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マジカル☆聖チート幼馴染☆ラナちゃん

幼馴染が聖人になった少年の話。———剣を総べる者。

過去に私の作品を読んでくださった方は、ありがとうございます。

初見のかたは、あらすじにある通り過去作を見ないと解らないかもです。申し訳ありません。


過去作・ https://ncode.syosetu.com/n9351fh/






 私が初めて剣を握った――――握らされたのは、…恐らく、2歳くらいの頃だっただろうか。





―――――――――――――――――――――――――――――





 「貴様は『剣帝(ブレイドルーラー)』となるのだ。」


 父からもらった「モノ」と言えば、その言葉だけだろう。


 広い屋敷。多くの使用人。

 そこだけが、私の世界だった。



 早朝に起こされ、「身体作りのため」と言われ皆と異なる物しか口に入れさせてもらえず。

 鍛えるために動けなくなるまで身体を酷使し、気が付けば日が高く昇っている、という状況だった。


 休む間もなく昼食を無理やり押し込まれ。

 震える身体を引きずって木剣を握っては、見上げるほどの大人たちから全身をあざだらけにさせられ。

 時には、どうやって連れて来たのか、野生の魔物となんの助力もなく戦わせられ。


 痛みに堪えながら夕食を摂り。

 汚れを落とし、貴族の作法を教えられ、「睡眠で回復できる程度の傷と疲労」を残して無理やり治療させられ。


 また、次の日が始まる。




 それを、女神イヴン様の加護が授かる15歳まで。

 延々と強制させられた。






―――――――――――――――――――――――――――――






 それは、いつだったか。恐らく私がまだ幼かった頃だろう。


 私が偶然、屋敷の外を見た時。そこには、キラキラ笑う大人の女性と男性、その間に小さな子供が手をつないで、並んで歩いていた。


 なぜか。その光景から目が離せなかった。

 そしてその3人が見えなくなるまで。私はずっと見続けていた。




 …それを見た時、心が何か、「よく解らない物」を欲したのを感じた。




 「笑顔」については知っている。なんでも社交界などで必要になるとのことで、ずっと練習させられた。


 あの子共は何を思って「あの大人たちに媚びを売っているのか」と疑問に思ったが。

 だとすれば、なぜあの男女もあの子共に媚びを売り返しているのか、と妙な疑問も起こる。


 …違う。あの笑顔は媚びじゃない。

 違うのは解った。だが…。

 私の知らない笑顔であった。


 そして。

 その光景が、とても尊い物のように感じた。





―――――――――――――――――――――――――――





「…。」


 ある夜。後は部屋に向かって眠るだけとなった時。

 ふと、廊下の先に父がいた。


 あの時の、男性女性と子供の事が過った。

 …いや、ただの男女ではないだろう。あれは「両親」なのだ。


 私の母は、産後に還らぬ人となったと聞いていた。そのため私は母を知らない。

 父を目の前にして、私はくだらないことを尋ねようとしていたのだ。





 「なぜ、父は私を愛してくれないのだ?」と。




 マナーの先生に尋ねたことがある。「父上は私を好いていないのか?」と。

 彼女は言う。「そんな下らないことはどうでもいいだろう。」と。


 私を袋叩きにする大人どもに訊いたことがある。「なぜ父上は助けてくれないのか。」と。

 ニヤニヤしながら彼らは言う。「当然だろう。」と。


 「愛」とは、男女が共に惹かれ合って、育むものだと聞いた。

 だが、あの光景を思い出す度に。あの笑顔が媚びではなく、もしや―――――と。



 そして。だとすれば。

 親は子にも愛を向け。子もまた親を愛すのではないか、と。



 愛するとは何だろうか。なぜあの子に出来て、私には出来ないのか。


 私の中で様々な疑問と思考が渦巻き、ただ立ち止まってしまった。




「…。何だ?」


 私が小さく口を開閉していたせいか、父は私が声を掛けようとしたことに気付いた。


「っ。」


 その時の私は、父を恐れていた。


 獅子を連想させる金色の毛髪。

 腰に刺さっている剣。鍛えられた巨大な体。常に不機嫌そうな、尖った目つきの青目。

 私を傷だらけにする男たちが、頭を下げて従っている姿。

 そして、こうして移動した時にチラっとすれ違う程度の接点。


 父の低く脅すような声に、喉が干上がった。



「え、と。あ。 あの。

 す、こし前に、あ、何というか。窓際から、親子を見て。」

「…親子?」

「見知らない親子がいて。」

「窓際…。」


 私の言葉を呟き、眉根を寄せる父。マズいことを言ってしまったのではと震えあがる。


「え…と。」

「ちょうどいいな。」


 父は「ふぅ」と一息置いて、こちらを睨んだ。


「見ただろう?あの何も知らなさそうな愚鈍としたバカ面を。」


 そう言われて、私は殴られたような衝撃を受けた。

 父にとって、愛を交わすこと―――「笑顔」は、そういう物なのだ、と。


 父にとって「愛」とは。「愚鈍とした、軽蔑すべきもの」である、と。


「我らはああいったものすら、守らねばならん。剣帝に限らず、我ら貴族はな。」


 そういい捨て、父は去っていった―――――――。





――――――――――――――――――――――――――――





(親子でこの屋敷の前に…。

 どこかで平民の一家に恨みを買われるようなマネをしたか?

 あるいは物乞いが出るほど、この近辺は治安が悪くなったのか?)


 少女の父が娘から話を聞き、そのように考えていた。

 少女が言い淀んでいたのは、その「窓際から見た親子」とやらが恐怖の対象になっていたから、と判断したのだ。


(…剣帝になるべき存在が、そんなものを恐れるとはな。)


 治安か恨みかよりまず第一に。

 自身の教育が甘いのか、と当主は頭を抱えた。






―――――――――――――――――――――――――――――






「―――――おお!ブレイド―――!!あ、ゴホン、し、失礼しました。

 エルズ・グレイド公爵嬢様。あなたは『剣帝(ブレイドルーラー)』の加護を賜りました。」


 屋敷に呼ばれた神父が、私に祝福の儀を行った。

 公の場で祝福の儀を行って『剣帝』でなかった時のことを考えてのものだそうだ。


「…。」


 父は、特に何もリアクションを起こさなかった。

 私が剣帝になったのはさも当然であるかのように。








 少し期待していた。剣帝になった私に、父が良い感情を抱いてくれるのでは、と。


「――――、――。」


 だから父の部屋から声が聞こえた時、その内容に興味を持った。








「――用意していた幼子たちはどうしますか?」

「捨て置け。」

「しかし、既に養子の手続きを終えているのでは。」

「知らん。剣帝が生まれた今、公爵の地位は安泰だ。黙らせろ。」





 ―――。

 養子?


