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私が、容疑者ですか



「なぜ彼女はこんなものを残したのかしら?」


日記を再度、注意深く読み返してみる。だが、最初に発見した日本語の文章以外のものは見つからなかった。


【ライラ・ヘルツィーカは転生した日本人】


彼女が自分で自分を悪役令嬢、というからにはこの世界はいわゆる乙女ゲーム、あるいはそれに類似した小説か何かの世界ということか?


「いえ、だとしても、物語の通りには進んでいない」


この世界が何であれ、それは今この世界で生きている私には重要な情報ではない。


たとえば、この隠されたメッセージが「誕生日おめでとう、ヒルデ」などというものだったら、私はソフィー役に違いないので、本の世界からの脱出を試みなければならなかったけれど。まぁ、それはいいとして。


「……転生したと自覚しているライラ・ヘルツィーカは自分が悪役令嬢として破滅することを知っていた、と……セオリー通りなら、そう考えられる」


その手の小説は大好きだった。


所謂、日本で暮らす女性が不運に命を落とし、乙女ゲームの世界の悪役令嬢として転生する。


そして転生した悪役令嬢はこのままでは自分は断罪される、または婚約解消される、修道院に送られる、悪いパターンでは命を落とす。


それを怯え、あるいは冗談じゃないと、跳ね除ける。幼いころからあれこれ仕込みをして、シナリオ通りに行かないように努力する、というのが大まかな筋だ。


八歳の頃高熱を出してから日記をつけ始めた、というライラ・ヘルツィーカ。高熱が前世の記憶を取り戻すきっかけだったと仮定して、彼女は何を考えただろうか?


「私なら、当然……全力でガッツポーズする」


公爵令嬢という高い身分、銀髪青目の約束された勝利の美少女になったわけだ。


さらに自分がその乙女ゲームを知っているのなら、たとえその配役が悪役令嬢だろうが……いやむしろ、昨今の流行りにならえば、悪役令嬢への転生こそ勝ち組なのでは?とさえ考えるかもしれない。


何しろ今後の展開、攻略キャラクター(が、存在するなら)のトラウマから攻略ポイントまで把握しているのだ。情報こそが武器とはよくぞいったもの。まさに勝ち組。


か弱いはかなげなヒロインがもてはやされる時代は終わった。これからは己の運命は己で切り開く強い女が勝ち上がる時代、とそう、意気揚々と、自分の運命に挑めたのではないか?


「……でも、一月前に門の鍵を盗み出した疑惑をかけられ、そして八日前に婚約解消されている」


何故だ?


ゲームの世界ではなく、実際の世界だから、思い通りにならないことだって多々あった、それは考えられる。

しかし、だとしても、ここまで頭の良い努力をしてきたライラ・ヘルツィーカが、こんなに重大な事態に陥るような、失敗をするだろうか?


そう【ライラ・ヘルツィーカは努力家だった】と、そう私は確信している。


これは彼女が私と同じ日本人で、そして転生者という自覚を持っていたと知ったからこそ、確信できることだ。


私の知る現代日本は、豊かで、そして緩やかだ。

そして、特権階級制度がない。

国民はみな平等。


この豪華絢爛な調度品に囲まれ、そしてその中にいてまるで違和感のない振る舞いを見せられる公爵令嬢になるには、ただそうとして生まれて、いかに前世の知識があろうと、いや、あるからこそ、既にある価値観に蓋をし、染まり切ることは難しいものだ。


だが、ライラ・ヘルツィーカとして生まれた彼女は、名門貴族の有能な子息令嬢が集まる学園内でもトップの成績で君臨し、生徒会長の任まで受けた。


言語、これまでの地球の方程式とは異なる、数学、歴史、科学的なもの、魔術的な物。それらを、ただ把握するだけでなく、学生の範囲ではあれど最高のレベルまで修めるということは……たった十年で出来るものだろうか?


