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私が、凶器ですか

細かい事考えないで読んでください。



「その体の持ち主である我が妹は、昨晩首を吊った」


豪華絢爛な調度品に囲まれた部屋の中。

金髪の、どの角度から見ても美貌の青年は、その整いすぎて人間味を失った顔を僅かに歪めて、重々しく説明をしてくれた。


私は柔らかな天蓋付きのベッドの中にいて、上半身だけ起こしその話を聞いているわけだけれど、成程、全くわからない。


異世界に行ける方法―――と、いうのを皆さんはどれだけご存じだろうか?


有名なところだとエレベーターの回数操作。


十階以上あるもので行うもので、必ず単身で乗る。

四階、二階、六階、二階、十階と順に移動する。この時に誰か乗ってきてしまったら失敗。

十階に着いたら、降りずに五階を押す。

そうすると、その五階で若い女性が乗ってくる。その女性には話しかけてはならず、女性が乗って来たのを確認して、その後は一階を押す。


そうすると、エレベーターは一階には進まず、十階へ移動する。


その先については諸説ある。

ついた十階が異世界に繋がっている、とか、既にそのエレベーター、箱の中が異世界になっており、次に開く扉がどこであれそこは異世界だ、というもの。または乗ってきた女性が異世界へ案内してくれる、などなど。


「あの、私はただ『飽きた』という紙を描いて寝ただけなんですけど」

「異世界の君の所でどう伝わっているか知らないが、君の行ったものは立派な魔術儀式で、この世界に魂を転移させる契約魔術だ」


何言ってんだこいつ。


と、思わなくもないが、いや、よく思い出してみよう。


私は日本の某所で働く会社員。

結婚相談所の事務職。主な仕事はご利用者の個人情報をお預かりしスキャンして本社に送ることや、お茶出しに書類整理など。


うん、とっても平和な人生だ。


平凡で凡庸で、とても、とても、なんだか、なんだろうか。不満はない。職場の人間関係は良くも悪くもない。

給料は女一人で暮らしていけるギリギリだったが、贅沢さえしなければ何とかなった。

健康で、特に趣味らしい趣味は……本を読んだり、ネット小説や動画を見たり、そういうどこにでもいる社会人だった。


ただ、少しだけ、いや、退屈だった。


ずっとこんな感じなのだろうと。


物語を見て、読んで、ドキドキしながらも、自分の現実を振り返ればこんなものかと、思いながら、ただ生きていた。


毎朝起きて仕事をして、給料をもらってその中からやりくりして、納税して、歳を取っていくだけの人生だと、わかっていた。


それで、インターネットで『異世界へ行く方法』を見て、一番簡単なものを選んで、ちょっとした……本気で信じてはいなかった。


でも、ドキドキしながら目を閉じて、異世界に行ったらどんなに楽しいだろう、ネット小説で良くあるような素敵な王子様と出会って、恋をしたり冒険をしたり、と、あれこれ考えるのが楽しかった。


方法は簡単。


四角い紙に六芒星を描いて、真ん中にただ一言『飽きた』と書く。


それを持って寝ればいいと、ただそれだけ。


「……目が覚めたら異世界。銀髪緩いウェーブのかかった髪の美少女になってて、目の前にはお兄さま」

「死んだ妹の体を使い、私が魔術儀式を行った。異世界で、その世界を出ても良いと考えている者の魂をこちらに呼び寄せる、というものだ」


状況が飲み込めない私に、お兄さまは辛抱強く何度も、かみ砕いて説明をしてくださる。


つまり、飽きたという言葉は意思表示。それを目印、あるいはそれ自体が効力を持って、異世界の住人が行う儀式魔術の対象になる、ということなのだろうか。


異世界転生ってこう、トラックに跳ねられたり過労死したり、そういうアクシデントがあってのこう、奇跡的なものかと思っていたけれど、良いのか、そんなお手軽で。


「本来は交換魔術だ。こちらの世界で何か不都合があった、または罪を犯した者の処罰として、生きた者の魂を交換させる。君の世界では『人が変わったようだ』という言葉があるそうだな」

「あれってマジで入れ替わってたんですか。っていうか、異世界に来た入れ替わった人は、犯罪者の体でちゃんと生きていけるんですか?」

「いや、幽閉される」

「なんでだよ!」


その人何も悪くないよね!

思わず突っ込んだ私に、お兄さまは不思議そうに首を傾げた。


「己の世界で生きたくないと逃避願望があるような者だぞ?望み通り異世界に来させてやったのだから、それで十分だろう。あぁ、無論、衣食住は保証されている。異世界の知識をこちらに提供して貰う、という仕事も与える。異世界人のもたらす知識や独自の文化、科学はこちらの世界に有益なものが多い」


成程、よくある現世知識でチートして無双!みたいなものを……個人の人生だけで使うのではなく、国家規模で……何してんだこの国。


「つまり、私はこの場合、どうなるんですか」


死体を使っての魔術儀式。

それが正規のものでないことは、今の話からもわかる。


私が問えばお兄さまは「やっとその話ができる」と頷いて、手鏡を一つ、寄越してきた。

顔を見ろと言う事だろう。

この鏡は最初、目覚めたときにお兄さまが自分で持って私に見せてくれたものだ。


もう一度見ると、やはり鏡の中には銀髪に青い瞳の、やや目つきのキツイ……美人だが我が儘で気の強そうな印象を受ける年頃のお嬢さんが写っていた。


「彼女……いや、君の名はライラ・ヘルツィーカ。私、ハヴェル・ヘルツィーカの腹違いの妹で、先週まで王太子の婚約者だった公爵令嬢だ」


先週まで?