 え。





 幼子たちって。

 …私が剣帝(そう)でなくとも、既に変わりの手を?


 いや、養子?

 私は―――?






「他の連中はどうだった?」

「…『戦士(ファイター)』『剣士(ソードマン)』といったハズレが20、『剣豪(ソードマスター)』3、『剣聖(ソードルーラー)』1、『剣王(ブレイドマスター)』は居ませんでした。」

「…そうか。」




 …。

 は?




「彼らはどうしますか?」

「剣聖は男だったな? ヤツは保護しておけ。剣帝に相手(・・)が出来なかった時の為にな。

 剣豪は…見どころがあるのなら拾っておけ。

 後のゴミどもはお前に任せる。」

「…養子の反故による違約金、『保険』の教育費など、あまり少なくはありませんが。」

「…ゴミどもの処理はお前(・・・・・・・・・・)に任せる(・・・・)

 貴族の子としてマトモな風体の連中を選ぶように指示していたが。」

「は。かしこまりました。」




 ?????????




 『保険』。教育費。

 …この屋敷には私以外、同年代の子はいなかった。

 他所で、私と同じような育ちをした子が?






 処理? 金銭の問いに対して処理・風体。




 私も子供ではない。…嫌な連想をしてしまう。


 自身にそういった視線を送るのは――――。

 訓練の時の、オーガやトロルたちの下卑た目を思い出した。




 …悪寒が走った。





「しかし思わぬ拾い物でしたね。あの剣帝は。

 主がアレを拾わなければ、我々のこの15年は徒労に終わる所でした。」

「うむ。 ただのあの汚物から娘を押し付けられた時はなぜ彼女を引き取ったか解らなかったが。

 もしやすると、『私の「剣王」』も捨てたものではなかったという事やもしれんな。」



 汚ぶ――――。

 汚物から娘。一瞬なんのことか解らなかったが。



 ―――父は、浮浪者或いは物乞いの母から、私を託されたのだろう。

 それを、おそらくその時の気分か、或いは養子集めをしていた時のついでとして。











「は、ははは。」


 父の部屋から離れ。

 自室に入った私は、乾いた笑みを浮かべていた。誰かに媚びているわけでもないのに、笑っていた。


 寝具と、刃を潰した鉄の剣が近くに立てかけられた、寝る為だけの部屋。




 母は、死んでいなかった。

 私を父に押し付けたのは、きっと自身の手で私を育てる余裕がなかったからだろう。

 私を重荷としか感じていなかったのだ。


 …父の裕福さを見取って、私の為に、なんて浮かんだが。

 それは私の都合のいい希望でしかないと思い至った。



 父に愛されたい。

 ずっとそう思っていたのに。…全てを知った今、そう思った自分自身にすら、吐き気を覚えた。



 逆らえないだろう。

 15年。私の『剣帝』が目当てだったとして。アイツが私を育て上げたことは、紛れもない事実だ。


 ―――当主の不正をどこかに漏らすとして。

 漏らす相手は?その後のこのグレイド家は?


