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私が、孤独ですか




「殿下にとって、わたくし……ライラ・ヘルツィーカはどんな人間でしたか?」


折角学園に登校したけれど、私は再び馬車に揺られていた。


今度は公爵家の馬車ではなく、おしのび用に貴族の子息が利用する仕立ては良いが豪華ではない、ただの「小金持ちが乗っていそうな」馬車である。


私とマレク殿下は向かい合っている。私が記憶喪失であることを最初ほど疑っていないにしても半信半疑といった様子で、時折じっと見つめてきたかと思えば、視線を逸らしてしまう。


馬車が向かうのは国境沿いの小さな村。


ジュリア嬢に話を聞きたい、という私の願いはマレク殿下が同席し、私が武器の一切を持たず、常にマレク殿下が私の首に剣を突きつけていればいい、という条件で受け入れて貰えた。


それで、てっきりジュリア嬢も登校していると思ったのだけれど、彼女は昨日の夕方から故郷の村に戻っていると、そう届け出がされていた。


戻ってくるのを待ってもいいのだが、マレク殿下は「それなら馬車で迎えに行ってやろう」と、そう言いだした。


王太子の自覚があるような事を言ってはいるが、それでもまだまだ多感な青少年。すっかりジュリア嬢に魅了されているじゃないか。


「どんな人間、とは?」

「記憶を失って、わたくしが話をしたのはお兄さまと殿下だけですの。お兄さまがおっしゃるわたくしは……大人しくて気の弱い、不器用な娘のようでしたので……殿下が先ほどおっしゃったような、大それたことをできるような性格だったのでしょうか?」

「……確かに、大人しい女ではあった。目つきは悪いが、いつもじっと黙っていて、周囲がどう言おうと反論一つしない。だが、俺にはよく噛み付いてきた」

「婚約者だから、でしょうか?」

「さぁな。俺の顔を見るとあれこれ口うるさく言ってきたことを婚約者としての義務からだというのなら、押しつけがましいにもほどがある」


どんなことを注意されたのかと聞けば、確かに些細な事ばかりだ。


生徒会長に立候補しないのはなぜだ、とか。

王太子として周囲の人間に敬意を持たれるように振る舞うべきだ、とか。


「……殿下、人望がないって自覚されてませんの?」


学園で私が拉致した時、誰も助けに来なかったのは、王太子としてかなり……皆から好かれていないのではないかと心配になる。


しかし、マレク殿下はフン、と鼻で笑い飛ばした。


「俺は家臣や民にへつらう王にはならない。俺は父上のように、強い王になるのだ」


殿下のお父上、つまり現国王陛下は英雄王と呼ばれるほど、武力に秀でた王だ。

これまでの戦は全て勝ち、王族として高い魔力も持っている。


王妃や側室には魔術に長けた称号持ちの魔女や仙女を迎え、この国を魔術大国として確立させた偉大な国王だ。


「つまり、殿下は……わたくしとの間には愛はなかった、とお思いですのね?」


平民娘の証言一つを信じ、ライラ・ヘルツィーカを盗人と叫ぶ男である。

てっきり肯定されるかと思ったが、しかし、私の問いにマレク殿下は少しだけ、顔を顰めた。


「……今、君の言う愛というのは男女の……俺がジュリアを思う心と同じものを、君に持っていたか、ということか?」

「いえ、関心があったのか、という広い意味でも構いませんわ。国、家の決めた婚約者同士ではありましたけれど、共に育ちいずれ同じ道を歩いていたのでしょう?そんなわたくしと殿下の間には、何もなかったのでしょうか?」


日本語だと、関心というのは「関わろうとする心」と書く。


興味は好奇心に近い。


そうではなくて、相手の心に触れようと、あるいは触れたと思うようなものがライラ嬢とマレク殿下の間にはあったのだろうかと、これは私の興味だ。


「………………」


暫く、マレク殿下は沈黙していた。


じっと私の顔を見て、私がどういうつもりで聞いてきたのか、そして、本当に私が記憶を失っているのかを、じっと、見つめて探っている。私は瞬きをせずにそれを見つめ返し、殿下の瞳の中に映る少しきつい目つきの少女が、不安そうにしているのがわかった。


