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金剛、怒る

 この作品は『史上最強のボディビルダーが食事制限に失敗して死んじゃったと思ったら転生した』の別バージョンです。

 サブタイトル『金剛、教えを乞う』の次から分岐します。

「何か……口にしなければ死んでしまう……」

 金剛は息も絶え絶えにそう言った。

「何か口に……って事はお腹すいてるって事っすか!?」

「そうではない……エネルギーが足りないのだ……」

「よくわからないっすけど、食べ物が欲しいんすね!」

 青年はそう言うと、小さな実を懐ふところから取り出した。

「すいません。これしかないんすけどどうぞ」

「すまん……」

 金剛は礼を言い、青年から受け取った実を一口で食べた。

「むっ!!!!」

 金剛が目をカッと見開いた。

「あっ!!」

 青年が驚いた様子で、口に手を当てる。

「なっなんだこの実は……! とんでもなく甘いぞ!!!!」

「そ……そりゃそーすよ! それカロリスの実ですよ。一口で食べる人初めて見ましたよ」

「カロリスの実?」

「えっ? 知らないんすか? そんなわけないっすよね」

「いや。知らん」

 青年が再び驚いたような表情を見せる。

「本当っすか。カロリスの実はメチャクチャ甘いから、普通少しずつかじって食べるんすよ」

「そうなのか。それにしても食べた途端に体にエネルギーが満ちるのを感じた」

「遭難そうなんしてもカロリスの実と水があればしばらく生きられるって話ですからね」

「実際その実のおかげで、俺は命拾いしたわけだ。えっと……」

「あっ俺の名前はデイシーっす。町で木の実や果物を売ってます」

「金剛だ。体脂肪率は3%で君に何かお礼がしたいと思っている」

「いえ、そんな! あっでも……」

「なんだ? 遠慮しないでくれ」

「さっきの魔法。もう一度見せてくれませんか?」

「魔法? ポージングの事だな? よかろう!!」


 草むらの中でのオンステージ。

 演者と観客は一人ずつ。

 しかし、互いに命の危機を脱した後だけに、アドレナリンが否いやが応おうにも気分を高揚こうようさせた。

「では、いくぞ!」

 金剛がゆっくりと優雅ゆうがな動きで横向きになり、足と手を動かす。

「サイドリラックス……!」

「ほう……! よく覚えていたな。ではこれは?」

「ダ……ダブルバイセプス!」

「ほれ!」

「サイドリラックス!」

「ほれほれ!」

「ダブルバイセプス!!」

「ほれほれほれ!!」

「サイドリラックス……からのダブルバイセプス!」

 二人の間に友情のようなものが芽生え始めていた。


「スゴすぎるっす! この魔法どんな効果があるんすか?」

 そこで金剛の動きがピタリと止まった。

「デイシー……。さっきも言ったが魔法ではなくポージングだ」

「ポージングって名前の魔法なんすね。了解っす!」

「いや了解できてないんだよ。いいかポージングと魔法は別なんだ」

「あ……そっか!」

「わかってくれたか」

「ポージングって言うのは魔法の詠唱えいしょうで、サイドリラックスやダブルバイセプスが魔法なんすね!」

「いや。いいかデイシー。その二つはポージングの一種であって魔法ではないんだ」

「そうか! 一連の動作が魔法って事っすね!」

「…………」

「………っすね?」

「喝かつっ!!!!」

「ひっ!……ビビったっす……」


 金剛は頭を抱えた。

(異世界に旅立つ小説では、小学生レベルの算数や肉を焼く事などで人々が驚愕していたが、この世界もそのレベルなのか? それともこの青年の理解力が無いのか? 何か確かめる方法は……)