 私を袋叩きにしていた連中(12歳あたりから此方が逆に打ち負かしていたが)も。

 教養を与えて来たあの教師も。

 誰一人信用できる存在がいなかった。







――――――――――――――――――――――






 結局、私には何も出来ず。

 当主の駒として都合よく振る舞うことしか出来なくなっていた。



 「我々グレイド家の使命は、剣士として民を守ること。」


 当主の剣王のその言葉は、彼の行いと比べ随分と綺麗なものであった。

 その「民を守ること」だけが、私がグレイド家として胸を張れる信条であった。

 まぁ、私が活躍すると「グレイド家の手柄」となることが、なかなかに不愉快であったが。






 剣帝になって暫く。3か月くらいだろうか。

 とある魔物被害のひどい辺境の地へ「剣豪」と「剣聖」の4人を引き連れ、内密に遠征に向かうこととなった。

 剣豪の内、1人は女性だった。剣聖は聞いていた通り男性、残りの剣豪2人も男性だった。


 男性3人は、私に積極的に話しかけて来ていた。

 私の旦那となれば、当主になれると思ったのだろう。

 …私個人としては、あの話を聞いてしまった以上、当主になりたいとは思えなかったけれど。


 そもそもグレイド家は他の公爵家2つと同様、初代剣帝に与えられた爵位だ。

 他の貴族から付け入る隙を見せた瞬間、その地位を脅かされる不安定な地位にある。


 ――現当主が剣王だった。それはつまり、剣帝がいなかったということ。

 きっとグレイド家は、剣帝を輩出できずに権力が低下していったのだろう。

 もしそんな状態で他の貴族が剣帝を輩出したとすれば―――と考えると、なりふり構わずも解るが。



 自身にすり寄る3人と、それに羨望の念を乗せた視線を送ってくる少女にうんざりしながら。

 初めての屋敷の外への感動を覚える間もなく、自然とグレイド家の窮地を改めて考えていた。








 遠出先。「遠出」と言っても言うほどそう遠くない、グレイド家の領地にある村。


 グレイド家の救援という訳ではなく、偶然寄った旅の者ということになっている。

 「万が一失敗したとき、家に泥を塗るわけにはいかない」とのことで。

 今回が初めての遠征だ。失敗しても問題ないように手を打ったのだ。


 部屋を貸してくれた村長に形式上の軽い挨拶。…つい貴族然とした挨拶になったが、ただの丁寧な冒険者と受け取ってもらったようだった。



 数日の滞在、簡単な調査と魔物の巣窟の発見、そして掃討。

 正直、過剰戦力としかいいようのないものであった。「剣豪」1人でどうにかなるレベルの物だ、「剣帝」が出るものでもない。

 「実際の戦場」の空気と共に、「一般的な平民がどの程度の魔物相手を脅威に感じるか」も、ある程度察せる内容であった。



 魔物の掃討から、村に帰った時。 私は軽やかな気持ちであった。

 「人々の役に立てた」と。私の行いが、この村の人たちを救ったんだ、と。


 晴れた心情で王都に帰還した私は、…しかし。何か虚しいものを感じた。






―――――――――――――――――――――――――――――






 それから。

 幾度か、グレイド家の名を背負って魔物の討伐を行った。



 …最初の遠征で感じた虚しさは、どんどん積み重なっていった。

 何度か同じことが折り重なって、解った。遠征先で何度か感謝されたが―――形だけであった。


 「魔物を倒してくれてありがとう。」…。

 彼らの感謝は「この人が魔物を倒したのだから、感謝せねば。」であった。

 そして何より、感謝の行先がグレイド家に向かっていたことが、この上なく不快だった。




 ―――。

 実家への不信感。人との交流の少なさ。付け入れられないようにと他貴族への警戒。


 幼少期の教育の甲斐もあり、貴族連中には愛想よくできているが。

 愛想なんてどうでもよい平民相手には、ありのままで接すようになっていった。


 平民への態度が乱雑になっている自覚はあったが、それで実家の印象を穢すのであれば、それはそれで良いと思った。

 …当初は「その後」の事を考えたりしたが。思考放棄して「グレイド家なんてさっさと滅べ」と思い始めていた。


 「本心を晒して接する」。ソレはやがて「表面上の感謝しかしない平民」と合わさり。

 いつしか、平民全員を本心から見下すようになっていった。






――――――――――――――――――――――――――――






 「賢人(ウィズダニア)」と「勇者(ブレイバー)」との顔合わせ。それは唐突だった。



 オルレイド家の子の「勇者」。ノウズ家の子の「賢人」。私が育ったグレイド家と並ぶ、公爵家。


 勇者を過去に幾度も排出したオルレイド家と違い、ノウズ家も少しずつ権威を失っていたという話だが。

 今回は3公爵家全員が、顔となる加護の子を生み出したわけだ。

 …私は、ただの養子だけれど。








 顔合わせと共に、陛下への謁見も行うことになっている。

 公式に3公爵の顔である加護を揃えることで、この王国―――ドミナリオ王国の武力の誇示を行うのだ。

 民への象徴、心の拠り所になるということである。



 王宮へ招待され、まず最初に公爵家3人顔を合わせるために、客間へ案内される。

 私が一番最初だったようで、広い客間で待ちぼうけを受けることになった。


 …。壁にかかった絵画。飾られている鎧やら、長椅子、机。

 素人でもわかる、高級な調度品の数々。寝具しかなかった私の部屋と比べ、随分と豪華だった。



 コンコン。


「失礼します。」


 私を案内してくれた、宮仕えが、扉を開けて此方に軽い会釈を行う。

 次の人が来たようだ。



「こちらです。」

「…。」

「っ。」


 広い鍔をした、灰色のとんがり帽子。 体は白いローブにすっぽり包んでいる

 晴れた青空のような綺麗な髪を持ち、銀色の瞳を、眼前に持ってきている書物へ向けた、少女だった。


 帽子で少々解り辛いけれども、私より少し低いくらいの身長だった。



「――初めまして。グレイド公爵家の長女、エルズ・グレイドです。」

「――――ノウン家。ミア。」


 私のあいさつに、視線を一瞬だけこちらに向け、すぐに書物へ戻した。そのまま私の隣に腰を下ろす。

 …こちらを見て名乗るべきではないのか?と少々彼女の態度は無礼に感じる。


 これが普通の面倒な貴族であればそのままでも良いけれど。

 後々は勇者と、まだ見つかってない「聖女(メイデン)」か「聖男(ヴァジニア)」を含めた4人で連携し、各地を平定すると決まっている。

 少しでも親睦を深めた方が―――。


 そもそもそれ以前に。

 公爵嬢として育った身として、同じ立場の彼女と仲良くなりたいとも、思っていた。

 「剣帝」と同レベルの「賢人」の加護だ。相応の苦労を重ねた筈――――。



「…。」

「――――。」


 あ、あー。

 貴族令嬢として話すべきなのだろうか。

 いや、そうすると、私が忌み嫌っている連中と彼女を同列に扱うことになるのでは?


 …。…?

 あれ? どうやって接すればいいんだ?


 貴族教養で学んだのは他の貴族との接し方だけだ。

 私は今、無学のままに15年にして初の友達作りを行おうとしているのだ。

 無謀にもほどがあるだろう。


 いや、しかし。今ここで話さなければ、いつ話せばよいのだ?

 非常に気まずいが…勝負に出るしかないか?



「あ、な、なぁ。」

「…。」


 ミア嬢に声を掛ける。

 …私の声に一切の返答は無く、ただパラリとページを捲る音が聞こえた。


「…。」


 声が小さかった――――ということはないようだが。

 …熱中しているのだろうか。読書に。


「…。」


 え、と。えと。

 私は…あー、考えろ。


 話題―――う、む。


「…あー。何を読んでいるんだ?」

「…。」


 あ、ららら。


 無難な話題を振ってみたけど。

 相変わらずなんのアクションなし。


 失敗した、と内心で頭を抱えていると、ミア嬢がふっと顔を挙げた。


「…3代目賢人ドムカルト・ノウズ公の著した『戦術的魔術の実例と応用』。

 少し前までは5代目賢人レミル・ノウズ公の記した『戦場での最適な魔術師の選択肢』。

 その前までは初代賢人セリナ・ノウズ公の残した『後世の賢人へ捧ぐ』を。」

「…はぁ。」


 …。

 全然解らん。


 恐らく代々賢人たちが残した書物なんだろう。ノウズ家が保管している。

 あーあーいやいや、困惑している場合では!


「後世の賢人へ、とのことだが。何が書かれていたんだ?」

「…。」



 生活魔法もあまり上手く出来ない私では魔法の話題は出来る気がしない。

 とりあえず、魔術要素と関係のないものに触れてみる。



 …。

 尋ねてみて、ふと私もその「後世の賢人へ」の内容に興味を持った。


 初代の賢人は何を思ったか。

 もしかすると初代剣帝も同じように、後の剣帝へ何かを託していたかもしれないから。


「ん…。特別には何も。長々と彼女が賢人になるまでと賢人になった後のことを記して。

 その時の心境やら、つるつるーって。最後に、メッセージがあった。

 簡単に要約すれば…。『励め』。それだけ。」

「ハゲッ…それだけ?」

「…。」



 なんともコメントし辛い…。


 私が返答に困っていると、そのままミア嬢は読書に戻ってしまった。



「…先人の言葉に期待せず、自らの思うがままに…っということか?」


 先人などの導きなく、唐突に巨大な加護を背負わされた人たち。

 私たちが自身らのように足掻くことを望んでいる、と?


