番外:兄妹5
……うん。
それは……ボコボコにされますね?
一応、もし、その山の人たちの話が本当だとして……十年間、村を取り戻そうと、仇を討とうとしてきた彼らの元に、やっと領主家の人間が「君たちを助けたい!」と現れて、村に行ったのに……「彼らも今は改心しているんだし」と、ふざけたことを抜かしたら、それはまぁ……殴るな。うん。
しかもリドくんの話だと、半年間も……チンタラ、そんなことをしていたらしいジルさん。よく殺されなかったものである。まぁ、貴族を殺害したらそれこそ本気で山狩りが行われるだろうから、それはないか。
「うーん……お兄さま、どうしましょうか」
「そうだねぇ。とりあえず、この連中は全員焼いてしまっていいんじゃないかな」
意見を求めると、お兄さまはニコリ、と微笑んで答える。
「よくはないですね」
「そう?」
でも、と、お兄さまは小首を傾げた。
「どっちでも構わないんだよ」
……と、その言葉は、村か山かを選択する時にも言われた言葉。
あの時は、どっちに行くのかと、それだけの意味だと思っていたけれど……ひょっとして。
「お兄さま、最初からこの山の人たちが村人だったかもしれないって可能性に気付いていました?」
「そうだね。領主に助けを求めないというのは、何か後ろ暗いこと、自分たちだけで解決しないといけない、何か理由があるだろうとは思っていたよ」
その上で、お兄さまはどちらが「悪」として始末されても構わないとおっしゃる。
うーん……まぁ、見た感じ……十年、山の幸だけで生き延びれたとも思わない。あちこちから女性を拐ってきたっぽいし……領主に盗賊として討伐されるくらいには悪事も働いているんだろう。
問題として、十年前に盗賊をしていた今の村人たちを「悪」として裁くか、十年間盗賊をしている以前の村人たちを「悪」として裁くか……。
「……領主様、もしかして、このことをご存知なんじゃ……?」
「多分ね。彼は……ちょっと問題のある人間ではあるけれど、能力は確かだし。十年前と言えば、丁度彼が領主の地位を継いだ頃くらいだろうから、ゴタゴタしていて村の問題に直ぐに対応できなかった可能性もある」
「つまりこれは……領主様の……弟への、試験的な……? いえ、それより……」
騎士の修行を終えて戻ってきた弟に、領内のこの問題をどう解決するか、と、あるいは。
「……どっちでもいいってこと?」
「そう。領主にとって、どちらも【完璧に善良な村民】ではないけれど、重要なのは、その土地に存在して、税を納める、犯罪を犯さない人間たちであることだ。効率的なことを考えると、現在の生活手段が農業で、連携も取れている現在の村人を残しておいた方が良いし、子どもの数や女性の数を考慮しても、今の村人の方が問題がないと思うよ」
あー、なるほど。
村を乗っ取ろうと、かつての略奪者たちが考えた際に、村の子ども。十年前の出来事を覚えていられないくらい幼い子どもたちは見逃し、村で育てることにしたんだろう。孤児として、あるいは自分たちの子どもとして。
それを考えると、村長さんの娘さんというのは、もしかすると、覚えているけれど、血筋として村長家の人間で、納税やその他、法的な問題について村の運営知識のある、大人に逆らわない子ども、だったのかもしれない。
つまり村長の娘さんを山の人たちが狙ったのは、かつての仲間の子というのもあるだろうが、自分たちが村を奪還した際に、今後も村の運営を問題なく行えるために必要な存在だったからか。
「……」
領主様は、この……全方向に正直で疑うことをほぼ知らず、善良で……人の良いだけの弟に「どちらがどちらか」と選ばせようとしているらしい。
「……僕が……?」
「わ、若旦那……」
私たちの話を聞いていたジルさんと山の人たちが、互いに顔を見合わせる。
彼らの顔は恐怖で引きつっていた。自分たちが何者であれ、略奪して十年間生きていた自覚はあるのだろう。正しい事だ、仕方のない事だ、と思い続けていたとして、さすがに十年は長すぎる。
というか、途中で他に助けを求めたり、移住したりはなぜしなかったのか?
「お、俺たちは……! 奪われたんだ! だから、奪って何が悪い!」
誰もが動けないでいる状況に耐えられなくなったのが、誰かが叫んだ。
それを皮切りに、そうだ、そうだ、とあちこちから声が上がる。
十年間。
……彼らは生き残りだ。
途中でこの山を去った者もいただろう。彼らは「仇を討ちたい」「村を取り戻したい」「当然だ」と、残った者たちだ。
「……僕は……」
ジルさんは茫然としている。
彼は悪をバッタバッタとやっつけて、兄を補佐する自分の輝かしい未来しか想像していなかった。それが今、どちらに罪があるのかのジャッジを求められている。
「君の噂は私の耳にも入って来ていてね。今時珍しい、騎士道精神の強い青年。ジル・グェン。君が正しく生きようとするその姿勢は立派だけれど……君の兄は、グェン伯爵はどうやら、君が汚れてくれないと安心できないんだろうね」
ふわり、と、お兄さまがジルさんの前に立って優しく告げる。
「……君、いや……貴方は……?」
「私はハヴェル。ハヴェル・ジューク・ヘルツィーカ。君が彼らをどちらがどちら、とその判断が出来ないのなら、私が代わってあげよう。なに、夜が明ける前に帰りたいんだ。さしたる手間でもないよ」
パチン、と、お兄さまが指を鳴らすと、ずしん、と一度、大地が大きく揺れた。
「う、うあぁあああぁああああ!!」
「あぁあああああああああぁああ!!」
「い、いやだぁああああ!!」
山の人たちが集められていた開けた場所の、地面が蟻地獄のように中心に穴が開いて、ずるずると人が引きずり込まれていく。
説明されなくともわかる。あのまま飲み込まれたら死ぬ。行先が地獄なのか、それとも地の底なのかはわからないが。どう考えても、あの世への片道なのは間違いない。
「や、止めろ……! 止めてくれ……!」
叫ぶ山の人たちの声で、ジルさんは立ち上がりお兄さまに詰め寄ろうとした。けれど魔法の防壁でも張っているのか、その手がお兄さまに触れることはできない。
「そう? 止めるのはいいけど、それなら、この折角開いた魔法陣は、リドとかいう子どものいる村に落とそうかな。あの子ども、君を助けようと歩いていたんだけど、僕の可愛い妹が助けてね。魔法の木馬に乗せて兄妹は帰らせたんだけど……今頃もう着いてるだろうね。ここの彼らを助けるってことは、あっちの連中を殺してくれ、そういうことだろう?」
「っ……ち、違う!!」
「私は本当に、どっちでも構わないんだ」
「じゃあ、なら、ならば……関わらないでくれ!!」
のんびりと話すお兄さまに、たまらずジルさんが叫んだ。