番外:兄妹2
「な、なんだよ、これ……」
「おにぎりとからあげと、お茶です。ピクニック……遠足と言えば、お弁当は米と肉だと相場が決まっているんです」
手を綺麗に拭いて貰ってから、私は二人に海苔を巻いたおにぎりと、紙コップに注いだ緑茶を提供する。カラアゲはそっとひざ元に紙皿にお出しして置いた。
そう、この異世界……米と、緑茶が存在している。
それもそのはず、この異世界には『飽きた』と私の元の世界で紙に書いて眠って異世界へ☆という都市伝説を信じて実行して、運よくこっちの異世界に当選した人間がチラホラといらっしゃった過去がある。
その転移してきた人間たちが行った異世界技術革命の中に……イネ科の植物の研究と、茶葉を発酵させて作る緑茶計画が……実に、莫大な資金と年月をかけて行われてきたらしい。
仕方ない。日本人が、異世界転移したのなら、自分である程度、お金をかけられるのなら……お米とお茶の確保は、仕方ない。
と、そういうわけで、安価ではないけれどお金さえ出せば手に入る「お米」と「緑茶」を、私を溺愛しているらしい姿勢を見せるハヴェル・ヘルツィーカお兄さまがこのピクニックのためにご用意していただいていないわけがなかった。
「……なんだ、これ…………っ!」
毒見というか、妹より先に食べて勇気を示そうというのか、少年の方が意を決したようにおにぎりにかぶりつき、ごくごくとお茶を飲む。
「それで、子供が二人でどこへ行こうとしてたの?」
「おまえに言うもんか!」
おにぎり一つじゃ懐柔されないらしい。
けれど警戒心は先ほどよりは多少は緩められたのか、噛みつきそうだった勢いは収まり、ぶすっと、年相応にすねているような表情を浮かべている。
「あの……これ、ありがとうございます。おいしいです。あたしはミラ。こっちは兄の……」
「リドだよ。自分の名前くらい自分で言えるっての」
「ご、ごめんね」
ミラちゃんが言わなかったら名乗らなかっただろうに、リドくんはぶっきらぼうに言う。
「あたしたち……先生を、助けにいこうと……」
「先生?」
「はい。あたしたちの村で……勉強を教えてくれたり、村の人たちにも、お仕事のこととか、色々教えてくれる人で……あたしたちは先生って呼んでたんですけど、きっと、街の偉い人とか、そういうのかもしれません」
半年ほど前に、ミラちゃんたちの村にふらり、とやってきたらしい身なりの立派な青年は偉ぶった所がなく、少し村にお世話になるお礼にと、風車の改造や害獣対策など色々知恵を授けてくれたそうだ。
なんでも子供好きで、ミラちゃんやリドくんのような村の子供におとぎ話や、村の外の世界の話を聞かせてくれて、それを教材にしながら文字も教えてくれたそう。
「なんて善人……」
いくら衣食住をお世話になるからと言って、のんびり田舎で過ごすわけではなく精力的に活動されているとか……聖人かもしれない、その先生。
と、二人の話を聞いただけの私でさえそのように思うもので、村でも大変慕われたらしい。
「ふふん、そうだろう? 先生はすごいんだ。なんたって、最初の頃は、村の大人の中には先生をよそ者だって嫌うやつもいたんだけどさ。村に盗みに入った山の連中が、ユリねーちゃん、あ、村長の娘ね。ユリねーちゃんを連れてこうとしたのを見つけて、どうしたと思う?」
「えー……そうね、大声を上げて、他の人を呼んで、娘さんは救われた?」
「そんなの誰だってできるだろ? 先生は側に落ちてた農具の柄だけで、盗賊を倒して追い払ったんだぜ!」
「まさかそんな! 知識だけある線の細い人のイメージだったのに……武勇まであるの?」
てっきり街で人間関係に疲れ切って田舎に癒やしを求めに来た学者さんとかそういうのをイメージしていた私は、予想外の武勇に驚いた。
「ふふん、どうだ! 先生はすごいだろう!」
私が大げさに驚いたのにリドくんは大満足のようだった。まるで自分のことのように自慢げに語り、しかし、ふと顔を曇らせた。