 …。

 何人にも縛られず、自身の力をありのままに行使する。

 きっと彼ら彼女らは、現代のように貴族のしがらみなんかなく、自由にそれが出来たのだろう。


 それは…とても羨ましいことだった。









 やがて。勇者であるロルド・オルレイド公がやってきたが。


 私と軽い挨拶の後。

 挨拶の時のチラ見以外で読書から一切ロルド公へ視線を向けないミアに対し、ロルド公が様々なアプローチを仕掛けた結果。


 ゴスッと音がした。


「っ。」

「クァイっ!?」


 あきれ顔でロルド公のアクションを見守っていた私も。ミア嬢をずっと見ていたロルド公も。

 彼女の杖捌きを見切れなかった。




「私は。

 読書を過ごす静かなひと時を妨害される以上に。

 全く利を得られない不必要な会話・干渉に対して。

 この上ない圧倒的な激情を感じます。

 それをどうかご理解願います。勇者ロルド公。」




 その時、無表情のミア嬢に見つめられ、涙目になったロルド公を私は軽蔑できなかった。

 彼女の殺気が向けられていない私ですら、寒気を覚えたのだから。




 その後の謁見に関しては、主にロルド公が対応した。

 ずっと頭を垂れて、王の話を聞いていた。



 退室時に僅かに顔を見ただけだったが。

 王にあるべき壮大な器を、その人から感じ取った。



 私の中でドミナリオ王は、「恐れ多く畏れ多い、堅実な為政者」という画として残った。

 ―――彼がお忍びで城下町の酒場にいたのを見かけるまでは。






――――――――――――――――――――――





 「聖人」が見つかった。「見つかった」よりも「降りた」と言うべきか。

 「聖女」「聖男」ではないことに疑問を持ったが、「どちらも大して変わらない。」と謂われていた。 

 ―――少なくとも、教会や一般ではそう思われていたようだ。




 辺境の地の平民。


 王の居る場であるに関わらず、傍に控える神官が大仰に肩で息をしていたのが印象的だった。










 いつから用意されていたのか、私たちに合わせたらしい、立派な軍馬が3匹。

 …有無を言わさず、その日の内にそちらへ向かうことになった。









 村に着いた。

 今日は鎧を着こまず、軽装備で来ていた。

 それでも立派な仕立てはこの田舎で目立つ。平民たちが物珍しい物を見る目でこちらを見てくる。


 …グレイド家を堕とすために汚い恰好をするのもよいかもしれない。

 ま、ロルドやミアがいる以上、さすがに自重はするが。


 …。



「お前が聖人の?」


 ……。


「あの、私は、ただの農民で…。」

「…? 農民?」




 ロルドは何がしたいのか、ノロノロと少年との会話を続ける。

 …。



「ロル。 ソレは農民なんでしょう?なら別に構う必要はない。

 さっさと聖人を見つけて帰ろう。平民どもの視線が五月蠅い。」


 愛想の悪い態度を示しておく。

 私の評価が最終的にグレイド家へ行くのだ。 感謝より不満を貰うほうがいい。


 私が周囲を睨み、全員が黙り込む。 …これでいいのだ。












 ロルドと少年のいざこざを利用して少し悪印象を与える演技をしたりはしたが。

 結局の所、「聖人」である平民―――ラナを確保できた。



 彼女は最後まで、先ほどの少年と共に居ることを望んでいたようだが。

 ―――何故かは解らないが、彼女と少年が共に居ると、胸元が重くなり、ムカムカした。

 彼女の「ハルも連れて行って」という言葉に勇者が本気で悩んでいたのを見て、…幾分か本気で止めてしまったのも、そのせいだった。







――――――――――――――――――――――――






 王都へ連れていかれたラナは、一生懸命に貴族の躾けや聖人としての訓練を受けていたらしい。

 次の遠征まで彼女に個人的に会う事のなかった私は、彼女がどのような暮らしをしていたか、全く知らなかった。






「…剣を教えてほしいだと?」



 夕暮れ。ミアとロルドが居ない時に、その遠征先で。

 ラナが唐突に、私に頭を下げて来た。


「お願いします! エルズさんの剣を、私に。」

「…。」


 ミアは全く話しかけてこないし、ロルドとは遠征の打ち合わせなどを行う程度。

 このような会話をしたことがない私は、少なからず面食らっていた。



 彼女を見ると、何故か胸がムカムカする。

 …正確には、彼女が「彼」と共に居る姿を思い出して。


「はぁ…何故剣を学ぶ必要がある?」

「それは…。」

「剣を振るのは私とロルの役目だ。

 …今回の遠征が初だということを疑うほど、お前の援護は間違いなく一級品だぞ。」


 彼女の業への評価に一切の偽りはない。


 攻撃を与える瞬間に刃へ加護を施したり、私やロルドが相手と距離を取る際に脚への衝撃を防いだり。

 常時掛けられる補助と違い、瞬時の補助は短時間な分強力だ。それでもその「瞬時」が致命的であり、一心同体の仲間同士でなければほぼ不可能だ。

 彼女はそれを、初の戦闘で、何の打ち合わせもなしに。


 私の舌足らずが災いして「一級品」と称したが。 彼女は間違いなくセンスの塊だった。




 そんな彼女が、剣を得てどうするつもりなのか、と。


 …私には、剣しかない。これが全てだ。

 私の剣を奪われたくない、と思うと同時。「私の剣を簡単に模倣出来るとでも」と少々怒りを覚えた。



「お前は後方で援護していればいい。剣は私とロルに任せろ。」

「あなたと、勇…者―――で、でも。やっぱり、どうしても…!」


 …。

 少なくとも、簡単な思いで請いているようではないことは察した。



 今後もしつこく迫られても仕方がない。

 …手荒な手段で断ろう。今後繰り返しこっちに来ないように。


「…解った。その代わり――――少しでも音を上げたら、それっきりだ。いいな?」

「―――!は、はい!ありがとうございます!」


 「聖人」とは言え。15歳まで平民の娘としてのびのびと生きていたらしい子だ。

 私一人で、私が受けたあの地獄を完全に再現できるわけではないが。それを体感すれば、彼女も諦めるだろう。







――――――――――――――――――――――






 早朝と、夕方だけだが。


 時間を指定したのは私だが、早朝というのは私も辛い。

 が、私が表へ出ると、ラナは既に素振りをしている。


「! エルズ先生!お願いします!」

「…ああ。」


 彼女をしごいて、数か月が経った。


 「地獄を再現できない」と言ったが、恐らく私が体感した地獄より、彼女はひどいヒドイ苦痛を味わっているだろう。

 私と戦っていたのは、恐らくは「剣豪」だ。「剣豪」数人では「剣帝」の足元にすら及ばない。

 その「剣帝」の私が、全力で彼女を打ち据えている。彼女は倒れる度、ひどく悶絶していた。

 それでも彼女は治癒魔法を使い、必死に私に食らいついてきた。


 遠征中は、魔力の節約の為に身体中に痣を残したまま、それがバレないように白いローブを纏って。

 私が始めたことではあったが…。


(なぜ諦めない…。)


 彼女が剣を断念するために始めたというのに。


 彼女が這い上がるたび、私はより厳しく彼女を叩き、また彼女は這い上がる。

 何が彼女をここまで動かすのだろうか?



