先にやることをやってしまおう
エアルをドリュース商会の馬車からこっそりと降ろし、ドリュースさんに先に用事を済ませてくることを伝えると、私はすぐさま王城の方へと走って行った。
身体には強化魔法を付与していたため、いつもより早く走れたように感じた。エアルには申し訳ないが、お姫様抱っこをさせてもらっていた。顔?赤くなんかなってないよ。現実を見なさい。異世界だけど。
ヒューレー王国の中心には、広大な森が広がっている。と言っても、私が住んでいる森よりは小さい。それに、上から見るとちょうど半径5kmの円を描いており、森の外は石のタイルを敷き詰めたような道に囲まれている。
まあ遠視魔法で見ただけだから、実際の広さはわからないんだけどね。まあ当たり前のように言うけど、東京ドームよりかなりでかい。異世界だもの。地球より広大な土地があるわけだよ。
王城は入り口の反対方向に位置している。まあつまり、東だよ。
この国は、ちょうど東西南北に目印があるんだよ。すっごいわかり易い国だよねぇ。
東にあるのはヒューレー王国の王城。西にあるのは国の出入り口。北にあるのは冒険者ギルドや商業ギルドなどのギルド区画。南にあるのはヒューレー学園。国の住人曰く、それを目印にすれば、まず迷わないらしい。
と、あっという間に王城に着いてしまった。
「ん?ちょっと人が多くないかな?」
「おかしいわね……いつもならこんなに多くはないはずなんだけど……」
エアルも不思議がっている。彼女曰く、何か特別なことがない限り、王城の入り口の門がこんなにも兵士や騎士でいっぱいになっていることは無いそうだ。
とりあえず、王様に謁見できないか訊いてこよう。もちろん、エアルにかけてある隠蔽魔法は解かずにだ。
門の前にいる、いかにも一番強いです、という雰囲気をした白い細身の騎士に話を聞いてみることにした。
「すみません」
「ん、どうした?」
割と高い声が返ってきた。兜を被っているため、男性かと思ったがそうでもないらしい。騎士の中には女性もいるようだ。後でエアルに質問してみよう。
「王様への謁見を申し込みたいのですが、受付はできますでしょうか?」
「ふむ……お前、魔法使いか?」
「魔法使いと言っても、研究が主なんですけどね」
「そうか……ちょっと待ってろ」
騎士はそう言うと、どこかへ行ってしまった。
あ、なんでこんなに兵士や騎士がいるのか聞くの忘れてた。
とりあえず、ちょうど通り掛かった兵士っぽい男性に訊いてみた。
「すみません、なんでこんなに人がいるんですか?」
「ん?ああ、君はもしかして、王様に会いに来たのかな?」
「まあ、そうです。とりあえず、ここに立ってた細身の騎士に待ってろと言われたんで、ここで待っているんですけど……」
「あ、そうだったのか……もしかして、国の外から?」
「はい」
男性は俯いて、少し考え込む素振りをした後、顔を上げて説明してくれた。
「外から来たなら、知らなくて当然か。ちょっとね、ある予言者がこんな予言をしたんだ」
「予言?」
男性によると、国の外から大賢者が来るという予言があって、国に危害を加える存在だったら困るから兵士や騎士を集めて入り口に配置しているんだとか。私のことかな?
また、その大賢者は敵か味方かわからないから、丁重に扱えとのことらしい。ふむ、そんな特別扱いをしてもらっても私は困るのだが……それに、私はそんな大物でもないしねぇ。まあ、それが私だったらの話だけどね。他にも大賢者っているのかね?
