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君がかわいくて  作者: 有馬ササコ
5/5

めでたし、めでたし?


        5.


「おはようございます」

 朝に部屋に春日井を迎えに行くと、新田の口元が笑っている。

 春日井は気づかないだろうが、確かにこの男は笑っている。

 瀬良は言わんとすることを薄々感じつつ、二人を朝食のレストランへと促した。


 大きなホテルではよくあるバイキング形式の朝食だ。

 レストランに入ってすぐに和食から洋食の朝食メニューが並べられており、モノによってはシェフが目の前で出来立てをサービスしてくれるようだ。春日井はこういう朝食は初めていらしく、嬉しそうに目を輝かせて、鍋にたっぷりとある汁物、和物の御惣菜、山盛りになっているハムや、並べられた焼きたてパンを見ている。

 席は窓側から詰めるようにと指示されているのか、髪の毛を綺麗にまとめ上げ、ホテルの制服に白いエプロンをつけた女性が窓辺の日の良く当たるテーブルへ三人を案内してくれた。

「いっぱいありますね! 俺、オムレツ取ってきますね」

 一番人気はシェフが目の前で作ってくれるオムレツらしい。

 人が並んでいるのを見て、春日井はそう言い、席に荷物を置くと嬉しそうに歩き出した。


「見てたんだろう?」

 瀬良はワゴンサービスの珈琲を頼み、大きなため息をつく。

「見てました。こっそり、しっかり見ていました」

 正確には聞いてました…だろう。ユニットバスのドアは閉まっていたのだから…いつも引き結んで、何を考えているのか判りずらい新田の口端が軽くあがっている。

 いくら新田が風呂好きだったとしても、熱のこもりやすい狭いユニットバスで何十分も風呂やシャワーはありえない。

 新田は春日井が抜け出すであろうことを見越して、そ知らぬふりをしてユニットバスに入り、シャワーを浴びるふりをして、出て行くのを確認し、春日井が戻ってくる気配を察知してから、またユニットバスに入ったのだろう。

 二人の時間を邪魔したくないなどの気遣いではない。

 ただ、二人きりにして、瀬良がどのようなことをするかを新田は楽しみに見ていたのだ。瀬良の若い頃の所業、武勇伝、古参の秘書らから聞かされている醜聞などを知っているから、この春日井に対する臆病ともいえる気遣いが楽しくてしょうがない。

「よく、耐えましたって…言ったら、今、崩れ落ちますか?」

 新田の声は心なし明るい。

「昨晩、言われてたら、崩れ落ちてたな」

 しかし、しっかり瀬良の心は折れていた。

 あのやりとりを聞かれていたと思うと、恥ずかしさよりも、不甲斐なさで死にたくなりそうだ。

「てっきり、春日井君は帰ってこないものかと思っていました」

 今までの所業を考えると、今回の瀬良はかなり奥手だ。

「帰したくなかったさ。しかし、そうもいかないだろう…」

 帰さずに泊まらせていたら…お互い性欲がないわけではない、シングルベッドに二人きりでは容易に想像はつく。

「賢明なご判断です」

 新田がニヤリと微笑むと、急に顔を歪めた。

「どした?」

「ちょっと、うるさくて」

 胸元からスマホを出して、画面を見た後、新田はそのままタップして、テーブルに伏せた。

 音は出ていないがテーブルの上で微かに震えている。

「出たらどうだ?」

「いいんです。面倒臭いんで」

 それでも出ればいいのにと、言いかけて、新田のスマホは静かになった。

「オムレツ、出来立てですよっ」

 三皿分のオムレツを手にして、危なっかしくも、嬉しそうな春日井の声にかき消された。



 朝食前に着替えを済ませていたので、後は荷物を鞄に詰めるだけ…しかも、男三人の荷物などたかが知れている。レイトチェックアウトサービスのおかげで、十二時まで部屋にいてもかまわない。

「こんなことをするのは初めてだねぇ」

「いつも、外でしか会いませんからね」

 ベッドをソファ代わりにして、だらしなく座ったり、寝転がったりしながら、二人でごろごろとテレビを見る…ちょうど、今やっているのはケーブルテレビか、なにかの洋画だ。いつも映画は定番で見ていたが、外でデートしてばかりなので逆に新鮮だ。