 それは疑問というよりは、ある種の恐怖でもあった。



 ―――その恐怖に覆われ。彼女と顔を合わせても「彼」を思い浮かべることはなくなっていた。






―――――――――――――――――――――――――






(というか。 彼女、私の剣をどこに使っているんだ?)


 何度も遠征を繰り返す内。

 戦闘で彼女が一切剣を使っていないことに気付いた。…いや、気付くの遅すぎだろう。我ながら。


 ミアやロルドには「護身用」と言って、ショートソードを一本持っているが。戦闘中にそれを抜くことは全然ない。




(…。)


 ある街で、訓練まで時間のある日暮れ頃。



 ラナが宿を出てどこかへ向かっているのを見かけた。



 どこかで、剣が必要なことでもしているのだろうか…?

 こっそり、彼女の後を付けていくことにした。




「――――。―――。」

「――。―――。」


(? ここは。)


 そこは、ただの民家であった。

 入り口で家主の男性と話した後、彼女は家へ入っていく。



 …。

 暫くして、家主の男性と、今度は娘と思われる女性が一緒に、ラナを見送りに出て来た。

 男性はラナを抱きしめ、娘は膝を付いて祈りをささげていた。ラナはそれに、恐らく笑顔で対応していた。




 …。

 いや、いやいや。

 私も阿呆ではない。きっと彼女は聖人の力を使って、あの一家を助けたんだろう。


 それは見て取れたのだが。

 …なんというか。その光景を見た私は。とても孤立感を感じた。






―――――――――――――――――――――





(ふぁ!?)


 彼女が初めて剣を使ったのは、とある田舎の村だった。


 彼女が唐突にショートソードを抜いたのは――――。


(はた―――収か――――。)


 剣を抜き、まるで舞うかのように優雅に彼女が切り刻む相手。

 まさに「ソレ」の為に精錬されたような、無駄のない舞い――――。



 ――――――――――――。



(かの――――畑の作物に―――――何ヲ……?????)



 頭痛を覚えた。

 …私の剣を、彼女は収穫技能か何かとして見ていたのか!?

 剣技への侮辱である。私が15年間、苦痛とともに得て来た技能を―――――。






 ――――が。すぐにハッとなった。






(…故郷のことを忘れていないのか。)



 若干私の剣の癖が残っている収穫の舞を見ながら。彼女が、あの少年と共に畑を駆け回る姿を想像した。

 以前ほど胸の不快感はなかった。


 …彼女は、私の舞で「収穫」を連想するほど、故郷を思い続けていたのか。


(…。)


 刃を当てて実を刈り取り。舞に合わせて根菜を抜き。

 まるで高名な「舞師(ダンサー)」や「降霊師(スピリスト)」が土地神を呼び出す時のような。


 「剣への侮蔑」と憤っていた私自身が矮小に感じるほど。

 神秘的な光景だった。





 畑の持ち主たちの拍手や感謝の言葉。それに優雅な一礼で返すラナ。


 ――――まただ。また、あの孤立感。彼女が助けた人たちから礼を受ける度。


 …私が勇者一行になる前の遠征で得ていた感謝。今の勇者一行に対する感謝。

 ソレでは感じることの出来なかった何かを、彼女は――――。






―――――――――――――――――――――――





 その日のことを、私は忘れないだろう。


 いつものように彼女をつける。

 この村ではどうやら採取を手伝うそうだ。ご老人夫婦と一緒に山へ、さまざまな山菜や薬草を採っていた。


(…田舎育ち故か、随分と詳しいようだな。)


 何を言っているか解らないが、夫婦が採っていない草を手に取って数度かやり取りしている様子を見るに、きっと夫婦も知らない食用物の情報交換をしているのだろう。



 ―――――っ!


 不意に殺気。

 ラナも気付いたようで、腰の剣を抜き、老夫婦へ距離を取るように指示を出したようだ。



 やがて私とラナが警戒した方から、木々をなぎ倒し一体の茸苔巨人(トロルスポア)が現れた。



 ――再生能力の高いトロル。ソレに寄生する、回復魔法と再生促進力を持つ寄生茸。

 その再生力の維持のため、準環境破壊ともいえる恐ろしい食欲を持った魔物。



 人の子供ほどの大きさがある指を回避しながら剣を振るうラナ。


 初めて戦闘で剣を使う姿を見たが。

 ―――彼女の持つ補助魔法を用いた、独自の剣術。

 私のソレの面影はあるが、独自に発展させたそれは、悔しいが恐らく…。



 だがダメだ、彼女の剣では致命傷を与えられないようだ。

 …。――――まぁいい。彼女が私の剣をいつ使うのかが気になっていたんだ。もう目的は果たした。




「っ!エルズ!」

「ちょうどいい実習相手を見つけたなラナ。」


 すぐさま彼女の傍に駆け寄り、剣を抜く。


「さて。私との連帯練習でもするか? 今まで手ごろな獲物を用意できなかったし、ちょうどいい。」

「あ、はい!エルズ先生!」


 今まで私と1:1で対峙していた彼女と、肩を並べての剣技。

 …ロルドよりも、信頼感があった。







 …。

 戦闘後。私は戦慄していた。


 彼女自身への瞬時補助を行いながら、まるで私を常時監視しているように瞬時補助を掛けてくれる。

 「軍師(ストラテジスト)」や「観測者(オブザーバ)」でもあるまいし。聖人というのはこんなにヤバイやつらばかりなのだろうか。



「ふぅ。なかなかやるな。」

「はい!ありがとうございます!」


 ラナはうれしそうに笑う。

 …。


 …?


 いや。あれ?

