依頼と宿と品物と 1
ソルちゃんに、今日中に帰れないと一報を入れたところ、名前をつけてもらったことを喜ばれた。うん、本人のいない間に勝手につけてしまって申し訳ないことを言ったら、許してくれたものの、明日は帰ってきてほしいとたのまれた。ジェスチャーだけど。
え、どうやって連絡したかって?家にテレビ電話用の魔道具があってだね……以下略。
まあとにかく、私が持ってる騒音の指輪とは別に魔話の指輪というものを使用して連絡したのさ。いや、なんで『電話』じゃないかって言われても……魔法で動いているんだから電話って名前をつけたらおかしいでしょう?
ただ、騒音の指輪は銀色で細くて地味な指輪なんだけど、魔話の指輪は金色で魔石が沢山付いているから、とても派手なんだよね、太いし。よく高級な指輪に、ダイヤモンドが上の方に三つか四つ付いているものがあるじゃない?あれと似たようなもの。ま、加工が面倒くさいから丸く削ってはめ込んだだけだけど、魔石が3つついているんだ。それぞれ、『通話』『幻視』『接続』の魔法が付与されていて、幻視のおかげで誰と話しているか他人には見えないけど、話している本人には通話相手が立体として見える、という効果のある指輪が出来上がった。
うん。なんでこうなったのか私にもわからないんだよね。
*****
さて、始めますかな。まあ、勝手に直したら怒られそうだったから、その見せ棚の列を担当している従業員と、ドリュースさんに見てもらいながら直すことにした。
棚は全部で8列あって、1列1人の配分で従業員が仕事をしていた。列ごとに商品が違うし、数も違うため、とりあえず仕入れが終わった列から直していくことにした。
「では、まずは右から3列目の棚から……わお」
「どうした?」
「?」
従業員に呪いがかかっている。しかも複数。そのおかげかどうかわからないけど、すっごいやつれてる。
右から3列目を担当していた従業員は女性だった。赤い髪のツインテールが特徴的だったが、少し嫌な感じの魔力が感じられたため、調べてみたら呪いにかかっていることが判明した。いや、そんなに可愛らしく首を傾げられても、呪いがかかっている事実は変えられない。
この列は剣や斧といった武器が並んでいる……ということは、運んでいる最中に呪いにかかったかな?
「ちょっと失礼」
人差し指で従業員の額を1回突く。
「あうっ」
痛かったのかどうかわからないが、可愛らしい悲鳴をあげて仰け反る従業員。
それを不審に思ったのか、ドリュースさんが険しい顔をしながら私に訊いてくる。
「何をしている?」
「ん?呪いを解いてるのさ。ちなみに、今解いた呪いは『悪夢の呪い』だよ」
『悪夢の呪い』とは、疲れていれば疲れているほど悪夢を見る確率の高くなる呪いだ。厄介なのが、触れた相手に移る特性を持っている。嫌がらせ程度にかけられることが多いが、まさか仕入れた商品にかけられているとは思うまい。ちなみに、この呪いは移動式のため、複数に分裂する、ということはないから元々呪いがあった商品には、すでに呪いは無い。
ラノベじゃよく、『鑑定』とか便利なスキルがあるけど、私はそんなもの使えない。できて相手の鑑定を阻害するくらいさ。じゃあどうして呪いの種類がわかるか疑問に思うでしょう?そりゃ簡単だ。自分で作ればいい。呪いは相手を苦しめたいという気持ちがあれば、作ることができるんだよ。もちろん、その呪いを解呪する魔法とセットにね。
実はこの『悪夢の呪い』、私が昔ネタとして作った呪いで、私の家に訪ねてきた旅人にかけた呪いなんだけど、どこをどう間違ったのか触れたものに移動する呪いになってしまったんだよ。だから、人間から武器へ、武器から人間へというのを繰り返して、運悪くこの子についてしまったのだと考えられる。え、作った理由?態度がでかくてムカついたから。反省も後悔もしていない。あるのは遣り切った感だけさ。
口には出すまい。
「それで呪いは解けたのか?」
「まあ、あと3つほどあるけど……」
「「3つ!?」」
2人揃って驚いていた。そんなに驚くことかね?私なんか気づかずに10個ほど呪いがかかってた時があったのに。まあ呪いを作ってる時のことだけど。懐かしいなぁ。あん時は解呪するのが大変だったよ。この症状だからこの呪いだとか、こんな体調だからこの呪いだとか。寝ないとわからなかったり、動かないとわからなかったりするから、呪いを解くにに丸三日かかったこともあるなぁ。
まあ、面倒くさいことになりそうだから「3つなんてすぐ終わりますよ〜」とか絶対に口に出すまい。
まあ、すぐ終わらせたけど。
簡潔に行って、どれも私が作ったことのある呪いだった。だけど、かけたのは私ではない。悪夢の呪いならまだしも、『暴食の呪い』とか『地獄の呪い』、あとは『死の呪い』など明らかに嫌がらせ目的のためにかけられた呪いじゃないものがこの子にかけられていた。というか、シャレにならないものだった。
どれも私が作ったことのある呪いだが、『暴食の呪い』はどれだけ食べても空腹に悩まされ、『地獄の呪い』はかけられた呪いの効果が倍になる。きっと、始めに見た悪夢はとても怖く、そこから眠れなくなったのだろう。目の下にくまができている。
そして厄介なのが『死の呪い』だ。これは呪いにかかって1年後に死亡するという、厄介な呪いだ。比較的最近かけられたのか、それとも何かの魔道具に触ったのか……こればかりは私にも原因はわからない。
額を突く度にあうあう言っていた女性従業員には癒されたけどね。
「あ、ありがどうございばず!」
めっちゃ泣きながらお礼を言われた。
何があったのかというと、呪いの説明をしてあげたところ、怖かったのか急に泣き出した。
まあ急に死ぬとか言われちゃあ、誰だって恐怖を感じるか。
「じゃ、この列はこれで終了だね」
「すまん、助かった」
結果として、この列の武器や魔道具に、彼女がなぜ呪いがかかったのかの原因が見当たらなかった。武器に触れたから呪いがかかったのだろうと考えたのだが、それっぽい武器が見当たらない。時々、触れた対象に呪いを付与する効果を持つ武器があるのだが、一つ一つ触って確かめたがそんな武器は見つからなかった。
あったとしても、対呪いの付与がされていると書かれているにもかかわらず、付与がされていない防具だったり、付けた対象の能力を反転される装飾物だったり、魔力をちょっと込めただけで爆発しそうになる代物だったり……一応、ドリュースさんは相手に確かめてから、その品物の説明を名前と一緒に書いているらしいが、本当に目利きの従業員がいないんだねぇ。全部直したけど、このまま売ってたら
さすがに考えすぎたかな……?