「どうぞ、いちゃいちゃなさっていただいてもかまいませんよ」

 何を思ったのか、新田は自分のシングルの部屋に戻らず、ツインの部屋にパソコンを運び込んで、簡易のデスクを陣取って仕事を始めている。瀬良と春日井の邪魔をするつもりはないだろうが邪魔だ。

「いちゃいちゃしたら、こいつは通報するつもりなんだぞ。意地が悪いだろう?」

 瀬良がそう言い、笑うと、

「もう少しの我慢ですから」

 春日井は恥ずかしそうだ。

 高校卒業前に春日井は十八になる。誕生日プレゼントは何がいいだろうか。

 欲しいものをプレゼントしたいが、何が欲しいのだろうか?

 悩むどころか、瀬良は嬉しくなってしまう。

「瀬良さん?」

 瀬良が顔をじっと見つめていると、春日井は首を傾げて、目を合わせてきた。


 かわいい…


 瀬良よりも小柄だがスポーツをしているので、骨ばった男の体躯、手だって、関節が節っぽくなっていて、女のような柔らかさはない。顔はまだまだ幼さは残っているが、こちらも女顔というほどの美人な顔でもなく、女装したらかわいいだろうかなんて思うような顔もしていない。しいていうなら、癒し系というぐらいだろうか。

 きちんと男の子なのに、何故にこんなにかわいいのか。瀬良にも判らない。

「君に初めて会った時にこんな風に好きになるとは思ってもみなかったよ」

 思わず、瀬良は寝転がっていた春日井を抱き寄せて、頭を撫でる。

 くすぐったそうに春日井は目を細めるが嫌ではないらしい。

「そうやってると、ただの親子みたいですねぇ」

 新田がぼそっと呟く。

 大きなお世話だ。

「失礼だな、恋人同士だぞ」

 息子と同い年の子となのだから、どんなことを言おうと、そう見えても仕方がない年の差だということは判っている。けれど、だとしても、付き合っているのだから、瀬良は恋人同士と思われたい。

「俺はそれでもいいですよ」

 実にあっけらかんと、当の本人はそんなことを口にする。

 やっぱり、母子家庭で育ったせいか、父親的なものに憧れているだけなのだろうか。

「そうなのか、恋人同士に見られたくないのかい?」

 なんとなく、それはショックだ。

「俺と瀬良さんが判っていたらいいことだし、どこでもくっついていいなら、親子に思われたって構わないです」


 天使だ…


「聞いたか、新田っ!」

「はいはい、社長は幸せですね」

 新田は呆れている。

 ざまぁみろ、独り者で寂しい新田には判るまい。

 春日井の手触りの良い頭を撫でながら、瀬良はにやにやと笑ってみせた。昨晩のあれでいろいろ振り切れた、もう怖いものなど何もない。恥ずかしいところを見られても、痛くもかゆくもない。

 幸せをかみしめていると、かわいらしい着信音が鳴り、

『新田さんと一緒にいるだろ!』

 けたたましく、怒号に近い芳樹の叫び声が耳をつんざいた。

「なんで…知ってる?」

 瀬良の言葉に新田が苦々しく顔をしかめる。

 春日井と一緒のことをとがめられるのではなく、何故、新田と一緒にいてとがめられるのか判らない。

『やっぱり、デキてたんじゃねぇかっ! どこだよっ、どこにいるんだっ!』

「芳樹…おい、何を…」

 何か酷い誤解をしているようだ。

『ホテルに来てるんだからなっ!』

「ホテルって、おいっ」

 瀬良に似て、芳樹は行動力だけはあるらしい。

『どこだよっ!』

「判った、判ったから、本当にホテルにいるんだなっ。迎えに行くからロビーで静かに待っていろ」

 春日井のことで激怒しそうなことは心当たりは有り余るほどあるけれど、新田のことで怒られる覚えがない。そもそも、新田は瀬良の部下であって、芳樹にどうこう言われるような関係ではない。

