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6. 星夜

「悪かったって」

「…………」

「そんなに怒ることないだろ」

「……」

「──これだから童貞は」

「っあんたって人は!やっていいことと悪いことの区別もつかんのか……!」


 あの後、僕は近くにあった枕で桜子を滅多叩きにした。このアヤマチを抹消するために。すると、彼女は笑いながら白状したのだ。


 あのまま眠ってしまった僕を、ベットまで運んだ。ご丁寧にシャツがしわにならないように脱がせたそうだ(僕は絶対嫌がらせだと思う)。そこまでして、桜子も眠くなってしまったそうだ。目の前にはベットがある。めんどくさくなった彼女はそのままベットに入り──


「だからって!ふ、服を脱ぐ必要あるんですか!?」

「私は寝るとき服を着ない」

「あんたの嗜好は聞いてねぇよ!」


 信じられない!本当にこいつ女なのか?『性別:桜子』なのか。


「……危ない、とか思わなかったんですか?」


 僕だって男だ。危機感くらい持ったほうがいいと思う。


「どこが危ないんだ?私は君の百倍強いぞ?」

「……」


 事実だったので言い返すことはできなかった。……超むかつく。

僕はこの女に一矢報いるために、一週間白ごはんと漬物のみを決行した。すると、少しはしおらしくなったので反省したようだった。僕だって武器もってるんだからな。まいったか!




「すまない、今日から肉や魚は使わないでくれ」


 うだるような暑さが続くようになった八月。それまで僕の料理に何も言わなかった桜子が珍しく意見した。


「それはいいですけど……。どうしたんですか?」

「ちょっとな。8月の半ばごろまででいいから」


 何をするつもりだろう。別にこのくらいいいけど。


「じゃぁ、私畑にいって収穫してくるわ」


 夏は野菜の収穫期だ。トマトとかきゅうりとかなすとか……。畑で採れた野菜は、以前食べていたものよりもずっとおいしく、まるで別物のようだった。


「豆をいっぱいいれて、夏野菜カレーでも作るか」



 もうすっかり慣れてしまった『桜子』との日常。



「今日の昼と夜は私の分はいらない。夜にご飯を食べ終わったら、君が首吊ろうとしていた場所に来てくれ」

「……あんた、もっと言い方ないんですか」


 伝わるけどさ、こうなんというか……。デリカシーのない女だな。


「食べないと体に悪いですよ」

「1日くらい大丈夫だよ。とにかく集合、な」


 桜子は真面目な顔して念を押した。いつもへらへらしているのに。何があるっていうのだろうか。

「わかりました」と返事すると、「そうか、そうか」と満足げに家を出ていった。全く、桜子には謎が多すぎる。……いつか問い詰めてやろうか。


 僕は不審に思いつつも夜のために今日すべきことを早く終わらせるために動くことにした。



 そして夜。


 僕は一人で桜子に指定された場所に向かった。夜に出歩いたことはなかったので知らなかったが、空には星がたくさんちりばめられており、宝石のようにきらきら輝いていた。


「やぁ」

「あんたそれ……」


 桜子が僕に声をかけた。彼女は扇子を持ちながら佇んでおり、いつも着ているようなラフな洋服ではなく巫女装束を着ていた。


「コスプレですか?」

「おいこら」

「人を夜に呼び出しておいて、コスプレ大会とかあたっ」

「君も言うようになったよなぁ、ハルト君?」


 扇子が僕に突き刺さった。地味に痛い。……さすが、コントロールがいいな。こんなに暗いのに。


「……まぁ、そこで見てな」


 彼女は口角を上げた。そして扇子を開き──静かに舞い始めた。



 桜子は軽やかに、そして凛として舞う。彼女が回ると、袖もふわりとひるがえる。おごそかで誰も触れられないような、張り詰めた空気がその場を支配した。僕は何も言えずに彼女をただ見つめることしかできなかった。


 美しい──。


 僕はただ、それしか思いつく感情が見つからなかった。



「────!!」 


 しばらく桜子が舞っていると、彼女の周りに光の玉が集まってきた。あちこちから光が集まってくるようだった。彼女の回りをたゆたうその玉は、彼女の扇子が上に向いた瞬間、一斉に空へと駆けていく。


 まるで、空へとつながる橋のようだった。そして、星の光と同化して見えなくなっていった。最後の光の玉を見送った後、桜子はゆっくり僕を見た。


「これは、この場に留まっていた魂だ」

「え……」

「今日はお盆だからな。毎年こうしてさまよっている魂を解放するために、私は舞っている」

「…………」

「もし君も死んでいたら、あの光の玉の仲間入りをしていたかもな」


 僕は空を見上げた。さっきよりも星が増えているような気がするのは気のせいだろうか。


──もし、あのとき桜子に助けられなかったら。


 今僕はここにはいない。それが奇妙な感覚だった。それほどまでに桜子と暮らしている今が『あたりまえ』になっていたからだ。


 この人にも出会うこともなかった。それがどういうわけか、不自然に感じたのだ。


「私はもう少しここにいる。君は慣れていないから、影響がでるかもしれない。だから先に家に帰っていてくれ」

「……はい」


 桜子はそう言うと、森の中に入っていった。彼女がいなくなった瞬間、うすら寒くなってきたので慌てて僕は家に戻ったのだ。


 不思議な夜だった。




「ぐっ……ごほっ」


 思わずその場の木に寄りかかった。口元を抑えたが、その指の間からあたたかいものがあふれてくる。暗くて分からなかったが、それが『何か』なんて十分すぎるほど知っていた。



「あと、もう少しだけもってくれ」



 祈るようにつぶやく。──祈るものなんて、もうどこにもないのに。それでも今は、すがりたかった。



 それを知るのは彼女と星のみ──。

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