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私が、故人ですか



村が、燃えていた。


馬車で辿り着く少し前、御者が慌てた様子で一度停めて、マレク殿下に告げてきた内容は【行き先の村の上空から煙が上がっています】と、不穏なもので、それで、引き返すという選択肢などあるわけもなく、更に馬車を走らせて、そして現在。


「……なんだ、これは」


茫然とするマレク殿下は、ショックを受けている。


村の規模は、百人程度の小さなもの。


国境沿いの、ならず者が出やすい土地に好んで住む者などそういない。生まれ故郷という執着心がよほど強いか、あるいは国境という、中央の役人の目が届かない方が都合の良いものが流れ着く、そんな貧しい村だと聞いていたが……


村の家屋の外に人はいない。

全ての家の扉や窓には丁寧に板が釘付けにされており、一つ一つが燃えている。

飛び火、ではない。一軒一軒、火を付けられている。


家の中から、ドンドンと人が出ようと戸を叩く音はしない。

辺りには、人の髪が焼けるにおいと、私がこれまで嗅いだことのない……人間が焼けるにおいが、ただよっていた。


「殿下、わたくしが生存者を探しますので、ありったけの水魔法を使ってくださいませ!」


私は動転する殿下に大声で呼びかけ、自分は井戸の水を全身にあびようとして、手を止める。


「……《この水は無害である》」


呟いた言葉は【】で肯定されない。

私の《予測・想像》の範囲である。

それに嫌な予感がして井戸の水はそのままに、殿下に水をかけて貰おうと向きなおれば、赤い髪の整った顔の青年は、その顔を強張らせたまま動けずにいるようだった。


「失礼します!」

「っ!」


ばしんっ、と平手打ちをすれば、マレク殿下の目がはっと、我に返ったように私を見つめた。


「殿下、わたくしは記憶を失ってから魔力が使えなくなっています。この場では、殿下の魔法だけが頼りです。どうかお気を確かに」

「あ、あぁ……わかっている」


村の異常な様子にしり込みするのはわかる。

しかし怯える子供をあやしている暇はないのだ。


マレク殿下はすぐに呪文を唱え、私に水をあびせてくれる。

ずっしりと重くなった制服と、長い髪の邪魔な部分を縛って私は走り出した。


「ライラ!どこへ行く!?」

「わたくしは生存者を探します!こう見えて、力がありますので!」


魔力は使えないが、腕力はあるのだ。

駆け出して、誰か返事をして、と呼びかける。


炎で家屋が燃える音、納屋から逃げ出した家畜の悲鳴……家畜がまだ生き残っているということは、村が燃えてまだ時間が経っていない、まだ生存者がいる可能性があるのではないか、とそう希望を持ちたいが……返事は一つもない。