「……そうだよ。先生は、本当は強いんだ。俺が……馬鹿なこと、しなきゃ……」
「……お兄ちゃん……」
おや、どうやら本題に入ってくれるらしい。
「……暫くうまく行ってたんだ。時々、山の連中はちょっかいをかけてきても、先生が追っ払ってくれて。皆先生に感謝してて、皆で空き家を修理して、先生に住んで貰おうって、俺たち子供も協力して……」
村長の娘ユリさんとも良い感じになってきたらしく、厳しい村長さんも「まぁ、彼なら」と二人が結婚する可能性を受け入れてくれていたらしい。
「……お山の人たち、ユリおねえちゃんを連れていこうって何度も来たの。おとといも、そうで……でも、いつもみたいに先生が追い払ってくれるはずだったんだけど……」
先生に憧れるリドくんが、いつも先生が簡単に彼らを倒すのだから、連中なんか大したことない、自分だって倒せると勘違いして挑みかかり、人質になってしまった、とそういう話。
当然、村の子供を大切にしている先生とやらは手も足も出ず、殴られ蹴られ、されるがままになって、普段の仕返しというのか、こんな程度では気が収まらないと、彼らのアジトに連れて行かれたらしい。
リドくんは自分の所為だから先生を助けるんだ、と息巻いているのだけれど……。
「……村の大人は?」
聞いた話、村の人たちにとっても先生は大切な存在だろう。
村長の娘さんなんか惚れてそうだし、村長も娘の婿にと見込んだ青年を見捨てるわけがないと思うのだけれど。
「……」
「それは……」
私の質問に二人は泣き出しそうな顔になる。
「皆、皆、勝手だ……! あんなに、先生のこと、頼っておきながら……!」
「……お、大人の人たちは……諦めろって、もう、忘れろって、言うの……あたしたち、何度も、皆でお願いしたんだけど……誰も、助けてくれなくって……」
……なぜだろう?
「村の人間が誘拐された、というのなら、領主に相談するという方法を村の長が知らないとは思えないけど」
黙って話を聞いていたお兄さまが口を挟む。
そもそもなぜ村人は、毎回その”先生”に守られてきたのかとお兄さまは指摘する。何度も度々襲われるというのなら、それこそ早急に領主に山の盗賊たちの討伐を依頼すべきだった、と。
「そ、そんなこと……俺に言われても、だ、だって、わざわざ……偉いやつらに、頭なんか下げにいかなくっても……領主さまだって、守ってくれるかわかんねぇし……」
「いや、善意を期待する必要はなく、領地の治安維持は義務だからね? そのために税を支払っているんだから、君たちには守られる権利があるんだけど」
「ぎ、む? け、けんり……?」
「お兄さま、子供にそういう話はちょっと……」
「そう? 私は彼くらいの年齢の頃はもうそういう話は理解していたんだけど」
貴族の嫡男として教育を受けてきたお兄さまと、のびのびと村で育ったリドくんでは比べるものではないと思います。
難しい話に混乱しているリドくんの頭を抱き寄せてヨシヨシ、としてみると、多感な時期らしいリドくんは顔を真っ赤にさせて「や、やめろよブス!」と、全くもってお年頃の少年らしい発言をされた。
と、まぁ、それはそれとして。
とにもかくにも、《先生が盗賊達に拐われた》《村の大人たちは助けようとしてくれない》ので、リドくんが助けに行こうと村を飛び出して、兄を止めようとミラちゃんがずっとついてきてしまった、という状況。
「村の人たち……子供が二人飛び出したのに、止めないどころか、連れ戻しにもこないって……」
「不思議だね。どうでもいいのかな?」
「お兄さま、しっ!」
いや、そもそも二人の両親はどうしたんだろうかと聞いてみると、二人が赤ん坊の頃に村が盗賊たちに襲われて殺されたらしい。
けれど子供は村の宝だと、村の人たちが二人を育ててくれたらしく……
……なのに、連れ戻しにこないって、おかしいのでは?




