私が、挑戦者です
「来い、とは言うたが、そのナリで来るとは思わなんだ。正気か?」
玉座に座った第一王子、今は、新王と呼ぶべきなのか?アレシュ閣下は凍り付いた謁見の間にて、からかうように笑った。
傍らには灰の髪の老人、前国王陛下がいる。
「父上……!ご無事で……!」
一見して、前国王陛下にお怪我はなさそうだった。顔色も悪くない。渋い顔はしているが、クーデターを起こし、起こされた張本人二人は、意外な程自然に一緒にいるようだった。
王宮のあちこちに、戦った跡は見られたものの流血兵がその辺に横たわっていたり、城が焼かれていたりとかそういうことはなかった。
本当にクーデターが起きたのか、と宮殿にやってきた私とマレク殿下はここへ案内されながら不審に思ったほどだ。
だが、やはり、玉座にアレシュ閣下が座っているので、何かあった、それだけは確かだ。
「急なことでしたので、学園長がお亡くなりになったことはもうお聞きになられましたか」
「そのようであるな。貴様が殺したような状況であるが詳細は不明、との報告を受けておる」
散々私が喚き散らした成果か、確定はされていない様子だ。
血まみれの、従者の恰好をしたままの私は謁見の間に相応しくない、とのことでアレシュ閣下はすぐに私の恰好をあらためさせた。
私は城使えの侍女たちにより体を丁寧に洗われ、公爵令嬢に相応しいとされる装いになる。
それにしても準備がいい。私のサイズにぴったり合うドレスが偶々宮殿にあった、わけがないので用意されていたのだろう。牢の中で私が酷い恰好をしていたままだから、次に着せるつもりで揃えていたのかもしれない。
再度謁見の前に行くと、扉を騎士が開く前にマレク殿下の怒鳴り声が聞こえた。
「そんな、そんな馬鹿なことが許されるものか!!王位を継ぐのはこの俺だ!兄上ではない!!!」
父と息子二人だけで、何か話し合っているのだろう。というか、ここに再度私が来る必要があるのか?
私は一歩下がって、扉の前の騎士に問う。
「貴方はどなたに仕えていらっしゃるの?」
「国王陛下です。公爵令嬢」
無視されるかと思ったが、騎士は答えてくれた。
「それはアレシュ閣下?」
「はい」
「本当に、武力行使による政変があったのですか?それにしては、あまりにも……いえ、確かに、宮殿に人が少ない、何かあったのはわかります。でも、あまりにも……」
「平和に見える?」
ふっと、視界が暗くなった。
私の背後に誰か立って、私の肩に手を乗せている。
「やぁ、可愛い妹よ。そうしていると、すっかり公爵令嬢だね」
「あら、お兄さま。今更なんです?というか、雰囲気が変わりました?」
突然現れたお兄さまはにっこりと微笑み、軽く手を振った。
最初にお屋敷で見た時は、感情の読みづらい淡々とした印象だったけれど、今は温和な付き合い易い人のように感じる。
「思ったより、色んなことが簡単だったんだな、と思ってね」
「色んなこと、と言いますと?」
「私は本当はこんな国なんかどうでもよかった、って気付いてしまうことだよ」
なんか知らないが色々吹っ切れたということか。
いや、国は大事じゃないか?
