いわのなかになにかいた
今現在、午後10時半ちょっと過ぎ。
私の家の裏にある広場に、私とフェンリル(人間形態)と死神が立っていた。
そしてその目の前には、人が四、五人ほど入っていそうな岩がある。いや、そびえ立っていると言い表した方が適切かもしれない。ただ、なぜか都合が良すぎるくらい手頃な岩だ。
幅5m、高さ3mほどの割と大きめの丸みを帯びた岩。
死神の情報によると、この中から濃密な死の気配がするらしい。つまり、今にも死にそうな人がこの中に入っているということだ。
というか、押しつぶされてすでに死んでいるんじゃないかな?ほら、『いしのなかにいる』は転移した場所をランダムにした場合のみ起こる現象だけど、石の中に無理やり人が入るようなもんだからさ。まあ石の中身によるけど。
「まあ、割ってみればわかるか」
「どうやって割るおつもりで?」
「こう、ぱっかーんと」
手刀を縦に振り下ろすように言ってみる。これで大体伝わるし。
「中の人も一緒に割れませんかね?」
「大賢者をなめないでほしい。それも研究済みさ」
要するに、中身を割らないで周りの岩だけを割ればいいってことでしょ?ゆで卵で研究済みさ。こう、周りの殻だけを割って中身だけ取り出せるように手加減できる魔法を自分の手に付与して、そのまま対象に振り下ろせばいいのだからね。
「なんというか、バカと天才は紙一重って感じじゃな」
「ゆで卵のように剥いであげようか」
「やめてくれぬか!?」
なんでいちいちフェンリルは私を貶してくるのだろうか。あれかな?昨日置いてけぼりにしたからかな?
「まあいいや、とりあえず割ろう」
岩の真ん中らへんに手を添えて、手刀を振り下ろす。もちろん、詠唱を忘れずにね。
『ぱっかーん』
するとどうだろうか。あれほど固そうだった岩が、綺麗に真っ二つどころか五等分に割れたではないか。
「いやいや、詠唱とか色々とおかしくないかの!?」
「便利ですな」
「死神のくせにツッコミを諦めるでない!!」
「ぶっちゃけ面倒ですね」
誰がなんと言おうと詠唱だよ。
何?もっと異世界っぽい中二病的な詠唱かと思った?やだよ。詠唱してる最中に、どんな魔法を詠唱してるか自分でわからなくなるから。言っとくけど、ボケじゃないからね。
「プハァ!!死ぬかと思った!!」
「親分!オレたち生きてるっスよ!!」
なんか中から、盗賊みたいな変な格好をした男が四人と、縄で縛られて今にも死にそうなピンク色の少女が一人転がり出てきたんだけど。
「なあ死神、あれ後どんくらい?」
「長くて30分くらいでしょうな」
「そうかー」
後30分しか持たないのか、あの少女。死神がウズウズしているのもそれが原因か。
「間に合う?」
「間に合いますとも」
「そうか。じゃあよろしく」
今私の回復魔法をかけたとしたら間に合うか訊ねたら、死神は自信満々に答えてくれた。とりあえず、彼女のことを任せようと思う。
私は自分達が生きていることを喜び合っている、盗賊風の男たちに質問することにした。
「やあ初めまして。お前さんたちは何者かね?」
「あん?」
いかにも盗賊の頭ですっていう風貌の男が、質問してきた私に気づいたのかジロジロと見てきた。あまり良い気持ちはしないもんだね、コレ。
「あんたこそ、何もんだ?」
「いえいえ、ただの研究者ですよ」
「研究者ぁ?」
研究者という言葉に縁がないのか、彼は首を傾げている。頭の上に、はてなマークが二、三個ほど浮いてそうな雰囲気だ。
「俺たちは聞いて驚け」
「わお」
「今じゃねえよ!」
格好つけているところ悪いけど、私は素直に返答する人間じゃないんだよ。
ボケる隙があったらボケる。そんな人間だよ。
私の横槍に拍子抜けしたのか、男は髪をガシガシと掻きながら、改めて名乗る。
「俺たちは『黒金の烏』。盗賊をやっている」
「盗賊?なんだいそれは」
知ってるけど。その娘の状態みればわかるけど。
「あんた、盗賊を知らないのか」
「世間知らずっスか?」
「まあ、この森から出たことがないんで」
「相当な田舎者っスね」
「なんだいそれは、褒めているのか?」
「「褒めてねえ(っス)よ!!」」
私に対して田舎者というのは褒めているのと同様のことさ。実際に転生前は田舎に住んでいたんだから。
それに、森から出たことがない、というのは嘘だしねぇ。信用の全くない記憶を辿れば、どこかで森を出たような記憶がわんさかと……無いなぁ。あって数回程度かなぁ?
「盗賊というのは、そこら辺の馬車から金品を頂いたり、貧しい人間を仕事に誘ったりする仕事のことだ」
間違ったことは言っていないね。金品を頂くって言っている時点で盗賊って言っているようなもんだけど。普通、売買するって言わない?
あ、言わないですか。岩だけに。ごめんなさい。
「お前さんたちも、この人に誘われたのかい?」
「そうっスよ。オレもこの仕事をやり始めてから、いい思いばかりしてるっス」
「そうかそうか」
嘘は言っていない。これは間違い無く。
でも、本当のことも言っていない。あまりにも情報が無さすぎる。
だから、私はもう一つ訊ねることにした。
「それで、この少女はどこから?」
「あん?」
私の後ろを指差し、盗賊の頭に訊ねる。
そこには、少女を抱きかかえたフェンリル(人間形態)が立っていた。
「な……いつの間に!」
「じゃあ、後はよろしくね」
「はいはい、任されましたよ」
死神に盗賊たち四人を任せ、私は少女を抱きかかえたフェンリルとともに帰路へとついた。
背後から、男たちの断末魔が聞こえたが、聞かなかったことにした。
すでに記憶は盗み見てあるし、それ相応の呪いも掛けた。もう手を出す必要もあるまい?
「さて、この子はどうしようかねぇ」
「ひとまず、治療じゃろ」
「ま、そうなんだけど……」
盗賊の死体はすでに無いだろうし、魂もすでにこの世に無い。
さてさて、一体この少女は何者だんだろうねぇ?