第2話 オークさんの日常
すみません。一月に1回は更新するとか言いながら三か月以上空いてしまいました。
お詫びといっては何ですが、今回は三本立てです。
なお、数年前に描いたイメージボードにお話を乗せたものなので、挿絵とはニャン太郎がかじってる魚が開きになってなかったり、二人が寝てる部屋が吹き抜けじゃなかったりしますが、オリジナルを尊重して(描き直すのが面倒という説濃厚)そのまま掲載します。三話目は前作をお読みいただいていた方へのちょっとしたサービス(かな?)です。
満月が南中し異世界の扉が閉じたため帰れなくなったという押しかけ女房のオークの女性マイ。追い返すことも出来ず、しかしその鎧姿ではどうにも話が進まないと小森透に言われたマイは着替えればなにかしてもらえると超勘違いしながら再びガラガラがっしゃんと大きな音を立て隣人からうるさいぞというクレームを受けつつアパートの階段を降りる。透も慌てて追いかけていくが少し離れた駐車場の巨大なキャンピングトレーラーに乗り込むマイ。ああこれでここまで来たのかなるほどそれで誰にも咎められなかったのだなと納得しつつもなぜオークの女の子がまるでN〇SAの火星探索車みたいな超近代的な車を持っているのだろうと新たな疑問が浮かぶ透。しかしそんなことよりしばらくして再び現れたマイの姿に愕然。鎧を脱いだのはいいとしてキリリとふんどしに短い半被姿。あの邪悪なビキニアーマー姿よりも露出度激しいじゃないかと焦りまくるがこれがオークの私服で他には服はないと言われ人目を忍んでアパートに戻るのであった。騒音が無くなったのは近所付合い上結構なことであったが目のやり場に困るその姿。透が顔を真っ赤にしながらサイズを聞くとあっさり教えてくれるマイに僕の勇気を返せと心の中で愚痴りながら通販でブラやパンティー、ストレッチTシャツやスパッツなどをまとめ買い。海外ショップのウルトラキングサイズで何とかおさまりそうだったのは幸いであった。とりあえずその夜はそのまま寝ることにするがまたそれが一苦労。マイが横になると部屋全部を占有する。紆余曲折の末、マイの上に布団を敷いて寝ることになった透であったがそれで朝までもつ筈もなくマイが寝返りをうった途端に布団ごと簀巻きになったのであった。翌日通販商品が到着し着替えるマイ。下着はともかくTシャツとスパッツはパンパンでかろうじて胸と二の腕、腰と太ももをカバーする程度であった。しかしそこは透も既に考えており別途購入した長めのエスニック柄の布を羽織り腰で縛ると南アジアの民族衣装のようでこれがマイの褐色の肌と緑の髪によく似合うのであった。巨大なサンダルも用意しようやく外出できるようになった二人はマイが暮らせる家を探しに近くの不動産屋へ。が身長275.0センチメートル体重320.0キログラムが収まるような部屋はなく途方に暮れていたところ電柱に吹き抜けロフトハウスの張り紙があるのに気がつく。なんとすぐ近所に平屋天井高4.5メートルで窓側がロフトになっている物件。家賃はかなりだったがマイが持参したうち最も小さな宝石をおそるおそる商店街の宝飾店で見てもらったところ本社から偉い人たちが何人も来る騒ぎとなり億近い金額を提示され透の魂が抜けたという事件もあり支払いには問題がなかったので即契約。あれよあれよと引っ越しも済み(キャンピングトレーラーに透の荷物が全部入ったし力仕事はマイが一瞬で片付けたので業者要らずだった)どういう加減かロフトハウスの駐車場がトレーラーにぴったりサイズだったりトイレや風呂が異様に広くマイでも大丈夫サイズだったのが不思議であったが生活拠点が定まったのは僥倖であった。透は会社に行かねばならないため昼間はマイ一人である。透からはあまり外に出て目立たないようにと言われているがそこは年頃の女の子近くの商店街やスーパー、ショッピングセンターへ民族衣装姿でついついウインドーショッピング。当初こそ驚かれたりしたものの数日もすると周りも慣れやや慣れ方が不自然に早いのが気になるもののいつしか商店街の人気者に。ふとしたことでショッピングセンターにあるジムのウェアがXXXXLLLLサイズまであるのを知りためしに着てみるとこれがなかなかのフィット感。民族衣装からトレーニングウェアにチェンジして買い物に行けば商店街のおじさんおばさんがお魚やお肉をやけに安くしてくれたりで衣食住が満たされ生活も安定。しかし透はマイと同居は始めたものの未だ正式な婚姻はしていないのであった。だってまだ両親に挨拶してないから! フライングダメゼッタイ! そんな二人を初日からずっと黒塗りの車で見守る影が二つ。超国家機構『特殊移民対策協議会』。やがてある日突然商店街に出来た交番。おまわりさんというよりミニスカポリスな二人の女性巡査は協議会のエージェントKKアンドMMこと、景山かおりと三ツ島美薗であった。特殊移民対策協議会の目的は何か。そしてマイは透の本当の奥さんになれるのか。そもそもそんな話が語られるのか!?