「お待たせ……ん?」
「あ、すみません、持ち場に戻ります」
「ああ」
ちょうど騎士が戻ってきた。それと同時に、男性は申し訳なさそうな顔をして逃げるように自分の持ち場へと戻っていった。
「あいつ……サボりか?」
「すみません、私が呼び止めてしまったのです。彼を責めないでやってくださいな」
「呼び止めた?」
騎士は首を傾げている。呼び止めた理由が分からないのだろうか。まあ、他人のことなんてわからないよね。過去や未来を見れるならまだしも。
「この人の多さの理由が分からなくて……」
「ああ、なるほどな。それなら、王のところへ案内するついでに話してやろう」
「ありがとうございます」
どうやら、私は無事に王に会えることになったらしい。良かった良かった。
*****
全然よろしくない。
そういえば、王様相手にどう話せば良いのか知らないんだよね、私。どうしよう……どんな口調で話せば良いのやら……エアルにはとりあえず、王様にドッキリを仕掛けるために黙ってもらっている。彼女曰く、この騎士も知り合いらしいので、混乱してしまったら会えなくなる可能性が高いとのこと。
ふむ、ドッキリを仕掛ける側も大変なんだねぇ。
「着いたぞ。ここが謁見の間だ」
「ほう、ここが……」
騎士についていくと、巨大な扉にたどり着いた。まるでダンジョンにある、ラスボスへの扉のような、巨大な扉だ。もちろん、あっちとは違ってこっちは中心に向かって傾いた木が彫られていて、緑色の光が輝いているような綺麗な感じだけどね。
「私の動きを真似してくれればそれでいい」
騎士はそう言うと、扉の前に立って手を前に掲げた。すると、扉に彫られている木の樹冠部分が淡く光だし、扉がゆっくりと開き始めた。
「……行くぞ」
騎士に言われて、慌てて私は彼女に着いていく。
謁見の間と呼ばれたこの部屋は、かなり広くて金色の装飾が眩しい部屋だった。また、部屋の中心には入り口から玉座まで伸びるレッドカーペッドが引かれており、部屋の明るさと相まってチカチカして見えた。というか、目に悪くて目が痛くなる。
騎士は王様が座っている場所から5mほど離れた場所で立ち止まると、兜をとって跪いた。兜をとった瞬間、金色の髪が揺れたが、見惚れたりはしないよ?王様の前だもの、そんな恋愛ファンタジーなことはしませんよ。
もちろん、私はフードを取らずに跪きましたがね。真似しろと言われたけど、私は兜を被っていないわけだし。ましてや帽子も被ってないわけだし。
私の後ろにいたエアルは、姿を消したままのため他の人からは見えていない。ということで、こっそりと王様の玉座の裏に移動していた。見えないことをいいことに、合図を送ったら姿を見せるようにと言われた。それでドッキリを実行するつもりだろう。子供ってなんであんなに元気なんだろうね?私は偉い人の前にいるから胃がキリキリと痛むのに。
「面を上げよ」
静かになった部屋の中で、なぜかその声はよく響いた。その声は王様の声だと気付くのに数秒かかってしまい、慌てて顔を上げた時には騎士と王様と、王様の隣に立っている女王様の視線が私に突き刺さっていた。
「我に謁見を求めたのはお主か?」
王様は重々しい口調で私に訊ねる。その目は威厳に満ちてはいたが、どこか疲れているようにも感じた。
「ええ、私ですよ」
「何用か?」
「あなたの娘さんについての情報を持ってきただけですよ」
王様が私の言葉に目を見開く。隣の女王様も口に手を当てて、驚きの吐息を漏らしていた。
「そ、それは真であるか?虚偽の情報であったなら、お主の首が跳ぶぞ?」
この国は何かとあらば、人を打ち首にしたがるね。おかしくないかな……おや?
ま・ほ・う・と・い・て
王様の玉座の後ろから、エアルが口をパクパクとさせながら伝えてきた。合図って言ってたじゃないか。もし私が読唇魔法を開発していなかったらどうしていたのさ。え、読唇魔法?遊びで作った魔法ですが何か問題でも?
仕方ない、もう少し後になってからドッキリを仕掛けようと思ったのに。
「その情報が嘘か真か……その答えは、私のこの手を見ていただければ」
「うむ?」
全員の目線が、私の掲げた右手に集まるのを感じる。掲げた手は指パッチンをする直前の形をしていて、これを鳴らすことによって、王様の玉座からエアルが飛び出してくる、という寸法さ。チャンスは一回のみで失敗は許されない。
果たしてうまくいくだろうか?