 私は別に、彼女に媚びる必要はない。

 なのに―――なぜか。頬が、緩んでしまった。


 これは―――。



「あ、あの。」


 。

 呻くような、少し震えた声。


 そうか、あの老夫婦か。


「あの巨人は…。」

「はい、倒しましたよ。

 あ、確か…あのキノコは『トロッシュルーム』という、上位治癒薬の材料になるはず。

 取ってきます。」

「え、あ、ちょっと。」


 ラナは唐突に思い出したかのように、トロルスポアが伸びている場所へ行ってしまった。


 う、わぁ。

 老夫婦の2人と一緒に取り残されてしまった。


「…。」


 超気まずい。

 いつものように平民には不愛想にしていたのだ。

 先ほどラナに笑みを返したのを見られたとすれば、とても恥ずかしい。


 場が持たない、何とかしないと――――。






「ぁありがとうございました。」






 。





 。





 ?




「ラナ様と私たちをお救い下さって、ありがとうございました。」

「本当に、ありがとうございました。」


 最初に老婆が、私の手を取って。

 次に老夫が、深々と頭を下げて。






 世界から音が消えたかのような錯覚。


 その真っ白な世界の中で。

 老婆の手は、とても暖かかった。










 その遠征の終わりにもらった感謝の声援。私は自然とその老夫婦を探していた。

 彼らが笑顔でこちらに手を振っていたのを見つけた時。私は危うく泣きかけていた。







―――――――――――――――――――――――――――――






「嬢ちゃん、本当に大丈夫か?」

「は、はい。一応身体を鍛えて――。」


 風車小屋にて。重い粉袋を運ぶ彼女。

 ヨロッ


「あ―――。」

「っ、馬鹿。」


 つい、また助けてしまう。



 あの遠征以降。

 私はこうして彼女の後をつけては、可能な限りで助けるようになっていた。


 というかこうして見ていると、彼女はとても危なっかしい。今回も無理に重い物を持って倒れかけていたし。


「…ありがとう、エルちゃん。」

「『ちゃん』はやめろと言っているだろう。

 全く。私がいることを前提にして無理をしてるんじゃないだろうな?」

「。 それは、あ、多分。」

「胸張って否定しろよ。少しはごまかす努力をしろ。」


 自然と、そんな下らない話をすることも増えていた。





「はは!聖人様も剣帝さんも、ありがとうな。」


 風車小屋の男が、そういってニカっと笑う。


 …また、心があったかくなった。








 気付いていた。

 遠征先で、ラナが見回りをして。ラナの手に余る事柄が起きた時は、その手助けをした。


 ――手助けをした時の帰り道だけは。何故かそれまでと違い、素直に感謝を受け入れることが出来た。


 彼らの感謝は、グレイド家や勇者一行――王国に向けての感謝だ。きっとそれは変わらない。変わっていない筈だ。それなのに―――。

 きっと、私の方が変わったのだ。








「ラナ。いいか?」

「ん?」


 いつもの彼女の手伝いを終えて。

 訓練までまだ時間がある。休憩していた彼女の隣に腰を下ろした。


「…ラナは、さ。どうして皆を助けるんだ?何かもらえるわけでもないのに。」


 …我ながら、馬鹿な聞き方をしたと思う。


 私はただ、知りたかったのだ。「なぜこうして手伝いをするだけで、こうも受け取れ方が違うのか」と。

 私よりも先に手助けをしていたラナなら、知っていると。そう思って。


「? どうして、そう?」


 あ、あーあー。

 小首をかしげるラナに、言葉を詰まらす。

 本当に聞きたい事ではないことを聞いてしまったのだ。何と答えればよいか…。


「えっと、さ。私たちは、その、皆を、大勢を救うために、こうして各地の魔物を転々としてる。

 実際に、言うほど沢山を救えているのかって言われると、どうだという話だが。」


 「我々グレイド家の使命は、剣士として民を守ること。」

 私の最初の原動力。それは今も変わっていない。


 グレイド家の駒として、それでも私の誇れる信条。だから魔物を倒して、皆を救う。

 それで―――。


「では。

 『大勢を救っているから、別に目の前で倒れて死にそうになっている方は見過ごして良い』と?

 ちょっと極端で意地悪な例えですけれど。」


 彼女は声を少し厳しく、しかし諭すように微笑んだ。


「一人を殺して見ず知らずの千人を救う。

 それが正しいことであったとしても、私は絶対に躊躇い、千一人を救う方法を探し求めます。

 まぁ、今の所はそんな場面に陥ったことはありませんから、実際に出来るかどうかは別ですけれど。

 少なくとも、エルちゃ――エルズと一緒に沢山の人を救えることも、私は誇りに思います。」


 でも、と一呼吸置いて。ラナは笑った。


「目の前の人を救えない人が、見ず知らずの大勢を救える筈がないでしょう?」


 。

 そんな当然な、当たり前のことを。

 …気付かされた。


「それに…悲しいじゃないですか。

 私たちが何を守ってるのか、全然知ることが出来ないなんて。」


 そういって私から視線を外し、静かに目を閉じた。


「私たちが守った物がどんなものか、知りたいとは思いませんか?