さて、そんなこんなで舞台は出来上がりました! そしてどのような設定があろうとも、この物語はあくまで日常のお話です!
さ~~て、今月の『奥さんはオークさん』は豪華一挙掲載。
『どら猫追いかけて』
『おしかけ妻昼下がりの誘惑』
『筋肉対決』
の三本でお送りします。んがんぐっ。
☆☆☆☆☆
『どら猫追いかけて』
「んんんん~。んんんん~」
鼻歌を歌いながら丸物のアジを開いている、ぴっちりセパレーツレオタードにレースのエプロンを腰に巻いたマイ。マイ対比だと子供のおもちゃのキッチンのようなサイズになるが器用に包丁で裁き内臓を取る。さっき魚定で3尾280円のところシゲさんが250円でいいよっと言ってくれたので即買いしたものだ。魚定は近所の商店街の魚屋さんでシゲさんはそこの二代目だか三代目だかの頭髪がやや不自由なおじさん。
頭を割り塩を振って少し水が出てきたらペーパータオルで拭いて洗濯ばさみで吊るす。ロフトの窓の先がベランダになっているが、直射日光はよくないので駐車場側の軒に干す。これで夕飯までにはおいしいアジの天日干しが出来上がる。
干し肉などの保存食はオーク料理の定番だ。グリズリーやドラゴンなどは一度に食べきれないし、エージングした方が旨味が増す。この世界にも大型獣は結構いるようなので、一度仕留めたいものだと思いながら下準備を終えたマイはテレビをつけた。透の部屋から運んできた37インチテレビだ。
ロフトの1階に置いてあるが、座るとかなり下になり見にくいし画面の色も変になるので、勢いマイは床に寝そべって見ることが多い。東南アジア某国の寝釈迦仏を彷彿させる姿である。この姿勢でおせんべいをバリバリ頬張りながらお昼の情報バラエティを見るのがここのところのマイブームである。ちなみに今日は平日なので透は会社だ。
『芸能界の女帝・ジャパン喜多山前社長のお別れ会に双岡轆轤の姿が!』
『ノイマン王国との直行便がはじめて就航。帝都国際空港で盛大なセレモニー』
『京都帝国大学兼古教授、数学のノーベル賞といわれるキクチ賞を受賞。素数の長年の謎を解明!』
双岡って暴力団との関係がバレて引退したとかいう元芸能人ね。
その時に顔に大きな傷を受けたって話だったけど、大丈夫だったみたいね。
さすが日本の整形技術。
ノイマン王国って聞いたことあるような……。後でネットで調べとこ。
兼古教授は去年のあの論文よね。あれはインパクトあったわ。オークの里でも盛り上がったもの。
やっぱりゼータ関数は奥が深いわ。
生来勉強家なのと、お昼の大半テレビを見ているおかげもあって、芸能界はじめ日本の事情に精通しているマイであった。
『え~~街さがしええもん見つけ隊。今日は北新山市中央大通り商店街にやって来ました~~』
あらっ、近所じゃない!
うそっ。見に行こうかしら。これ生よね。
専業主婦のように、いや実質は違わないのだが籍も入れていないし何よりも透とは未だ清い関係であるのだが、単なる野次馬おばちゃんと化しているマイであった。ついつい知ってるお店や人が出ないかとテレビに集中してしまう。
だから、その気配に気がつくのが今日は一瞬遅れた。
駐車場側でごとっという物音。
マイの目が光り、ダッシュで飛び出した。はだしだし、テレビは点けっぱなし玄関にカギも掛けていないがそれよりも大事なことが!