突っ込みたい気持ちはあったが、晴れやかな顔をしているイケメンが目の前でニコニコしているので、まぁ、いいだろうか、と黙ってしまう。
「それじゃあ、行こうか」
くいっと、お兄さまは腕を差し出してくる。
「あら、お兄さまがエスコートしてくださるんですか」
「実はね、こういうのに憧れていたんだ」
こういうの、というのは、婚約者に裏切られた憐れな令嬢が、全ての申し開きをするために一人夜会、あるいは王の間に挑む際に隣に立つただ一人の味方、とかそういうのだろうか。
「私にとっては、お兄さまは御伽噺の魔法使いポジションですけど」
「ガラスの靴を履く女の子の話だね?」
「御存知ですか」
「あちらの世界のことはある程度伝わってるからね」
そういえばそうだった。
シンデレラの魔法使いのおばあさんは、善良なるフェアリーゴッドマザーだった。でも、よくよく考えてみればいきなり現れた自称魔法使いが何の見返りもなしにあれやこれやと馬車やらドレスやらを仕立ててくれて、さぁ舞踏会に行ってらっしゃい、でも12時には戻ってね、魔法がとけちゃうからね、とそう囁くのは怪しさ抜群である。
「私はそんなに信頼できる存在に思えたのかい」
「どうしてライラ・ヘルツィーカは自殺した、なんて言ったんですか?」
信頼できるかできないか、といえば、私は別にお兄さまを自分の味方だとは考えていない。お兄さまはライラ・ヘルツィーカの名誉のために私という凶器を作った。しかし、私にいくつか嘘を吹き込んでいる。その意図がここでわかるのなら教えて貰おうと問うた。
「【ライラ・ヘルツィーカは殺された】んですよね?」
「【ライラ・ヘルツィーカの死は自殺】だよ」
お兄さまは答える。はっきりと、それが事実だと確定している目で答える。
私はじっと、その顔を見つめてその真意を探った。ゆっくりと三十秒数えるくらいの間が空いて、私はゆっくりと息を吐く。
「わかりました【そういうこと】ですね」
このタイミングでお兄さまが出てきたことと合わせて、私は色々と合点が行った。
お兄さまが騎士に命じて扉を開けさせる。最初に感じるのは冷気だ。凍り付いた謁見の間は相変わらず。私がぶるりと身を震わせると、お兄さまがポンと肩を叩いてくれて、そしてもう寒さは感じなかった。
「ッ、ライラ!!戻って来たか!」
大声を出していたマレク殿下は私の姿を見ると、ツカツカと大股で近づいてくる。何か怒鳴りちらそうと向けた顔は、隣にいるお兄さまを見てぐっと押し留まったのか悔し気に歪められた。
「予定より少し早いが、先に告げた通り。ライラ・ヘルツィーカ。其方は前国王、我らが父上に其方が知り得た此度の一件について、語るが良い」
牢の中で話したことか。
私にとって一番都合のいい話をするように、とアレシュ閣下は言った。その意味が今ならわかる。
「!兄上!いい加減にしてください!先程から言っていますが、なぜライラの発言が全て事実となるのです!!」
「最も信頼のできる発言であるからだ」
ぴしゃり、とアレシュ閣下は弟の抗議を一蹴する。
「とは言いましても、どこからどう話せばよいのか」
「なるほど、そうであるな。では父上、質問を。父上もわからぬ事はまだ多くあるでしょう」
玉座を息子に奪われた前国王陛下はちらり、と私を見る。
武力の高さで知られた偉大なる国王陛下。クーデターをあっさり許して王位を譲った、という人には見えない。わからないことは私だってまだ多くあるのに、こちらに質問はさせてくれなさそうだ。
「我が第二王子はどこまで関わっている」
前国王陛下の質問は分かり辛い。
しかし、これはどこまで私が把握しているのかを探っているようにも見える。
なぜだか、どういうわけだか知らないが、私はアレシュ閣下により審判者にさせられているらしい。
私の発言が最も重要に扱われる。
つまり、私が第二王子の今後の処遇を決める、ということでもあるのだ。