 私たちが守った人。守った生活。守った村。守った都市。守った世界。

 そして―――知ってほしい、と願うのは、俗物っぽいでしょうか。」


 こちらにゆっくり向き直り、悪戯っぽく彼女は笑う。


「あなた達を守った私は、こういう人ですよーって。

 どうせ後々伝記とかで雲の上の存在にさせられるんです。少しくらい、皆と触れ合っても――。」



 。

 知って、ほしかった。



「エルズ…?」



 グレイド家に。国に感謝を向ける平民たち。

 グレイド家の剣帝。ドミナリオ王国の剣帝。彼らの目には「エルズ」という「私」はいなかった。


 けど。

 ラナがなだめようとして失敗した馬の世話。

 ラナが何も知らないくせに受けてしまった鍛冶手伝い。

 ラナがこっそり勝手に受けて見て居られずに助力した討伐依頼。


 あの老夫婦。あの風車小屋の親父。馬の主。鍛冶屋の主。村の神父。



 彼らは。私にも言葉を送ってくれていた。



「う、ぅ。」

「―――。」


 愛して欲しかった。

 母に捨てられ。父には駒扱いされ。それでも剣しかなくて。


 だから私は、ラナに―――故郷に少年を残していたラナに、「嫉妬」していたんだ。






 愛することも愛されることも知らなかった私にも、解ったことが一つだけ。



 「人に、自分を知ってもらえる、喜び。」



 「剣帝」なんていう人形でしかない私を、知ってもらえること。

 「剣帝」という、権力の象徴でしかない私と触れ合ってくれること。



 愛し愛される以前に。私自身すら忘れていた、原初の喜び。

 それを彼女は、知っていた。





「うう…。」

「エル。」


 声を押し殺そうとして、でもそれに失敗した私を優しく抱きしめてくれるラナ。

 …記憶にある中では、初めてだった。私を抱きしめてくれた人は。




「大丈夫。大丈夫だよ。私も、ミアもいるから。」

「ぅぅぅ…。」


 今のやりとりだけで、私が欲していたものを知ったのだろうか。

 あぁ…彼女には、敵わない。





 その日から。夕方の訓練は、私のための物に変わった。







――――――――――――――――――――――――――――――――――






 暫く経った。


 最近ではミアにも、ラナは師事しているそうだ。

 私との訓練で、聖人の治癒魔法を使わなくなった。使う必要がなくなったと言うべきか。


 私がいないところで、ミアもラナから何かされているようだった。

 今までどこへ向かっても、無表情で本を見ているだけだったのだが。

 最近では本をしまい、顔を上げるようになっていた。


(…無表情の人形みたいだったけれど。なんだか生気が溢れているような。)


