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私が、囚人ですか

昨日更新しなくてすいません


牢で出される食事といえば、やはり何を煮詰めたのかわからないほど濁ったドロドロのスープに悪意があると感じる程硬いパンなのだろうか。


そう、警戒していたけれど、想像に反して出てきたのはフランスパンを半分にしたくらいの長さのパンと、ハムとチーズとトマトのサラダ。それに葡萄酒まで出してくれたので、私は持ってきた人物に素直に感謝の言葉を伝えた。


「こんなに豪華な食事をありがとうございます、将軍閣下」

「嫌味か?」


私の食事を持ってきてくれたのは、どういうわけか第一王子にして将軍職のアレシュ閣下。そう言えば牢番や見張りも見当たらない。もしかして私がここに閉じ込められていることは閣下の独断なのだろうか。


「嫌味?いいえ、本心ですが」


答えてから私は公爵令嬢が口にするにしては、確かに粗末と言えなくもない、と気付く。


「この体は確かに公爵令嬢ですが、私は一般人ですし、目覚めてからすぐは病み上がりということで軽い食事。昨日も大けがを負ったのでパン粥くらいしか食べられませんでした」

「今のは間違いなく嫌味であろう」

「はい」


私は牢の床に直接座り込み、立ったままこちらを見下ろしているアレシュ閣下に眉をひそめた。


もしや、私が食べ終えるまで待ってるのか?いや、食器なんかは明日下げればいいだろう。将軍にして第一王子、暇なわけがない。


「何か聞きたいことでも?」

「なぜライラ・ヘルツィーカのフリをする?」


これは、誰が秘術を用いてライラ・ヘルツィーカの死体に第三者の魂を入れたのか、と探りに来ているのだろうか?


答えずにいるとアレシュ閣下はフン、と鼻を鳴らした。


「儀式魔術を行ったのはハヴェルだろう。王族でもない者で異界との扉をこじ開けられる者などあ奴しかおるまい」

「そのハヴェルって人は金髪の物凄い顔の整った方で、《ライラ・ヘルツィーカのお兄さまで間違いありませんか?》」

「疑っているのか?安心せよ、あれは【ライラ・ヘルツィーカの実の兄】である」


あっさり肯定される。

疑って申し訳ない、お兄さま。しかし、例の儀式魔法は特別なものだったらしい。


「それで、先ほどの問いに答えよ」

「どうしてライラ・ヘルツィーカのフリをするか、ですか」

「ハヴェルよりその現状を聞いておるのだろう。で、あれば己が今後処刑される可能性が高いこと、評判が地に落ちていること、生き残ってもロクな未来などないことなど悟れよう」

「と、言いましても。この体に入ってるわけですし、契約的な感じでやらないといけない、みたいな?いえ、強制力なんて感じませんけど、そうですね、えぇっと、えぇ。今の気持ちとしましては、私はこのままやれるところまでやろう、と思っています」


当初の予定と随分違うような気がしなくもないが、概ね自分に不満はない。


しかし私の答えはアレシュ閣下には不十分だったようで、何か続けろという雰囲気を出される。

はっきりとした理由が欲しいのか。


確かに、ライラ・ヘルツィーカの名誉回復に対しての義理や、彼女として生きることのメリットなんかは無い。

お兄さまは私を逃がさないだろうが、この口ぶりだと、アレシュ閣下は私がライラ・ヘルツィーカのフリをしなければ、どこぞなりとも逃がしてくれそうな気もする。


妙なことだが、私を散々痛めつけたクッソサディスト野郎であらせられるアレシュ閣下は、ライラ・ヘルツィーカという存在に固執しながらも、この牢に入ってからの私に対して、これまでなかった関心というものを見せ始めている。


