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私が、反逆者ですか


「よくも再び学園の門をくぐれたな。君には恥じ入る心はないのか」


えぇ、まぁ、そうですよね。そうなりますよね。


公爵家のご立派な馬車を横付けにして、立ってるだけで輝いて見えるほどの美貌のライラ嬢……じゃなかった、私が登校すると、居合わせた生徒たちは皆、とりあえず驚いてくれました。


ヒソヒソと小声で話す内容は「退学したんじゃなかったの?」とか「領地に送り返されたって聞きましたけど」とか「修道院に入ったって噂が……」などですが、皆面と向かって聞いてはくれないです。


お兄さま直々のご指導での公爵令嬢の知識(付け焼刃)簡単なマナーやら振る舞い、あと人間関係、名前とかを覚えました、はい、一夜漬けです。あはっは。


どうせ汚名を着せられた公爵令嬢に話しかけてくる者はいないだろう。

最低限の人間の顔と名前だけ憶えて、あとは徐々にで大丈夫だろうと気楽に考えている。


周囲のヒソヒソ話や、顔を顰めて私の存在を「不快」とする視線を無視し、堂々と校舎まで歩いた。


と、そこで、私に向かって真っすぐに歩いてくる、燃える様な赤い髪の青年が、こちらを睨み付けながら冒頭の台詞を口にした。


即行出てきてくれた、この顔の良い青年こそ、マレク王太子殿下である。


「自ら退学届けを出しに来た、というのなら少しは貴様を見直してやったものを」

「退学届け?もう半年で卒業間近ですのに、そんなもったいないことはしません」

「っは。なるほどな。学歴は残したいということか。しかしいかに学園の卒業生であろうと、貴様は二度と日の当たる場所には立てんぞ。ならばいっそ潔くこの世に謝して首を吊れ」


マレク殿下と対峙すると、その場の空気が一瞬で変わった。


ピリピリと肌に痛いほどの、冷気のようなものを感じる。気のせいではなくて、実際に空気が凍ってきているのかもしれない。


登校途中だった生徒たちは皆立ち止まり、私たちの会話に耳をそばだてている。


「首吊り、ですか」

「盗人にはふさわしい死に方だろう」

「盗人?」


お兄さまの話には出てこなかった言葉だ。私は引っかかりを覚え、マレク殿下が言葉を続けるのを待つ。


「まだ知らぬ存ぜぬが通じるとでも思っているのか。貴様が学園の門の鍵を盗み、留学していた隣国のアレキサンドル王子に渡したのだろう!」

「……」


え、何その話。


学園の門は学園内で魔術が暴走しても大事にならないように出力量をコントロールしているシステムだ。


魔力の源である龍脈をコントロールできるよう256もの魔術式が組み込まれている小さな鍵で、持ちだせるのは学園長と有事に全校生徒を守る役目のある生徒会長だけ。


はい、生徒会長はライラ・ヘルツィーカ公爵令嬢、つまり私ですね!


「幸いにも、ジュリアが気付いて未然に防げたが……貴様は目撃者であるジュリアの口を封じようと彼女を傷付けた!!」

「……あの、門の鍵を他国に流そうとしたのが本当なら、自主退学じゃなくて退学処分……というか、私、国家犯罪者として処刑されてませんか、今頃」


おい、お兄さま!!

これほんとうに悪役令嬢が婚約破棄されたよザマァ希望!!っていう復讐劇でいいのか!!?


ジュリアというのは平民娘。王太子殿下の現在の恋人だ。


「証拠がないから無実だとまだ言うか……!この学園に舞い戻ったのも、唯一の目撃者であるジュリアの命を再び狙おうとしているからだろうが、この俺がいる限り、貴様はジュリアには指一本触れさせん!」


殿下はそう高らかに宣言し、何を血迷ったか魔術で剣を出し私の方に突き出してきた。


「ジュリアだけではない!俺は貴様の悪意からこの学園を守って見せる!」


突き出した剣を大きく振り上げ、私にめがけて振り下ろしてくる王太子殿下。


学園内で流血事件を起こそうとするとかアホなのか、いや、正義感だ。


私は、話の通りなら貴族の子供たちが通う学園の守りの要であり重要な魔術道具である門の鍵を他国に流そうとした悪女。


証拠がない、また、公爵令嬢という高い身分ゆえに、自宅謹慎……事を公にせず内々で処理されようとしていた、ということだろうか。


王太子は私に罪を擦り付けて自分の良い様にしようとしている、という狡猾さはない。自分の振る舞いが正しいと心から思っている目と、悪を排除しようというまっとうな理由を持ったゆえの敵意がある。


お兄さまの話と、ちょっと違うな?