「怒ってましたか?」

 新田は大きなため息をつきながら、瀬良に聞いた。

「怒ってた…というか、なんであいつが知ってるんだ?」

 一番はそこだ。なんで、瀬良と新田がホテルにいると思ったのだろう。

「俺、言ってません」

 春日井は不安げな目をする。

「………」

「新田!?」

「…言っては、ないです」

 いつもなら、飄々として、瀬良を鼻で笑うような男なのに、今回は気まずそうに、少し面倒臭そうに顔をそらしながら新田は答えた。


        ◆


「なんで…穂がいるんだ?」

 芳樹がホテルの部屋につくと、開口一番そう言った。

「春日井君と私は付き合っているからだ」

 春日井もいるし、新田もいる…この状況を瀬良は誤魔化せる自信はない。

「なんで!?」

 男同士云々以上に、かなりな年の差。

 その上…息子の友達という現実。

 高校生の芳樹には受け入れられない状況だろう。


 私だって…受け入れがたい…


 芳樹という存在が目の前にいると、息子の友達に手を出しているのだという罪悪感が襲ってくる。

 それでも今更、引き返す気も引き返せる気もしない。

「で、お前はどうやって、ここにいると知ったんだ?」

「新田さんのとこにホテルのパンフレットがあった!」

 芳樹の叫びが、どういう意味なのか、さっぱり瀬良には判らない。

「また、私のいない部屋に勝手に入ったんですか」

 新田は心底鬱陶しそうにそう言い、大きくため息をついた。

「当然だろっ、俺は!」

「貴方は?」

「…………」


 何故、そこで顔を赤らめて、顔をそらすのか…?


 瀬良は芳樹と新田をじっと見比べた。

「ったく、どんだけシャイなんです。素直になったらどうです? 大好きなパパの行動が怪しいから、私の部屋まで入って、いつも調べていましたって言ったらどうです?」

 新田の目は何よりも死んでいた。

 じっとりと湿っぽく、目が明らかにおかしい。

「待て、芳樹が私のことを好きなはずが…」

 赤ちゃんの頃は触れば泣かれ、抱き上げれば背中を驚くほど弓なりに曲げて、大泣きをされた記憶しかない。物心がつき始めた頃は寄り付きもせず、部屋の隅からこちらをチラチラ見る程度であったし、抱きしめようにも手を広げれば、すぐに逃げられてしまっていた。妻がいなくなったとき、さすがに途方に暮れて、自分に抱き付いて泣いたことはあったがそれ以外はない。それからはもう睨まれるか、悪態をつかれるかしか、瀬良には記憶がない。

 とにかく、かわいらしく、懐かれたことなどない。

 パパなどと呼ばれたことはない。

 気が付いたら『オヤジ』だった。

「芳樹は…瀬良さんのこと大好きです」

 春日井は俯いて、気まずそうにつぶやいた。

「ちょっと待ってくれ、いや、その…芳樹の友達なんて、穂にしか会ったことがないぞ」

「そりゃ、パパ大好きがバレたら困るからでしょう。そもそも、友達らしい友達なんて、芳樹さんは数少ないですからね」

 瀬良と友達が鉢合わせでもして、自慢ばかりしているとバレたら、確かに恥ずかしくて仕方ないだろう。

「じゃ、夜遅くまで家にいなかったのは何故だ?」

「ウチで、家探しをしたり、社長の予定を手に入れたり…後はそうですね。会社の様子などを私に聞きに来ていましたね」

 素直に瀬良に懐いて、いろいろ聞いた方がどう考えても楽なのに…芳樹は何をしていたのだろう。思春期の反抗期にしてもおかしすぎる。

「瀬良さんのことを話す時、芳樹はいいことしか言いません。学校の友達とか、普通に親とか嫌がったり、嫌ったりするのに…芳樹は周りのみんながドン引きするぐらい自慢します。だから、俺、羨ましくて、いっつも…」

 芳樹が瀬良のことをどう言っているかについて、春日井はいつも黙ることが多かった。

 それは芳樹がかなりひどいことを言っていて、それについて耳に入れたくないだろうという気遣いからかと思っていたのだが…真逆だったようだ。確かにこれだけ本人の前でギャップがあったら、気持ち悪すぎて、言いずらいだろう。

