ドリュース商会の店で
草取りが今日中に出来そうにないため、一度冒険者ギルドに戻った。
そのことを伝えると、期限は決められていないため、問題ないと言っていた。それに、きっと無理だろうと受付さんも予想していたため、相手側に連絡していないとのこと。それ、私がそこに向かってたら大変なことになってたやつじゃないですか。
何、予知能力でもあるのこの受付さん。予言者とかそんな人いたようだけど、もしかしてこの受付さんのことじゃないだろうか。勘が鋭いから、もしかしたらと思ってしまう。ま、そんなはずないか。予言者だったら、こんなところにいないだろうし。
というか、予言者って大抵どこかに幽閉されていたり、脅迫されて未来を予言させられたりってそんなことされてる印象しかない。というか、そういう役職の人に限って誰かに誘拐されたり命を狙われたりするんだよねぇ。ま、知り合いじゃなければ助けないけど。だって私にゃ何の関係もないしね。
さて、ドリュースさんのところへ行こうかね。
*****
扉を開けると、腕を組んだドリュースさんが笑顔で出迎えてくれた。
「やっと来たか。店仕舞いをするところだったんだぞ」
「ん?これは済まない。とりあえず、冒険者ギルドに行って身分証明書を作り、んでもって依頼をこなしていたんだ。ほらこれ」
「それは言い訳だろう。それで、これは何だ?」
前言撤回。怒っていた。笑顔で。
私はイライラしているドリュースさんに依頼書を渡す。例の無償で手伝ってくれという依頼書だ。
「ああ、確か二ヶ月前ほどに、そんな依頼書を出した気がするな。だが、誰も来なかったんだ」
彼は目を閉じ、依頼を提出した時を思い出しているのか微笑んでいた。さっきのイライラはどこへ行ったんだい?
というか、来ない理由は明らかだと思うんだよねぇ。ほら、ボランティアじゃあるまいし、無償で働いてくれる人はこの国にはいないと思うんだよ。思いやりとかそういうの持ってなさそうだったもの。
「とりあえず、乗車賃分の素材を渡しますよ」
「ほほう。では見せてもらおう」
私の言葉で、ドリュースさんの目がそこらへんのおっさんから、ドリュース商会会長の目に変わった。いわゆる仕事モードの目だ。おお怖い怖い。まるで睨んでいるかのように見える。
「じゃあまずはこれを」
取り出したるは、グランドスパイダーの糸を束ねたものを2軸。そう、あのビーズクッションに使われている素材さ。巣作りした際に余ったものを、私が貰ったのさ。彼らも処分に困っていたようだから。余るくらいならそんなに出すなよと言いたけど、もし巣作りする際に足りなくなったら困るでしょう?だから、彼らは余分に糸を出して巣作りをしているのさ。
おかげで、毎年私が回収する羽目になったけど。そうそう。グランドスパイダーの糸は太いと思われがちだけど、普通の縫い糸と細さは変わらないんだよ。だから、森の中でも注意してみてみれば、グランドスパイダーの巣に引っかかることもないし、彼らの巣を壊さずに済む。まあ、引っかからなくなるまで私は2年ほどかかったけど。
私がこの糸を取り出した時、ドリュースさんの目つきが鋭くなった。商いについては私は詳しくない方なんだけど、これはすごく価値のあるものだと、彼が小さく呟いていた。そんなに良いものかね?この糸を貰った時、今年はあまり質は良くないですよ〜とか、苦笑しながら言ってたんだけど。うん?魔物にも感情はあるよ。わかる人が少ないだけで。
家にあるやつの方がもっと質が良いんだけど、落としたら困るからちょっと質を落とした糸を持ってきたんだけど……逆効果だったかな?でも、これ以上質の悪い物は置いてないし……まあ、良いか。
「ついでに、入手経路をお教えすることはできません」
「まあ、そうだろうな」
納得された。やっぱり、こういう物を売ったり譲ったりする人は入手経路を隠すものなんだね。でも、それだとその商品がどこから入手されたのか、どんな物なのかわからなくないかな。呪いとか付与されていたり、魔力を流すと爆発する物だったり、魔法を付与していると書いてあるのに付与されていなかったり……いや、店の中にある商品にそんなのがあったからさ。大丈夫なのかな?
「しかし、これだけでも十分乗車賃になるのだが……まさか他にもあるのか?」
「フェンリルの抜け毛」
「…………」
あ、フリーズした。
説明しよう。フェンリルの抜け毛とは、毛が生え変わる時期に私が彼女をブラッシングしたら、大量に毛が抜けて辺り一面が抜け毛だらけになったため、私が仕方なく回収したものである。
何に使うかわからないため、抜けた時のままの状態で普通の袋に入れて保管してあるのだが、家にあっても使い道がないため今回持ってきたのだ。その袋の大きさ、何とお米が30kg入るくらいの大きさ。つまり、まあまあでかい。それを三つほど。
まあ、何かに使ってくれるでしょう。
「ついでに、匿名でお願いします」
「……ハッ!」
あ、気がついた。呼吸も止まっていたし、大丈夫かな、天に召されないかな、と心配していたのだが、呼吸も戻ったし大丈夫でしょう。店仕舞いのためバタバタ動いていた他の8人ほどの従業員が、フリーズしたドリュースさんを見て心配そうにこちらを見ていたが、動き出したところ見て安心し作業に戻っていった。何?こっちに来て大丈夫とか言ってあげないの?そんなのこの状況は良くあることなの?