「私は、ライラ・ヘルツィーカを尊敬しているんです」

「尊敬?しかし、貴様にとってライラ・ヘルツィーカは既に故人であろう。知り得る事は他人からの情報のみ。植え付けられた知識から人物像を捏造し妄信するのか」

「単純に、私……っていうか、この体ってめちゃくちゃ美人じゃないですか?」


ふざけているわけではないが、ふざけたことを抜かすな、とでもいうような顔をされた。しかし私は至極真面目である。


「この陶器のように白い肌!!艶やかな銀髪!!均等のとれたモデル並の体!!何これ女神の化身!!?っていうくらい、やばい美しいですよね?」

「……」

「女の美しさは地がいかによかろうと、手入れや並々ならぬ苦労をしなければ維持できないもの。それを……公爵令嬢としての完璧な振る舞い!生徒会長になれるだけの優秀さ!!全く関係ない私が体を使っても条件反射で動いてくれる運動能力……!!を、獲得しつつ、美しくある……私にはとても真似できません」


確かに私はライラ・ヘルツィーカと話したこともないけれど、しかし、私は彼女のことが好きになっていた。


彼女は努力家だ。

一生懸命努力して、自分が最も良いと思う姿になるために努力していた。


「お恥ずかしい話ですが、私とは真逆です。私は楽な方楽な方へと、色んなことをサボったり言い訳したり、自分を甘やかしながら生きています。閣下は王族の方なので御存知でしょう?私は自分の世界に【飽きた】と無責任に投げ出して、自分の世界に何の意味もなく存在していたようなつまらない人間なのですよ」


多かれ少なかれ、世に生きる人間というのは努力をするものだ。


たとえば学生なら定期試験で点数を取れるように学習する。だが私はしないタイプだ。それで普段の授業をちゃんと聞いていたかと言えば、眠ければ寝ている。ノートは取るが、別に読み直さない。成績は良くはなかったが、悪すぎもしなかった。


就職しても、たとえば資格を取得したり、空いた時間で何か自分の成長に繋がる事、生産的なことをする者もいるだろう。しかし、それらは私にとっては面倒くさいことで、私は何かを新しく身に付けよう、という努力をしてこなかった。


そういうわけで、平々凡々というよりは人としてあまりに活力のない人間が自分という自覚もある。その上、自分がそういう人間であることに、別段危機感がなかった。そういうもので、自分という者はそうなのだろうと、諦めというか、望もうという気力がなかった。


もちろん、良いと思われる生き方を【良いものだ】とは思う。

たとえばあたりまえに結婚して家庭を築く。面倒なこともあるだろうが、喜びもある。それはわかっているし、それが尊いものであると認識もしている。


そう向き合える人や、挑める人間を羨ましい、とも思う。けれど、自分がそうなろうという気だけは起きないのだ。


「だから、ライラ・ヘルツィーカを尊敬しますし、彼女の努力は報われるべきだ、と私は私の無気力さがあるからこそ、強く思います」

「待て、それでは貴様が今のその体での時間を己の時間、とは考えぬのか」

「これはライラ・ヘルツィーカの人生ですよ」


おかしなことを言う。

私は彼女の名誉を回復する為にこの世界に呼ばれたし、今の私もそれを望んでいる。


「これが私の人生なら、というか、自分のために炎の中を駆けずり回ったり、腕を潰した相手と談笑なんかしませんよ、面倒くさい」

「ますますわからぬ、なぜそこまでする。なぜ他人のためにここまでする」

「ですから、彼女が好きだからですよ」


どう考えても、ここまで努力して立派に生きていたライラ・ヘルツィーカの人生が汚辱にまみれたまま終わる、というのはおかしいだろう。


私は彼女が好きだし、こうして彼女として動けるのなら、その能力も使わせて貰えているのだし、彼女の名誉回復をしたい、と思うのは当然ではないのか。


「もういいですか?お腹がすいているので食事をしたいのですが」

「……貴様の思考が理解できぬ」

「異世界人なので、こちらとは価値観が違うのかもしれませんね」


生まれや育った文化が違うのだし、アレシュ閣下が解せぬという顔をするのも仕方ない。


私は頂いたパンをフォークを使って刺しながら上下半分に割る。そこにドレッシングのついたサラダを乗せ、トマトやハムを挟む。そしてフォークにチーズの塊を刺して、アレシュ閣下に差し出す。


「その机の燭台の火でこのチーズを炙ってください」

「……なぜ私がそのような真似をすると思うのだ」


いえ、言ってみただけです。だめか、そうか。だめなのか。

焼いたチーズも挟んでサンドイッチにしたかった。


私は仕方なく、フォークでチーズを割って手頃な間隔でサンドイッチに挟んでいく。

さすが王族が持ってきてくれた食事だけあるね!!メニューは質素だけど素材がいいから美味しい!!