「私にはそんなこと一つも…」

 今までの苦労やら、苦悩やらがバカバカしく感じてしまう。

「照れ隠し…ですよ。私が秘書になってから、女性関係がさっぱりになったんで、私と社長のことを疑って突っかかられました」

 新田には多大な苦労と、迷惑をかけていたようだ。

「だってそうだろ!? かーさんいなくなってからも、女が途切れたことなかったのに、急に新田さんが秘書になった途端、おとなしくなって、疑わない方がおかしいだろっ、顔も綺麗だしっ、男前だしっ」

 しかも、ゲイと疑っていたのか、どこまでも困った故息子だ。


 いや、今、確かにゲイに片足を突っ込んではいるけれども…


「ホント、困りますよね。確かに私はバイセクシャルではありますが、選り好みぐらいしますよ。何が悲しくて、こんなオッサンに抱かれなきゃいけないんです」

「わ、悪かったな…」

 新田の死んだような目が瀬良に突き刺さる。

「私はネコじゃないって言っても理解してもらえなかったので、カラダで判ってもらいました」

「カラダで……?」

 新田の背後に隠れる息子に…なんと、言葉をかければよいのだろう。

「お前っ、私の息子になんてことをっ!」

 察することを尊ぶというなら、察して激怒することも理解してほしい。

「だから、何度も言ったでしょう? 春日井君をかまわずに、自分の息子をかまえって、私も我慢の限界だったんです!」

 開き直る新田の顔が憎らしい。

 かわいくない息子だったとしても、息子は息子。血のつながったただ一人の家族だ。それをこともあろうに、カラダで判らせるようなことをしたことについて、怒らずにはいられない。

「だ、ダメですっ、結果的には…その……芳樹も……」

 けれど、掴みかかかろうとした瀬良を春日井が止めた。

「穂!?」


 結果的ニハ、芳樹モ?


