冒険者ギルドにて年齢の訂正を……
片付けをしたらいらない物があったため、今からヒューレー王国に売りに行くところだ。
ついでに、ギルドと魔法屋に寄って、ちょっと用事を済ませてくる。
そうソルちゃんに伝えた私は、弁当を彼女から受け取ってヒューレー王国に旅立った。
まあ、転移魔法で門の前にだけど。
服装は初めて王国に行った時と同じ格好。ポケットが財布用魔法袋に繋がっている黒い外套だ。フードを目深にかぶっているため、まず私の髪の色は見えないだろう。もちろん、顔を覚えられることは無い……と思う。前回はフードを一回しか取ってないし、大丈夫だろう。うん。
今回の持ち物は、転生した時に持っていた持ち物の中で、唯一魔道具として作り直したリュックだ。魔法袋と同じく、『空間魔法』と『時間魔法』、そして新しく『破壊不能魔法陣』を書き込み、魔法鞄として生まれ変わったリュックを背負って、ヒューレー王国へと行こうとした。
まあこの世界では、こんなナイロン製のリュックなんてないだろうから、おそらく珍しいものを見るような目で見られると思うけど……まあ大賢者だし問題ないよね。
それでも問題があるとしたら、多分中身だろう。まあ見せるつもりは無いけどねぇ。
ところで、ヒューレー王国では魔法使いとして通していたけど、ギルドで『大賢者』と書類に書いて提出したため魔法使いと偽っても意味が無いんじゃないか?って思い始めたんだけど、どう思う?
だって、冒険者ギルドの長キューマは、王様に私のことを報告するって言ってたから、私が大賢者だということは伝わっているだろうし、商人のドリュースさんにも私が大賢者だということが知られている。他にも、孤児院に忍込んだ小悪党にも大賢者だということを言ってしまったし、あとは……ヒューレー王国第二王女エアル専属執事にも、私の正体はバレている。
そう考えると、別に私が大賢者だということを隠している必要は無いんじゃないかねぇ。
まあ、どうなろうと私は知らないし、何かしてきたらそれなりの反撃はするし……どうにでもなあれ。
*****
ということで、やって参りました、冒険者ギルド。
朝早いと言っても、だいたい午前8時くらい。年寄りには遅いくらいの時間だねぇ。
扉を開けてギルドの中に入ると、さすがに冒険者は若い人くらいしかいないようだった。いや別に、昼間にここで酒を飲んでいる冒険者が若くないと言っているわけではないんだ。ただ、今ギルド内にいるのは、いかにも新人ですと言っている装備の男女数名のグループ。しかも美男美女が揃っている……黒髪だし。まさかねぇ?
受付にいるのは、いつもの受付さんではなく、耳が人間より長い受付嬢さん。明るい緑色……なんて言ったっけ?ああそうそう、コバルトグリーンだ。そんな髪の色をした人だけど……初めて見る人だねぇ。いや、もしかしたら奥にいたのかもしれない……いや、考えないでおこう。
私はとりあえず、受付嬢さんに話しかけてみた。
「少しいいですかねぇ」
「はい、どうされました?」
女性は営業スマイルというか、そんな表情で対応してくれた。
しかし、その顔はどこか疲れきっているというか、まるでしつこい人間を相手にした直後といういか、そんな表情が混じっていた。
「ギルドマスターはいるかや?」
「はい、いらっしゃいますよ」
「年齢の訂正をしに来たんだけど……ギルマス本人に言わなければいけないことでねぇ。ああ、名前は『ノム』だよ」
「でしたら……少々お待ちください。ただいま確認して参ります」
受付嬢は一礼すると、奥に引っ込んでいった。
待つこと30秒ほど。下の階と上の階を繋ぐ連絡線みたいなものでもあるのだろうか?随分と早く受付嬢が戻ってきた。
「お待たせいたしました」
「それでどうだったのかや?」
「ええ、問題無いということなので、そのまま階段を上がってください」
案内はしてくれないのだろうか、と思ったがもしかして……
「もしやすると、今お前さん1人で受付をやっているのかや?」
「……わかりますか?」
「いんや、ただの勘だよ」
やはり、1人で受付をしていた。本来ならもう2、3人ほど受付担当の職員がいるのだが、奥の方に2人の気配があるだけで他の職員はいない。
「朝早いから?」
「そうですよ……本当はもっといるのですが、今日は体調が悪いと言って休んだ子が2人ほどいまして……」
休んだ人がいるんだ。というか、体調が悪いと休ませてくれるんだね、ここの職場。ブラックじゃなかったんだ。
こう、冒険者ギルドってブラックというイメージがあったんだけど、今の話聞いてそのイメージは無くなったよ。でも、この人が一番大変そうだ。
というか、なぜか今にも死んでしまいそうだ……なんでそんな雰囲気がしたんだろう?
