私が、探偵役です
「異端審問官風に言えば、どちらも魔女に成り得るのだ。貴様でも、あの小賢しい小娘でも」
私の手が取られることはない。
アレシュ閣下はその冷たい冬の泉のような瞳で、私が差し伸べた手を一瞥する。
「二人の貴族の娘が此度の事件の重要な部分に関係している。貴様、ライラ・ヘルツィーカは悪意を持って関わっていると、そしてあの小娘は善意から関わってしまった、と。ゆえに、わかりやすく晒されたものをありがたく頂戴して飲み込んでいるような連中ばかりだ」
「でも、アレシュ将軍閣下。あなたは村が焼かれた件に関してだけは、私が犯人ではないと考えていらっしゃいますね?」
「それは貴様の希望であろう。この私が貴様に温情をかけると思うか」
「いいえ、閣下は冷静な方です。たとえば……私をこの姿のままにさせていることから考えるに……ジュリア嬢の靴はとても綺麗だったのではありませんか?」
王宮に駆け込んだというジュリア嬢。髪を振り乱しながら必死の形相で訴える様は美しかったとアレシュ閣下の話にはあった。
だが衣服については何も言葉にされていない。
一番に目につくのは表情よりも装いだ。
燃える村から一人助けを呼びに出て、長い距離を走ったというのなら、それなりに汚れているはずなのだ。
「おそらく閣下は、ジュリア様の衣服は上等なものと交換させ、証拠として保管されているのでは?」
「なるほど、では貴様をその姿のままにしている理由はどう考える?その考えでは、貴様の衣服もこちらで保管しておけば良いだけのこと」
「そこは、閣下がわたくしのことを毛虫のように嫌っておいでですので、嫌がらせかと」
麗しい令嬢に屈辱を与えるのと、そちらで持っている手間が省けるとかそういうのではないか、とそう指摘すると鼻で笑われた。
「つまらぬ挑発であるな。理にかなった答えにたどり着けなかったからとて、茶化そうなどと、愚か者め」
「本心だわこのサディストくそ男」
一瞬でアレシュ将軍の嘲りの笑みが消え、その美しい瞳が大きく見開かれた。
「もう一度申し上げますわ。アレシュ将軍閣下。わたくしの味方になってくださいませ。ライラ・ヘルツィーカが死したことをご存じ、ということは、聡明な閣下はわたくしが尊き貴族の、公爵令嬢ではないことなど既に気付いておられるのでしょう?で、あれば、閣下がライラ・ヘルツィーカに抱くその憎悪をわたくしが受ける筋合いはございません」
私はこの男を自分の味方にすると決めた。
なら、こちらが公爵令嬢の顔をして大人しくしていてはフェアではない。
あちらは私に暴言を吐くし軽く扱う。それでいいと考えている男と手を組むのだから、私の目線まで引き摺り落とさねば、私はライラ・ヘルツィーカと同じ轍を踏むだけだ。
「……死にたいのか?」
「今のわたくしの命は閣下の好き勝手できるものではありません。王太子誘拐犯にして、門の鍵を盗み他国へ流そうとした上、その目撃者のいる村を焼き払った、凶悪犯罪の容疑者ですのよ、わたくし。正しく処刑を言い渡され、民衆の前で死なねばなりません」
絞首刑か断頭台か、それとも火刑台かは知らないが、ここまでやらかして大々的に広まっている以上、ライラ・ヘルツィーカの処罰は誰もが知れるように、正義の名の元にくだされなければならないだろう。
アレシュ閣下は長い事沈黙していた。
閣下にとって、いや、おそらくこの騒動を高いところから眺めている方々にとって、ライラ・ヘルツィーカとジュリア嬢、どちらが犯人でも構わないのだ。
《ライラ・ヘルツィーカが犯人であった場合、起こりうること》
・王太子との婚約解消。
・ヘルツィーカ家の弱体化、あるいは取り潰し、一族処刑。
《ジュリア嬢が犯人であった場合、起こりうること》
・王太子の醜聞により再度後継者争いが勃発する可能性。
どちらでも、構わないのだ。
どちらにせよ、メリットはある。
だがその、どちらがどちらかを決めるのは誰か、にもよるのだけれど。それは今の段階ではまだ、候補者が推測でしか立てられない。
しかし、アレシュ閣下はその決定権を持つ者へ発言力がある可能性がある。
「……件の村を焼いた者があの小娘だとして、その方法はなんとする?貴様、《公爵令嬢ライラ・ヘルツィーカであれば人を雇い暗に行うことも可能》だろう。村中の家の戸を板と釘で打ち付け外から火をかける。だが、【あの小娘には貴様と同じ手段は使えぬ】あの小娘は子爵の庶子であり、此度は家に迎え入れられたものの、自由になる金銭やツテはない」
「別に大勢の人を使う必要なんかありませんよね?少女【一人でも十分可能な犯行】です」
あの村での事は慌ただしく、目まぐるしく過ぎたけれど、強烈な記憶としてしっかりと覚えている。
「疑問に思ったのは教会の中にも人が閉じ込められていたことです」
村人たちは全員家があるのだから、全ての家にその住人が閉じ込められている、のであれば不思議ではなかった。
だが、あの教会の中には主に男性が集められていた。
「各家の戸に板を打ち付けたのは教会にいた人たちだと思います」