3尾干したはずのアジの開きが1尾ない!
むなしく揺れるアルミの洗濯ばさみ。
すたたたと路地を逃げ去る灰色の物体。
そんな光景が一瞬で目に飛び込む。
おのれニャン太郎!
ニャン太郎。ここ最近のマイのライバルである。台所の窓を開けているとそうっと忍び込み、ハムや生肉、刺身などをちょろまかす灰色ネコ。
特にマイ特製の干物が狙われやすい。
だから神経を研ぎ澄まし、ニャン太郎が周囲10メートル圏に入ったら脳内に警報が鳴るようにチューニングしていたのだ。そのおかげでこのところ連続撃退記録を更新していたのだが。
「待てー! ニャン太郎!」
マイも加速する。
路地から勝手口の隙間に潜り込み他所の裏庭に入るニャン太郎。ぶん、とジャンプし裏庭の塀の上をしたたたたと忍者のように走るマイ。
庭の植込みを間に塀の上と地面を駆ける両者。
ニャン太郎が急角度で方向を変え、雨水管を伝って屋根の上へ駆け登る!
口にはアジの干物をしっかりぶら下げて。
マイも狭い塀を足場にし宙へ跳ぶ!
しかしその時すでにニャン太郎はさらに向かいの家の屋根へ!
マイは伸身から屈身に空中で姿勢を変え、瓦屋根に300キロの巨体が飛び乗るが、上手く浅い角度で勢いを残し、水面を切る小石のように再跳躍してニャン太郎を追う!
ニャン太郎は屋根伝いに走り、やがて駅前方向に抜けた。このあたりからビルやマンションが増えてくる。視界が遮られるので追跡を撒きやすいフィールドだ。ニャン太郎のホームグラウンドである。
マイも強度の低い木造の瓦屋根の上を慎重に踏みつつ宙を駆ける。全速が出せないためやや離されたが、この先はコンクリート造だ。多少無茶しても壊れはしない!
ニャン太郎は焦っていた。なぜだ!? 撒いたはずの人間がどうして追いついてくる!?
マンション14階のベランダを駆け、オフィスビルの屋上キュービクルの間を抜け、スナックビルの外壁の螺旋階段を駆け下り、駐輪場をジグザグに走り建築現場の仮囲いの下をくぐり商店街の点検はしごを昇ってアーケードの上のキャットウォークを走っているのに、なんであの人間はすぐ後ろについてくるんだ~~~~!!!
マイは風を切るように腕を真っすぐ斜め後ろに伸ばし、下半身は脚の回転が早すぎてもはや見えない。いわゆるエ〇トマン走法だ。まさか時速3000キロではなかろうが。
ニャン太郎は致命的なミスをした。マイから逃げるのなら、側溝とか、共同溝とか、あるいは民家の床下とか、狭い場所へ向かうべきだった。
だが、ニャン太郎には目的があった。そう、あの古いビルの屋上の、今は使われていないが撤去するのも大変なので放置されたままの、穴の開いた古い貯水槽まで、栄養をつけて戻ること!
そしてそこに到達するためには、アーケードのこの場所から右の電柱にジャンプしないといけないのだ!
迫るマイをかすめて飛ぶ格好になったニャン太郎。
マイの手刀が空気を切り裂いて飛ぶ! かまいたちだ!
風のカッターがニャン太郎を切り裂いた! と思ったが切り裂いたのはアジの干物のえらのあたり。
切れたアジの胴体部はふわりと飛んでマイの手にはっしと掴まれた。
頭部のみ咥えたニャン太郎は逃げる。しかしマイもまだ追い続ける。電柱に向かってジャンプ!
先に電柱を蹴ったニャン太郎に続きマイも電柱を蹴る。ちょっと力を入れすぎてひびが入ったのは内緒だ!
そして件の古いビルの屋上に降り立つ。
ニャン太郎の姿が……ない?