「マレク殿下、ちょっとよろしいでしょうか?」


よいっしょっと、掛け声をかけて、私はマレク殿下の振り下ろした剣を弾き飛ばした。

護身用にと貴族の令嬢が持っている短剣で。


いやぁ、さすが、成績優秀文武両道だったライラ・ヘルツィーカ嬢の体である。

条件反射というか、私が思ったように体が動いてくれる。


昨晩お兄さまと試した時は、魔術は使えなかったが、剣術や体術なら体が覚えているというのか、容易く動くことが出来た。


「なっ」


反撃されるとは思わなかったらしい、マレク殿下は驚きに目を見開いて私を見つめると、すぐに反撃のための魔術を唱え始めるが、私はその前に殿下のズボンの腰の部分だけ切って、押さえていないと落ちるようにする。


「ちょっと、よろしいでしょうか?実はわたくし、記憶喪失でして。殿下が何をおっしゃっているのか全くわからないんですの。ちょっと詳しく説明していただけません?」

「記憶喪失?!何をバカなことを……!そんな話信じられるか!」


うん、まぁ、そうだろう。

唐突過ぎるし、まぁ、そう反応するだろうなぁ、とは思う。


しかし手っ取り早い。


「殿下のお話を伺ったら、わたくしは何か思い出すかもしれませんし……思い出さずとも、我が身の罪を自覚すれば、殿下のお望みの通りに処罰を受けようと考えるかもしれません」


お兄さまの話には門の鍵のことなど出てこなかった。

知らなかっただけ?

いや、ライラが自殺するまで一週間もあったのだ。

ライラの無実の証拠を集めようとしたお兄さまが、平民の娘を虐めた以上の問題を知れなかったわけがない。


私は文句を言うマレク殿下の首根っこを掴んでずるずると引き摺ると、校舎裏、日当たりの悪い場所までやってきた。


野次馬はいない。

広い、誰もがいて違和感のない場所で様子を窺うのならともかく、わざわざ場所を離れたところまで付いていける根性を見せるものはいなかった。


王太子が危ない!とか言って守ろうと付いてくる者はいないのか。

人望ないな、マレク殿下。


私はドサリ、とマレク殿下を開放すると、逃げられないように短剣で襟首を校舎の壁に固定する。思いっきり力を込めてぶっ刺したので、刃の半分ほどが壁に埋まった。


ライラ嬢パねェわ。


「記憶喪失になったわたくしは、お兄さまから、わたくしは王太子殿下によって汚名を着せられ病に臥せっていたと聞きましたの。それで、てっきり殿下が他の御令嬢に心変わりして乗り換えるためにわたくしにあることないこと適当に罪を着せて追い出したのだと思ったのですけれど……違うんですの?」

「心変わり……?ジュリアのことか?確かに、俺は彼女にひかれてはいるが……俺は王太子だぞ。伴侶となる者を己の一存で選べるわけもない」

「でも好きなんですよね?」

「彼女は男にとって魅力的だ。しかし、俺にとってどれだけ魅力的に見えようと、国にとって彼女の存在が魅力的かどうかは別だろう」


あれ?

なんか、話がおかしいぞ?


ライラを排除して、てっきりマレク殿下はジュリア嬢と婚約します、しました!という展開になるのかと思えば……マレク殿下、アホじゃないな?