「すまん、聞き間違えたようだ。もう一度言ってくれないか?」
あ、なかったことにしようとしてる。お前さん、この商会の会長じゃないのかや?頑張れ頑張れ。
「フェンリルの抜け毛ですよ」
「すまん、もう一回」
「毎年毎年、夏に入る前に換毛期に入るフェンリルをブラッシングしていたところ、辺り一面が抜け毛だらけになったため仕方なく回収したら溜まりすぎてどうしようかと思って持ってきたフェンリルの抜け毛ですよ」
「とんでもない情報が混じっていたが、聞かなかったことにしよう。それでお前は、その抜け毛をタダ同然でくれるというのか?」
「ええ、そうですよ」
やっと理解してくれた。全く、予想外の情報から逃げたくなる気持ちは分からんでもないけど、会長としてのプライドは大丈夫なのだろうか……心配だな。
だが、ドリュースさんは俯いてブツブツと独り言を呟きだした。
ちょっと顔を覗いてみると、目がマジになっていた。というか、目を見開いて呟いているため、すごく怖い。どうやら、欲望と商売でどっちを取るか葛藤しているようだった。いや、商会の会長だったら迷わず商売を取りなよ。
「ちなみに、今この場にいる従業員を含めて全員、この情報をこの国の王様に言うのは禁止します」
「「!!??」」
「な……そ、そんな!」
ドリュースさんは顔を上げて絶望したような表情をしていた。言う気満々だったんだね。
そして聞き耳を立てていた他の従業員は、いきなり巻き添えにされたことに驚いていた。いや、一人魔道具を持ち出して聞き耳を立てているもんだから、つい反応しちゃったんだよ。バレないと思ったのかな?魔法使い相手に魔道具とか……愚の骨頂だよ。
「そうですね……口止め料として、今ここに置いてある商品の中で、このまま売りに出すと危ない商品を直すってのはどうでしょうか?」
「あ、危ないだと?」
ドリュースさんは他人を信用しすぎるのか、危険な魔道具や防具、武器を譲ってもらったり、仕入れてしまったりしたらしく、戸惑っていた。初めて会った時の威厳は何処へやら、そして先ほどの仕事モードの目は何処へやら。その目はまるで、信じられないものを見るような目だった。
お前さん会長でしょうに。目利きの従業員とかいないのかや?
「そう。呪いがかかってたり、魔法が付与されていないのに付与されていると書いてあったり、魔力を流したら爆発するものだったり……明らかにドリュース商会の評判が落ちるものばかり……本当に大丈夫かや?」
「そんな馬鹿な……」
どうやら、今回仕入れて棚に置いてある品物は、明日から売りに出すものだったらしい。うん。私が今日ここに来なかったら、この店は潰れていたねぇ。運が良いのか悪いのか。
「うん?ここはドリュース商会の店であって、本部ではないのかや?」
「いんや。ここはドリュース商会支部さ。本部は別の国にある」
どうやら、これらの品物は本部から持ってきたものらしい。この国に来たのは、この支部店で足りなくなったものを補充するためだそうだ。しかし、本部から持ってきたにもかかわらず呪われた品物があるとは思わなかったようだね。
「目利きの従業員はいないのかや?こう、私みたいな魔法使いとか」
「魔法使いは体力があまりないからな」
この世界の魔法使いは体力がないから、品物を持ったり運んだりという仕事ができないらしい。なるほど、魔法使いというのは貧弱なんだねぇ……というか、そんなに長く生きるわけではないから、魔法の勉強をして体力をつけて、ということを両立させるのが難しいのかもしれない。
まあ、仕方ないよねぇ。私自身、何でこんなに長生きしているかわからないけども。
「ま、とりあえずあくまで口止め料さ。ドリュースさんの依頼とは別だし、もちろんこれも無償で構わない」
「それはありがたいのだが、良いのか?商会が得ばかりすることになるが……」
「うーん……私は別に問題無いんだけどねぇ……」
問題は無い。そう、私にはさして問題では無いんだよなぁ。だって、今回は乗車賃を払って依頼を達成しに来ただけで、たまたま店に入ったら悪い意味で気になる品物を発見しただけなのだから。
とりあえず、ドリュースさんの許可は取ることができたから、良しとしますかな。
それと、多分今日中にゃあ帰れそうにないから、ソルちゃんに一報入れておこう。