 金剛はハッと顔を上げ、歩き出した。

「コンゴ―さんどこ行くっすか?」

「ちょっと待っていろ。……おい! 起きろ!」

 金剛が話しかけたのは、先ほどリーダーに置いていかれた男達三人だった。

「……」

 しかし反応はない。

 三人ともうつぶせに倒れたままだ。

「起きているんだろう? 魔法で粉々にするぞ?」

「ひぃーーーー!! 助けて下さい!!」

 金剛の一声で、三人ともに勢いよく起き上がり、頭を地面になすりつけた。

「助かりたければ話を聞け」

「わ……わかりましたぁ……」




「つ……つまりさっきのは筋肉を美しく見せる為の動きで、魔法とは関係ないって事ですね?」

 悪人面の男が上目使いで金剛に確認する。

「そうだ。わかるな?」

「わかりました。なぁ?」

「あ……あぁ……」

 三人で顔を見合わせうなずき合っている。

 金剛も安心したようにうなずくと、青年の方を改めて見た。

「そういう事なんだよデイシー」

「なるほど。つまり筋肉を美しく見せる事によって魔法を発動するわけですね!」

「……いいかデイシー。いいか? この悪人Aを魔法とする。そしてこの悪人Bをポージングとする。二人は全く別人だ。いいな?」

「そうか! どっちも悪人だから魔法とポージングは同じって事っすね!」

「馬鹿者!…………馬鹿者!!!!」

「ひっ!」

 再び金剛は頭を抱えた。




「……ハァハァ……と、いうわけなんだがわかったか? ハァハァ……」

「わかりました。つまりポージングは究極の魔法を発動するための儀式の一部で至高の魔法使いにしか扱えないって事っすね!」

「……ハァハァ……もう……そうだな……それでよし。俺は魔法使いだ」

「やっぱり!」

 デイシーが目を輝かせた。

 金剛は疲れ切っていた。

 先ほどの三人組はとっくに逃げ出していた。


 金剛は先ほど、彼の命を救ったカロリスの実をまた一粒食べていた。

「むう……。やはり急速にエネルギーが満たされるのを感じる。この実のカロリーはいったいどれくらいあるんだ?」

「さっきも言ってましたけど、カロリーってなんすか? カロリスの実と似てるっすけど」

「カロリーというのは生き物が活動するためのエネルギーのことだ」

「つまり食べ物っすか?」

「食べ物に含まれるカロリーはそれぞれ違うが、このカロリスの実とやらは相当な量のカロリーが含まれているようだ」

「へぇ~。やっぱりカロリスの実は魔法使いには必須なんすね」

「……なぜ、そう思う?」

「俺、カロリスの実の栽培もしてるんすけど、一番のお得意様は大賢者様たち、お城の魔法使いなんすよ」

「ほう……なるほどな」

 金剛は顎に手を当て思案顔をしている。

「なるほどってどういうことっすか?」

「つまり、魔法とやらは膨大なエネルギー、つまりカロリーを消費するのだろう」

「だろうって……。コンゴ―さんも魔法使いじゃないっすか」

「……そうだな。だが俺はボディビルダーだ」

「ボディ……ビルダー……?」

 青年が眉をひそめた。

 どうやらこの世界にボディビルダーという言葉はないようだ。

「究極の肉体の求道者ぐどうしゃと言った所か……」

「すげぇ……かっこいいっす。俺も……俺もボディビルダーになりたいっす!!」

「努力次第で誰でもなれる。それがボディビルダーだ」

「俺もなりたいっす! 弟子にしてください!!」

 青年は目を輝かして、尊敬のまなざしで金剛を見ていた。

「よかろう!!」

 こうして一つの師弟関係が生まれた。





「すいません師匠。配達につき合ってもらっちゃって」

 金剛とデイシーは馬車に揺られていた。

 デイシーは手綱を握りしめながら申し訳なさそうに言った。

「かまわん。世界の事を知る必要がある」

「師匠は外の国から来たんすか?」

「……まぁそんなところだ。ところで行き先はどこだ?」

「実はさっき言っていた、大賢者様たちのいるお城っす。ちょうどカロリスの実を届けに行くところだったんすよ」

「ほう……つまり魔法を扱える人間に会えるわけか」

「そうっす。ただ師匠、気を付けて下さい。お城の魔法使いって基本的になんつーかこう……」

 デイシーは言いにくそうにしている。

「傲慢ごうまん?」

「そうっす。よくわかりましたね」

「特別な力を手に入れた人間は傲慢になりやすいものだ」

「特別な力……そうなんす。本当に特別なんすよ。俺も本当はなりたかったんすけど」

 デイシーは頭を掻いた。

「俺に弟子入りするより、城の魔法使いに弟子入りした方がいいんじゃないか?」

「いや、そのう……」

 言いにくそうにする弟子を見て、金剛は話題を変えた。

「魔法と言うのは、そんなに憧れるものなのか?」

 外の景色を眺めながら尋ねた。城は既に視界に入っている。

「そりゃあそうっすよ!! 魔法があればなんだってできますよ!! 詳しい事は解らないっすけど、お城の魔法使いは火を出したり、金貨を出したり、変身できたりするらしいっすよ。噂じゃ山に出たドラゴンだって魔法使いが変身してるって話もあるんすよ。それに……それに病気を治すこともできるらしいし……」

