けが人の治療へ向かうため
「ちょっと、これ開かないんだけど?」
エアルが黒い箱を持って私のところに来たのは、私が執事から投げられたチョコレートナイフを食べている時だった。ふむ、ちょっと苦いな。
彼女は誘拐された時に来ていたドレスではなく、白色を基調としたワンピースの上に桃色を基調としたローブを羽織っていた。ワンピースには木をイメージしたのか、裾の周辺が緑色の葉っぱが描かれていた。
「何食べてるのよ」
「執事からコレが投げられてきたんで」
「ちょっと!いつもいつもお母様が言ってるじゃない!食べ物で遊ばないでって!!」
どうやらこの執事、城の中で毎回女王様に説教をされているらしい。だが、説教をされたにも拘わらず、何度も食べ物で遊んでいるようである。なんというか子供っぽい。いや、実際私の年齢から考えると子供なんだけどねぇ?え、違う?
「で、あなたこれどうやって使うのよ!」
「使い方は一通り教えたはずなんだけど……どこで開けようとしたのかな?」
開ける場所はとりあえず、怪我をしたエアルの大切な人の前だと言ったはずなんだけど……おかしいな。
私の問いにエアルは目を逸らしながら言った。
「あたしの部屋よ」
「お前さんは馬鹿なのかな?」
「セバス!」
やっぱり執事だからセバスチャンなのかな。
「ベネノですよ」
執事といえばセバスチャン。と思っていたのは私だけだったようだ。
とりあえず私は、背後にいたベネノという名の執事から何かが飛んできたため、振り向きざまに摘んでみた。それだけで並大抵の飛来物は受け止めれるからね。よくよく見てみると、執事から飛ばされてきたのは、チョコレートでできたフォークだった。
とりあえず食べた。うん、甘い。ミルクチョコレートだねこれ。さっきのナイフはビターチョコレートだった。カカオ70%くらいかな。
「それってあたしが部屋に隠してたお菓子じゃない?」
「何のことでしょうか?」
「やっぱりあたしのお菓子じゃない!どうやって見つけ出したのよ!?」
「チョコレートの溶けだした香りにつられてですね」
異世界のチョコレートも溶けるのか。異世界だから溶けないようになっているのかと思ったが、そうでもないようだ。私ならすぐに、溶けないように凝固魔法をかけるのだけど……そんな魔法は私にしか使えないか。ふふん。
「ねえ、ベネノさん」
「何ですかな、魔法使い殿?」
「エアルは馬鹿なのかな?」
「ベネノ、余計なことは言わない方が身のためよ」
エアルがベネノさんに向かって、睨みながら脅しているが、彼はそんな言葉は何処吹く風。ニコニコとしながらエアルを見て、そして私に向き直る。そして言った。
「ええ、割と」
「ベネノ!?
〜〜〜〜〜っもういいわよ!!」
執事から馬鹿と言われ、私にも馬鹿と言われ、顔を真っ赤にしたエアルは白い箱を私に投げつけどこかへ行ってしまった。
「魔法使い殿、あれは言い過ぎでは?」
「明らかにお前さんの言葉がトドメになったと思うんだけど?」
執事よ、あんた本当に執事か?王様の娘に馬鹿とか言って……不敬罪で打ち首にならない?私が言えたもんじゃないけど。
よくあることですみたいな顔をしないで。お前さん、自覚ありきの行動だったんだね。
だけど、エアルは私にこの箱を投げつけて、どうしろと言いたかったのやら。ま、私のやることは一つしかないんだけどね。
「ベネノさん、今回エアルが盗賊に連れ去られた際、彼女の近くにいた三人ってどうなってるんだい?」
「おや、どうして私のような執事の端くれが、あなたのようなどこの馬の骨ともわからない魔法使いに説明しなければいけないのですか?」
「おおう、ところどころに棘を混ぜてくるあたり、さすがエアルの執事と言ったところだろうね」
エアルへの言葉遣いや態度、それに彼女の部屋の出入り、息の合わせ方などからして、彼はエアルの専属執事だと考えたのだが……果たしてそれは正解かな?
「ここは拍手をしたほうがよろしいかな?」
「拍手にも何か混ぜてきそうだから、やめてくださいな」
「おや、これは失敬。実は、既に混ぜてあったのですが、気づかなかったので?」
まさか紅茶かお菓子に混ぜてあったとか言うんじゃないだろうね。
「先ほどのチョコレートに混ぜておいたのですが……毒を」
執事!?お前さん、まさか……チョコレートを一度溶かして、毒を混ぜて再びフォークやナイフの形にして固めたんじゃないだろうね!?
「そうですが何か」
すごいなこの執事。私も帰ったらやってみよう。いや、ソルちゃんに怒られるな、多分。
閑話休題
「とりあえず、例の三人のところに連れて行って欲しいのだが……」
「ふむ……」
私の頼みに執事は無言で思案している。どうやって連れて行くのか、私をその三人の元へと連れて行っても良いのか、おそらく迷っているのだろう。
まあ先ほどベネノが言った通り、私は他人から見ればどこの馬の骨ともわからない魔法使いだ。その正体不明の人間を無条件で信用するには多くの危険が伴う。もちろん、私は無条件で信用しろとも言っていないし、連れて行かなくても構わない。黒い箱はエアルが持っているからね。私が持っている白い箱は、また後で届ければ良いだけだし。
「さて、私は今から、病人のところへ様子を見に行かなければなりません。気配を消していくので、おそらく誰にも見つからないでしょう」
わざわざ説明するように、そしてチラチラとこちらを見てくる執事。これはもしや……
「では私は、ここで優雅に紅茶でも飲んでましょうかな」
「プフッ……」
笑いよった。確かに私には、『優雅』なんて言葉は似合わないだろうさ。でも、とりあえず話を合わせるにはこういう言葉しか思い付かないと思うんだよね。
でも、なんでいきなり?
紅茶の入ったカップを手に取るふりをしながら、辺りを探知魔法で探してみる。もちろん、魔法が気取られないように、外套の中に忍ばせた魔道具を発動する。
『隠蔽の魔道具』
私はそう呼んでいる。魔法で起動させながら魔法を感知させず、魔法を使用しながら魔法を隠す。何を言っているかわからないって?偶然出来ちゃったものは仕方がないと思うんだよねぇ。まあ、魔道具なんてみんな、『偶然の産物』さ。ありとあらゆる偶然が重なって作り出されたものが魔道具。まあ、そんなことを説明している私は『偶然の産物』を毎回生成している変人ってことになるけどね。
さて、探知魔法の結果、一応この部屋には監視する人間がいることがわかった。まあつまり、私は端から信用されていなかったってことさ。全く、ドッキリを仕掛けて友好関係を結ぼうと考えていた、そんな私が馬鹿だったよ。エアルのことを馬鹿呼ばわりしていたけど、本物の馬鹿は私だったんだねぇ。
だからと言って、助けないわけじゃあない。
とりあえず、私がここに座って紅茶を飲んでいるように見せかける幻影を、ここに置いておこう。どうせバレても仕方がないし、私が処刑されそうになったらこの国との関係を切ればいい話、そしてこの国には二度と来なければ良い話さ。何があっても助けない。誰が殺されようが知らない。だって私はまだ、何も悪いことはしていないのだから。
いや、そんなことを考えている場合じゃないか。隠蔽魔法を使用して、とっととここからずらかりますかな。え、言い方が古い?やだなぁアニメとかの影響だよぉ。
「では私はこれで」
執事はそう言うと、部屋を出て行った。
そして、客人用の部屋からは、紅茶を飲む音とお菓子を食べる音しか響かなくなった。