「……わたくしが、門の鍵を盗んで隣国の王子に渡そうとした、という話を詳しく聞かせてくださいませ」

「本当に記憶がないのか?それともとぼけて罪を逃れようというのか?」

「事実は一つだけですけれど、それを判断するのは人の心。殿下はわたくしに敵意を持ってらっしゃるので、判断の天秤は敵意を向けやすい方に傾くでしょう」

「……以前の君らしからぬ発言だな。君なら、正しいのは自分だとムキになって俺を説得しようと喚き散らした」


やっぱり、お兄さまの言ってたライラ嬢の人物像と違うな。


「ならば聞いて思い出せ。君は一か月前、学園の地下にある機密の部屋にて鍵を盗み出した。そして留学が終わり、隣国へ帰る馬車に乗っていた王子と国境で待ち合わせ、その鍵を渡そうとした。だが、国境沿いで王子と会っている所をジュリアに目撃され、不審に思った彼女が邪魔をした」

「ここから国境までかなりの距離がありますよね?そんなところに、公爵令嬢のわたくしがいるのは確かに不審で、目にしたら違和感を覚えます。しかし、ジュリア嬢はなぜそんなところに?」

「ジュリアは元々国境沿いの貧しい村で育ったのだ。学園の授業で回復薬を作ったので、村で世話になっていた老人に与えたいと休みを利用して戻っていたそうだ」


実際に何度も村に戻っているという外出記録もあるようで、そこに違和感はない、との見解。


「隣国が門の鍵を手に入れる利点は?」

「龍脈をコントロールできる魔術式は魔術大国である我が国独自のものだ。他国が手に入れ、それが研究できる、という事は大きな利点になる」

「隣国の王子はどう証言しているんです?」

「ジュリアが邪魔したため、王子はすぐさま国境を越えて国に帰っている。会っていたというだけで、門の鍵を受け取ろうとした証拠はない以上、こちらから何か問うことはできない」


ジュリア嬢の証言だけでは、王子の関与は立証されない。


ただライラ嬢がカギを盗んで国境を越えようとしていただけ、という見方も出来るし、なんなら、王子はライラ嬢が国境を越えるために利用されそうになっていた被害者で、国際問題にも発展しかねない、ということか。


「なぜ私は鍵を盗んだのでしょう?」

「隣国の王子に渡すためだろう」

「隣国の王子が欲した、としても、祖国を裏切ってまでなぜそんなことを?」


ライラ嬢は何を考えていたのだろう。

まさか隣国の王子に懸想していて、とかではないだろうな。

いや、その問題の王子が本当に関与しているのか、それも定かではない。


ちょっと、まだ情報が少ない。


今はっきりとしている事実、たとえばこれが物語なら……鍵カッコ【】で表現できるものを【事実】として、《》で表現できるものを《予想・想像・証言》だとするのなら……


【ライラ・ヘルツィーカは死んだ】

《ライラ・ヘルツィーカは自殺した》


と、いうことで、かなり……話が変わる。


私は口元に手を当てて、ちらり、とマレク殿下を見下ろした。


「ジュリア嬢に、詳しい話を聞けませんか?もちろん、マレク殿下も同席してくださった上で。彼女の言い分を、わたくしも聞いてみたいのです」

「会わせると思うか?」

「もし本当に、わたくしが隣国の王子と通じ、国の重要機密を渡そうとしていたと思い出したのなら、わたくしがそう証言致します。殿下は隣国の陰謀を暴いたとして、国王陛下に進言なさいませ」


それは王太子としての功績の一つとなるだろう。


卒業前の王太子が他国との問題を解決したというのは立派な手柄になる。マレク殿下には年の離れた腹違いの兄君アレシュ王子がいる。


とても優秀で有能な兄王子は母親の身分が低かったため後継者として立てられることはなかったが、既に戦場でも数々の功績を残している兄王子こそ次の王にと望む声は未だなくならない。


この問題をきちんと解決すれば、それらの声を黙らせる一つの武器になる。


そうにおわせればマレク殿下はじっと、探るように私を見た。


「……本当に記憶がないのだな。君は、本当は俺ではなくアレシュとの結婚を望んでいただろう」


おい、ちょっとまて、なんだその情報。





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