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森の中の大賢者  作者: 凹村凸
東の王国編
20/41

依頼と宿と品物と 2

 鎧に描かれた(スケーマ)を、魔力を流した筆でゆっくりとなぞる。

 すると、その紋がなぞられた場所から綺麗に消えていく。紋の一部が消えた瞬間に、呪いをかける効果は消えたため、もう触れただけで呪いがかかることもない。安全な鎧となった。


「安全な鎧にはなった。だけど、実戦で使われることを前提とした鎧だから、似たような効果をつけなければいけない」

「いや、そこまでしてもらう必要はないのだが……」

「いえ、これは私の贖罪(しょくざい)みたいなもんですよ。古き友人への……ね」

「はぁ」


 よくわかっていないような返事をするドリュースさん。

 わからなくていいのさ。だって、私の友人はお前さんが生まれる前に亡くなっているんだからねぇ。

 一体、彼女の墓はどこにあるのやら。


 さてと。

 私は紋が完全に消えたことを確認すると、筆を上下反対にした。

 この筆は元々絵を描くために作ったものだった。筆とは逆の方向についている羽根は、鋭く尖っておりまるで削りすぎた鉛筆の先のようになっている。本来は硬い石や金属に使用するからである。魔力を流すと触れた場所がどんなに硬くても、削るように文字を書いたり絵を描くことができるため、私と友人は高い山へ登った際に「今日はここまで登った」という目印を付けるために作ったのだ。

 そして、緑色の羽根は私が友人のために染めたもの。友人は緑色が好きだったからねぇ。まさかここで出会うとは思わなんだ。

 そう思い、紋とは別にバックプレートの左下に書かれている文字を指で優しく撫でる。ぐにゃっとしているけど、しっかりとした筆跡。間違いなくこの鎧は、私の友人が作ったものだ。


 おい、今「森から出なかったんだからぼっちだと思った」とか考えたやつ誰だ。


 とりあえず、紋を書き換えてしまおう。友人のことだから、これが戦争に使われないようにとか考えてのことだったのだろう。だから、私はその意を汲んで、『攻撃した対象及び害意を持って触れた対象に呪いをかける』という効果を付与するための図形を書き入れた。こう言う長い意味を持つ図形はないのだが、私は大賢者。できないことなどないのだよ。だから、その効果を持つ紋を書き入れた。といっても、魔法陣を貼り付けて、その上からなぞっただけだけど。それでも、この筆で書き入れたのだからしっかりと発動する。


「よし……」


 私は一つため息をつくと、鎧を元どおりに組み立て直し、元の棚に戻した。


「終わったのか?」

「ええ、これでもう安全ですよ」


 きっと私は、今までで一番の笑顔だっただろう。

 フード取るの忘れてたから、きっとドリュースさんたちからは見えないんだろけどね。



*****



 ドリュースさん宅に行く前に大きな買い物をしてしまった。

 それは、この筆である。友人にあげたものなのだから、誰かに買い取られて飾られるくらいなら私が使ってしまおうと思ったからねぇ。

 ドリュースさんの方は、従業員を死なせずに済んだからそのお礼だと言っていたが、それだと色々と悪いのでしっかりとお金を払わせていただきました。とは言っても結構まけてくれたのはありがたかった。


 さて、ドリュースさんのお宅はどこかなーとか思っていたが、そもそもこの国にあるのは支部であって本部ではない。つまり、ドリュースさん宅と言っても別荘みたいなもんだろうなー。とか考えながら彼についていったら、どんどん城が近くなっているじゃありませんか。


 なるほどー、ドリュースさんってこんな場所に住んでいるのかー。とか棒読みしている場合ではなく、普通に城関係の人に見つかったら確実にヤバいやつだと思うんだよねぇ。一応、隠蔽魔法で城からはドリュースさんには見えるけど城には見えないという調節はしているけども……心配だなぁ。

 しかし夜の城か……幻想的な雰囲気がして良いねぇ。月も出ていないから星がいつもより輝いて見えるよ……いつもは森だからよく見えないけど。


「おや、ドリュース殿ではありませんか」

「そういうあんたは騎士サマじゃあないですか」


 んん?なんか見覚えのある騎士とドリュースさんが楽しげに話し始めたぞ?だけど、ドリュースさんの言葉にはどこかしらトゲがあるように感じる。騎士が嫌いなのかね?