「学園に、ジュリア嬢という元平民の少女がやってきました。そして、その自由な、貴族の娘とはタイプの違う少女に第二王子、マレク殿下は心惹かれ、彼女を傍に置かれるようになりました。蔑ろにされた婚約者、ライラ・ヘルツィーカはマレク殿下の心離れを恐れ、ジュリア嬢を害し追い払おうとしましたが、上手く行かず。彼女は学園の鍵を盗み出し、隣国の王子にそれを渡そうとした。その目的は不明ですが、運良くジュリア嬢がそれを未然に防ぎ、それほど大騒ぎにはならずに済みました。けれどライラ・ヘルツィーカはジュリア嬢を一層憎み、彼女に対する嫌がらせはエスカレートして、ついに王太子妃の資格はない、とマレク殿下に婚約解消を言い渡されました。ライラ・ヘルツィーカは目撃者であるジュリア嬢の故郷を焼き、さらには殿下を攫い亡き者にしようとしましたがアレシュ閣下に捕えられ、それも未遂に終わります。しかし、再び殿下を攫い、ジュリア嬢の祖父である学園長を殺害しました。全ては嫉妬に狂ったライラ・ヘルツィーカの凶行でございます」
私は一息に、以上の説明をする。
前国王もそれを黙って聞いているが、うん、うん、と頷いている。そういう話を聞きたかったのだろう。
これならば、王太子は身分の低い女にうつつを抜かしたものの、それほど悪い事はしていない。
しかし、私はここでぐっと、腹に力を込め、さらに続けた。
「と、以上のシナリオがマレク殿下の用意したものでございます。そもそも、マレク殿下はジュリア嬢に惹かれてなどいませんし、ライラ・ヘルツィーカはジュリア嬢を嫌って追い出そうとしたわけではありません」
先程の説明は、確かに《それっぽいよく在る話》で、そのまま信じ込むのが容易い。だが、ここに思い込みによって前後した情報が一つあった。
「ライラ・ヘルツィーカがジュリア嬢に関わり始めたのは、鍵の件が起きてから、つまり一月前からではありませんか?」
王太子に近づいた女を疎む。確かに、乙女ゲームの悪役令嬢ならそういう単純な展開もあるだろう。
しかし、ライラ・ヘルツィーカは賢明な転生者だ。自ら関わり問題を起こした可能性もないわけではないが、その可能性は低いと判断する。
「一月前からだとしても、隣国の王子と関与していることをジュリア嬢に目撃され、口封じをしようと狙っていたのでは?」
前国王陛下はその前後を問題視はしない。いや、私が答えられないのなら、そのままにしてしまおうというつもりだ。
「いいえ、違います。偉大なる過去の国王陛下。【鍵を盗み出したのは学園長です】ジュリア嬢は祖父より鍵を受け取り、【彼女が隣国の王子へ渡そうとしたのを、鍵の管理者であるライラ・ヘルツィーカは感じ取り、阻止した】のです」
「なるほど、王太子妃の座を狙い、その平民の小娘がその方、公爵令嬢を陥れた、ということか。よもや、先の村の火災はその小娘の自作自演であったのか?」
答えを誘導しようとしてくる。
これが前国王陛下、マレク殿下を王太子にした王族の望む次の答えだ。
ここでそう頷いてしまえば、一つの決着もつく。
全ての犯人はジュリア嬢。
平民娘が、身分に合わない望みを抱いた。野心を抱いた。王太子をたぶらかし、傍に近づき、邪魔となる公爵令嬢を排除するために大事件を起こした。
自分を知る者、隣国の王子との密会を見ていただろう村人たちを全て焼き、悲劇のヒロインとして泣き崩れ、あとは全て公爵令嬢に罪を押し付ければいいと、そんな浅はかな考えだった、と。
そう答えろ、と老人の強い目が私に強制してくる。
その威圧。これまで黒いものも白としてきた、支配者の強制力があった。
押し潰されそうになる。
私は玉座のアレシュ閣下を見る。青い瞳のサディストは面白そうにこちらを見下ろしているが、何か助けようとしてくれる様子はない。
お兄さまも、私の隣にいて微笑んでいるだけで、助けてはくれないだろう。
いや、それでいい、それで当然だ。
アレシュ閣下には閣下の望みの未来がある。お兄様にしてもそうだ。だけれど、二人はこの状況で、私の言葉だけが【重要】だと、そう黙認している。二人は私を助けない。けれど、だから私はライラ・ヘルツィーカの名誉を守るというその目的のためだけに発言できる。
