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私が、従者です

日付変わる前間に合いました




「俺はずっと、君の孤独から目を背けていた。だが、そんな俺を見捨てずに君は俺を正そうとしてくれた。今度は、俺が君を助けたい、ライラ」


このままでは処刑されるだけだ、とそう案じてくれるマレク殿下はどうやって手に入れたのか、鍵をガチャガチャと鳴らして格子の扉を開けてくれる。


「え、あ、はぁ」


対して、私は『誰だお前』という気持だ。


昨日の朝っぱらから人を盗人呼ばわりして非難して、村でも茫然とする情けなさ、状況把握よりジュリア嬢の身を心配して名を叫んだその姿を私はよく覚えている。


「マレク殿下は王妃様の宮で謹慎されているはずではありませんか?」

「母上には事情を話してきた」

「……何て説得したんです。というか、納得してくださったんですか?」

「母上は聡明な方だ」


……大丈夫か?これ。


マレク殿下は肩から下げている鞄の中から、王子の従者の衣裳を取り出し渡してきた。これを着ろ、ということだろう。


「殿下とライラ・ヘルツィーカの間にあった婚約は解消されましたのよ。殿下がわたくしに関わる必要はございません。わたくしのことはわたくし自身でなんとでも致します。殿下はご自分のお立場をお考えになられてくださいませ」

「俺に二度も君を裏切れ、というのか」


ジュリア嬢に心魅かれた事か。それを婚約者であったライラへの裏切り、と自覚したのは良い事だ。


確かに、ライラ・ヘルツィーカは実家からは見放されている。お兄さまは私を直接手助けはしてくださらないだろう。


となれば、ここで明日の朝を待ってアレシュ閣下の言う通り国王陛下の面前で己の無実を叫ぶより、マレク殿下と逃げて一日でも長く生きれる方が、後々の私には有利……なのか?


「ここから出れば、俺の私邸で匿う事も出来る。そこなら兄上も手出しはできないからな。一先ずは安全だ。そこから、機会を見て国外へ亡命できるよう取り計ろう」


考え悩みながら、私は従者の服に着替えようとするが、片腕が潰れているので自分で上手くは着替えられない。

すると、見かねたのか、元々そういうつもりだったのか、マレク殿下は青いガラスの小瓶を取り出して、私に差し出してくる。


「飲め」

「なんです、これ」

「そんなことも忘れたのか?これは最高級の回復薬だぞ」


青いガラスに入ったものは、神の滴と呼ばれ、聖王国の大神官が祝福した奇跡の一歩手前まで起こせる代物だ、と説明してくれる。


「いいのですか?こんなに貴重な物をわたくしになど……」

「俺が必要だと判断したから持ってきたんだ。いいから飲め」


言われるままにぐいっとやると、熱が出ていた体がミントのクリームでも塗ったようにスッとする。そして潰れてプラン、となっていた、紫に変色した私の腕がキラキラと光の粒子に包まれたかと思うと、瞬きを数度する間に治ってしまった。


「ありがとうございます、殿下」

「兄上と一緒にいた時に、助けてやれずすまなかった」


王太子と言えど、これだけの物がそう気軽に手に入るわけがない。

本気で、私を助けようとしてくれているのかと、そう思えてくる。


私は従者の服に手早く着替え、そして殿下に短い刃の剣を借りると、自分の髪をざっくりと切り落とす。


「な、なにをしている!!?」

「従者の変装をするのでしたら、この長い髪は目立ちすぎます」


ここまで美しく手入れをしていたライラ・ヘルツィーカには申し訳ないが、髪よりも名誉回復を優先する。


ざっくばらんにザクザク、と適当に短く切っていく私を、マレク殿下は信じられないものを見る様な目で見ている。


「髪は女の命だと聞いているが」

「女の命よりも大事な物もありますわ」


髪は伸びるじゃないか、と心の中で付けたし、あれ?死体って髪が伸びたりするんだろうか?しなかったらごめん、と謝る。


牢の外は、嘘のように人がいなかった。

拘留所のようなところだと思っていたし、来た時には働く人が大勢いたのだから、これは妙だけれど、マレク殿下は「人払いをした」と事も何気に言う。


「俺は王太子だ。兄上の命を受けた者であっても、俺の命を蔑ろにはできない」


それはそうだが、こんなことをしてはその王太子という立場を追われることにならないか。


何の問題もなく、マレク殿下の用意した馬車に乗り込んで、その馬車の御者が私の顔を見てぺこり、と頭を下げた。

私も彼を知っているので目を軽く伏せてそれに応じる。ジュリア嬢の村に行くときの御者さんだ。


……うん?


