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私が、誘拐犯ですか



「貴様はとうに死んだであろう、ライラ・ヘルツィーカ。なんだ、生き汚いだけではなく、今度は腐敗していく己の腐臭を撒き散らそうとでもいうか」


当然のように告げてくるアレシュ将軍の瞳は、私に対して絶対的な嫌悪を持っている。マレク殿下曰く、ライラ・ヘルツィーカは王太子である殿下よりこの兄王子との結婚を望んでいたとかなんとかいう話だけど、いったいライラとアレシュ将軍はどんな関係だったのか。


「と、おっしゃいますと」

「そこの愚弟ならともかく、この私を謀れると思うたか。いや、白々しいその顔は見事ではあるか。その首の痣を晒しておいてよくぞとぼけるものよ」


首、と言われて私ははっと自分の手を持っていく。


炎の中を駆け回ったため、首がじりじりとひりつく痛みを訴えている。鏡で自分の顔を見た時には、その白い首にはなんのあともなかった。けれど熱で体温が上がり、痣が浮かび上がっているのかもしれない。


ライラの死因である、首を吊った跡か、と思えば、その直後にマレク殿下が眉をひそめてこちらを見つめてくる。


「なんだ、君のその……首の痣……人の指のように見えるが……」


…………ほう。なるほど?


私の首には【痣が浮かんでいる】《人の指のように見える》と……?


縄とか紐の跡ではなくて?


「見なかったことにしてください。未婚の女性の体の一部をじろじろと見るなんて、失礼ですよ、王太子殿下」

「その姿で何を言うんだ……俺の上着を貸してやる」


鏡などここにないから確認できないが、私は散々な姿をしているらしい。

確かに、乱暴に水魔法を被ってあちこち炎の中を駆けずり回った。

服の泥汚れだけでなく、引っ掛けて破れたところや、顔中が煤塗れになっているのかもしれない。


私は殿下が脱いで差し出してくれた上着で遠慮なく顔を拭くと、マレク殿下は慌てて上着を引っ張った。


「違う!そうじゃない!着ていろということだ!雑巾替わりにするな!」

「え、すいません」


しかし、今の私に必要なのは体を隠してくれる上着より、汚れを拭える雑巾なのだが……善意の受け取りというのは難しいね!


「茶番は程々にせよ」

「兄上……!そうだ、兄上!人を私にお貸しください!ジュリア……村にいる筈の私の同級生が見つからないのです!もしや……村をこんな状態にした者に連れ去られたのではないかと……」

「子爵の令嬢、あの薄紅色の髪の娘か」


ジュリア嬢は髪がピンクなのか。


アレシュ閣下はジュリア嬢をご存じのようで、軽く目を細める。


「その娘ならば、王宮におるぞ。掠り傷一つなく、無事だ」

「!?本当ですか!そうか……王宮に、よかった」


疲労しその顔にくっきりと絶望の色が浮かんでいたマレク殿下の顔が輝く。


「何が良いものか!この低能!」


安堵し膝から崩れ落ちる弟を、兄上は叱責した。


「今朝早く、宮殿にその子爵の娘が駆け込んできおったわ!」


うん?今朝早く?


「己の村が襲われたと、助けて欲しいと懇願するその様子は、いかに髪を振り乱し、必死の形相であろうと美しく、見る者の同情と庇護欲を煽ったそうだぞ」

「なんと……健気な。ジュリア……自分も怖い思いをしただろうに」

「貴様はどこまで阿呆なのだ?」


何度目かの罵倒だ。


アレシュ閣下は殿下をミジンコ以下の脳みその持ち主だとでも思っているのかもしれない。その言動の一々に苛立ち、声を震わせている。


普段からこんなに沸点の低い人なのだろうかと私は引くが、しかし、私と少年を助けてくれた時の様子から、もっと冷静で冷酷な人のようにも思える。


「ただそれだけであれば、態々、将軍たるこの私が兵を率いて来るものか。その娘の訴えの直後、貴様がライラ・ヘルツィーカによって拐われ国境沿いに向かったという知らせが入り、国王陛下が直々に、この私に貴様の救出を命じたのだ」