「にゃー、にゃー、にゃー、にゃー」
突如響く子猫の鳴き声。いや、ねだり声。やけに反響すると思ったら、その方向にはひび割れた黄色い空の貯水槽があった。
穴から中を覗くと……。
ニャン太郎が威嚇するように毛を逆立てて唸っていた。
その後ろ、貯水槽の隅に敷かれた古布の山のなかでコロコロ丸くなっているのは4匹の子猫。
みんな灰色だ。まだ目をつむったまま鳴いている。赤ちゃんだ。
「ニャン太郎。お前、お母さんだったのか……」
勝手に太郎と付けたが、宿敵は雌だったようだ。
そういえば、最初に遭遇した時、太ってるくせにやけにすばしこい猫だと思ったことがある。
今はスリムだ。
あの頃は妊娠していたのか。
じっと隠れているつもりが、母親の匂いで赤ちゃん猫がせがみだしたのだろう。ミルク頂戴って。
ふー、ふー。
子どもを守ろうとするニャン太郎。アジの頭はしっかり咥えたままで。
マイの脳裏に『野良猫にエサはやらないで下さい』『無責任な行為が町内に迷惑となります』『味を覚えると人間を襲うことも』『最後まで責任持てますか』など様々な警告フレーズが浮かぶ。
ああ、しかし、しかし!
隅っこで丸くなってる灰色ネコの赤ちゃんのキュートさよ!
はあああ……。
マイは見かけによらず(よるのか?)可愛いものが大好きなのだった。
「うん、この小さな穴じゃわたしは中に入れない! 不可抗力! 撤退!」
誰に言い訳しているのかよくわからないが、マイはそういうと回れ右をした。
そして、首だけ後ろを振り返り、
(武士の情けだが、見逃すのは一度きりだぞ)
(あいわかった)
マイとニャン太郎の間でそんなやり取りがあったのか、なかったのか……。
アジの半身を持って家まで戻ると、ミニパトが玄関に停まっていた。
「?」
マイが近づくと、ミニパトから二人の女性巡査が降りてきた。
「かおりさん、美薗さん! なにかありましたか?」
「ああ、小森さん。玄関が空いたままなので声掛けしていたところです。不用心ですよ、鍵を開けたまま外出するなんて。中でテレビも点けたままじゃないですか」
「そーです。先輩とアタシがたまたま巡回中でよかったのです! 気をつけてくださーいなのです!」
先輩がかおりで、です口調なのが美薗である。
「ありゃ、いけないいけない。ドラ猫を追いかけてて。あっ、そうだ! 実は商店街の隣のビルの屋上に生まれたばかりの猫がいまして! 保護してくれませんか!?」
「は、はあ?」
「ね、お願いします。うちじゃ猫飼えないんで、せめて里親さんが見つかるまでお巡りさんとこでお願いしますよ」
「交番はペットボランティアじゃないのです!」
「めちゃめちゃ可愛いですよ。ほら、このとおり!」
いつの間にかスマホで赤ちゃんネコをちゃっかり撮影していたマイであった。
その後しばらく、交番でおっぱいを飲ませる親猫と子猫の微笑ましい姿が見られた。
☆☆☆☆☆
『おしかけ妻昼下がりの誘惑』
「あー、お昼からすごく美味しかったよー。ご馳走様、マイちゃん」
「どういたしまして、透さん。夜はもっと腕によりを掛けますよ」
「ありがとう。マイちゃん、僕も頑張るよ」
「えっ、夜頑張るって、えええっ、透さん、ええええっ」
「え、いや、夜頑張るってんじゃなくって! 頑張って食べるって意味だよ!」
「えー、そーなん、ですかー……。夜、頑張ってくださっても、いいのに……」
「え、何か言った? マイちゃん」
「あっ、あははっ、いやー、なんでもないですっ! なんでもっ! あははは……」
休日はこのバカップルぶりである。
入籍はしていないが、真名は既に『小森マイ』である。さっさと婚姻届けを出さないと話がややこしくなりそうだが、透は上記あらすじのとおり、順序を重んじるタイプであった。
それはともかく。
暖かい午後だ。このロフトハウスはロフトになってる側が南向きで採光面積が大きい。室内は冬でもぽかぽかだ。ちなみに夏は天窓を開ければ暖まった空気は空に抜けていく。快適設計であった。
片づけ物が終わると、しばしやることがない。若い男女が一つ屋根。この状況ですることと言えば!