「友情は、あっただろう。あぁ、そうだ。俺と君には、誰にもわからないだろうが……友情があった」

「それは、婚約者だからですか?」

「いずれ国を背負う者として、育てられてきたからだ。俺は王太子として、学ばねばならぬ事、我慢しなければならないこと、切り捨てなければならないことが多くあった。孤独があった。だが、その孤独は君が抱えるもの……王太子妃になる者として、君が感じる孤独と同じものだと、俺は知っていた」


マレク殿下は私から顔を背け、俯いてその両手で顔を覆う。


「そうだ、俺は、ライラが孤独だと知っていたんだ」


今、殿下は完全に私が記憶喪失……あるいは、以前のライラ・ヘルツィーカとは別の人格だと、そう判断している。だからこそ懺悔のように、呟いた。


「ジュリアに惹かれている。彼女は太陽のように明るく、俺の心を照らしてくれる。彼女が笑ってくれると、俺は自分が自我を持った、一人の人間だったことを思い出せたんだ」


だから、自分の孤独が救われることばかりに目が行っていたと殿下は続ける。


知っていたのに、分かっていたのに。

自分が孤独に苦しんでいたように、ライラ・ヘルツィーカも孤独を抱えていたことを、知っていたのに。

彼女の孤独は、自分の伴侶となるための道を歩いているからだったというのに。

ジュリア嬢の眩しさに目が行って、ライラ・ヘルツィーカの孤独に目を背けた。


「……だから、俺を裏切ったのか?ライラ・ヘルツィーカ」


共に歩んできたはずなのに、ライラ・ヘルツィーカは門の鍵を盗み出し、隣国の王子に渡そうとした。


それを、マレク殿下は己への裏切りだと、そう憤ったのか。

そして、だから、ライラが裏切ったと傷付いた心のまま、ジュリア嬢を信じたのだろうか。


私はマレク殿下の問いに答えられない。

ただ、自分の頭の中でこれまでの情報を再確認する。


お兄さまは《ライラ・ヘルツィーカは無実であるのに、汚名を着せられた》とおっしゃった。

そして【事実】として【ライラ・ヘルツィーカは門の鍵を盗んだ疑いをかけられている】のは確かだ。


実際に、【門の鍵は持ち出された】のである。


《鍵を持ち出せるのは学園長と生徒会長のみ》


これは、複雑な魔術式で守られており、学園長と生徒会長の魔力パターンでしか解除できないからだが、この条件については【】での保証できるだけの確証はない。


【ライラ・ヘルツィーカは門の鍵を盗んだ疑いをかけられている】としても、《ライラ・ヘルツィーカが鍵を持ち出した》と、これは《予測・想像》での範囲に過ぎない。


やはり、ジュリア嬢にその時の状況を詳しく聞く必要がある。


私は馬車の揺れに目を閉じながら、ライラ・ヘルツィーカという公爵令嬢について考える。

彼女は何を考えていたのだろう。


死体を借りているだけの私に彼女の思考はわからない。


彼女は本当に悪役令嬢だったのか?

それとも無実だったのか?


いいや、しかし、そんなことは関係ないのかもしれない。

事実として【彼女は死んだ】のだ。


お兄さまはおっしゃった。


彼女の名誉の回復を。

彼女を陥れた全ての者に報復をと、そうおっしゃった。


つまりこれは、ライラ・ヘルツィーカが無実であれ有罪であれ、関係のないことなのかもしれない。


私は今現在、彼女に着せられた汚名を返上し、ライラ・ヘルツィーカを糾弾した全てに地獄を見せなければならない。


それが、お兄さまが、現実世界に【飽きた】私をこの世界に連れてきて、結んだ契約なのだ。


マレク殿下は物語にあるようなアホ王太子ではないようだけれど、それでも、不幸になって貰わないと、お兄さまに申し訳ない。





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