「……もしかして、王太子に新しい恋人っていうか、こう、身分差のあるお相手が出来て、公爵令嬢はそのお相手様を虐めたりなんだりした悪の令嬢として断罪された挙句、婚約解消されたんですか」

「よく分かったな」


よくあるパターンですからね!!


え、なにここ乙女ゲームの世界? いや、実際の乙女ゲームに悪役令嬢なんていないのだけれど、昨今そういう風潮になっていて、よくネット小説でもそういうネタが好まれたものだ。私も好きだった!


「だが、先に言っておくが妹は無実だ。大人しく、虫一匹殺せない臆病な子だった」

「え、この顔で?」

「……誤解を受けやすい子ではあった」


どう見ても、悪人面の気の強そうな子だ。

ただの「身内のひいき目」あるいは「兄の前では猫を被ってた」という方が信じられる。


まぁ、とりあえずはお兄さまの言い分を信じよう。


公爵令嬢は王太子殿下の婚約者として幼いころから厳しい教育を受け、それに恥じないだけの成果も出してきた。


そして貴族の子供が通う学園に入り、優秀な成績を修め、生徒会長にもなり立派に未来の王妃となるに相応しくあろうとしていた、と。


だが(お兄さま曰く)その、まっすぐで正しすぎる生き方が、王太子には気に入らなかったらしい。


自分より優秀で目立つ婚約者を疎み、ある年突然、編入してきた平民の娘……よくあるパターンだが、子爵の庶子で魔力があることが分かり引き取られたという身の上の、貴族のルールに縛られないまっすぐで、しかしちょっとどじっこ、目が離せず自分を必要としてくれるか弱くもしかし芯のある少女に(長いよその設定)……心を奪われた、という。


「王太子は屑だが愚かではない。正統な理由なく、国が決めた婚約を解消はできるものではないとわかっている。何か理由が……妹を悪人に仕立て上げることで、妹の名誉に泥を塗りたくることで、平民の娘を被害者にし、そして己を正義者にすることで、自分の望みの未来を手に入れようとしたのだ。あの屑が」


まぁ、うん、なるほど。


屑、と呟くお兄さまの瞳には堪えきれない殺意と憎悪があり、魔力的なものでも漏れてるのか調度品がガタガタと揺れ窓ガラスにヒビが入ったが、あとできっと直してくれるんだろう。信じてる。


まぁ、とにかく、それで、公爵令嬢は平民の娘、王太子の新しいお相手を虐めただの殺しかけただの罪を被せられて、よくあるパターンだが、中庭で断罪イベントが発生し、そのままご実家に逃げ帰って、そして、泣きながらお兄さまに無実を訴え、首を吊った。


「気の弱い子だった。大勢の前で罵倒されたこと、数々の不名誉な行いを己の所為にされた事に耐えられなかったのだろう」

「それで、私に何を?」

「どんな手段を使ってもいい。妹の無実を証明し、あの屑ども……王太子だけではない、関わった全ての者を破滅させて欲しい。その為なら、公爵家を潰しても、いや、国を滅ぼしても構わない」


何言ってんだこいつ。


「別に態々、私を使わなくてもご自分でやられては?」


公爵家の人間なら政治的なあれこれとか、出来ることがあるだろう。


「妹が死んだことをあの屑どもに知られるのは避けたい。いや、違う。妹自身で、屑どもに制裁を加えて欲しいのだ」

「私は妹さんじゃありませんよ」

「その体は妹のものだ」


なるほど、この男、病んでるな。

私は冷静にこれまでの話を反芻した。


兄という男の話によれば令嬢は無実。世を儚んで自殺した。

だが、令嬢が本当に虐めやら何やらをしていないのなら、王太子は証拠をでっちあげたということになる。


作られたという証拠をお兄さまは得られていない。

その証拠が完璧なのか、あるいは令嬢は本当に加害者だったのか。


一週間前に断罪イベントがあって、昨晩令嬢は自殺した。


首吊り死体を綺麗にして、魔術儀式を行った。


他にやることがいくらでもあっただろうに、お兄さまは私を使って妹の体を動かし、復讐させることを選んだ。


「なるほど、分かりました」


今は情報が少なすぎる。

私はゆっくりと頷いて、お兄さまの手に触れる。


「私は正義の人間ではないですし、事の真相がどうであれ、この体になっている以上、ライラ嬢の不名誉は困ります」


目立つ外見と、お兄さまの妹への執着を見ると、このまま平民になって食堂で働きますルートとか、スローライフを、とかそういうのは無理だろう。


王太子の婚約者が悪役令嬢になって、退場させられそうになっている。いや、もう退場しているのか?

とにかく、それが私なわけだ。


「引き受けてくれるのか?」

「異世界召喚でよくある、世界を救え!とかより、人を不幸にさせる方が簡単でわかりやすいですし……私に合ってます」

「頼もしいな」


世界平和とか領地経営とかそういうのは賢く慈愛の心がないと無理だろうが、悪意を持って悪意を持った人間とぶつかる、やり合うというのは……多分、私にも出来るだろう。


「契約成立だ。君は妹の名誉を回復する。妹を陥れ汚名を着せ、罵り殴った全ての愚か者どもの頭上に恐怖を投げ、あの屑どもが勝者ではなく敗北者であることを思い知らせろ」


お兄さまは私の手を握り、ぐっと力を込めた。


うっわ、怖っ。


お兄さまが自分でやるのが一番なんじゃないか、と再び思わなくもない。


いや、違う。

やっているのだ。

お兄さまにとって、私こそが凶器だ。彼らにぶつけるお兄さまの悪意こそが私なのだ。


「それでは、まずは……しれっと学園に登校しましょうかね、私」


怖いわー、シスコン怖いわーと思いながら、私は異世界転生(?)魔術のある世界、貴族の学園、ラブコメディ!と完全に浮かれていた。




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