今、中指が親指から滑り落ちる!!
スカッ
失敗した。
「…………」
「…………」
謁見の間に、気まずい空気が流れ出す。だが、一応エアルの魔法は解けているから、あとはエアルが何事もなかったかのように玉座の裏から飛び出してくれれば……!!
「お……お父様!!」
「エ、エアル!?本物であるか!?」
玉座の裏から、引きつった笑顔を浮かべたエアルが飛び出してきた。それを見た王様は、まさか行方不明になった自分の娘が玉座の裏から飛び出してくるとは思わず、完全に度肝を抜かれていたが、それでも本当に心配していたのか、自身の胸に飛び込んできた愛娘を優しく抱きとめていた。そして女王様と一緒に喜びの涙を流したのだった。
指パッチンを失敗した時に、サプライズも失敗かと思われたけど、うまくエアルが合わせてくれて良かった。めでたしめでたし。
じゃなくてだね……子供にとんでもなく気を使わせてしまった……後で謝ろう。
*****
気を取り直して。
私は今、王城の客人用の部屋に案内されて、そこで紅茶とお菓子を頂いている。
さすが王国というべきか、紅茶もお菓子も美味しかった。まあ家のソルちゃんには敵わんがね。え、ブラウニーもどきの女の子の名前だけど。今日、馬車に揺られながら考えついた。
「お気に召しましたかな?」
「ええ、この紅茶もお菓子も、味わったことの無い味ですからね」
「そうでしょうそうでしょう。どちらも我が国で作られていますからねぇ」
「なるほど。ところで……」
「なんですかな?」
なんでこのニコニコしてる執事っぽい初老の男は、こんなにも気配を消すのが上手いんだろうね?
「暗殺業でもやっていたのかな?」
「さてさて、何のことやら」
いつからこの執事がこの部屋にいたか教えてあげよう。
最初からだよ。そう、私がメイドさんにこの部屋に案内されて、部屋の中に入った時にはすでにいたんだよこの執事。偶然掃除をしていたからいたって言われれば、まあそれは全く不自然ではないんだけどねぇ。私が入ってきた瞬間に気配を消して、なおかつ黙って私の背後に立ったままでいるとか、殺しにかかってきてませんかねぇ?
「執事だよねぇ?」
「ええ、執事ですよ。他に何に見えますかな?」
他に?
そうだねぇ……
「執事の皮を被った暗殺者とか、誰かに依頼されて私を見張っている密偵か何かかな?」
「ほう……もしそうだとしたら?」
何やら背後の気配が膨れ上がったような感じがした。だけど、私は興味がないように紅茶を飲みながら言った。
「別に、どうもしないさ」
「今、あなたに襲いかかってもよろしいので?」
「そこから一歩でも動いたらどうなるか、お前さんならわかっているはずだよ」
私はすでに先手を打ってある。もしも執事が殺意を持って私に近づいたら、床一面に散らばっている捕縛の魔法陣が発動するように仕込んであるのさ。大賢者をあまりなめないでほしい。
すると執事は諦めたのか、膨れ上がった気配が萎んでいくのが感じ取れた。と思ったら、何かこちらに飛んできた。まあ、これもすでに手は打ってある。
カンッと何かが弾かれるような音がして、地面に落ちた。転移魔法陣を使用して、地面に落ちたものを自身の目の前の机に転移させる。すると現れたものは……
「執事なのに食べ物で遊んでどうするのさ!?」
現れたものは、何やらナイフの形をしたチョコレートらしきもの。というか、チョコレートだった。
大きさから刃のギザギザまでよく再現されている。こんなもの投げるなよ。食べなよ。もったないよ。
「ちなみにそれ、よく刺さるんですよね」
「食べなよ!!」
森から出なかった私の常識がおかしいのか、それともこの執事の常識がおかしいのか……その自問自答はこの部屋にエアルが訪ねて来るまで続いたのだった。
良い子は食べ物で遊ぶなんて事はしないように。