依頼と宿と品物と 3
ドリュースさんにかかっていた『死の呪い』。もしこのまま放置していたら、日付が変わる頃に彼は死んでいたらしい。
死神曰く、少しは自重して、だそうだ。どこかのチートキャラが言われそうなことを、まさか私が言われる羽目になるとは……いや〜、人生って何があるかわからないもんだねぇ。
あれ?でも11個の『死の呪い』があったのに、どうしてすぐに死ななかったのかな。
死神なら何か知っているかもしれないな……聞いてみよう。
「そんなの、呪いの耐性があったからに決まってるでしょうに」
日常的に呪いにかかってそうなあなたが何を言っているんだ、と言われた。私、そんなに呪われてそうなことやってたっけ?私の背後に憑いてる幽霊が呪いをかけてくるならともかく、自主的に呪いにかかるなんて、そんなことをやった覚えは無いよ。うん。まったく無い。
あ、死神は、ドリュースさんの呪いが綺麗さっぱり解呪されるのと同時に、仕事モードから日常モードに雰囲気が変わりました。おかげで声も、エコーがかかっていたものから通常の声に戻りました。神様って仕事モードとか日常モードとか、切り替えというものができるんだねぇ。おじさん、初めて知ったよ。うんうん。
*****
私たちは今、暖炉の前に座って紅茶を飲んでいる。
一人用のソファにはドリュースさんが、向かい合うように置いてある二人用のソファには私と死神が座っている。
「やれやれ、久しぶりに仕事ができると思ったのに……暇ですなぁ」
「大賢者と死を司る神か……にわかに信じられんが、やはり実在するんだな……長生きするもんだ」
ドリュースさんの年齢って言ってなかったっけ?御歳60歳になるそうです。うん、人間でいう、そろそろ定年退職だっけ?それをする歳だよ。でも、この世界って定年が決まってないらしいんだよね。働く人は働くし、身体中が痛くて無理って人は退職するし、それぞれ自由なんだって。ドリュースさんが言ってた。
そういえばドリュースさんに、私と死神の関係を説明しておいた。まあそれと一緒に、私が何者かも話さなければいけなかったのはきっと必然だったんだろうねぇ。ま、一応この人は信用できそうだからね。商人なんだし、口は堅いでしょう。
「ところでドリュースさん、依頼は?」
「ああ、手伝って欲しい部屋はあそこなんだが……」
そう言って指を差したのは、西側の2つ並んだ扉のうち右側の扉。この家についている扉はみんな木の板でできているのに、その扉だけ金属製の板でできている。
「元は倉庫だったんだが、倉庫にくっつける形で家を建てたもんだから、あんな感じになってんだ」
倉庫が後ではなく、家が後のパターンか。だから、あの扉だけ周りの雰囲気とは違うのか。
依頼の内容は、『家の掃除を手伝ってくれ』だったね……では早速。と、立ち上がったところでドリュースさんに制止させられた。
「待て待て、今日はもう遅いから、明日で良いぞ」
じゃあなんで私は家に呼ばれたのだろうか……まあ依頼を達成するためなんだけどさ。
でも、彼の口から飛び出したのは、私の予想に反するものだった。
「まあ、今日は泊まっていってくれ」
「あ、良いのかや?」
「俺の呪いを解いてくれたからな。あとは……大事な部下を助けてくれたお礼だと思ってくれればそれで良い」
借りた恩は返さねばならない、そう言うんだねぇ?まるで私の友人そっくりだよ。
でも、一応内容だけ聞いておこう。
「家の片付けだって書いてあったけど、どこをどうすれば良いかだけ教えて欲しいねぇ」
「そうだな……倉庫の中だけで良いんだが、種類ごとに分けて欲しい」
どうやら、預かった素材や手に入れた物品を倉庫にそのまま入れ、種類ごとに分けることを怠っていたらしい。それで、倉庫の中はグチャグチャだし、何がどこに置いてあるかもさっぱり。それで冒険者ギルドに、無償で手伝って欲しいとの依頼を出したのだが一向に誰も来ない。
仕方ないから、一回本部に戻って品物を揃えてから、またこの国に来たと。なるほどねぇ。
つまり、片付けが面倒臭いんだね。うんうん。わかるよその気持ち。私だって片付けとか家事とか面倒臭いもの。それでもやらなきゃ困るのが、部屋の片付け。片付けないと、どんどん物が崩れてきたりその中から探し物を探す羽目になったり、後々面倒くさいことになるんだよ。