「ドリュース殿は今お1人で?」

「いんや。魔法使いと一緒にウチの片付けをするのさ」

「魔法使いですか……それはどちらに?」


 残念ながら、騎士には私が見えていないようだ。私の使う隠蔽魔法は伊達じゃあないんでね。

 しかし、今その話題を出すとは思わなかった。彼と口裏を合わせているわけでもないし、彼には私が見えているからなんて答えるのかがわからない。とりあえず、騎士から顔を背けておこう。

 だが、ドリュースさんはちらっと私の方を見る。すると、騎士が剣の()に手をかけると、「そこか!」と言いながら私の方へ振り抜いた。

 しかし、その刃は私には届かなかった。

 転移魔法でドリュースさんの真横へと避難していたからだ。


 いや、危ないでしょこの騎士。何で私に向かって剣を振り抜くの?私、何かした?


「どうした?何かいたのか?」


 ドリュースさんはニヤニヤとしながら騎士に訊ねる。剣を振り抜いた場所に手応えがなかったのか、何もいないのに剣を振り抜いたのが恥ずかしかったのかわからないが、ぎこちなく剣を(さや)に収めると騎士は言った。


「い、いや、何でもない!それではこれで失礼する!!」


 ギグシャクと、同じ方の手と足を出しながら歩いて行ってしまった。


「夜の見回り頑張りなー」


 もう聞こえていないだろうが、ドリュースさんは最後までニヤニヤとしながら騎士に声をかけていた。



*****



 ここがドリュースさんの家なのだろうか。見た目はレンガを積み立てて作ったような家だ。強風が吹いても倒れなさそうだねぇ。でも、家がここにあって何で本部が別の国に?

 もしかしたら、彼は複数の家を所持している人間で、それぞれの国に1件ずつ家を持っているのかもしれない。私は詳しく知らないけど、時々そういう人が日本にもいるということを聞いたことがあった。

 鍵を開けて、彼の後に続いて入る。天井からランタンがぶら下がっており、彼はそれに手をかざすと明かりがついた。どういう仕組みだろう。


「初めて見たか?」


 ドリュースさんが自慢げに訊いてくる。それに私は頷くことしかできなかった。だって、長年生きてきてこんな仕組みの明かりなんて見たことなかったから……じゃあ私の家はどうしているんだって?私の家の明かりは私の光魔法で補ってますが何か。作ろうとも思ったことありませんが何か。

 そんな呆れた目で見ないでほしい。


 閑話休題。


 扉をくぐって最初に目に入るのは、大きな暖炉。明かりが灯るのと同時に火が点く仕組みなのだろうか。ドリュースさんが何かした様子がないため、きっとそうなのだろう。とは言っても、いつの間にか暖炉の前の1人用のソファに誰か座っているのが見える。後ろ向きかつ影になって見えないが、あのシルエットは見覚えがある。

 ドリュースさんはそれに気づいたのか、目を見開いて両手を前に突き出した。返答次第で魔法による攻撃をする準備に入ったらしい。さすが旅する商人は早い。


「誰だ!!」


 もしあれが私の知り合いであれば、止めに入るのもやぶさかではないが……あれも仕事なんで邪魔するつもりも毛頭ない。さて、あの骸骨(がいこつ)頭はどうすればいいんだろうか……。

 ドリュースさんの問いに、その人影はゆっくりと振り向く。そして振り向かれた顔は……どう見ても知り合いの死神ですありがとうございました。


『我は死を司る神である』


 仕事モードのためか、声にエコーがかかっている。なるほど、見たことなかったが仕事中だとこんな感じになるんだねぇ。初めて見たよ。いつも不法侵入してくるから、そんな印象を持ったことがなかったんだよ。今回は一体どこから入ってきたんだろうねぇ?