何か、引っかかった。


あの時、村に行く途中何か、妙なことがなかっただろうか?


マレク殿下と馬車の中で話をした。

ライラ・ヘルツィーカの事や、彼女を殿下がどう思っていたのかと、それを聞くことができて、それに不思議なものは何もなかった。


だが、いや、あの時……そうだ、なぜ、あんなことが言えたのだろう?


「……どうかしたのか?」

「殿下、逃げるのはまた次の機会に。行き先を変更してくださいませ」

「……何を言っている?」

「わたくし、すっかり何もかもわかってしまいましたのよ」


馬車に乗り込んで私は殿下と向かい合う。


「わかった、というのは?」

「学園の門の鍵を盗んだ犯人ですの」

「何か思い出したのか?」

「いいえ、生憎と記憶喪失のライラ・ヘルツィーカのままでありますが……ですが、私が盗んでいない、という記憶なんかなくても構わないんです」


私は御者の人に行き先を告げ、馬車を出して貰う。

その行き先は殿下の耳にも聞こえていたようで、なぜ今更そこへ向かうのか、と眉をひそめてこちらを見てきた。


「学園へ向かいます」

「なぜだ?確かに……あそこは国王の認めた在中騎士以外……軍事力が介入してはならない場所だが……長くは隠れられんぞ」

「隠れる必要なんかありませんわ。真犯人を差し出せば、わたくしにかけられた疑いは晴れますもの」

「鍵を盗み出したのは自分ではないと、記憶もないのに確信があるのか?だが、鍵を盗み出せる生徒は君だけだ。決められた者の魔力にのみ反応するように、とそう魔術式で作られている。この魔術大国である我が国の最高位の魔術だぞ、他国や、他の生徒が解除できるわけがない」


なので《鍵を盗んだのはライラ・ヘルツィーカ》であると、そう言われていた。


確かに【ライラ・ヘルツィーカは鍵を持ち出せる人間である】のは間違いない。だが、ライラ・ヘルツィーカだけではないじゃないか。


「もう一人、いらっしゃいますわ。鍵を手にできるのは生徒会長と学園長、そう殿下もおっしゃってくださったじゃありませんか」

「学園長が……!!?しかし、学園長は長く王宮に仕えた学士で、父上の信頼も厚い方だぞ……!!」

「公爵令嬢にして王太子殿下の婚約者が裏切る、というのも信じられないことじゃありませんか」


なまじ未成年であるライラ・ヘルツィーカより、長く国に仕えて様々な事情を把握している学園長の方が、鍵を盗み出し《国を裏切る理由がある》ように思える。


思いがけない人物の名前を私が出した、と殿下は黙ってしまった。


口元に手を当て、何か考えるようにしている。

私は自分の頭の中にある予想が、おそらくは正しいのだろうと、妙に冷静に感じながら馬車に揺られる。


やがて馬車は学園に到着し、私たちは無言で学園長の部屋へ向かう。

私の変装は中々にうまくいったのか、それとも授業中で人とすれ違うことがあまりなかったからか、怪しまれることなく進めた。


殿下が謹慎中と知っている貴族もいるらしく、時折殿下を見て驚く生徒もいたけれど、王宮の宮に隔離されていても、学業だけは例外にされたのかもしれないと、そう考えついた顔をした。


歩きながら私は考える。


これでいいのだろうか。


学園の鍵を盗み出したのは学園長だ。

そして、それを手にして国境沿いまで向かったのは、学園長から鍵を受け取ったジュリア嬢だろう。


ライラ・ヘルツィーカは鍵の管理者の一人として、門の鍵が持ち出されたことを知った。それで、ジュリア嬢を追いかけ……そう、逆だったのだろう。


ライラ・ヘルツィーカが持ち出したのをジュリア嬢が見つけて阻止した、のではなく、ジュリアが他国へ流そうとしているのを、ライラ・ヘルツィーカが止めた。


ではなぜ、ライラ・ヘルツィーカはその事実を口にしなかったのか?


