番外:兄妹1
「青い空! 白い雲……! 広がる……大自然!! 労働のない生活!!」
うわぁい、と、私は全力ではしゃぎ倒すことを誓い、草原の上をお兄さまが作ってくださった木馬を走らせた。
「あまり遠くへ行かないように。追いつけなくなることはないけど、心配だからね」
追いかけてくるのは私と違い、ちゃんと本物の馬に乗ったお兄さま。いつもの貴族そのものの衣裳でなくて旅のちょっといい所の産まれの兄妹という格好をした私たちは、息抜きに王都を離れピクニックに来ていた。
なんの息抜きか?
それは……。
「久しぶりの自分の身体! 脱コルセット! ありがとう娑婆ー!!」
「まるで監獄から脱出したみたいな喜びようだね」
「似たようなものでしたから……!」
私の奇行にも朗らかに微笑まれ見守って下さる優しいお兄さま、ハヴェル・ヘルツィーカ公子。
アレシュ・ウルラ陛下に連れられて異世界に舞い戻った私、木間みどりは「新王アレシュ・ウルラの正妃となるライラ・ヘルツィーカ公爵令嬢」のふりをするというお仕事を頂いた。
私の日本人の身体は普段はお兄さまが魔法の棺に大切に保管してくださっていて、私は指輪に魂をうつし、それをライラ・ヘルツィーカの身体に嵌めると、アラ不思議、私はライラ・ヘルツィーカとして動ける、という仕様である。
そうして始まったのは、お妃教育。レッスン。拷問。呼び方は何でもいいのだけれど、容赦ない……地獄の日々が始まった。
ライラ・ヘルツィーカは元々王太子妃としての教育を受けていて、それを完璧に優秀な成績でクリアしてきた才女である。それを、何の予備知識もない私が……代役を務めるのは、どう頑張っても無理なこと。
なので、ハヴェルお兄さまとアレシュ・ウルラ陛下により……優秀で口の堅い(バラしたら四肢がその場で破裂するお兄さまの魔法をかけられた)教師たちが集められ、贅沢にも国最高基準の教育を……私は受ける事ができている。
「君がそんなに苦痛なら、やめてしまってもいいんだよ。私は君がアレシュを助けたいっていうから、手伝っているだけだしね」
「いえ、それは。一度引き受けた身ですので、やれるところまではやってみようとは思います。――のでお兄さま、その、さくっと取り出した魔導書を仕舞って頂けませんか」
「そう?」
私が木馬の上から待ったをかけると、お兄さまは『国家の呪い方全集~これがあれば今日からあなたも支配者に!』と書かれた本を渋々鞄の中に仕舞った。
誰が書いたんだろう、そんな物騒な本。よく国の検閲通ったな……。
「ちくしょうあいつら……! ぶっ殺してやる!!」
「お兄ちゃん! もう止めてったら!! 止めてよぉ!!」
暫くお兄さまと仲良く馬を走らせていると、山のふもとで何やら言い争う少年少女を発見した。
「あら、なんでしょう。物騒な……物言いですけど」
「お兄ちゃんという響きもいいね。ねぇ、ちょっと」
「言いませんよお兄さま。ただでさえ、こっちの身体でお兄さまをお兄さま、と呼ぶのに抵抗あるんですから」
「……そう」
少年少女の方に注目したい私と異なり、お兄さまは二人の存在などどうでもいいご様子。私がお兄ちゃん呼びを断ったのでがっかりされている。
「近くの村の子供だろうね」
見た感じ、まだ十代前半だろう幼さ。近くの、とお兄さまは言うけれど、遠目に村は見えないし、距離は中々離れているんじゃないだろうか。
「ねぇ、あなた達。こんなところに子供がいたら危ないわよ」
「わぁっ、な、なんだよお前! なんなんだよ!」
「あの……すいません、兄が、すいません……! やめてよお兄ちゃん!」
私は一応成人している大人であるので、声をかけると茶色い髪の、兄だろう少年に睨まれた。よそ者、知らない人間に対しての警戒心にしては、少々殺気立っている。同じ茶色い髪の妹さんの方は今にも泣き出しそうな顔をしながら必死に兄をなだめようとしているのが、なんとも健気だ。
二人はやはり近くの村の子供らしかった。近くとは言うけれど、距離にしてみれば五キロ以上は離れているようで、飲まず食わずのままここまで歩いてきた二人は軽く脱水症状を起こしている様子だった。
「とにかく、ほら、えっと。私はコマ・ミドリ。丁度そろそろお昼にしようと思っていたし……あなた達も一緒にどうぞ」
私は魔法の木馬を樹の下に連れて行き、兄妹に声をかけた。
「……」
「お、お兄ちゃん……」
「知らない奴に誰がホイホイ付いていくかよ。ぶん殴るぞ、あっち行けよ!」
「そんなことをしようとする前に、私が君をこの樹から吊るしてあげよう。人の親切は素直に受け取る物だよ、少年。私だって知らない人間をピクニックに招きたくなどないけどね、不審者扱いされたいか、ピクニックのお客様扱いされたいか、選ばせてあげるよ」
警戒心MAXは仕方ないのだけど、お兄さまはにこにこと容赦ない。
背の高い、見るからに村人ではなくてどこぞのお金持ちの青年に見下ろされ、威勢の良かった少年が血の気のひいたように真っ青になった。
意訳すると、今の台詞は死ぬか服従するか選べ、というようなもの。子どもにもわかったのだろう。
二人はしぶしぶと、私の広げたピクニック用の布に座った。