少女を国へ返すために……
次の日の朝、朝食は私と少女・エアルの二人で取っていた。
しかし、昨日のことがあったため、エアルは私の方を見ようともしない。
そんな様子を見た女の子は、私を咎めるような目線を飛ばしてくる。
何をしたんですか!と言いたげな目だ。目玉は無いけど、そんな目をしているように感じる。
「ねえ、エアルさん?」
「…………」
怒りのこもった目しか返してくれない。だが、私の言葉は耳に入っている。つまり、聞くだけ聞いてやる、という姿勢だね、これは。
「悪気があってあんなことを言ったわけでは無いんだよ」
ズズズ……と音を立ててコーンスープを飲むエアル。行儀が悪いのを承知でやっているのだろう。
「首なら二つでも三つでも跳ばしてもいいからさ」
「っ……」
ツッコミを入れようとして耐えたのか、フォークで刺そうとしたミニトマトが滑ってコロコロと転がっていく。狙いがずれたね、あれは。
うん、首は一つしか無いよ。
ちなみに、床に落ちそうになったトマトは私が魔法で浮かせて、彼女の皿に戻してあげた。
「そろそろ許してくださいな」
「……ふん」
鼻先であしらわれた。
許してくれなさそうだ。
「そんなあなたに朗報です」
「変なこと言ったら殺すわ」
喋ってくれたと思ったら、物騒な宣言をされた。
だけど、ここでひるんでしまったら、せっかくの朗報を伝えることができない。
「お前さんの大事なものは、死んじゃいないよ」
「よし、殺そう」
「いやいや、これ返すから落ち着いてくださいな!」
そう言って私が懐から出したのは、エアルが緊急連絡用と言っていた宝石箱だった。
岩の中に誤転移した際か、盗賊に襲われた際かわからないが、ひび割れて壊れていたため、私が徹夜して直したのだ。ちょっと少しだけ魔法陣を加えて。
この緊急連絡用宝石箱もそうだし、盗賊たちの頭が入っている魔法袋もそうだけど、こういうものをまとめて『魔道具』と呼んでいる。こういう魔法が組み込まれているのは、道具を作った際に魔法陣を描き込むんだけど、これがまた面倒くさいんだよ。
道具を作る過程で、魔法で設計図を作って、そこに色々と魔法陣を書き込まなければいけない。そしてその設計図を道具に付与してから、初めてその道具が魔道具になるんだ。
その魔道具に新しく魔法陣を追加するときは、付与してある設計図を一度取り出さなければいけない。一応付与されている設計図と、魔道具自体は別々のものだから、魔道具が壊れていても設計図が無事ならいくらでも直すことができる。
この緊急連絡用宝石箱は、道具自体は壊れていたが、設計図は無事だった。どこをどう開けると連絡が行くかが書かれており、どんな魔法が発動するかまで描いてあった。
どんな魔法陣が描かれていたかというと……箱の鍵穴部分に特定魔力に反応する小さな魔法陣。箱を開けると発動する通話魔法陣。その魔法陣と連動して発動する、互いの声を届ける魔法陣。
小さい魔法陣には驚いたが、こんな小さな箱に三つも魔法陣を書く人間はかなりすごい魔法使いだと思った。
私はそこに、ちょっとやそっとじゃ壊れないようにと『破壊不可能魔法陣』と『位置情報魔法陣』を加えた。この宝石箱は少し脆いし、この子の両親も今頃必死になって探しているだろうからね。
「これ……」
エアルは私から宝石箱を受け取りながら、大事そうに両手で包み込んだ。よほど大切なものだったと見受けられた。
「壊れていたから直したのさ。これで通話もできるし、簡単には壊れなくなったよ」
「……縛り首で勘弁してあげましょう」
あまり変わらない気がする。
「じゃあもう一つ渡すから、これでチャラにしてくれませんかね?」
私はもう一つの宝石箱を渡す。彼女の宝石箱は白色だったが、私が手渡した二つ目の宝石箱は黒色だった。縁は金色の金具が付いているとはいえ、明らかに怪しさ満点の代物だった。
「……なにこれ?」
「国に帰ったらすぐに必要になるものさ」
「……開かないんだけど?」
箱を貰ったらすぐに開けようとするのか、この子。危なっかしいな……。おそらくその白い箱も、貰った瞬間に開けたのだろう。それで一度家族を困らせたことがあるに違いない。
そんなこともあろうかと、特定の相手の前に行くまで開かないように、施錠魔法陣を鍵穴に仕組んどいた。特定の相手?そりゃ、死神の情報から得た、例の三人だよ。一緒の部屋で入院しているのか、別々の部屋で入院しているのかわからないけどさ、その三人に向けて回復魔法が飛ぶように魔法陣を組んでおいた。もちろん、ありとあらゆる壁をすり抜けて届くように、回復魔法の上にさらに魔法陣を重ねてね。
「…………」
死神のことを伏せて説明したら、エアルは信じられないようで私の顔とこの宝石箱を交互に見てきた。酷い。いや、酷いのはどっちだって話だけどね。
女の子が、「また無茶をして……」という風に、私の額をつつき出した。
その様子をエアルは黙って見ている。
「何さ?」
「別に」
私が気になって訊くと、彼女はふいっと目を逸らしてパンを頬張った。
そんなにこの子が気になるのだろうか……よし。
「この子に触ってみるかや?」
「え、良いの?」
ガタッと立ち上がって、キラキラとした目でこちらを見てきた。先ほどの怒りは何処へやら。
子供の気持ちはまるで理解できな……いや、自分もこんな時期があったから分からなくもないけど。
食べ終わった皿を重ねると、すぐに女の子へと……もう呼びにくいから名前をつけてしまおう。いつも一緒にいて家族のようだし、女の子だから呼びやすい名前の方がいいよね……。
考えていると、エアルは女の子と一緒に一階の奥の部屋にある私の癒しの部屋へと行こうとしていた。というか、女の子が「連れて行っても良い?」みたいなジェスチャーをしてきたため、私が許可を出しておいた。別に私だけで独り占めしようなんて思っていないからね。最近使ってないし。
あの部屋にはビーズクッションが大量に置いてあるんだ。大きなものから小さなものまで、様々な大きさのものをね。縫い目がないから中のビーズが溢れてくる心配はないし、肌触り滑らかで頑丈な『グランドスパイダー』の糸を使っているから簡単には破れない。
6時間おきに清潔になるような魔法をかけてあるから、掃除に行かなくても勝手に綺麗になるからいくら汚しても問題ないんだよね。
数年前にフェンリルがあの部屋に遊びに行ったんだけど、泥だらけのまま飛び込んだから一度だけ泥だらけになったんだよね。その時はあの魔法はかけていなかったから、あれがあってから清潔魔法をかけるようになったんだよ。仕組みはこの森と同じ、魔法をかけてから魔法石に魔法を付与する方法。
で、なんだっけ?
そうそう、女の子の名前を決めるんだ。
エアルと女の子の姿が見えなくなると同時に、私は空になった皿を片付けながら、名前を考えることにした。
え、いつエアルを国に返すかって?
午後返すよ。今は心を癒して欲しいからねぇ。