ま、とりあえず透視透視〜……見なかったことにしたい。
何?あの量。尋常じゃないくらいの物品が床に散らばってんたんだけど……何、地震でも来たの?今持ってる魔法袋で足りるかな……ひぃ、ふぅ、みぃ……足りん。しかも、その中で中身が入っているのは3つ中3つ。足りないどころか無いじゃん。
「ドリュースさん、使わない布ってあります?本当はこの死神から剥ぎ取りたいんですけど」
「さらっと怖いこと言わないでくださいよ」
「布か……ちょっと待ってろ」
ドリュースさんはそう言うと、左側の扉の奥へ入っていった。
数分後、彼は奥から50枚ほどの縦30cm、横30cmの様々な色の布を持ってきてくれた。
2枚で魔法袋1つの計算だから、合計25個ほど制作できそうだ。まあ、設計図に空間魔法陣と相応の魔力をぶち込むだけだから簡単なんだけどねぇ。魔法袋って魔力量が多ければ多いほど容量が大きくなるから、ちょっと魔力を入れれば簡単に作ることができるんだよ。
これ、情報売ったらどれくらいのお金になるんだろう。
……いや、もし魔法袋の情報を売って、戦争にでも使用されたらたまったものではないね。だって、見た目が小さくても物を沢山入れることができるし、持ち運びにも便利だからねぇ……何かあったときのために、盗まれてもいい袋には何か魔法陣を仕組んでおくか。武器を入れた瞬間に『死の呪い』がかかる魔法陣とか、そもそも武器が入らないようにするとか……うん、そうしよう。
なんか、誰かから『外道!』って叫ばれた気がする。気のせいだよね?
さーて、今日は徹夜だ!!
*****
次の日の昼。倉庫の棚には様々な色の袋が並んでいた。それぞれ、武具、防具、装飾具、魔道具など名前が書いてあり、一定の間隔で置いてあった。
え、片付けの描写?普通に出来上がった魔法袋に、それぞれ種類ごとに分けて収納していっただけだけど。おかげですっごく眠いんだよね。
倉庫に入って両側に簡素な棚、正面に三段の本棚らしきものが置いてあるんだけど、ドリュースさんが本棚を見てめっちゃ驚いていた。
「こんな場所に本棚なんてあったか!?」
いや、色々な物に埋もれすぎて、忘れてただけじゃないかな?
でもとりあえず調べてみよう。
何か仕掛けてあったら危ないと思い、私が本棚に近づいてみることにした。だって、急に床が沈み込んで天井から何かが降ってきたら嫌じゃない?ただでさえここに死神がいるんだからさ。おい、首を傾げるな。
「おや?こんなところにメモが……」
覗き込んでみると、真ん中の段の奥に、ちょうど本棚の色と同じ焦げ茶色の紙が貼り付けてあった。剥がしてみると、メモのようだった。紙が貼ってあった場所は、綺麗に四角く綺麗な茶色の跡が付いていた。
「ドリュースさん、本棚にメモがありましたよ」
メモをピラピラと揺らしながら、ドリュースさんに近づく。しかし、ドリュースさんは私の方を見たまま動こうとしない。なぜに?
するとドリュースさん、私の背後を指差してわなわなと震えているではありませんか……はて?
「なんぞや?」
くるっと振り返る私。
ゴツンという音と軽い衝撃。
頭を押さえて蹲る白いワンピースの女性。
さて、ここから導きだされる答えは……?
「さてはドリュースさん。この幽霊が見えているね?」
「ゆ、幽霊!?」
「あ、いたんですか。私が見つけられないとは……興味深い」
ドリュースさんはこの幽霊が見えていた。うん。もしかして、何かこのメモに魔法でもかかっていたのかな?
あと死神、お前さんは興味深そうに観察しているんじゃない。死神が幽霊を察知できないとか大問題だぞ。
「まさか……俺をとり殺そうと!?」
「はいはい、落ち着きましょうかドリュースさん。どこをどう考えたらそんな頓珍漢な考えが出るんですかい?」
ドリュースさんはテンパっていた。なるほど。これが幽霊を初めて見た人間の行動か。新鮮だな。
とりあえず、落ち着かせにゃあ話が進まん。幽霊の介抱は死神に任せ、私は彼の介抱をしますかね。まずは安定魔法でもかけますかな。
あ、すでに判子は押してもらったよ。予想よりも早く終わって喜んでた。まあ、こんな状態になったのは、早く終わってホッとしてたからだと思う……ま、生きてりゃ色んなことがあるさ。
私としちゃ、面白い光景が見れたからまあ良しとしよう。