体が大きいからといって、必ずしも良い思いをするわけではない
「で、聞いておるか?」
「聞いておるぞー」
「その返事は聞いておらんかったな?」
バレてら。
私は今、でかい狼もといフェンリルとかいう狼に相談事を持ちかけられている。
とは言っても、俺の目の前の椅子に座っているのは、どう見ても人間の女性だ。銀髪で青目で尋常ではない魔力を放っていることに目を瞑れば、どこからどう見ても完璧な人間の女性だ。
そこ、目を瞑っていれば見えないだろう、とかそんな無粋なツッコミをしない。
私の身長が170cmだから、女性の身長は約185cmはある。
これがあのフェンリルだというのだから、さらに驚きだ。
で、このフェンリルの悩みというのが……
「じゃからな、最近ホーンラビットの子供に嫌われておるんじゃて」
体がでかすぎて、ホーンラビットの子供に逃げられるんだそうだ。
ホーンラビットってのは、ツノが生えているウサギで、大きさは地球のウサギとそんなに変わらん。だが、力は強いため、前方の敵はツノで串刺しに、後方の敵は蹴りで風穴をあけるという恐ろしい技を持っている。
そして厄介なのが、彼らの鳴き声だ。
何か魔力と一緒に放っているらしく、ピンチの時の鳴き声は相手をひるませるほどの威力を持っているらしい。
私も一度受けたことがある。ちょっとツノをもらいにね……薬の材料だったんだよ。
ああ、私は魔法の他にも薬についても研究している。
地球じゃ免許とかそういうのがいるもんだけど、ここは異世界だからね。免許があったとしてもここは森の中だから知らん。
フェンリルはその体躯から、大人のウサギ達には仲良くしてもらっているんだが、子供のウサギ達だとそうではないらしく、頰をすり寄せようとしても逃げられんだと。
どうも食べられると勘違いされているらしい。
「じゃから、お主になんとか言って欲しいのじゃよ」
「じゃあ、もう少し小さくなれば良いじゃないか」
「そうできればそうしておるわ……」
フェンリルはため息をつく。狼の姿からは想像できないような可憐さだが、どうして女性はこんなにも変わるのだろう。不思議だ。
そんなことを考えていると、彼女はこちらをちらりと見て言った。
「何か考え事かの?」
答え方によっては、お主の首がとぶぞ?と暗に言っているように感じる。
「狼の姿とは別の雰囲気がするなーと」
「ほう?それはどんな感じか詳しく」
普通に食いついてきた。
よほどこの女性の姿に自信があるらしい。
ラノベとかだと、普通は狼耳とか狼尻尾とか生えているらしいが、彼女は違うからね。
「狼の時はまあ威厳があったんだが、人間の時はそういうのがなくなって可憐な感じかするなと」
「ほほう。遺書は早めに書いておいた方が良いと思うのじゃがな」
私の言葉に一瞬だけ驚いたような顔をしたが、彼女はニヤリと笑ってそう言った。
「おお怖」
まあ、長年の付き合いから、これが冗談だということがわかっているんだよね。
だから私は、おどけた調子で適当に返した。
遺書とか言ってはいるが、本当は長い時間を生きる話し相手が私くらいしかいないもんだから、彼女も冗談のつもりで言っているに違いないと勝手に思ってる。
「っつっても、私としては体がでかい方がいいと思うんだけどねぇ」
「なにゆえ?」
「森の守護者って感じがするでしょ?」
「何を言っておるのじゃこのたわけが。今の守護者はお主じゃろうに」
「見た目の問題だよ、見た目」
「そうかのう?」
フェンリルはこの森の元守護者であって、今の守護者は私になっている。
なぜかってそりゃ、この森を守るために、森全体に魔法をかけてあるからさ。
火事や嵐などの自然災害から守ったり、外からの魔法を弾いたり、どこかから矢が飛んできても大丈夫なように守護の結界をちょっとね。
あとは、その魔法が消されないようにアンチマジックの結界をその上に被せて、永久魔石に結界二つを固定して完成。
私でしか解くことのできない結界が完成しましたとさ。まあなんで私しか解けないかはどこかで説明しよう。
これが私が森の守護者に偶然なっちゃった理由さ。
大賢者と言っても、他の人から見れば私は普通の成人男性。それで森の守護者と言われても、誰も信じないと思うんだよね。
「森全体に結界が張られた時は流石にビビったわ」
「そりゃ悪かったって。お前さんが長年守ってきた森に、勝手に結界張っちゃったんだもんね」
「別に良いわ。わしとてずっと森の守護をやっていると、いつ森の外から襲われるかわからんから、気が張って眠れんくてな……」
なるほど。だから初めて会った時はすっごい疲れたような目をしていたのか。
というか、目の下にクマができててすごかった。こう、毛がボサボサで、いかにも寝不足ですって感じにフラフラしてて。
今にもぶっ倒れそうだった。
「ストレスでハゲそうじゃったわ」
「女性としては致命的だもんな」
「言うでない」
思い出して震える彼女に威厳とかそういう文字は、一向に浮かんでこない。
「それで、わしの悩みは解決してはくれぬか?」
「いつから私は悩み解決屋になったんだい」
「森の守護者となった時点で、『悩み解決屋』とやらになったんじゃろうな」
「めんどくさ……」
とりあえず、フェンリルの悩みを解決しない限りは安心して昼飯すら食べれやしない。
そう思った私は、彼女の案内のもと、ホーンラビット家族のもとへ向かうのであった。
「痛っ」
「人化しても出入り口で突っ掛かるか。人間形態がでかいのも考えもんだよね」
フェンリルは意外とドジであった。