少女の身元を確認する
「きゃぁぁぁぁぁあああああああ!?」
朝は少女の悲鳴で目が覚めた。
いや、誰だって大きな声で叫ばれたら起きるに決まっているでしょう?
それでも起きないのは、すごく疲れている人か眠りの天才だけだろう。
「よっーー」
三階にあった、最近使っていない私の部屋から、中央の吹き抜けを使用して一階まで飛び降りる。
「ーーっと」
昔の私が、三階から飛び降りる自分自身を見たらこんなことを言うだろう。「親方!空から男の子が!」ってね。家の中だし、私は一応おじさんだけど。
少女が寝ていたベッドの方向を見ると、少女は上から落ちてきた私とベッド付近にいる狼形態のフェンリルを交互に見て、驚きに目を丸くしていた。
「何事?」
『知らぬよ。こやつ、目が覚めたと思ったら、わしの姿を見るなり悲鳴を上げよったのじゃ』
「目が覚めた瞬間にでかい狼が目の前にいたら、誰だって悲鳴をあげると思うんだけど?」
『お陰様で耳が痛いわ』
フェンリルは大きなあくびをしながら、のそりと起き上がる。そして、ゆっくりと人間形態へと変身した。
「え?え?狼から人間に……?」
今目の前で起こったことに、驚きを隠せずに言葉がでない様子の少女。
突然ハッと気づいたかのように家の中を見回し、自身の服装が変わっているが近くに盗賊がいないことがわかると、安心したようにため息をついた。
だけど、私たちへの警戒は緩めてくれない。
私たちを睨みながら、少女は口を開いた。
「あなたたちは何者ですか?」
何者と問われて、正直に言っていいものなのか。
信頼を得たいなら正直に言うだろうけど、別に信頼を得たいわけじゃないし、ここで仲良くなっても私にメリットなど全く無い。
「むしろ、何者だと思いたい?」
「質問で返さないでください。訊ねているのはこちらです!」
おや、やっぱり失礼だったか。
正直に答えたところで、信じてくれるわけでは無いだろうし。
「これは正直に答えた方がよろしいのかね」
「正直に答えないと、首が跳ぶことになりますよ」
「なんで?ここはお前さんの国じゃあ無いのに」
嘘を吐くと首が跳ぶのか。つまり、どこかの国のお偉いさんだろうね。
でも、この森はどこの国にも属していない。属していたとしても、勝手にそんなことをしてもらっちゃあ困る。
「あたしを誰だと思っているのですか!!」
「盗賊に誘拐された子供だねぇ」
「むしろ、それ以上でも以下でも無い気がするのじゃが」
「ほんとそれ」
「なっ……!!」
何かが気に障ったのか、彼女は顔を真っ赤にして怒鳴り始める。
「あたしを馬鹿にしたな!!」
敬語が無くなった。たぶん、こっちが素だろうね。
「もう謝っても赦してやらないぞ!」
少女はそう言うと、懐に手を入れて、何やらゴソゴソと動かす。
が、何も反応がないことに気づいたのか、自身の服装を再び確認する。
「あれ?あたしのドレスは?緊急連絡用の宝石箱は?」
ドレスは所々破れていたため、女の子が直してくれている。
その宝石箱ってのは多分、白色のものだろう。昨夜着替えさせた時に胸元から転がり出てきたのだ。実はその宝石箱、ひび割れて使い物にならなくなっていたため、三階にある部屋で修復中だった。
「あなたたちが盗んだのね!?」
「いんや、どっちも壊れているから修復しているだけさ。盗むなんてとんでも無いね」
「嘘よ!じゃあなんでどこにもないのよ!!」
「そりゃ、ここは私の家だからね。部屋がいくつあってもおかしくないでしょうに」
むしろ、ベッドに寝かされている時点で気付かなかったのだろうか?
いや、こんだけ散らかっているんだもの。気付かなくてもおかしくはないか。
「家?」
「そう、家」
少女は改めて、部屋を見回す。
散らかってはいるものの、椅子や机、本棚やそこに詰まった沢山の本。所狭しと積み重ねられた資料や、棚に置かれている瓶や素材。
生活感のある部屋を見て、少女は少し落ち着いたようだ。
深呼吸をすると、彼女は落ち着いたのか、ゆっくりと話し始めた。
「取り乱してごめんなさい。助けてくれてありがとう」
「おや?どうして助けたと思ったんだい?」
「だって、もしあなたが悪い人間だったら、あたしは今頃死んでいるから」
すごくギリギリだったんだけど、それは言わないでおこう。
「あの盗賊は指名手配されているらしいねぇ」
「はい……あたしの乗った馬車は、運悪くその盗賊に目をつけられてしまったんです」
運悪くねぇ?
この森が世界のどこにあるのか、正確な位置がわかっているわけではないけど……少ぉし気になることがあるんだよねぇ?
