勇者として召喚されたいと夢を見ては駄目だろうか?
「いや、普通に駄目じゃろ」
「唐突に人の寝言に割り込んでくるのやめて。あと何でいるのさ」
「散歩のついでじゃよ」
朝起きたら、昨日ホーンラビットの巣の近くでほったらかしにしておいたフェンリルが家にいた。
しかも、ブラウニーもどきからお茶を入れてもらっていた。
「これ美味いな、わしも帰ったら淹れてみようかの」
「どうやって淹れるのさ」
「何、冗談に決まっておろう」
冗談ではなかったら、一体どうやって淹れるつもりだったのか。狼形態で淹れるのか、人間形態で淹れるのか、急須は、コップはどうするのか。とか考えてしまった。
気になることは研究するってのが私のポリシーだからねぇ。時々何を研究していたのか忘れることがあるけどね。
それはそうと、寝ている人の寝言と会話をしてはいけないんだよ。
地球じゃ、魂があの世に連れて行かれるとか迷信があるけど、ここは異世界。何があってもおかしくない。
「呼びましたかな?」
「呼んでいない」
「あ、そう」
と、このように死神とかが来ることも時々あるのだ。
「待て待て、ナチュラルに会話しているが、あれは死神じゃないかの?」
「近くに死にそうな人あれば、行って死ぬのを待ってくれる優しい死神だよ。何度かお世話になったことがある」
「何度か!?」
「まあ、今ではただの話し相手の一人だよ」
「一柱ではなくて?」
さあ?
死の神様であるなら『柱』で数えるけど、神様でないのなら『人』で良くないかな。
あまり常識を知らないもので。
布団から這い出て、いつも通り伸びをする。
そして今日も朝ご飯を食べて魔法の研究をしようかね。なんの魔法にしようかなー。
「蘇生とか良いのでは?」
「なんでいるのさ」
「我も朝食にご一緒しようかと。よろしいですかな?」
いつの間にか、死神がいた。
というか、帰っていなかったのか……呼んでいないと言ったのに。
言外に帰れと言ったのが聞こえなかったのかな?
そもそも耳が無かったか。
ブラウニーもどき、もとい女の子に死神は確認を取る。
女の子はコクコクと頷き、キッチンへと忙しそうに走って行った。
床に物が転がっているのに、器用に避けて移動している。そういえば、転んだところを見たことがないな。
というか、その顔でどうやって食べるのだろうか。
死神の姿は、黒いコートに頭蓋骨が載っているようなもので、体は黒い霧状らしい。本人に聞いたから間違いではないだろう。地球で描かれているような、巨大な鎌は持っていない。
「今日は非番なんですよ」
死神に非番とかあるんだ。それは知らなかった。
いやそもそも死神が生者のいる場所に来て良いのだろうか。浄化されないのかな。
「死を司る神が人間ごときに浄化されるわけないでしょう。あなたならともかく」
お前さん、本当に神様だったんだね。
私はそこらへんにいるただのおっさんかと思ったよ。いや、性別がわからないから、おっさんというのは失礼だったかもしれないね。
「死の神と生の神には性別がないから問題はない。ぶっちゃけどっちも骨だし」
「そんな情報わしが知っても良かったのかの?」
「墓まで持って行きなさい」
「相解った」
永遠を生きるフェンリルと、死の神が何か約束をしたぞ。
そんな簡単に約束してしまっていいのだろうか。
どちらも永遠を生きる者だというのに……まあフェンリルは心臓潰せば死ぬだろうけど。
「何か不穏の気配が……」
「気のせいだよ」
朝食が運ばれてきた。
というか、女の子が魔法で三つ同時に運んできた。
あの細い腕でどうやって運ぶのかワクワクしていたが、こうしてみると不思議に思う。
この料理の元は一体どこから出ているのか。
先ほどから三人で会話しているにもかかわらず、キッチンからは何も音が聞こえなかった。話し声が大きいからではなく、包丁があるはずなのに野菜を切る音がしなかった。他にも、水が沸騰したら音が出るはずだし、パンを焼いたら香りが漂ってくるはず。
なのに、こうやって朝食が運ばれてくるまでは何も音がしなかったし、香りもしなかった。
どうやって作っているのだろうか……私の曖昧すぎる記憶からすると、300年ほど経っているはず……それなのに長年の謎の一つとして残っている。
*****
「で、蘇生の魔法を研究する前に、どうして死神がここにいるのさ」
「我が非番だから」
「な訳。神様に非番とか聞いたことないぞ。むしろ初めて知った」
「まあ嘘ですからね」
「閻魔に舌を引っこ抜かれてしまえ」
「無いものをどう引っこ抜けと……?」
え、死神に舌は無いの?じゃあどうやって喋っているんだ。その頭蓋骨の中はどうなっているかちょっと見せてほしいなー駄目かなー。
「そんな目をしても駄目です。あなた今大賢者でしょう?
絶対に『ちょっと』じゃ済みませんよね?」
研究し尽くそうと思っていたのに、思惑がバレていらっしゃる。
おかしいな、そんなに顔に出ていたかな?
「ちょっと頭蓋骨を割って中身を見るだけだからさ」
「神相手にその物言い……狂っていますね」
「私を頭のおかしい人間みたいに言わないでほしい」
「事実じゃろうに」
「毛皮剥ぎ取ろうか?」
「すまんのじゃ!」
チッ……
閑話休題。
「それでですね、外に岩があるじゃないですか」
「あるね。家の裏だけど」
「あの中から濃密な死の気配がしてですね」
それ何時間前の話で。
私そんなの気づかなかったんだけど。
「まさか、中に人が埋まってるってこと?」
「そのまさかだと思いますがね」
かの有名な『いしのなかにいる』が生で見れるってことかな?
それは是非見てみたい。
ということで、朝食を食べ終わったらすぐに、家の裏にある岩の前に行くことにした。