「【いいえ、違います。ジュリア嬢はマレク殿下に頼まれただけ】【学園長は憐れな生まれの孫の未来のために殿下に協力しただけ】」
マレク殿下はジュリア嬢に恋をしてなどいなかった。
ただ、都合の良い少女だっただけ。
表向きは王太子が身分を忘れて平民娘に恋をして、と、そう私が先ほど語った筋書き通り。アレシュ閣下が牢の中で、ジュリア嬢を疑っていた発言をしていたから、最初はアレシュ閣下も、マレク殿下の企てであるとは思っていなかったのかもしれない。
マレク殿下はジュリア嬢を唆し、何か甘い夢を見せた。ライラ・ヘルツィーカは深く関わろうとしなかったが、門の鍵の事件で、ジュリア嬢がマレク殿下に利用されていることを知り、彼女を殿下から引き離そうとした。
それが、虐めやら何やら、と噂の原因になったのではないか。
「お兄さま、隣国とはどのような国ですの?」
「うん?そうだね、隣国は、魔術文化こそ我が国に劣るけれど……金山を多く所持し、海にも面し豊かな国だ。そこの姫君が確か、マレク殿下の一つ下で、写真で見た殿下をいたく気に入ったという話を聞くよ」
こういう質問には答えてくれるのか。
私は頷いて、前国王陛下に問いかける。
「わたくし、ライラ・ヘルツィーカとマレク殿下の婚約は解消されておりますが……その場合、王太子殿下の次の婚約者はどなたになる予定だったのでしょう?」
「……」
前国王陛下は答えない。
無言、というのも選択肢の一つだ。
しかし、ここでアレシュ閣下が口を開いた。
「隣国の姫だな。先の門の鍵の件で、隣国とはわだかまりがある。ゆえに、例えば其方か、あるいはその平民娘を処刑し女の嫉妬ゆえのつまらぬ事件だった、と公表し、隣国とのわだかまりを解消した証拠として姫を迎える、くらいの必要はあろう。私の妃候補でもある」
まじかよ。
アレシュ閣下に嫁がなきゃいけないとか、気の毒だな隣国の姫。
「【全ては、隣国を後ろ盾にして自分の王位継承を確実なものとしようとしたマレク殿下の企て】です」
宣言した途端、マレク殿下が剣を抜いた。
「その発言は、俺の名誉を侮辱しているぞ!!ライラ・ヘルツィーカ」
この場で認めれば、それが確定となる。つまり、王太子殿下は処罰される。
それは、この場に来ればそうなることはわかっていたことだ。
しかし私は殿下に嘘をついた。一緒にここへ来る、それはマレク殿下にとってチャンスだと、そう唆した。
何もチャンスなどありはしない。
そもそもアレシュ閣下がクーデターを起こした。そう聞いたのなら、マレク殿下はとっとと逃げるべきだった。あるいは私を殺しておくべきだったのに、何を考えたのか、マレク殿下は私とここまで来た。私が殿下に敵意がない、と言うような態度をしたから、そう信じたのだろうか。
マレク殿下なりの狙いがあったのだろう。まぁ、そんな事は今はどうでもいい。
私の狙いはこれだったからね!
「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ!マレク殿下!」
私はお兄さまに剣を借りる。
魔術師であるお兄さまでも帯刀はしていて、その剣は重さといい長さといい、私にしっくりと馴染んだ。
「そもそもライラ・ヘルツィーカの名誉を傷つけたのはマレク殿下です。わたくしの未来を奪い、わたくしの名誉に泥を塗った。わたくしの語った言葉を事実とすれば、ライラ・ヘルツィーカこそ国のために尽力した正しい貴族ですわ!」
クーデターが起きた。
アレシュ閣下が王になった。
と、なれば正義というものがこれまでとは違う定義で作られる可能性がある。
今はそういう、とても微妙な時になって、マレク殿下の王太子としての権力も何もかも意味がなくなる。
私がここまでマレク殿下を連れてきた理由はただ一つ。
この場でマレク殿下と名誉をかけて決闘することだ。
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次で最後です。