そんなことは口に出さず、適当に相槌を打つ。
「へぇ。それは大変だったねぇ」
「馬車は襲われ、護衛をしていた冒険者は盗賊たちとグルだったみたいで……」
「そのまま連れさられたと……他には護衛はいなかったのかい?」
偉い人ってことは、冒険者の他にも護衛はいたはずだ。さすがに信頼出来る人間が近くにいないと、馬車で移動なんてできやしないだろうからね。
「いたけどっ……みんなあたしがっ……っ……人質に取られた時にっ」
「すまない、思い出したくなければ話さなくて良い。何も考えずに訊いてしまった」
誰だって辛いことは思い出したくない。
涙を流すほど嫌な記憶のようだった。おそらく、仲の良かった人間が殺されたのだろう。
「で、そいつの名前は?」
「……カイル。『閃光のカイル』」
カイルねぇ。『閃光のカイル』ってのは二つ名だろうね。
昔は二つ名なんてつける文化は無かったはずなんだけどねぇ。
「他は?」
「あとは……『エルフのキエラ』と、『賢者のクリス』」
キエラとクリスか……後で死神に聞いてみよう。
「その三人だけ?」
「そうよ……なんでこんなこと訊ねるのですか?」
「いや、特に意味は無いさ」
「じゃあ訊かないでよ!!」
「すまなかったな」
少女は涙目で怒鳴った。
そりゃそうだ。誰だって殺された人間を、家族のように親しかった人間をただ興味本位というだけで訊かれては、良い気持ちはしない。むしろ、怒りが湧いてくるだろう。
「のう、お主。名は何という?」
「…………」
「……ノム殿」
「すまない」
完全に怒らせてしまったようで、フェンリルの言葉すら届いていないようだった。
少女は外方を向いてしまい、フェンリルは気まずそうに私の方を見ている。
「少し席を外すよ」
「逃げる気かや?」
「怒らせたのは私だよ。私がこの場からいなくなれば良いだけさ。フェンリルにゃ何も関係がないんだからねぇ」
「それはそうかもしれぬが」
フェンリルは言葉を続けようとしていたが、私はそれを気かずに自分の部屋へと戻っていった。
後ろを振り返ると、少女の目が私の姿を追っているように見えた。
*****
「おやおや、女性の扱いがなっていませんねぇ?」
「不法侵入だぞ死神」
「やだなあノム殿。我はきちんと、窓から入ってきたぞ?」
「それを不法侵入と言うんだ」
部屋に戻ると窓が開いていて、そこから入ってきたのだろうか、死神が私のベッドに腰掛けていた。
死神にとって、窓から入るという行為は不法侵入ではないらしい。私の許可も取らずに入るのは不法侵入に入らないと、そう言いたいのかね?
「それで、調べて欲しいことがあるのでは?」
「話が早いな。まるで盗み聞きをしていたかのように感じるのだが、私の気のせいかな」
死神はビクッと一瞬跳ねると、外方を向いて口笛を吹き始めた。
その口でどうやって吹いているのか突っ込みたいが、今はそれどころではない。
「『閃光のカイル』『エルフのキエラ』『賢者のクリス』の生死を知りたい」
「じゃあ、いつも通りあなたの魔力をお借り致しますよ」
「はいはい」
死神に人間の生死を確認してもらう際、毎回私の魔力を使用している。
実は、死神には魔力が一切なく、人間の生死を確認する際は頼まれた人間の魔力を借りて調べているのだ。神界にある『輪廻の間』と呼ばれる場所に行けば、際限なく調べられるらしいが、こうやって下界に降りてきた際は他人の魔力を借りない限り使用できないのだという。
神様のくせに、不便な奴だねぇ。
だけど、一つデメリットがある。
この借りられる魔力は、普通の人間の場合だと生死に関わるくらいの魔力量を持って行かれる。本当に、生死を彷徨った少女のように。
一人の情報で人間一人が生死を彷徨うくらいだから、三人の情報だともっとすごいことになる。だけど、私には関係ない。
魔力の回復量が、魔力の消費量を上回っているからだよ。
だから、簡単に生死を彷徨うことはないし、魔力が尽きることもない。
これ、研究しちゃいけないって言われたからしてないけど、魔法とはまた別のもなんだよね……。
「おや?三人とも生きていますよ?」
「マジで?」
「マジで」
大賢者及び死神らしくない言葉を言いながら、私たちは確認を取り合う。
「彼らはこの森から遥か遠く離れた、ヒューレーと呼ばれている国にいるようだね」
「ヒューレー?大体の方角は?」
この世界の太陽と月は、地球と同じく東から昇り西に沈む。ただ、周りに山がないから曇っている時とか方角を見失うんだよね。
だから、方角を知るための魔法を創ってみた。方角魔法と命名してみました。はい。
「そうだな……我は死があるところへ瞬時に行けるから、方角なぞ考えたこともなかったが……」
うわー、死神超便利。人のこと言えないけど。
「真東にあることはわかっている」
「太陽出る場所に王国ありってことか」
「ちなみに、彼らがいる場所は一般の人間は立ち入ることは出来ないようだね」
ふむ。ということは、護衛の今いる場所とあの少女の元々の格好から考えると、彼女はかなり身分の高い人間ということか?
『ノム殿ー、いるかやー?』
死神の言葉から彼女の身元を推測していると、タイミングよくフェンリルが来た。
「いるよ」
「じゃあ失礼して」
「入って良いとは一言も言っていないんだけど……」
まあそう言わずに、というようにフェンリルは普通に入ってきた。
「あやつの身元がわかったぞ」
フェンリルは、私がいなくなった後にあの少女がポツリポツリと、自分のことを話し始めたらしい。
やはり、私は信用がなかったようだ。男だから?いや、現実から目を背けるのはやめよう。あの態度を取ってしまったからだね。
「あやつの名はエアル。『エアル・エゥクラートン・ヒューレー』」
「ヒューレーか……」
「そうじゃ。ヒューレー国の第二王女らしい」
「マジモンの偉い人だったねぇ」
どうやら、私はとんでも無い人に喧嘩を売ってしまったらしい。
人間としてひどいことをしてしまった。どうしようか。