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新釈 鶴女房

作者: サンセット

 むかしむかし、ある山奥に、一人の若い男が住んでいた。けれども家は貧しかったので、なかなか嫁を貰えなかった。男はそんな身の上を憂えてか、会う人に冗談ばかり言うようになり、やがてほら吹きとまで言われる始末だった。

 ある冬、男は狩りから帰る途中、空に一羽の鶴が飛んでいるのを見た。しばらくして男は家に戻ったが、鶴の姿は不思議と目に焼き付いていた。男は横になった。自分を見守っていた両親は既に死んでしまい、今住んでいるのは男一人である。男は一日の疲れで微睡みながらも、あの美しい鶴について、一つの物語を夢想し始めた。


 ――むかしむかし、ある山道を男が歩いていると、一羽の鶴が罠にかかってもがいていた。その上、周りには子供がいて、寄ってたかって鶴をいじめていた。それを見かねた男は、そこにいる子供たちを注意して、哀れな鶴を罠から逃がしてやった。鶴ははじめ、何故かよそよそしくしていたが、やがて逃げるように飛び立っていった。

 しばらく経ったある雪の夜、男の家に一人の若い娘が訪れた。何でも、道に迷ったので泊めて欲しいという。男は最初、ろくな食事も出せないからと躊躇ったが、娘は「素泊まりでも構わない、ぜひ泊めて欲しい」というので、そのまま泊めてやることにした。

 始めは一晩のつもりだったが、その後に大雪が何日も続き、娘はその分だけ男の家にいることになった。娘はただ泊まるのではなく、おいしい料理を作ったり、家をきれいに掃除したりして、よく働いた。やがて雪は止んだが、その頃には二人はすっかり仲良くなり、そして夫婦になった。


 しかし冬は長く続き、お金も食べ物も底をつき始めた。

 すると娘は、家にあった糸と機織り機を見て、布を織りたいと言い出した。そして妙なことに、娘が布を織る間は、決して部屋を覗かないよう約束させた。男が言う通りにしていると、娘は幾分疲れながらも、数日後には見事な布を織りあげた。男が山を越え、賑やかな町まで持っていくと、布は高値で売れた。

 ところが男は、やがて鶴が部屋で何をしているのか、不思議で知りたいと思うようになった。そしてある時、部屋をこっそり覗き込んだ。すると、布を織っていたのは娘ではなく、なんとあの助けた鶴だった。

 男が思わず声を上げると、鶴は悲しい顔をして「とうとう見てしまったのですね」と言った。

「あなたは良い人間だから、約束はきっと守ってくれると思っていました。しかし、こうなってはもう、ここにはいられません。あなただって、鶴と暮らしていると知れたら困るでしょう」

 そうして鶴は、止めようとする男を振り切り、空へと飛んでいった。


 ――ほら吹き男が空想を止めた頃には、辺りはすっかり明るくなっていた。

 男は思う所があって、やがて出家し、僧になった。男の説法は面白いので、村人たちはこぞって聴きに来た。なかでも評判だったのは、出家のきっかけになったという一羽の鶴の物語で、冬にはその話を聞くのが定番になった。

 その寺には鶴が織ったという布も収められ、今でも信仰の対象になっているという。


<終>

 「鶴女房」は実際に東北で伝わる民話で、特に山形県の鶴布山珍蔵寺の物語を聞いて書いたのがこの物語です。聞いた途端に「嫁を貰えない男の妄想だったのでは」と思わず物語を考えました。

 老夫婦の家に娘がやって来るというよくある「鶴の恩返し」では、明るい物語に思わせての寂しいラストとかに違和感を感じていたのですが、鶴女房だと自然だし深みを感じるので、こっちの方が好きです。基本構造が似たものに「魚女房」もあります(「蛤女房」も……)。

 読んだことないけど木下順二さんの「夕鶴」も、鶴女房を基にしているそうです。でも鶴を無理やり働かせたりとか陰気くさそうなので、なんだかなあと思います。

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