「まあ、大変だと思うけど頑張ってくださいな」
「ええ、お気遣いありがとうございます」
階段に向かいながらそう言ったのだが、女性からは弱々しい声しか返ってこなかった。
……やれやれ、仕方ないねぇ。
「愚痴を言いたいのなら、聞かせてくださいな。少ししか力になれないかもしれませんがね」
「……いえいえ、本当に大丈夫です」
振り向きざまにそう言ったのだが、女性は「大丈夫」だと何ども呟いていた。
……そういえば、古い友達がこんなことを言っていたねぇ。『女性の大丈夫は、大丈夫じゃないんだ』って。
『回復魔法』でもかけておきますか。
こっそりと魔法をかけた私は、すぐに階段を上って行ったのだった。
*****
2階に上って少し行くと、右側に『ギルドマスターの部屋』と書かれた扉があった。この前行った時はキューマに引きずられていたため、扉に何が書いてあるかなぞ見ることはできなかった。やはり、普通に行くのが一番だねぇ。
とりあえず、ノックをしてみよう。受付嬢さんは大丈夫だって言っていたけど、ノックをしたほうが良いと思う。流石に私にだって、他人の部屋に入るときにノックをするという常識くらいは持っている。
ノックをすると、中から「入れ」と短い返事が返ってきた。久しぶりに聞くキューマの声だ。この野太い声は間違いない。
迷いなく扉を開ける。中に入ると、仕事机で手を組んで座っているキューマと、その横に立つ1人の女性が目に入った。
「おやおや?なんで私の方を睨んでいるのかねぇ?」
おどけた感じで言ってみたのだが、キューマはニコリともせず、私の方をただただ睨んでいる。私、何かしたかや?
「なんで、ときたか。どの口が言うか」
「いやいや、年齢を訂正しに来ただけなのに、睨まれる理由が思い当たらないんでね」
「ほおう……なるほどなるほど……心当たりがないと、そう言うんだな?」
「いやだから、そうだと言ってるじゃないか」
その眼光は私を貫かんとばかり鋭くなるが、残念ながらギルマスがその目を向ける理由が私にはさっぱりとわからない。
しかし、私の言葉に目を閉じたキューマは、机の引き出しから1枚の紙を取り出すと、隣に立っている女性に渡した。そして、その女性は私の方に歩いてくると、その紙を私に渡してきた。
どれどれ?
「『これが第二王女誘拐の犯人!黒いコートを着た魔法使い、ついに尻尾を見せる』?」
「その紙がギルドに送られてきたのが1週間前だ。それに心当たりはあるか?」
どうやら、この紙は地球で言う新聞のようなものらしい。紙の左上に、『号外!!』と異世界語で書かれているが、そもそもこの国には新聞すら無かっただろうとツッコミを入れたい。まあ我慢するけど。
キューマはこの紙を見て、すぐに私を疑ったようだが、残念ながらこれは私じゃない。
「心当たりはないねぇ。そもそも私は魔法使いではないし」
「そうか……」
キューマは私のこの言葉を聞いて安心したのか、鋭い目つきからいつもの……と言ってもいつも目つきは悪いが……先ほどよりかは柔らかい目つきになった。
「まあ、面倒臭いことになりそうだから、魔法使いだと名乗っていたことは変わりないけど」
「名乗ってたんかい!」
キューマから鋭いツッコミがきた。机をバンッと強く叩いたことにより、風圧で机の上に置いてあった書類が舞い上がるが、私の隣にいた女性が瞬時に舞い上がった紙を回収していた。しかもよく見ると、ページが割り振られていたのか、その順番通りに回収していた。すげぇ。
「だって仕方ないじゃないか」
私はキューマに、なぜ魔法使いだと騙っていたのか理由を話した。