死体を使っている私がこの世界の言語を話し文字を読めるのは、ライラ・ヘルツィーカの能力によるものだ。

村で私が矢のように素早く動け、剣で扉を切り裂けたのは、ライラ・ヘルツィーカが自分を良く鍛え上げたからだ。


ライラ・ヘルツィーカとして転生した日本人の女性は、ただ淡々と生きて【飽きた】などと無責任に人生を放棄した私とは違う。


「学園に入らず、領地に引っ込んで王都に近づかなかったり、または王太子との婚約を拒んだり、それにふさわしくないように……自分を甘やかして生きることだって選べたはずよ。でも、ライラ・ヘルツィーカはそうはしなかった。彼女はこの世界の悪役令嬢だと自分で自分を思っていた上で、公爵令嬢として、王太子の婚約者として相応しい人物になるべく、努力していた」


逃げなかったのだ、ライラ・ヘルツィーカは。

そんな彼女が自殺などするわけがない。


そして彼女は、日記にも自分の感情を残さなかった。


日記とは何のためにつけるか?

人により理由は様々だろう。だが、ライラ・ヘルツィーカは何のために、自分が転生した悪役令嬢だと自覚してから、何のためにあの淡々とした日記を書いたのだろう。


「たとえば日記というのは、小説の中では生前のその人物の真相を知るための重要なアイテムだわ。日記で後悔や、以外な事実、視点が書かれてたり。だから私も日記を見ることを希望したんだけど……」


あの淡々とした書き方は、自分の本心をうっかり誰かに見られないための用心……?

だとしたら《本当の日記がどこかにある》のか?


「いいえ、それは【ありえない】でしょうね」


私は自分の疑問を否定し、存在しないということを事実として自分の中に固定する。


「【ライラ・ヘルツィーカは孤独だった】でもそれは、王太子妃としての孤独じゃない。彼女は《誰も信用できなかった》のよ。何もかも自分の中で完結させた。だから、日記にも残していない」


それでも日記を書いた。

そして、誰にもわからないように、そっと自分の身の上を書き綴った。


それはなぜか?

どんな意味があるのか?