 しかし、死を司る神と聞いてドリュースさんが狼狽(うろた)えている。いきなり目の前に死神が出現したら誰だって驚くだろう。私も最初は驚いた。


「死神……だと……!?」

『残り少ない寿命を持つあなたを看取ろうと、我が直接出向いてやったのだ』


 残り少ない寿命……?おかしいな、私の見立てだとそんなに死にそうにはなっていないのに……とりあえず聞いてみよう。


「ついでに原因を教えてもらっても良い?」

『原因は『死の呪い』によるものだ……いや待て』


 へぇ〜、『死の呪い』か〜。そんなの見つからなかったんだけど?なんでだろう。


「『死の呪い』って言ってますけど……ドリュースさん、何か心当たりありますか?」

「う〜む……あるとすりゃ、色々なところ行って色んなものに触ってきたからなぁ……あの鎧じゃないか?結構触ってるし……」


 死神は私の方を指差して、口をパクパク……もといカチカチとさせているが、無視しておこう。それよりも研究だぁ!大賢者としての血が騒ぐぜぇ!って声に出したいけど我慢しよう。うん。


「ちょっと失礼」


 ドリュースさんに一言断りを入れてから、彼に両手を向けて目を閉じる。両手を掲げたまま彼は死神から目を離していないが、私は構わず探知魔法で探りを入れてみる。

 すると、彼の心臓の方に反応があった。


 心臓といえば、血液や魔力が全身を巡るために必要なポンプの役割をしているが、心臓に直接呪いがかかることは滅多にない。あるとしたら、誰か魔術師が故意にかけたり、呪いの武具を身につけたりした時だけなのだが、一体何をしてしまったのだろうか。呪いの武具でも身につけたのかな?商人だし、そんなこともあるよね。


 まあそんなのんきなことを考えている状態ではないのが今回の例。心臓に呪いがかかっている場合、内側にかかっているか外側にかかっているかで対応が変わってくるんだよね。

 外側にかかっている場合はそのまま胸を指で突いて解呪してしまえば良い。だけど、内側にかかっている場合はそうはいかない。血液の本来の流れとは逆の方向に魔力を流し、呪いを引き剥がすようにして解呪するといった面倒かつ負担のかかる方法を実行せにゃならんくなる。


 こういう時は、透視魔法を使うんだよ。テストに出るよー。

 うんうん。ドクンドクンと一定のリズムで正常に動いている。だけど表に何か魔法陣か描かれているねぇ……円が二重に描かれており、外側の円にギザギザの模様、そして中央の円に黒い点。瞳を表しているこの魔法陣が『死の呪い』の魔法陣なんだよ。それが心臓の外側に多数……いや、呪いの種類がランダムにかかるのに、この人は『死の呪い』だけを引き当て続けたんだねぇ。1個だけならともかく、何重にも重なると死ぬまでの期間が短くなる厄介な呪いだから、死神がちょうど今来たんだねぇ。

 いやいや、どんな凶運だよ。100種類以上もある呪いから『死の呪い』だけを引き続けるとか、もう凄いとしか言いようがないよ。


『ちょちょちょ!え、治すつもりか?』

「え、寿命や罪によるもんじゃないしねぇ……問題ないでしょ?」

『いやいや、問題無いといえば問題無いけども!普通は我に許可を取るものだと思うのだが!?』


 なにそれ初耳。


「え、駄目なのかや?」

『良いですよ』


 良いのかい。じゃあ訊かなくても良いじゃないか。


「死神と普通に話してやがる……」

「はいはい。あとで説明しますから、両腕を広げてこっちを向いてくださいねぇ〜」


 横向きだと解呪しづらいんだよねぇ。解呪しやすいように、正面を向いてくれないと。

 うんうん。正面から透視する限り、見える魔法陣は4つ。本当に何回くらい引き当てたのやら。

 ではまとめて解呪してしまおう。指4本で良いかな。


『四つ指でまとめて解呪とか……常識外れにも程があるのだが』

「良いじゃないか別に。その方が楽なんだもの」


 全くもって緊張感がない私と死神。ドリュースさんは今死ぬんじゃないかってほど狼狽えているのにねぇ?


「はい、後ろ向いて〜」


 私の指示に従うドリュースさん。なんだかかわいそうに思えてきた。


 後ろ側から透視してみると、彼の心臓には6つの魔法陣が張り付いていた。いやいや、面積的に入りきらんだろって思ってよく見てみたら、2つ重なっているものがあった。ということは、前後合わせて魔法陣11個!?我ながら厄介な呪いを作ってしまった。後悔なんてものはしていないが、それにしてもこの人の凶運は強すぎる。


 とりあえず、これでドリュースさんが死ぬことは無くなった。さて、依頼が優先になるか、それとも私の話が先になるか……ま、私はどっちでも良いんだけどね。この人なら良い友人になってくれそうだし。

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