プロローグ:水の魔術祭
白き宮殿から一人の女性が前に歩み出た。背が高く、蒼いドレスを引きずって歩く姿はひどく凛々しい。広場に集まった人々は皆彼女の姿を見ようと背伸びをして、宮殿のテラスを仰ぎ見る。どこかで子どもがみえないよぉと言った。女性がテラスの、民衆から見える位置に立つと騒めきが遠のいた。ため息が零れた。
顔が見えずとも美しさは不変である。彼女の後ろに控えた年端もいかない少年少女たちと民衆たちは皆、彼女の挙動に視線を送っていた。静まり返り、ピンと張り詰めた空気の中で女性は携えた魔杖を掲げる。彼女がひと振りすると、先端がまばゆい光とともに水が発現する。指揮者のように魔杖を振る彼女の動きと共に、水は空中で形を変えて自由に動き回る。実際、彼女は指揮を振っていた。召し抱えられた楽隊の演奏が、魔術を通して広場にとどまらずまち全体に響いていた。鳥やイルカ、ライオンまでさまざまな動物に化けた水の塊。優雅な水の動きと楽隊が奏でる音楽が合わさって、人々を魅了した。水の塊はひとしきり観客の間近まで接近したのち、広場の中央はるか上で文字通りはじけ飛んだ。霧散した水のおかげで虹がかかり、広場中に拍手が鳴り響いた。
アクエリアスは静かに魔杖を持っていない左手を静かに挙げる。拍手喝さいをしていた広場がすっと静かになる。
「我が街の民たちよ。白亜宮の長たるアクエリアスの魔術祭を今年もまた、開催することとなった。だが毎年似たようなことをしていては空きが回ってくるだろう。もちろん術を統べる我がだ。
そこで今年は我が弟子たちの研究成果もご覧いただきたい。彼女たちは決して他の宮たちには劣らない素晴らしい魔術見せてくれるだろう!」
その日私が見たのは、初めて見た魔術は、とても幻想的だった。家族の事完全に忘れて見惚れてしまうくらい、感動的で涙があふれてしまった。幌馬車商人の娘として生きるのが嫌いだったわけじゃない。ただちょっとした気の迷いで手伝いから抜け出して見に行ってしまったことに対する「やって良かった」と「やめておけば」が同時に襲ってきてどうすればいいのかわからなくなっただけだ。
なぜなら家族をのせた幌馬車隊は、私が魔術に感動している間に故郷の東へと旅立ってしまったのである。
私をただ一人残して。