村中を駆け回っていると、教会を見つけた。

私が海外の映画やドラマで見る様な、木造の二階建ての教会だ。

その教会の扉と、窓にも板が張り付けられている。

今も炎が煌々と燃えて、近づくものを威嚇するように熱風が私の濡れた頬をあっという間に乾かす。


そこに、人がいると感じた。


「っしゃぁッ!!ライラ・ヘルツィーカ!!気合を入れて!」


私は腹に力を込めて、殿下から借りた剣を振るう。


ザンッと剣は教会の重い扉を切り裂いた。

炎と煙に包まれた教会の中が、見える。


「……ぅっ」


私は悲鳴のような、喉からうめき声を漏らす。


想像は、していた。

一番嫌なものを予想して、だから必死に剣を振るった。


「ライラ!これは……」

「……村人を教会に押し込めて、火を放ったのですね」


折り重なった村人の、死体の山。

彼らは皆望んで教会に入ったのではない。

皆、恐怖と苦痛で顔を歪めている。


「……生存者は、いないのか」

「……」


殿下の問いに答えられない。


まだ開放していない家屋の中にも、閉じ込められた人はいて、まだ生きている者もいるかもしれない。


そう期待して、一軒一軒を確かめていく。


私も殿下も無言だった。


焼けて折り重なった母子。

必死に窓を叩いて力尽きた老人。

自分で命を絶った血まみれの娘。


一軒一軒確かめる度に、絶望が濃くなる。


「ジュリアは……どこだ?」


そんな、苦しいだけの作業を延々と続けていると、ぽつり、と殿下が呟いた。


そうだ、この村は、ライラ・ヘルツィーカの罪を証言したジュリア嬢の育った場所。彼女はこの村に帰っているはずだ。

そう聞いて私たちは彼女に会いに来たのだが……。


一人一人の顔を確かめたわけではないけれど、今のところ、それらしい若い少女はいなかったと思う。


「ジュリア!!ジュリア!!!」


殿下が半狂乱になって、愛しい娘の名を叫んで周る。


大方の火は消してくれたので、私はあとは殿下の好きにさせようと自分は作業を続ける。まだ、もしかしたら、生きている人もいるかもしれない、そうまだ思いたい。


何があったのか、話してもらわねばならないから。


「……っ、う……だ、れ……か」


周囲を見渡す私の耳に、か細い声が届いた。


即座にその声の方に駆けだす。

未だ、煙と小さな火がくすぶっている、半壊した家屋の中から、声が聞こえた。


今にも崩れそうな木造の家だ。

派手に切り倒しては中の人が崩れて埋まってしまうかもしれない。


私は無事な隙間隙間をぬうように家の中に入り、生存者を探す。


竈の中に、少年が蹲っていた。その傍には母親らしい女性が喉をかきむしった格好で、下半身を瓦礫の下敷きにして倒れている。

母親の方は確認するまでもなく、すでに事切れていた。


「しっかりして!助けに来ましたよ!!もう、大丈夫です!」


私は少年の口に濡れた布を当ててその腕を掴む。

少年、とはいうが歳の頃なら14,5歳といったところ。


18歳であるライラ・ヘルツィーカはその年齢にしては背が低いので少年の背丈とそう変わらず、抱き上げたり背負うことは……いや、背負えるか?


「ぐっ、ぬっ!!」


私の顔を見て安心したのか、それとも気が抜けたのか、少年は意識を失ってぐったりとしてしまった。

力の抜けた人間ほど重いものはない。しかし、折角見つけた生存者だ。私は両足を踏ん張って少年を背負うと、剣を支えにしてなんとか進んだ。


「……嘘でしょ……!!?」


だが、一歩進んだところで目の前の柱が崩れる。

竈の中の方が安全だったかもしれない。

今にも天井も落ちてきそうだ。


私は少年だけでも再び窯の中に押し込めようとして、ついに、天井が崩れた。


この体って死体なんですけど、それでも私、死ぬんでしょうか!!?


咄嗟に少年の体を庇い、抱きしめる。


しかし、衝撃はなかった。


「なんだ、貴様、死んでおらぬのか?」


聞こえたのは、侮蔑を孕んだ、どこまでも低く地を這うような男の声。

私は閉じていた目を開き、自分の身に起きたことを確認する。


崩れ落ちる筈の天井は凍り付いていた。天井だけではない。燃えていた何もかも、煙を出していた全てが、氷の中に閉じ込められていて、もう何も誰を焼くことも、害することもできなくなっていた。


「……」

「いつまで這い蹲っている?それとも私の哀れみでも期待しているのか」


かつん、と氷塊の上に太陽を背にして立っているのは、光を受けてなお禍々しく見える黒髪に、青い瞳の甲冑の男だった。


立派な、黒い甲冑に沢山の獣の毛皮を使って作った豪奢なマントを着た男は、私をこの世で最も醜悪なものだと判じている目で見降ろしているが……。


「え、誰?」


なんか、知り合いみたいなのですが、そんなに自信たっぷりの登場をされても……その、困る。


思わずマヌケな顔と声で呟けば、その人は軽く眉を跳ねさせた。


だから、誰だよあんた。


「いえ、今はそれはどうでもいいことです。とにかく、助けてくれてありがとうございます。お一人ですか?回復魔法は使えますか?または回復薬などお持ちであればこの子におねがいします」


まぁ、自己紹介をしてもらうのは後でもいいだろう。相手は私を知っているようなので、私は名乗らなくてもいいし。


それで氷の上を頑張って歩いて、背負った少年をその何か偉そうで強そうな男に見せる。


何か言われるかと思ったが、男は黙って頷くと、私が一生懸命背負った少年をひょいっと、片腕だけで担ぎ上げる。


「将軍閣下!村の生存者はいないようで……そちらは?」

「では唯一の生存者である。火傷と、煙を吸って気を失っている。手当してやれ」

「っは!」


そのままついて行けば、村にはいつのまにか大勢の兵士……騎士団ではない。騎士ではなく、兵士として訓練された男たちが大勢集まっていた。

それぞれ指揮系統があるようで、きっちりと統制された動きであちこちに移動し、火を消したり、瓦礫を取り除いたり、死体を運び出したりしている。


私たちに近づいてきたのは厳めしい顔をした武人で、黒髪の男の参謀、あるいは副官といったところだろうか。男の指示にきっちりと礼をし、少年を預かってくれる。


将軍閣下。


「あなた、もしかして――」

「アレシュ!兄上!なぜここに!!」


思い当たる人物の名を私が言おうとする前に、マレク殿下が駆け寄ってきた。


「愚弟が」

「……っ、いかに兄上と言えど、王太子である私に無礼な態度はお止めください!!」

「愚かな弟をそう呼んで何が悪い。小賢しい小娘如きに良い様に利用されおって」


うわ、怖っ。

ジロリ、と弟を睨み付ける目は親族に向けて良い類のものではない。


何か喚き散らすマレク殿下を無視し、アレシュ第一王子は私を見降ろした。


「なぜ貴様は生きている?ライラ・ヘルツィーカ」


【死んだだろう】と続けられた言葉は、アレシュ王子が《予測・推測》としてライラの死を扱っているのではなく、確固たる確信があってのことだと、そう私に知らせた。




Next


一作品に一回、村とか街を焼かなきゃ気が済まないルールではありませんが、よく焼きます。

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