「同じ村人、家族を手にかけた、と申すか」
「いいえ、違います。彼らは家の中にいる人たちを守るために閉じ込めたんです」
閉じ込めた、というよりは……外から簡単に入ってこれないように、強化した。
普通は内側からだが、力仕事だし材料の追加もできない。
一時的なものだからと外側から戸を塞いだ。
「村の人間に信頼され発言力があって、そうですね。とても演技力がある。たとえば涙ながらに悲劇を訴えて人の心を動かせるだけの人心掌握術に長けた方が《村が盗賊に襲われるから、急いで守りを固めないと!男の人は皆を守るために戦って!》とでも言えば、どうでしょう?」
「では村人を騙して戸を封じ、女子供を家屋に閉じ込めたとしよう。その後はどうする?教会に押し込めるのはどうやった?」
「井戸の水をお調べください。毒、もしくは幻覚症状の出る薬がまかれていると思います。学生が作る、回復薬の材料から作れるものでしょう」
男たちに、緊張を和らげるため、あるいは気遣いの一つとして水を配って回ればいい。飲み、これからの戦いに緊迫した精神と村中の家の戸を封じるために動いた体には薬がよくまわったことだろう。
「あとは恐ろしい幻覚を見せ、教会へ救いを求めに駆けだす。あるいは毒を飲んだと知らせ、解毒剤は教会の中にある、とでも言えばいいだけです」
これなら、あとは教会の扉を板で打ち付ければいい。これはそう重労働でもない。
薬草学に通じ、そして村人と親しい人間なら可能なこと。
この2つの条件は、ライラ・ヘルツィーカには1つしかクリアできない。
「生き残りの少年の発言はどう捉える。あの少年が生き延びたのは偶然だろう。しかし、銀髪の貴族の娘と、そう発言している」
「《その発言は強制されたものや取引されたものではありませんか?》」
「【違う】私もその場にいたゆえに、他の何者かが関与し少年に持ちかけた、という事はない。少年は【意識を取り戻し、こちらの質問にそのまま答えた】のだ」
私の推測だと、ジュリア嬢が村人たちを説得している、その少年もジュリア嬢を目撃している、ということになるので、少年がジュリア嬢のことを話さないのは不自然だ。
「《少年はジュリア嬢と共犯者である》というのは?」
「貴様が救わねば死した命であるぞ」
助けたから、余計な証言が増えているとでも言いたいのか。
鼻で笑われ、私は眉を顰める。
「でも、なら私が自分に不利になる発言をする少年を助けたというのは矛盾が生じませんか?」
「矛盾するから己は犯人ではない、とするための自作自演と指摘されればどう逃げる」
あぁ言えばこう言う男はモテないぞ。
いや、まぁ、アレシュ閣下は顔が良いので、そのクッソ鬼畜で容赦ない性格でも女性は寄ってくるのかもしれない。Sっ気のある男性が良いっていう方もいるだろう。
私は嫌だ。初見で這い蹲っている女性を見下ろして悠々としていたり、這いつくばらせて腕を踏み砕くような男は嫌だ。
と、今はそんなことはどうでもいい。
「……そんなことを言ったら何も信じられませんが」
内心の不快を押し殺してそれだけ言うと、なぜかアレシュ閣下は声を上げて笑い出した。
「はは、はは。そうだ。何も信じるな。私は貴様の味方になどならぬし、貴様も私が味方になるに足る者、この件の加害者ではないなどとは信じるな」
……私は確かに、ジュリア嬢がこの件に悪意があって関わっている者であるという、前提……そうだ、偏見がある。ライラ・ヘルツィーカが悪役令嬢であるのなら、ジュリア嬢は主人公。
悪役令嬢が活躍する物語で、主人公が悪役令嬢の敵であるという、そういう、先入観の元、ジュリア嬢が私に罪を着せようとしていると、そう考えている。
「全ての人間が加害者である可能性を考え、その上で最も、自分に都合のよい加害者を決めよ」
マレク殿下が犯人だった場合。
お兄さまが犯人だった場合。
アレシュ閣下が犯人だった場合。
国王陛下、その他の、国中の誰もが容疑者であると、全て考えろと言う事か?
そんな途方もない事。
私はつい一昨日この世界に来たばかりで、人間関係の詳しい所を知らない。
困惑する私に、アレシュ閣下は私のいる牢の隅においてある箱を目でさした。
「貴様のところには、箱の中の小動物の生死を考える思考実験があるだろう。明日の朝、貴様をこの牢から出し、国王陛下の面前に連れて行ってやろう。そこで貴様の箱の中身を答えて見せよ」
言って、アレシュ閣下は立ち去る。
おい、私丸一日このままですか。
食べ物は?排せつ道具は?
ないのか、そうか。
国王陛下の面前で《貴様が犯人だ!第一王子!》とか指差してやろうか。
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明日(11/8)は会社に泊まり込みなので、更新できるかわかりません。
お暇な方は○○○が犯人の場合の動機とか、鍵の盗難方法、村の焼き方など《予測・想像》してみてください。またはジュリアが犯人である《悪役令嬢に対してのヒロインである》以外の理由とか。
情報少なすぎますね。