 新田の後ろに隠れたまま、凛々しい瀬良ゆずりの顔が今にも泣きそうだ。

 ぎゅっと唇をかみしめ、新田にしがみついて…悪いことをしてしまった時の子供の顔だ。

 しかも、止めに入った春日井は何もかも知っていながら、瀬良と付き合っていたということになる。

「………はぁ、」

 自分は駄目なオヤジで、血のつながった息子を誤解したまま、ほったらかしにして、春日井にうつつを抜かしていたのだから、言えた義理ではない。


 言えた義理ではないが…


「新田、歯を食いしばれ」

 瀬良は静かにそう言った。

 鈍い音が響いて、こぶしが痛む。

「新田さんっ!?」

 新田は逃げなかった。

 それどころか、芳樹をしっかりと後ろにかばったまま、微動だにせず、それを受けた。

「オヤジっ、」

 とんだ親離れになってしまったが仕方ない。

 いくら、今まで生意気な息子だったとしても、息子は息子。新田が殴られる覚悟もなく、手を出したのだったら、親としては反対しなければならない。

「こういうことも親の務めだろ。私だって、穂の母親に殴られる覚悟ぐらいある」

 今までにない拳の痛みに耐えつつ、瀬良は芳樹を見つめた。

「にしても…つまり、穂も、新田もいろいろ隠していたわけだな」

 瀬良は困ったように顔をくしゃっと歪めて、新田と春日井の方へ目線をやる。

 二人とも目をそらしているところをみると、自覚はあるようだ。


 まぁ、言えないだろうな…


 社長の息子が好きになって、手を出しましただの、彼氏は友人の父親だの…瀬良だって、芳樹に言えなかったのだから他人の二人に言えるはずもない。

「で…オヤジは…穂なのか?」

「そうだ」

 瀬良は妙に落ち着いていた。

 いろいろなことが起こりすぎて、春日井と自分のことなど、その一部、些細なことだ。

「……ってことは…穂を…」

「まだ、手は出してない!」

 何より、新田と芳樹とは違い、決定的な何かはまだなのだから…

「泊ったんだろ?」

 吉敷の声に頬を腫らせながらも、新田が笑いをこらえている。

 春日井もどこか恥ずかしげだ。

「なんだ、この微妙な空気…」

 芳樹だけ何も知らない。

「芳樹…ホント、まだ、なにも…してないんだ…」

 春日井はぼそぼそと顔を背ける。

「はぁ?」

 芳樹の間抜けな声と、新田と春日井の沈黙は瀬良自身を突き刺す。

 悪いことをしていないのに痛い。

 確かに今までのことを考えたら、春日井に指一本触れてないなんて考えられない。

「な、なんだっ、仕方ないだろうっ、新田と約束したんだしっ、なにより、穂に手を出したら犯罪じゃないかっ」

「いくらなんでも、一緒の旅行でなにもねぇってひどすぎるだろっ、それとも何か、子供の作り方すら知らねぇのか、オヤジっ! 男同士も同じようなもんだぞっ」

「落ち着いてください、芳樹さんができてるのですから、それはないです」

 新田の言葉も辛辣だ。

「何もしなかったわけじゃない。きちんと、その…動画も、画像もいっぱい撮ったし、穂からだが…キスもした」

 春日井の寝姿はかわいかったし、いつもなら控え気味の彼のテーマパークではしゃぐ姿も見れて、実に有意義な旅行だったように思う。

「瀬良さん…いっぱいって言うほど、画像とか動画撮りましたっけ?」

 春日井が知っているのは、せいぜい入場門での画像と、一つ目のアトラクションぐらいだ。

「春日井君、気を付けてください。この変態は寝姿をいっぱい隠し撮りしてますよ」

 新田が春日井の耳元で囁く。

「だって、可愛かったんだっ! 指一本触れられないなら、これぐらいいいだろうっ、寝ている間に脱がしたり、Hなポーズをさせたりとかっ、やましいことなんて何もしてないぞっ」

 すでに本人の許可なく、そんな画像を撮って、黙っているあたりやましいはずなのだが、瀬良はあえてそこは言わない。

「……瀬良、さん?」

 春日井が可哀そうなものでも見るような目で瀬良を見る。

「なぁ、こんなので…いいのか?」

 芳樹の大好きなパパから『こんなの』への格下げは仕方ない。

「こんなのじゃないよっ、ちょっと…その、意気地なしだけど…」

 春日井の言葉は瀬良を一番えぐった。

「け、けどねっ、俺と一緒の時って、すっごく優しくて、すっごく格好いいんだよっ。だから、お願いっ、瀬良さんを俺に半分だけでいいからっ! くださいっ!」

 この続きがなければ、きっと瀬良は立ち直れなかっただろう。

 芳樹は瀬良と春日井を見比べた後、

「そんなヤツ、俺はいらねぇから、全部やる」

 と、あっさりとそう言った。

 幻想が崩れたのか、それとも、色々ありすぎてどうでもよくなったのか、芳樹の中でのことだけに瀬良には判らない。

「いいの?」

 春日井は唖然としつつも嬉しそうだ。

「むしろ、お前こそ本当にいいのか? 二十以上年上の男だぞ? おばさん卒倒するだろ」

 そこら辺をつつかれると、痛いところだ。

「でも、好きになっちゃったし、仕方ないかなって思って…」

 春日井が照れ気味に言う姿がかわいくて、瀬良は思わず抱きしめる。

「後、オヤジ、新田さんに騙されてるぞ。合意で穂とした場合、罪にはならない」

 そんな姿を見ながら、芳樹は大きなため息を漏らした。

「新田!?」


 今までの苦労と、我慢はっ…!


「ちょっと調べれば…判ることだったんですけどね」

 新田はくいっと眼鏡を引き上げて、口元に笑みを浮かべた。謝るつもりもないらしい。

「ただ、オヤジの立場で、付き合ってることが穂の在学中にバレると、社会的に問題にはなるからな」

 社長秘書とはいえ、ただ雇われている身の新田と、会社経営者である瀬良とではおかれている立場も違う。ニュースにでもなったら、大変だ。

「誕生日過ぎてもダメなんだ…」

 春日井は絶望的なつぶやきを漏らす。

「卒業ぐらいまで待つよ…」

 今の今まで我慢できたんだ、後、数ヶ月ぐらい、待てるさ。

 瀬良は大きなため息をつきながらも、春日井の頭を撫でた。


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