そう思った矢先、反応があった。それは、真ん中2列の左側にある、様々な防具が置いてある列だ。この中に、触れた対象に、ランダムに呪いをかける効果のある鎧が見つかった。上半身のみなのだが、厄介なことが一つだけあった。それは呪いがかかる条件が『触れた対象』であることだよ。
見た目は何の変哲もない錆のついた薄い鎧なのだけども、わりと頑丈なこの鎧。素手だろうが、手袋だろうが、それをすり抜けて触れた対象に呪いをかけるのだから、たまったものではない。それに、呪いの種類はランダムときた。何の呪いがあるかちょっと調べてみようと思う。
ドリュースさんに許可を貰い、浮遊魔法を使用して鎧を浮かせる。
何か他の従業員から驚きの「おぉ〜」という歓声が上がるが、知ったこっちゃない。大賢者じゃなくても、魔法使いならできるでしょ。だってこの魔法のアイデアを出したのは森の外から来た魔法使いだもの。魔法として確立させたのは私だけど、こんな魔法があったらいいなぁとか言い出したのは、別の魔法使いだからねぇ。それに、外に持って行って広めるとか言っていたから、他の魔法使いも使えると勝手に思ってる。
さて、この鎧。とても古そうに見えるのだが、いつ造られた鎧だろう……触れたものに効果があるってのをなんとか変えれないかな?
確か前に、魔道具を直す方法や製造過程を説明したよね。こういう鎧は魔道具と違って、設計図は付与されていないんだよ。そもそも、これは防具であって魔道具じゃないからね。武器も同じだけど。どこかに円が描かれており、その中に色々な紋が描かれている。紋ってのは、特殊な魔道具を使用して書かれた四角や丸と言った図形のことで、それを書くことによって様々な効果が出るんだ。こういう何か特別な効果がある鎧には、こう言った紋が描かれている。いや、いたと言った方がいいかもしれない。なんて言ったって、私は今の武器なんて知らないからね。
もしこれが私が知っている頃の鎧だとしたら、見えない場所に描かれていることが多い。外側だと、剣や魔法の攻撃で紋が削れてしまい、効果が出なくなってしまう可能性が高くなる。そう考えると紋が描かれているのは、おそらく内側だろう。
呪いにかかるのを承知で、鎧を分解してみる。
形としては、西洋のプレートアーマーと同じような形だ。そして、あるのは上半身のみ。だけど、構造が日本の鎧のような感じのため、紐で結んで装備するタイプみたい。分解してみると、肩当てとブレストプレート、バックプレートで分けることができた。両肩と前と後ろ、合わせて四つのパーツからなっているこの鎧のどこかに紋が描かれているはず……。
「これではないか?」
隣で見ていたドリュースさんが指を指す場所には、何やら不恰好な円が描かれていた。フリーハンドで描いたのか、ちょっとクニャッとしているが、確かに円であった。
「さすがドリュースさん。ありがとうございます」
そう礼を言って調整をしてみる。
描かれている図形が五角の星。そしてその外側に丸が描いてある。これが『触れた対象に呪いをかける』という効果の紋だろう。この星に『攻撃された』という意味を持つ図形を書き入れれば、効果が変わり安全な鎧になるのだが……例の特殊な魔道具が無い。どうしたものか……と思ったら、先ほど魔道具の棚の中に例の魔道具があることを思い出した。
「ドリュースさん、お願いがあるのですが……」
「なんだ、言ってみろ。これが商品に出せるのならなんでも聞いてやる」
今、なんでもて言ったね?
じゃあ遠慮せずに言おう。
「魔道具の商品の中に、緑色の羽根がついた筆みたいな物がありましたよね?それを貸してください」
「あの筆か……おい!」
「はっ!」
ドリュースさんが一声かけると、その列を担当していた従業員が走って取りに行った。そして、戻ってきた彼の手に握られていたのは、私の記憶にある筆と同じ、緑色の羽根がついたものだった。
私はそれを受け取ると、鎧の紋に向けて構えた。なぜかって?
「それで何をするんだ?」
ドリュースさんが、私の行動を不可解に思い訊ねてくる。
それに私はニヤリと笑って答えた。
「何ってそりゃ、この紋を消すんですよ」
私は筆に魔力を流し始めた。そして、筆の先で紋をゆっくりとなぞり始めた。