街中で尾行されていること、ドリュースさんの店の天井裏から探知魔法に反応があること、騎士がいきなり攻撃を仕掛けてきたこと。他にも、大賢者だと知られると戦争に駆り出されるかもしれないと思ったとか、魔法の知識を知るために監禁されると思ったとか、色々と面倒臭いことになるかもしれないと思ったとか、事実と憶測を交えて話した。
すると、ギルマスは目を閉じて静かに頷きながら聞いてくれた。
聞いてくれたのは良いが、その後のギルマスは大変だった。
いきなり立ち上がったと思ったら、私の目の前に移動してきて綺麗な土下座をして謝ってきた。
「すまない!それはおそらく、俺様の責任だ!」
「うん、知ってる」
「だからこの件に関しては俺様が……知ってる?」
キューマは土下座の格好のまま顔を上げた状態で固まった。いや、すっごい面白い格好だけど、ここで笑ってはいけないことぐらい知ってるよ。ふふっ……いや失礼。
「ああ、知っているとも。何せ、ここでの会話を盗聴していたもんでね」
「盗聴……だと?」
彼は面白い格好のまま呆然としているが、私は構わず続ける。
「誰かに頼まれたかどうか訊ねた時、お前さんは無言を貫いたねぇ?その時確信したのさ。ああ、これは誰かに報告するやつだ、とね」
「……」
ギルマスは顔を下に向け、動かない。隣で立っている女性も動かない。
「だけど、お前さんは私との会話をメモを取っていなかった。受付をする前は取っていたのにね……そこで私は怪しいと思ったのさ」
何も言わない。何も答えない。そして動かない。
これじゃあ私が彼に説教をしているみたいじゃないか。
「あー……やめやめ。私らしくもない。これ以上は言わなくてもわかるよねぇ?」
「……すまなかった」
ただ一言。私という縁を無くしたくないのか、それとも信頼という言葉にすがりたいだけなのか。どちらかわからないその言葉は、この部屋に虚しく静かに響いた。
「別に、遅かれ早かれ王様にバラそうと思っていたんだ。だから、お前さんが謝る必要なぞどこにもない」
「……」
ただただ土下座の姿勢を保つギルマス。その姿はまるで、失うことを恐れる1人の少年のように見え……なくもないけど、歳のせいかな?
「頭を上げてくださいな。ギルドの長が、ただの人間に頭を下げていては、威厳もへったくれも無くなっちまいますよ?」
「……ああ、すまなかった」
「ギルマス、謝りすぎだ。いくら温厚な私でも、それ以上の謝罪は受け付けないよ」
まだ謝るのかこのギルドマスター。大賢者と言っても私も1人の人間。いや、長く生きすぎているけれど、これでも私はまだ人間のつもりだ。
「まあなんだ。私も言い過ぎたところもあるし、今回のことは水に流そう。これで良いでしょ?」
「本当にすまな」
「ギルマス」
「いや、ありがとな」
隙あらば謝ろうとするねぇ。面倒臭い。
一発殴ってやろうかな。
*****
土下座の格好から立ち上がったキューマは、服についた土埃を払って机へと戻っていった。
払いきれていない場所を見つけた私は、ギルマスにも秘書にも気づかれずに、清潔魔法をかけておいた。このままだと椅子にも土や砂が付くだろうからね。掃除が面倒臭いことになるし。
オフィスチェアに座り直したギルマスの顔は、先ほどの謝罪している時のしょぼくれた表情ではなく、自信に満ちた表情をしていた。どうやら吹っ切れたらしい。うんうん。良いことだ。
「それで、年齢の件だけど」
「あ、ああ。何歳に変えるんだ?」
「2000歳」
「……すまん、なんだって?」
謝りすぎて、ついに耳まで悪くなったか?
「だから、2000歳だって」
私の年齢を再確認したギルマスは、少し目を閉じて少し考えた後、薄く目を開けて私を見た。
「それ、嘘ではないよな?」
「しっかりと家に帰り、私の家族に確認した結果ですよ。嘘ではありません」
「……そうか。わかった。直しておく」
片言で呟くように言ったギルマスの表情は、どこか諦めたような感じに見えた気がした。