「学園長、失礼します。マレクです」


辿り着いた立派な扉は、学園長室のものだった。マレク殿下がノックを三度すると、中から入室を許可する老人の声が聞こえる。


入ると、机を背にして立っている白いひげの老人が私を見て小さく笑った。


「随分と大胆なことをなさいましたな。ヘルツィーカ。あなたはその長い髪が自慢だったのでは?」


変装は無駄、ということらしい。

私は学園長に挨拶をし、さっそく本題に入る。


「《門の鍵を持ち出したのは、学園長ですね》」

「【あぁ、私だ。私が持ち出し、そしてあの哀れなジュリアに託した】」


肯定される。


反論する気が最初からなかった、というほどあっさりとした問答だった。私は拍子抜けして、じっと目の前の老人を見つめる。


「逃げたり、抵抗したりなさらないんですか?」


魔術学園の長、ということは魔術師としての実力もある方なのだろう。そういう方であれば、私たちが来る事が予想できていたのなら……逃げたり、またはもっと上手く……私に罪を擦り付けられたはずだ。


問いかけると、学園長はその深い皺だらけの顔に優しい笑みを浮かべた。

御伽噺に出てくる魔法使いのような、こんなに優しく笑う人が、なぜこんなことを?と不思議に思う。


「殿下がこちらにいらした、ということは、もはや私の運命は決まっておりますのでな」

「その通りだ。やれ、グルド」


扉の前に立っていたマレク殿下が、冷たく言い放つ。


「ッ!!!」


突然、学園長……グルド老が私に向かって短剣を振り上げてきた。

悪魔のように歪んだ、必死の形相。こちらへはっきりとした殺意がある、先ほどまでの優しい笑顔が微塵も感じられない、恐ろしい表情を私に向けた。


私は反射的に体を動かし、グルド老の老いた軽い体を突き飛ばす。老人は分厚い魔術書が飾られたガラス棚に体を大きく打ち付け、そして、そのまま短剣で自分の胸を突き刺した。


「!!!?何を……!!!」


慌ててグルド老に駆け寄り、私は止血を試みるが、私が駆け寄るまでグルド老は何度も何度も、深く自分の胸を刺し、その傷口はぐちゃぐちゃで、何度も引き抜かれた箇所から血が溢れ出てきていた。


「殿下、お約束は……違えずに」


なぜ私は魔法が使えないんだろう!!!?


ライラ・ヘルツィーカなら……!!ここにいるのが、完璧な公爵令嬢にして生徒会長である、優秀なライラ・ヘルツィーカなら……!!!魔術や、その他……私にはできない事をして、学園長を助けられたかもしれないのに!!


私は出血部分を強く圧迫し、心臓マッサージを始める。

詳しい知識なんかない。勉強しておけばよかった。だが、今はうろ覚えでも、やらなければ、グルド老は死ぬ。


光を失いつつある老人の目が私を映す。

何か言いたげな、しかし口から洩れるのは血ばかりで、言葉にならない。必死な私を嗤っているのか、いや、違う。


学園長の目は優しかった。

仕方のない子を見る様な、教師の目だった。


「誰か!!!誰かいないのか!!!学園長が!学園長が、殺された!!!!!!誰か来てくれ!!!ライラ・ヘルツィーカが、裏切り女がここにいる!!!」


その瞳の意味を探る余裕もなく、私はマレク殿下の叫びに駆け付けた学園駐在騎士たちにより、その身を拘束された。





Next

評価とかブクマありがとうございます。

あと数話です。どうぞ最後までお付き合いいただければと思います。

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