私が、共犯者です
武力行為による政変、王位簒奪、つまりはクーデターなんてものはあまりにも乱暴だ。
あの冷静冷酷な第一王子、アレシュ将軍閣下がなぜそんなことを?と、思うのは私だけではないようで、騎士団の面々は混乱し切っていた。
それに、クーデターを起こした張本人より「第二王子と、共にいる公爵令嬢を連れて来い」との命が伝令より下され、正統なる王太子殿下をお守りし逃げるべきか、それとも新王を認めるべきかと、判断が付きかねている。
これが本来、どこぞの外敵による侵略や、民衆の革命などであったのなら、騎士たちは王家を守る、王族であり王位継承者のマレク殿下をお守りするぞ!と即座に団結したかもしれない。しかし、血まみれの学園長室にて、取り乱した興奮状態の……疑惑の第二王子と、これまで国に尽くしてきて騎士達の常の人望も厚い評判の第一王子では、もしやこの政変は正当性のあるものなのではないか、とそう、このタイミングだからこそ、学園駐在騎士たちは迷った。
「アレシュが、兄上が謀反を起こしたというのか……?バカな……!そんなことは有り得るはずがない!」
「し、しかし、殿下……」
「有り得るものか!そんなことは絶対にできるわけがない!」
伝令の言う事を信じようとせず、マレク殿下は頭を振る。
兄を信じている、というにはその口調に、肉親の情を裏切られたことへのショックは見られない。
自分と血のつながった兄が、クーデターを起こすわけがない、という信頼より、そんなものよりもっとはっきりとした、現実的な確信、あるいは何か、アレシュ閣下が行動できないようにあらかじめ手を打っていた、と言わんばかりの態度だ。
「お、おそれながら……王太子殿下に、兄君……新王より、御伝言を賜っております」
「伝言……?」
「っは、そ、その……『貴様らが人質にしていた我が母は希代の魔術師の保護を受けておる。大人しくその首を我が前に差し出せ』……と」
「って、人質にしてたんかい」
私は思わず突っ込みを入れてしまう。
なるほど。身分が高くはなかったアレシュ閣下のお母上は、これまでマレク殿下、あるいはその母、王妃様に命を握られていたのだろう。それで、本来であればご長男にして、有能なアレシュ第一王子が、王子という身でありながら戦場を褥にする将軍職に就いているわけか。後宮問題とかでよくある話、ではある。
「なるほど、わかりました。それでは、マレク殿下、参りましょうか」
「この状況で、貴様は何を言っている……」
がっくりと膝をつくマレク殿下の肩をそっと叩き、私は微笑みかけた。
「ですから、馬車の中で申し上げたじゃありませんか。わたくし、もうすっかり何もかもわかってしまいましたのよ、って」
「……門の鍵を盗んだ犯人が学園長である、ということをだろう?」
「そんなものは何もかもの一欠片にすぎません。殿下が何をなさろうとしていたのか、というのも合わせたって半分くらいですわ」
王太子殿下が本性を現して何もかも解決、というわけではない。
今のところ判明しているのは、【鍵を盗んだのは学園長】【学園長はそれをジュリア嬢に託した】というだけ。
《なぜ学園長は鍵を盗まねばならなかったのか》
《どうしてジュリア嬢に渡したのか》
と、その新たな謎が出てきてしまっているが、これについてはもう私の中で答えは見えている。
「俺を疑っていたとでもいうのか?この部屋に来るまですっかり俺に騙されていただろう」
「いえ、馬車の中で思い出したんですの。村へ向かう途中の馬車の中で、あの御者は【行き先の村の上空から煙が上がっています】と、そうはっきりと発言されました」
国境沿いの村の場所を正確に知っていた、ということが私には引っかかった。王都にいる、貴族がおしのびで使うような馬車、その御者。しかも、王族であり王太子であるマレク殿下が私用に使う御者が、国境沿いの村まで行った事があるものか?
ジュリア嬢に懸想している殿下が、何度も村に帰る彼女のために使っていた?いや、それなら、なぜ今回はジュリア嬢は使わなかったのか。
「いいえ、今回もジュリア嬢は殿下の用意してくださった馬車を使っていたんです。馬は当然変えているのでしょうが、つまり、往復したんですのよね。あの御者の方はジュリア嬢をどこか……彼女が走って王宮まで行ける、適度に疲労するようなところで降ろして王都へ戻っていた。だから場所をよく知っているし、遠くからでも、村の上空から煙が上がっていると判断できた」
ただ煙が見えただけなら、何か炭焼きや他のことで上がっているとのんびり構えることもあるだろうが、御者の声は切迫していた。
あれは、村が燃えていることを知っていたからこその、大げさな演技だ。
「なので、鍵に関しての首謀者は殿下だと確信しました」
だが、学園長を殺すようなことをするとは想像していなかった。
精々、私を口封じに殺そうとしてくるだろう、それなら返り討ちにして人を呼ぶ、という程度のことしか私は考えていなかった。
「……この後、王宮へ行ってどうするつもりだ。俺を兄上に差し出し、王妃の座を懇願でもするか」
「わたくしの目的はただ一つ、ライラ・ヘルツィーカの名誉を守ることです。殿下にしてもこれはチャンスではありませんか?」
「兄上を、逆賊を打ち取り父上の仇を取れば、俺は正真正銘、王になれる、ということか」
「えぇ、そうです。態々門の鍵を他国に流し、取引をして後ろ盾になって貰う必要もありませんわ」
微笑んで言えば、マレク殿下の表情が凍り付いた。
「……記憶が戻ったのか?ライラ」
「いいえ、ただの推理です」
マレク殿下はじっと私の顔を見ている。
「そこまでわかっているのなら、なぜこのまま俺を破滅させない?兄上が王になる。俺が逆賊として兄に処刑されればそれで終わりだろう」
確かにそうだ。
物語なら、これでいい終わりだろう。
ライラ・ヘルツィーカに汚名を着せた張本人であるマレク殿下が何もかもの張本人!悪党!悪人!小賢しいやつめ!と、袋叩きにあって、ついでに共犯のジュリア嬢も仲良く処刑にされれば、ざまぁ完了!
けれども違う。そうではない。そんなだけでは終われない。
私は今は浮かび上がっていないライラ・ヘルツィーカの絞殺の跡をそっと指で撫で、元婚約者である青年に問いかけた。
「【ライラ・ヘルツィーカを殺したのは、マレク殿下ではない】ですね?」
一つ、確定した事実。
私がしかと確信を持ったこと。
問えば、王太子は不思議そうな顔をして、しかし、はっきりと答えた。
「【俺はライラを殺していない】」
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毎日更新できなくてすいません。
ソシャゲのイベントがちょっと……。古戦場から逃げるわけにはいかないので……。