「わたくしが殿下を攫ったことになっているんですか?」


問いかけた途端、私の体は地面に押し付けられた。


「ぐっ」


物理的なものではない。

重力が急に増えて、体が地面にめり込むほど重くなる。

這い蹲って顔も上げられないでいると、そんな私の頭に更に重みが加わる。


位置的に、アレシュ閣下に踏まれているのだ。


「兄上!?お止めください!」

「貴様はいい加減その愚かな口を閉ざせ。何を言われて、一度捨てた女にノコノコ付いて行ったのかは知らぬし聞く気もないが、そんな貴様でも父上の大切な息子だ。怪我は連れの回復師に見せよ。その火傷だらけの顔を父上に見せるな」


声だけしか私にはわからないが、なるほど、と合点がいくものがあった。


口ではこのように言いながら、アレシュ閣下は殿下を案じていたのだ。


私、ライラ・ヘルツィーカは学園の門の鍵を他国に流そうとした疑いのある女。その女が、この国の王太子を連れて国境沿いへ向かっている。


他国へ連れて行き、人質あるいは何かしらの道具に使おうというのではないか、そう、つまり私は今回、王太子誘拐犯として追われていたらしい。


私は無実ですけどね!


内臓とかつぶれかかってるのか、あるいはつぶれたのか、私はげほり、と血を吐く。それでも私の頭を押さえる足の重みと、体中にかかる重力はなくならない。


ここれでマレク殿下に助けを求めたら、殿下は兄上に強く言って私を助けてくれるだろうか?


そんな考えが一瞬浮かぶ。


「マレ、」

「売女が、気安く呼ぶでない」


力を振り絞って顔をなんとか横にずらし、赤い髪の青年に瞳で訴えようとした。だが、私が震えながら伸ばそうとした腕はアレシュ閣下により踏みつぶされる。


自分の骨が押しつぶされる音と、反射的に上がった自分の絶叫を聞きながら、私の意識は飛びかけたが、人間はそう簡単に気絶したりできないらしい。


「あ、兄上……」

「貴様は先に行け。愛しい女の無事を確認したいのであろう」

「……ジュ、ジュリアとは、まだ……そのような関係ではありません!」

「ははは、そうか。ではいずれそうなるつもりか」


私が呻いている頭上で、朗らかに兄弟の会話が広げられる。


何?なんで、私はこんな目にあってるの?


自分の世界に【飽きた】から、軽い気持ちで異世界へ行ける方法を試して、それで、偶然こっちの世界に来れて、そこで私がやらなければならないことははっきりとしていた。


あぁそうだ。

私は、報復しなければならないのだった。


ライラ・ヘルツィーカに悪意を向け、陥れようとする全ての者たちに、自分達が勝者ではなく、敗者であることを知らしめないと、いけないのだった。




+++




王太子誘拐犯として連行された私は、問答無用で牢にでも入れられるかと思ったが、意外なことに家に帰して貰えた。


といっても、私室に完全に監禁され窓の外や扉の向こうにはアレシュ閣下お抱えの兵士たちがしっかりと守っている。


公爵家の屋敷にそのようなことが許されるのかと言えば、未だ会ったことのないライラ・ヘルツィーカの父は娘の容疑を否認することなく受け入れ、全て王宮側の要求通りにすると、そう従順の意を示したそうだ。


「つまり、君は失敗したということか?」

「嫌ですわ、お兄さま。まだ始まって一日目ですわよ」

「私の前でその話し方はしなくてもいい」


ボロボロになった格好は、そのままにしておけとアレシュ閣下のお達しらしい。私は美しい部屋の中で焼け焦げ泥まみれになった制服姿のまま、汗の浮かんだ額に布を押しあてる。


当然、魔法や他の人の手による怪我の治療も許可されておらず、この分では発熱するし、細かな傷口から感染症にかかる恐れもある。

自分の知る知識で出来る限りの処置はしているが、腕の骨が砕かれている、これは私にはどうしようもない。


痛みを紛らわせるようにとこっそりお兄さまがくれた薬草を噛みながら、私はいくつか確認したい事をお兄さまに問いかけた。


「まず一つ目、貴方は本当に《ライラ・ヘルツィーカの兄である》んですよね?」

「そこを疑うか?」

「えぇ。実は《ライラ・ヘルツィーカに兄などいない》というのが【真実】だった場合、私は兄だと思っている人の都合の良い情報だけを知らされていることになります」

「私ハヴェル・ヘルツィーカは君の兄だ。間違いない」

「でもそれは貴方の証言でしかありません。貴方が一人でいるとき、私が一人でいる時しか、顔を合わせていませんから、第三者の証言もありません」


私はこの目の前の男性を【】の保証を持って兄、とはまだ扱えないのである。


「なるほど、それじゃあ逆に聞こう。《この公爵家を自由に出歩き、父上……ヘルツィーカ公爵の黙認を受けて、監禁されている君の部屋を訪ねることが出来る私は、君の兄以外の何だと言うのか》」

