたか?」


「お父様に渡される資料はみなこの様な形式が多いのかしら?」


イライザが見せてもらった資料は、モンドレーク家が収めるベルナーの地に住まう住人から出た要望書だった。

もちろんそれは住人ではなく、要望を承った役人が書いた物ではあるけれど、それにしても内容が酷かった。

いつ書かれた物なのか、誰からの話なのか、何処の土地に何をしてほしいのか。全体的な内容がフワッとしていて、且つどの書類にも統一性が見られない。

自分の父親が伯爵である為、領地を統治する為に必死になっていること、忙しくなかなか帰って来れないことは理解していた。

それでも、ブラックすぎやしないか、このままでは父が倒れてしまうのではないかと不安に思っていたのだ。

しかしここまでグダグダな資料しかないなんて…。


「人により書き方はは変わりますし、彼らもどうしたら良いのか判断が付かない場合も多いので、このような資料が多いと存じます。」


「なんてことなの…こんなことではお父様のお帰りが久しくなって当たり前だわ!

ファレル!紙とペンを頂戴!」


以前、お父様に見せて頂いたお父様が記した領地の運営には、いつどんな要望があり、何を作ったのか。また、その経過などが綺麗に整理されていたはずなのに、お父様以外は仕事ができないのかと憤慨する。

その思いのままに、まっさらな紙に線を引き、提出日と話が齎された日の年月日、誰から承った物なのか、要望と具体策、何時までに必要なのか、その後の経過、誰が書記官を務めたのか等すぐに状況を判断出来る表と、月のスケジュール、緊急のtodoリストをとりあえずだが作り、ファレルに渡す。


「これくらいないと、お仕事が回らずお父様は倒れてしまいますわ。本当なら私も着いていきたいくらい…。

そうだわ!それがいい!

明日、お父様がお部屋から出ていらしたら、その使い方の説明と一緒に私も連れて行ってほしいと伝えてみますわ!

ファレル、その書類の管理とお父様に私が話があること、伝えておいてくださいな。

それでは失礼。」


伝えることだけ伝えると、イライザは颯爽と執務室を出ていった。



「これは…」


残されたファレルは、イライザから受け渡された書類を見て愕然としていた。

今まで書類は何を書くか、決まった形式はなく、読む方も書く方も内容を詳細に理解することが出来ず、住民たちの要望書から緊急度にまず分けてから、要望を持ちかけた住人と謁見し、必要な物資の提供や事業がなされていた。

その為初動が遅く、不満が上がることもあった。

これは、モンドレーク家の領地に限らず、全ての領地において言える事だ。

それがどうしたことか。

イライザが今この短時間に記したこの表を用いれば、内容の把握からその後の経過、何をしなければいけないのかなど、瞬時に把握出来、今までの何倍も初動が早くなることだろう。

それを、なんでも無い事のように、父親の為に思い付き、実働させようとするお嬢様に震えた。


普通であれば、畏怖の念に駆られて震えるであろう場面。だがしかし、やはりモンドレーク家の従者は変わっていた。



「流石我がモンドレーク家のお嬢様だ!

天使なだけでなく天才だ!神童だ!」


この執事さんは、流石我が主!!と喜びに震えていたのでした。




その様子を釜に映し出して覗き見ていたレイヤは半目で呆れていた。

「はぁ…イライザはこの家に産まれて本当に良かったな。普通なら畏怖の念に駆られて近寄られなくなるんだがな…」

過去、自分の体験したことを思い出し、チクリと胸に痛みを感じるものの、この家の暖かさに慣れつつある自分に呆れる。



「また暫く旅に出るか。あまり慣れすぎるとな…」

そう独りごちて旅の準備をする。


















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