『楽しい休日お昼のワイドだよショー!』
おやつを食べながらのテレビ鑑賞である。
『……先日のええもん見つけ隊の生放送中に偶然撮影された宙を舞う巨人について、新たな視聴者情報が寄せられました。まずは撮影された別アングルのビデオをご覧ください』
『画面が揺れて分かりにくいですが、ビルとビルの間を飛んでいるのは女性のように見えますね』
『前方の小さな灰色の物体を追いかけているようにも見えます。あっまた跳躍しました』
『ビルのサイズから推算すると、幅跳び10メートル以上になりますね』
『別の映像も送られてきています。こちらは、短いですが鮮明ですね』
『近くのビルの窓から撮ったものだそうです』
『緑の髪の女性に見えますね』
『しかし、あの大きさだと3メートル近くあることになります。信じられません』
マイと透は飲みかけのお茶を噴き出した。
マイの噴き出したお茶は高さがあったため霧散し部屋に虹がかかった。
『ここで現場となった北新山市中央大通り商店街で魚屋を営む定本繁雄さんと電話が繋がっています。定本さんはあの巨人をご存じだそうですが』
『ああ、ご存じも何も、この辺のもんはみんな知っとるよ。今更テレビ局が何言っとんじゃと思うな』
『地元では有名な巨人ということですね。その正体は?』
『それはの』
ぴぽーん。ぴぽぴぽぴぽーん。
小森邸の玄関に鳴るチャイム音。
しかし、応える者はいない。
マイも透も、既にお昼寝だ。
正座したマイの太腿にはさまれるようにスヤスヤと眠る透。
彼を抱えるようにしながらも、自身も眠るマイ。
そんなけだるい午後に、いつまでもぴぽぴぽぴぽーんという音が響いていた。
☆☆☆☆☆
『筋肉対決』
その日、帝都放送は異様な熱気に包まれていた。先週の予告時点で既に瞬間視聴率が21.4パーセントを記録した今週の『筋肉技能特別生放送』。
最大最強の素人主婦の異名を持つ褐色緑髪の小森マイ。
275センチという超長身を活かしきり、この『筋肉技能』初出場で新記録クリアという偉業を達成。昨今のトレーニングジムブームに乗って各ジムのCMに軒並み出演。また国営放送でのテレビ筋肉体操第一第二や、見た目とギャップのあるアニメ声が受け彼女をモデルキャラクターにしかつ主演声優を務めた『筋肉魔法少女マッスルマイ』がスマッシュヒットとなり、今や押しも押されもせぬ筋肉の女王ポジションである。
彼女に挑むのが満を持してついに『筋肉技能』に出場するスーパータレント椥辻ソフィーリア。日本国籍ながら金髪碧眼、天使か女神か妖精かといわれる恵まれた美貌。数々のバラエティで披露した超人的な身体能力は各スポーツ界からオファーがあるものの、芸能活動優先で一切断ってきた彼女。ついにハリウッドでシンデレラデビューし凱旋帰国したばかりの彼女が最初に選んだのが小森マイへの挑戦であった。
これで盛り上がらないわけがない!
帝都放送は出し惜しみをしなかった。現在のテレビ調査制度では超えるのは不可能といわれる史上最高視聴率『第14回帝国歌劇合戦』81.4パーセントはともかく、『ザ・ビートルジュース日本公演』56.5パーセント、あるいは『2010日本対ハラグアイワルイワ戦』57.3パーセントは抜いてみせるという意地と名誉を賭け社を挙げた絶対勝利の体制が組まれた。歴代の全筋肉技能ステージを広い野外スタジオであるグリーンスタジオ一杯に組み、2時間連続で二人にライブで挑戦させるというまさに超人的企画である。
なおこんな無茶な企画を受けてくれるのかダメもとでオファーしたところ、揃って大丈夫ですと即答されスタッフ全員ずっこけたというエピソードはもはやどうでもいい。
もちろん民放のことであるから完全に連続というわけにはいかない。CMを挟むため、ステージはいくつかの『ピリオド』にまとめられ、3分間の休憩(CM)を入れる。2時間ライブといいながら、実質の競技時間は1時間24分だ。
夜7時。
グリーンスタジオにカクテルライトが灯る。昼間のような明るさになったステージには今回の特別司会、お笑い界の帝王放出まぐろと、去年の朝ドラ主演ですっかり国民的女優になった榿ノ木淳和の二人が立つ。
「「筋肉技能スペシャルライブ―! アルティメットヴィーナスファイナルバトルーー!」」
この二人にわざわざタイトルコールさせる時点で帝都放送の本気度が分かる。このクラスになるとタイトルコールの後に登壇するのが普通だからだ。
「さーはじまりましたで淳和ちゃん。最強の筋肉美女を決める頂上対決ということですが!」
「そうですねまぐろさん。知名度では椥辻ソフィーリアさんが圧倒していますが、そのソフィーリアさんが今回は挑戦者ポジションですからね」
「あー、そやな。淳和ちゃん。ぼくらもソフィちゃんがデビューしたての頃から知ってるけど、まあすごかったよな」
「はい、オリンピック選手が驚くぐらいの身体能力でしたからね」
「しかも今やハリウッド女優やもんな。演技もアクションも出来るってことでこれから5本の契約があるそうやで」
「私が聞いた話では10本は確定だそうですよ」
「うっわーまじかー。やっぱデビューしたての時にお誘いしといたらよかったー」
「え、何にですか?」
「そんなん決まっとるやろ。新喜劇や」
どっ!