「……なるほどな。見てみたいものだな」

「いやぁ。それが滅多な事じゃ見せてもらえないんすよ。あくまで噂ですから」

「ほう……」

「さて、もうすぐ着くっすよ」

 眼前に巨大な門が迫っていた。




「さて、よいしょっと!」

 金剛とデイシーは城の中庭にあるの倉庫の前にいた。

 馬車の中のカロリスの実の入った袋を、倉庫に運んでいる所である。

「手伝おう」

「師匠、俺の仕事なんで休んでいてください。命の恩人にそんな事させられないっすよ」

「何を言う。命を助けられたのは俺も同じこと」

 そう言って金剛は大きな袋を四つまとめて持ち上げた。

「師匠。重くないんすか!?」

「俺はボディビルダーだぞ」

「ボディビルダーすげぇ……」

 荷物を運ぶ二人の近くに城の兵士が近付いてきた。


「よぉデイシー。なんだかよ、すぐに必要だから城の中までカロリスの実を運んでくれって伝言をたのまれたぜ」

「本当っすか。わかりました」

「じゃ、頼んだぜ。……っとデイシー」

 兵士はデイシーの肩を抱き引き寄せた。

「あのデカイのはなんだ?」

 兵士は金剛を横目でチラリと見ながら小声で尋ねた。

「実は弟子入りしたんす」

「弟子入り!? って事は魔法使いなのか?」

「そうっすよ!」

「すっすげえな! あんな巨体の魔法使い初めて見たぜ……じゃカロリスの実頼んだぜ」

「了解っす」

 兵士から解放されると、金剛のもとへ駆け寄った。

「師匠、すみません。どうやら城の中に運んでほしいらしいっす」

「任せろ」




 二人は城の石畳の上を歩いていた。

 鎧を着こんだ何人もの兵士とすれ違う度に皆、金剛の方をチラチラと見ていた。

 金剛の鍛え抜かれた肉体はこの世界でも、珍しいようだ。

「いやぁ~ドキドキするッすよ」

「なぜだ?」

「お城のこんな中にまで入ったの初めてなんす」

「なるほどな」

 その時、前方からローブを着た男が歩いてきた。

 服装からして兵士ではなさそうだ。


「遅いぞノロマ!!」

 ローブの男はデイシーを睨んだ。

「ボンダ様! す、すみませんっす」

「さっさとしろ! ……んん? なんだこのでくの坊は? ははっ! デイシーお前トロールを雇ったのか?」

 ボンダと呼ばれた男はニヤニヤしながら金剛を見上げた。

 金剛はトロールが何のことかわからなかったが、どうやらバカにされているらしい雰囲気は十分に伝わってきた。

「…………」

 しかし、金剛は気にせず荷物を運んでいく。

「師匠。すみません……」

「フッ、お前が謝ることではない。それに、少し馬鹿にされたくらいで怒っていては最強にはなれんぞ」

「師匠……」

「アイツが城の魔法使いか」

「はい。魔法使いの一人、ボンダ様っす」


「おいっ! なにを小声で話している!」

「いえ、すみません。すぐに運びますね」

「ふん! ……そういえば、デイシー」

 ボンダは絡からみつくような喋り方をしながら、デイシーに近付いてきた。

「お前の妹の病気は治ったのかぁ?」

「……いえ……それはまだ……」

 途端にデイシーの表情が曇っていった。

「俺が魔法で治してやろうか?」

「ほんとっすか!!?」

 暗い表情から一転して、パッと明るくなった。

 荷物を運ぶ足を止め、ボンダを見つめる。

「ぶは~はっはっはっは!! ウソに決まってんだろ!」

「………」

 デイシーは唇を固く引き結び、再び歩き出した。

「そんなに治したきゃ。魔法使いに弟子入りして、魔法を覚えたらどうだ?」

「……実は、弟子入りしたっす」

「はぁ? どの魔法使いに弟子入りしたんだ?」

「そこの……コンゴ―師匠っす」

「見た事ねぇ魔法使いだな」

「俺はボディビルダーだ」

「はぁ? 聞いた事ねぇ『二つ名』だな。 まぁでも誰に弟子入りしても無理無理。だってお前才能無いもんな。妹もすぐに死んじまうよ。……お兄ちゃんが魔法使えなくて死んじゃったの~ってか。ぶは~はっはっはっは!! ……は?」

 腹を抱えて大笑いするボンダの目の前に、いつの間にかに金剛が立ちふさがっていた。


「なんだ貴様? 魔法使い様の行く手を遮さえぎるな!」

 ボンダが叫び蹴飛ばしたが、金剛は動じない。

「俺は今、怒っている」

「し……師匠、さっき少し馬鹿にされたくらいで怒らないって……」

「馬鹿者!! 弟子とその家族を愚弄ぐろうされて怒らぬ師がいるか!!!!」

「し……師匠……」

「貴様、私にそんな口を聞いたらどうなるかわかっているのか?」

 口元は笑っているが、ボンダの表情には抑えきれない怒りが浮かんでいた。

「ほう……。どうなるというのだ?」

 金剛が不敵に笑った。

 騒ぎを聞いた城の兵士たちが駆け寄ってきた。

 にらみ合う両者。

 魔法と筋肉が一触即発の状態になっていた。 

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