 変化に気付いた頃は、彼女はこんなに可愛い表情も出来るのか、なんて驚いたりしたこともあった。


「…あなたこそ。いつからそんなに愛想よくなったんですか?」


 そのことを指摘すると、そんなことを返された。

 いうほど変わったかと尋ねると、「今まで誰も寄せ付けていなかったでしょ」と返された。

 …ミアとは前から仲良くなりたいと思っていたのだが。彼女にも壁を作っていたらしい。




 その日の早朝。

 前日の遠征がなかなか厳しい物であり、宿の部屋へ入ったのが少々遅くなってしまった。


 ラナは戦闘時にはなぜか聖人の力しか使わない。

 何か事情があるのだろうが、彼女が剣を使えれば――と甘えてしまった自分を叱責する。

 私はパーティの前衛だ、後衛にそれを任せるなんてどうかしている。


 昨日の反省をしながら、宿を取った際に決めていた場所へ向かう。



「。エルズ。」

「ミア。 珍しいな。」


 向かう途中、ミアに会った。

 剣術の後に魔法訓練をするとのことで、私の訓練が終わったころを見計らってくることが多かった。

 だがこうして、私と一緒に来て訓練を見学することもたまにある。


「ねね、エルズ。たまには夕方、私に付き合って欲しい。」

「。 珍しいな。お前いつも一人だったじゃないか。」


 ラナが魔法訓練を初め、ミアが変わり始めてから。

 彼女が一人で夕方ごろにどこかへ向かっているのは知っていた。


 あまり人に知ってほしくないことをしているのかと思っていた。

 それでも単純に、彼女が自身のことを私に知ってもらおうとしていることが嬉しかった。


「今のあなたとなら、仲良くなれそうって、ずっと思ってて。」

「なんだ。最初の頃はダメそうだったって言いたいのか?」

「…クスクス。」

「お、あ、ちょ、待て! 何笑ってんだ!」


 揺れるように笑った彼女は、そのまま駆けだす。

 なぜか負けたような気がして、軽く拳骨を入れてやろうとして追いかけたが。


「――――!え、エルズ、あれ!!」

「? 何、どうして止まっ――――――。」


 真っ青になったミアがこっちを見る。

 彼女が指さした先には、







 。






 …控えめに言って。

 この世の終わりが来たかのように思えた。




「ラナ!ラナ!!どうしたの!?」


 ミアが駆け寄り、涙声でラナを抱き起す。

 その声で我に返る。



 そうだ、ラナが倒れていた。聖人、それも私の剣技とミアの魔術を手にした彼女が。

 これはただ事ではないはず。


「んぁ、あ、ミア、ラナは、」

「ま、わ、解らない!毒、いや、麻痺?違う、なんだろ!?え、え!?」

「ミア、ちょっと、待て! 落ち着け、落ちつかないと解る物も――。」

「落ち―――落ち着く!? ラナが倒れたんだよ!? エルズは何とも思わないの!?」

「―――――――!!」


 ビュっと、

 彼女の頬を叩こうと手を上げて。


「っ―――。」


 彼女が黙ったのを見て我に返った私は、その手で彼女の肩を掴む。


「落ち着いて。ゆっくり、状況を。」

「…。……。」

「まず。昨日の敵に、あなたの言うような毒や麻痺は?」

「―――。いない。」

「次に――ここの周囲を確認しないといけないか。

 私が見てくる。ミアはラナの容態を、しっかりと見て。」

「わ、っかった。」





 周囲を見たが、ラナが訓練した跡が残るだけだった。

 ミアの観察眼便りだが―――。



「疲労?」

「うん。あた、馬鹿みたい。ラナが負けるはずないのに。」

「そこまで自虐することもないだろう。」


 ションボリしているミアの頭にポン、と手を乗せる。

 私も彼女の言葉を聞いて考え付いていたことだ、彼女が愚かだったという訳ではない。



「それよりも、さ。」

「ん?」


 ミアが怯えるような顔で、こちらを見た。

 何か私がやらかしたのかと思ったが、違った。


「ラナが、うわごとで。えと、なんでこんな無理してるのかなって思ってたら。」

「…。…!!」



 なんでこんな無理してるのか。


 忘れていた。私が、そしておそらくミアも変わった元凶である、当初の疑問。

 なぜ、何がラナをここまで動かすのか――――。







――――――――――――――――――――――――――――







「…どうして。」

「国と教会に、ロルドが並んでるの?」



 その日の宿。私の部屋。


 ロルドを呼び寄せ、問い詰めた。



 「強くならないと。守れない。勇者から、国から、教会から」。



 ラナは言っていた。国を守る為に私たちと戦うことを誇りに思ってる、と。

 それは私も同じだった。彼女に出会う前も、彼女に教えられた今も。


 彼女のそのうわ言は、私のその誇りをボロボロに傷つけるものであった。

 私たちが守って来ていた物が。彼女を苦しめ続けていた。


 「守れない。」何を。

 …すぐに解った。







――――――――――――――――――――――――――――






 その後。

 ロルドは全てを打ち明けた。


 国と教会が彼女を逃がさないだろう、と。

 形式だけでも自分と籍を入れれば、彼と会うこともできるぞ、と惑わしたこと。

 ――その言葉に、邪な思いも間違いなくあったこと。


 …彼女が剣と魔法を隠していた理由。これか。










 次の日。

 ラナが目を覚ましたということで、4人でこれからどうするかを話し合うことにした。


 ロルドにはまず、初手で誠意を込めた謝罪をしてもらった。

 昨日、事情を聴いたミアがメチャクチャに激怒して「必ずするように」と念を押していた。



 どうするか、という案に。

 ロルドが「いっそ、国と教会を打倒してみるか」と言ってきた。



 …光明を得た、とはこのことか。

 グレイド家にはほとほと呆れかえっていたのだ。あの家を潰すことが出来るのなら、またとない僥倖だ。

 ミアの方も反対はなく、逆に乗り気のようだった。


 国王に関しては、勇者曰く「話の分かる人だ」とのことで、掃除するのであれば貴族のみに、とのことだった。



 掃除対象を決める方法は、という話題で、ロルドが「エルズとミアに婚約を申し出て、揺さぶりをかける」なんて言い出した。

 ミアが朝星棒(モーニングスター)を取り出したのを見て、私とラナがなんとか止めに入った。

 顔を青くしたロルドも「さすがに昨日の今日でいう事ではなかった」と丁寧に謝罪し、「信用は地に堕ちてしまったが、これこそ本当に形だけだから」と念を入れて来た。


 聖人を残すことで、そのことに対してしつこく言ってくる相手を調べ、「黒」だった場合は処罰する。

 調査などは王に頼んで、暗部を動かしてもらう、とのことだった。








 そして、教会に関しては「ラナが女神代理(ゴッテスナイト)になる」「そのために聖騎士になる」と、そこで打ち切りになった。


















――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――















 ラナと、彼女の想い人のハルが、女神代理となり。

 私たちと訓練していた時間を使って故郷と遠征先を往復し。ハルを鍛えるのだそうだ。



 せっかく想い人とも再会できたのに…と思うが、私たちが彼女の援護なしで戦えればよいという話。

 今では少しでも力を付ける為、ミアに魔術を請い、その礼に私の剣術を教えている。更にラナが本当にヒマのある時は、彼女から補助魔法も教わっている。



 勇者も王と協力し、貴族の浄化をしているそうだ。


「ラナとハルが共に女神代理になったのならラナを縛ることはもう出来ないだろう。

 それでもまぁ、乗り掛かった舟だ。せっかくだし、最後まで掃除しよう!はっはっは!」


 それがガルバド王の言葉だった。ちなみにその時、王冠は外してあった。








(「魔術」の技術(アーツ)もないのに魔法を覚えるというのは、いささか無理があるのだろうか。)


 「聖人」が「あらゆるクラスを合成して生まれたもの」という話を女神から聞き、「ラナが聖人だったんだから何でもできるのは仕方ない。」と思ってしまった。


 それでも諦めたくなかった。最近ではそのカイもあって、簡単な下級攻撃魔法は使えるようになった。


(今日は訓練の休日…でも休んでいるヒマはない。少しでも魔術を使いこなせるようにしないと。

 ――――ん?)


 さて、自主練でも――――と歩き出した私の前に。




 フワッと。

 黒い、烏の羽。


「―――。」

「や。エルちゃん。」


 見上げると。

 あの日、彼女の故郷で出会った時のような、素朴な服の、ラナが。


 ただ違うことと言えば。彼女の背に巨大な美しい黒翼があることだろう。



「ラナ。今日は休日だぞ。」


 休日は必ず、故郷で一日中ハルと一緒にいるラナが、わざわざ私の元へ。

 危急の用―――ではなさそうだ。でなければあんな朗らかな笑みは浮かべないだろう。


「えへへ。エルちゃんに来てほしい所があって。」

「来て…?」

「よかったら…来てほしい。」


 小首をかしげる彼女。

 …魔法の訓練なんて、またいつでもできる、か。







 そこは、教会だった。

 王都の教会。偶然だろうか、そこには一人も人がいなかった。


「ちょっと、人払いをしてもらってる。」

「人―――ん、え?」

「会ってほしい人がいてね。」


 そう言って彼女は私に微笑みかけ、一点を見つめた。


「―――。」


 …。人がいなかった、と思っていたが。

 最初は気付かなかった。そこには、縮こまって祈りをささげている一人の背中が見えた。

 ボロボロな格好…。会って欲しい人…?


「すぐに解ったよ。エルちゃん。」

「? あっ。」


 困惑して首をかしげる私の背を、ラナが押す。


 驚いた私が少し大きな声を上げ、


「っ!」



 その人が、振り返っ――――――――――。






 …。






 ………。



「紹介…する必要は、ないかな。」


 バサバサっとわざと大きな音をたて、自身が遠くへ行ったことを音で教えてくれるラナを背に。

 私は、言葉を失っていた。




 薄汚れた赤い髪。綺麗な紅い瞳。

 ボロボロのローブのようなものを纏った、ガリガリに痩せた女性だった。


「――――――――。」


 知っている。

 あの髪も。あの瞳も。知っている。ずっと見て来たものだ。


 ―――ずっと、会いたかった存在だったらしい。

 体が訴える。「向かえ」と。

 フリーズする思考を放置して。体は歩みだした。




「あ、ああ、あああああああ――――――。」


 彼女はやせ細った身体から、まるで自壊してしまいそうな悲鳴を上げながら。

 涙を流し、私へ両手を伸ばしてきた。


 下手をすればアンデッドの類と勘違いしてしまいそうなほど、やせ細った汚れた腕。

 でもその腕を払うことなんて、決してなかった。





「ぁ、ぁん――――。」


 声を出そうとして、出なかった。

 その代わりに、ひび割れた人形を優しく抱きしめるように。彼女を抱きしめた。



「ああ、あああ―――ごめんね、ごめんね―――――――。」


 彼女も、私を抱きしめた。

 やせ細っていた彼女の体は、とても――――――暖かかった。





 思い出も、記憶もない。愛した記憶も、愛された記憶もなかった。

 けれど。私を忘れず。私を想い続け。流したその涙は、決して偽りのないものだと信じられた。


 私が気付けなかった絆が、そこにはあった。

疑問やらダメだったところとか、なんでもいいので殴ってください!

様々な意見を吸収できるとして、作者は喜びます!

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[一言] 勇者九死に一生やったんやなケッ
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