「例えばそうですね。《貴方は隣国の王子、アレキサンドル殿下である》とか、どうでしょうか?」

「……へぇ?」


実は公爵家は隣国と通じており、アレキサンドル王子を公爵家は匿っている。


ライラ・ヘルツィーカ、自身の娘を使って門の鍵を持ちださせ、そこで王子に渡すはずだったところを、計画はジュリア嬢により阻止され、しかしまだ何か目的があってこの国に留まっている、という可能性も考えられる。


ライラ・ヘルツィーカとお兄さま、ハヴェル・ヘルツィーカの顔は似ていない。髪の色や目の色、その顔つきからまるで違う。

腹違いとは聞いたが、それにしても、どこか共通点の一つくらい見つけられないものかと思うほど、似ていないのだ。


「それでは《私の憎悪は偽物である》と?死んだ妹の体を使い、秘術を使って君の魂を定着させ、ただ妹の名誉の回復をと願っている私のこの思いは演技だと言うのか?」

「この体で動いている私だからわかりますが、貴方のその【何かを後悔している】感情は本物で、だからこそ【私はライラ・ヘルツィーカの体を使えている】と思います」


だが、心というのは証明しかねるものだ。

私はこの質問は、答えが出ないものだと早々に判じる。ただ、私がお兄さまを盲目的に信じているわけではない、ということを知らせる必要があった。


何しろ、この男はライラ・ヘルツィーカの死因を騙っている。

ただ私に報復しろとだけ言ってきたお兄さまが、私が疑っていると知れば、次はどんな行動を取るのか、それを見たいのだ。


「それと、何か……ライラ・ヘルツィーカを知ることのできる日記か何かはありませんか?」

「日記?」

「えぇ、彼女が何を感じ、どんなことを考えていたのか……お兄さまやマレク殿下から聞いた以外の、彼女の人物像を知りたいのです」


鏡を覗けば、ライラ・ヘルツィーカを見ることは出来る。だが故人である彼女が私に語り掛けることはないし、見ただけで彼女を知ることはできない。


「日記、か。一応、毎日書いていたものはある。私も、悪いとは思ったが妹の死後、読ませてもらった。だが、感情的なことは何も書かれていなかったよ」


そう言って、お兄さまは部屋の机の引き出しから一冊の日記帳を出してくれる。


「八歳の時、高熱で倒れたことがある。それからずっとつけているものだ」


八年分の記録か。しかし、それにしては随分と薄い気がする。


「……日付と、起床時間、食べた物と出かけた先、会った人と、就寝時間、くらいですね。書いてあるの」


一応《特に変わりなし》と書いてはいる。しかし、小学生だってこれより上等な日記を書くぞ、というくらい、味気ないものだった。


私は念のためにこれを確認する、と言って、お兄さまは退室した。

あまり長居もできないのだろう。


一人になって、ぱらぱらと日記という名のメモ帳をめくっていく。お兄様の言う通り、感情的な文章は一つもない。


つい最近の、国境沿いで騒動があった時と思わしき時期の記録でさえ、いつもと同じ、日付と起床時間と就寝時間、食べた物と会った人間が書いてあるだけである。


そして当然のことながら、そこにアレキサンドル殿下の名前はない。会っていたとしても誰かの目につく日記には残さないだろう。


「……うん?あれ?これ……もしかして、でも、まさか?」


だが、八年間のその記録を何度も見返して、六回目くらいだろうか。


私は日記の中に時々、文字の書きそこねとも思えるぐにゃぐにゃになった文字を見つけた。


ひっくり返したり、逆さにしたり、次のぐにゃぐにゃの文字と合わせると、それは……一つの文章になった。


【私は日本人。私は転生した悪役令嬢】




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恋愛タグ息してるよ!!

この小説は、別に書いてる長編の息抜きで書いてる10話くらいで終わる軽いお話ですが、評価とか!!ブクマとか!!していただけると「ほう、楽しんでくれている方がいる、と」と、私のモチベーションが上がります。ありがとうございます。

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