シャキシャキと瑞々しいレタスっぽい野菜は、地球産のレタスから出る水分と違い、蜂蜜のような味がする。

そしてトマトっぽい何かはフレッシュなものなのに、焼いて出した甘さに近い。チーズは抜群の塩気があって、レタスとトマトの甘さを引き立ててくれている。


使われているドレッシングはオリーブオイルとレモン汁で乳化させたものだろうか?

酸っぱさの中にまろやかなコクがあり、つぶつぶとした食感……マスタードの粒に似ているが、味はまるで違う。なんだろう、これ。


「……異世界に来たのに、未だに異世界料理が食べれていない、ということはとても、悲しいことです」

「……」

「独り言です。その、呆れる様な顔で私への評価がどんどん下がっていくのを表すのを止めて頂けませんか」

「己を無気力な人間と言うておきながら、食欲はあるのか」

「一番簡単な娯楽と欲求を満たす方法ですからね。私のような人間でも、食べることの楽しみくらいは知ってますよ」


人生がつまらなかろうが、自分が無価値でつまらぬ人間だと思おうが、それでもごはんは美味しい。


「あぁ、そうですね。この、ライラ・ヘルツィーカの人生を良いものに……傷つけられた彼女の名誉を回復できたら、お兄さまにご褒美として、公爵家の全力の御馳走でも食べさせて頂けたら、いいですね」


貴族の食事なんて、私にはまず縁がない。

ちょっと奮発して銀座の三ツ星レストランでディナー、もできなくはないが、確実にあるドレスコードをクリアする気がなく、地球での私の贅沢は回転ずしで皿の絵柄を気にせずに食べることとか、一人でLサイズのピザを取ることとか、そういうささやかなものだった。


もしや……この体なら、テーブルマナーとかも、自然にできるだろうし……気を張らずに食事ができていいのでは?


ありがとうライラ・ヘルツィーカ、本当大好き!

などと、彼女が知ったら微妙な顔をしそうな事を心から感謝し、私は無言のまま額を抑えているアレシュ閣下に「頭痛ですか?育ちの良い閣下がこんな地下牢みたいなところにいるからですよ」と、暗にはよ帰れ、と含ませながら言うと閣下に憐れむような視線を向けられる。


「其方は、正真正銘の大ばか者であるな」


おや、呼び方が貴様から其方に変更だ。


貶されたことよりも、そちらの方に驚いて目をぱちり、とやると、一度閣下も目を伏せて、そして、次に開いた時は、当初の通り、私をライラ・ヘルツィーカと認識した、嫌悪感のある目をする。


そして、そのままそれ以上は何も言わずに、来た時と同じくカツカツと出ていくその後ろ姿。見送って、私はパクリパクリ、とサンドイッチを食べながら、なるほどこれが最初で最後のチャンスだったのか、と合点が行く。


ただの利用された気の毒な異界の小娘として振る舞えば、閣下は私を助けてくれた。王族なら例の秘術を使える、ということを考えると、私を元の世界に戻してくれたのかもしれない。


先ほどまではただの予想だったことが、なんとなく確信めいたものになったけれど、しかし、まぁ、それはもうどうでもいいことだ。


そして食べたお皿を格子の向こうに押し込んで、お腹がいっぱいになったのでひと眠りしようかとごろん、と横になって目を閉じる。


どれくらい経ったろうか。

眠っていて、口から涎が出てる、と意識した私は、扉の向こうに人の気配を感じた。


「ライラ……、ライラ。無事か!」


人目をはばかるような、こそこそとした声。しかし、こちらに届くように、と調整された声は、聞き覚えがあるものだ。


「マレク殿下……?」


王妃様の宮に隔離されているはずの、私の体の元婚約者殿がガチャガチャと扉の鍵を開けてそっと、牢に忍び込んできた。


「君を助けにきた。ここを出るぞ」





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これが長編だったら異世界グルメモノにしたかった。

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