そんなのは、分り切っている事だった。


私は鏡の中に写った、銀の髪に青い瞳の、見るだけで息を飲むほど美しい少女を見つめる。

粗末な姿で、薄汚れた顔で、ややきつい印象を受ける顔だちの少女は何も言わなかった。


ただ、私は真っすぐに彼女を見つめ、目を伏せる。鏡にそっと触れて、額を付けた。


「苦しかったのね、貴方は」


誰にも何も告げられない。

誰も信じられない。


それでも、逃げずに、逃げずに、進むと決めた。

日記にさえ残せず、心を見せられず、ただ進んだ。


日記のあの隠された文字は、そんな彼女のたった一つの弱音だ。

そう残すことで、そう記したことで、彼女はやっと小さく笑えたのかもしれない。


わたしは日本人。わたしは転生した悪役令嬢なのよ、と。





+++




「貴様が助けた村の生き残りは、銀髪の貴族の娘が自分たちの村を襲ったと、そう証言しておるぞ」


翌朝、私は空がまだ完全に明ける前に、アレシュ閣下からの呼び出しを受けた。


貴族の令嬢として扱う気はないらしく、両手を後ろで縛られ首に縄をかけられたまま連行されたのは、王都にある高等裁判所の拘留所だ。


拘留所と言っても名ばかりで、牢屋のようなものである。そこに現れたのは、甲冑姿ではなく礼装を着たアレシュ将軍閣下。


挨拶を交わすことなく、開口一番にそう告げてくる。


「マレク殿下はなんと仰られているのです?」


銀髪の貴族の娘って、えぇ、明らかに私なんでしょうね、疑われているのは。


そう証言した少年が実際に事実を告げているのか、あるいは今後の身の上の保証と引き換えにそう証言することを誓ったのか、わかりはしない。


だが、私にかけられた王太子誘拐の件に関しては、一緒にいたマレク殿下が否定してくれはしないものか。


「あれはロクに判断のできぬ未熟者ゆえ、王妃の宮に離されておる。貴様が何を喚こうと、あれに伝えられる事はただ一つ、貴様の処刑が終わった、という知らせのみよ」

「まぁ、そうなりますよね」


マレク殿下はライラ・ヘルツィーカの白馬の王子様になってはくれないらしい。

だが、隔離されたという話を聞くと、もしかすると私を庇うような発言をしてくれたのかもしれない。


……いや、今の話の、私が気付くべき点はそこではないな。

もちろん、私がこれから処刑されるのが決定事項だ、という点でもない。


「……疑っていますのね?」

「見るからに怪しい女ゆえ、当然であろう。国境沿いをフラフラと若い女がそう何度も行き来すれば人目に着く。それが貴族の令嬢であればなおの事。この私を騙れると思い上がれるでないわ」

「冷気出すの止めてください。寒いです」


ピシピシと周囲が凍り始めたので、私は身震いをして訴える。


「マレク殿下から、わたくしが記憶喪失であると、お聞きになりまして?」

「そのようなバカげた、都合のよい事があるものか」


ですよね。


実際、記憶喪失ではないからね。


マレク殿下は、そういうところは素直な良い青年だ。疑いながらも、信じてくれた。というか、ライラ・ヘルツィーカと一緒に育った彼だからこそ、私の言動がライラと違いすぎる、記憶喪失というのは本当かもしれない、とそう信じてくれたのだろうけれど。


そんなマレク殿下のことも、ライラ・ヘルツィーカは味方、とは考えなかった。


何故ならライラ・ヘルツィーカにはこの世界が何かしらの……物語のモデル、関係、あるいはそのものであることを知っていて、何が起きるかの知識を持っていたからだ。

悪役令嬢であるライラ・ヘルツィーカにとって、王太子はいずれ他の女に靡き自分を裏切る存在、と、そう彼女は諦めていた。


だが、馬車の中でのマレク殿下の話から、ライラ・ヘルツィーカは殿下にはムキになって感情を表していた、というのも知れる。


一緒に育ったから、婚約者だから、自分が努力して、王太子妃に相応しいレディになれば、殿下は裏切らないのではないか?


そして、いくら頭の中ではこれから起こることを知識として知っていても、もしかしたら、違う道になるのではないか、生身の人間なのだから、わかってくれる、いや、マレク王太子殿下にだけは、わかって欲しいと……そう感情的になってしまったのかもしれない。


まぁ、マレク殿下はジュリア嬢にすっかり熱を上げてしまったようだけれど!


「以前のことを覚えていない、というのは信じてくださいませ。だから、もしかしたら……これは、二度目の提案になるのかもしれません」


私は牢の格子越しにアレシュ将軍閣下に手を伸ばす。


切り落とされるかもしれないが、先ほどの【疑っている】という肯定から、きっとそうはされないだろう、という予想は出来た。


「わたくしの味方になってくださいませ。アレシュ将軍閣下」


そうまでマレク殿下を思っていたライラ・ヘルツィーカはなぜ兄王子であるアレシュ将軍との結婚を望んでいる、とそうマレク殿下に知らせていたのか。


考えられることは一つ。


ライラ・ヘルツィーカの知る前世知識の中で、アレシュ将軍はヒロインに攻略されない人物だからだ。


「閣下も、ジュリア嬢を疑っておられるのでしょう?」







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感想とか誤字報告、評価ブクマありがとうございます!

なんでマレクとかアレシュとか似た名前にしたんでしょう。何も考えないで付けた結果です。今更変えられない悲しみを感じています。

誰がライラ・ヘルツィーカを殺したのか。村を焼いたのは誰か?お兄さまは本当にお兄さまなのか。謎が多いですね。恋愛タグ呼吸して。

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