オープンスタジオは公録ではないので客はいない。笑い声は単なる効果音である。念のため。
「そしてディフェンディングチャンピオンが小森マイちゃん!」
「はい、筋肉界では知らない者はいないというか、とにかく目立ちますよね彼女。特に身長が」
「せや。普通の人間の倍あるわ。面積は2乗やから4倍。体積は3乗やから8倍や。中卒やけど数学は強いで」
「義務教育の星ですね」
「さて二人はすでにスタート位置にスタンバってるようやで。実況の巽南秤ちゃん! 第一ピリオドの準備はどうでっか!」
『はーい、まぐろさん! こちらは第一ピリオドステージ。ここは7つのアクションエリアで構成されています』
巽南秤は元オリンピックのフィギュアスケーターであり、今はスポーツキャスターに転向している。
『この第一ピリオドは5段の足場の斜面を飛ぶフィフスエレメント、逆回転するローラーの山を越えるストーンズ、トロッコの要領でバランスを取りつつ滑走するバルキリー、左右に揺れるお邪魔ポールを避け魚の骨のような足場を抜けるボーンダッシュ、離れた二本の空中レールのバーを握り、途中でジャンプで乗り換え滑り降りるバーライド、5枚の重い壁を押しながら進むパワーラン、今回最終重量は1トンです。そして最後は逆バンクになっている壁を登りきるヌリカベ! 実に10メートル!』
「うっわー、これだけで今までの筋肉技能ステージ以上のハードさやなあ!」
『はい、そうです。しかもこの後、第2ピリオド、第3ピリオドと続きます』
「今回の特別ルールでは第4ピリオドまでの平均点と、最終のファイナルステージでの点数の合計により勝者が決まります! なお、挑戦順は第1ピリオドはチャレンジャーの椥辻さんからですが、その後は前ピリオドの点数の低かった方が先にスタートします」
「なるほど、各ピリオドで仮に失格してもファイナルステージでの逆転もあり得るってことでんな! 考えましたなディレクター!」
「さあ、いよいよ注目のお二人、最初の挑戦です! まずは挑戦者椥辻ソフィーリアさん! オンユアマーク!」
金髪の爆乳美女。椥辻ソフィーリア18歳がスポットライトに浮かび、スタート位置に立った。
翌日。
「おー、マイちゃん。昨日のテレビ見てたでー。面白かったわー」
「ありがとう! シゲさん!」
最近の日課になった夜明け前のランニングで、市場から魚を仕込んできたシゲさんと挨拶をかわす。
いつものことだ。
いつもと変わらない、朝。
冒頭の怒涛の「1話の後のあらすじ」は、ちゃんと小説に書くとものすごく長くなってホームドラマまで届かないうちに力尽きそうだったので、こんな感じにしてみました。
ものすごい早口で語ってる風で読んでいただくと、作者の意図どおりになります。
ちゃんと書け! という感想をたくさんいただいたら考えます(横暴)。
二話の昼下がりの誘惑とは、おわかりでしょうが芸能界からのお誘いです(タイトル詐欺)。
三話の筋肉対決に出てきた椥辻ソフィーリアが気になる方は、拙作『姫とおっさん、マジわるストーリー』をお読みいただければ幸いです(宣伝)。
ではまた! じゃーんけーん、んがんぐっ!