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2. 7日間、そして

「え、嫌ですよ」


 彼女の申し出に、僕は即答した。今から死ぬってときに他人の面倒まで見てられない。僕がそう答えると彼女は目を丸くしていたが、何かを思いついたように、にやり、と人の悪い笑みを浮かべた。……すごくいやな予感がする。彼女はゆっくり口を開いた。


「私が持っているものが見えない?」

「…………」


 彼女は狩猟用の銃を僕の前にちらつかせた。


「さぁ、同行願おうか」


 僕は頷くと、彼女の後を黙ってついていった。だって仕方がないじゃないか。僕が持っているのは切れたロープだけだ。文明の利器にかなうはずがない。ついていった場所は、さほど遠くなかった。


「私の家だ」


 平屋だった。こんな山の中では立派なくらいの。おそるおそる中に入ってゆく。


「お、おじゃまします」

「そこに座ってて、お茶を用意する」

「おかまいなく……」


 ソファを勧められる。座り心地はなかなかよかった。……じゃなくて。

僕は自殺しにきたはずだ。なんでこんなもてなし受けてるんだよ。もう訳が分からない。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 彼女はお茶を机に置くと、向かい側のソファへ座った。


「自己紹介がまだだったな。私は桜子、見ての通りここに住んでいる」

「は、ハルトです」


 桜子、と名乗った女性は、猫目の美人だった。ふらり、とどこかへ行ってしまいそうな儚さがある。……銃ぶっ放さなかったらそれだけで説明が終わりそうだったんだけどな。


「さっきも言ったように、実は私、重病にかかっていてな。あと7日の命なんだ。治る見込みもない。だから最期くらい好きな場所で暮らしたいと思ってのんびりくらしていた」


 彼女はお茶に一口つけながら話す。


「自分から願い出たんだが、一人で死ぬのは……やっぱり寂しくてな。そんなとき、君を見つけた。──頼む、死んだ命だと思って7日間だけ傍にいてくれないだろうか」


 ……胡散臭うさんくさい話だな。漠然とそう思った。目の前にいる彼女はピンピンしている。7日後に死ぬなんてちっとも見えない。だけど、金を持ってなさそうな僕に声をかける意味も分からない。


「…………」


 僕は応えあぐねた。


「なぁ、頼む。この通りだ!」


 桜子は両手を合わせて僕に頼み込んだ。


「……男を、家に入れて危ないと思わないのですか?」


 最後の意地だった。不用心ではないのか、という。しかし、桜子には微塵も通用しなかった。



「大丈夫。私、君の数百倍は強いから──試す?」

「……遠慮します」



 完敗だった。狙ったかどうか分からないけれど、ロープを狙撃するなんて相当の腕の持ち主だろう。ここにくるまでの足取りを見ていると僕よりもはるかに体力があるだろう。


「じゃあ、7日間よろしくね」

「…………よろしくお願い、します」


 ものすごく嫌だったが、絞り出すように声を出した。のどが乾いたな、お茶を飲もう。そっとお茶を口に含む。



「うぐぶふぉっっ」



 飲み込むことができずにせき込んでしまった。


「大丈夫!?ほら、タオル」


 僕は無言で桜子からタオルを受け取った。……まだ舌がヒリヒリする。お茶で刺激を感じるなんて、どんな劇物なんだ!?この人さっき普通に飲んでいなかったか?まさか僕のだけとか……。彼女の心配そうな顔がにくい。


(自分から自殺しなくても、これで死にそうだな)


 最初から、前途多難を感じたのだった。



「さぁ、歓迎会をかねてご馳走を作らないとな。そこに座って待っていてくれ」

「俺が作ります」


 この人に作らせたら何が出てくるか分からない。お茶であれなのだ、固体になったら何が出てくるのか分かったものじゃない。


「客人に作らせるわけにいかないよ」

「これからここでお世話になるので、俺からの気持ちです」


 何と言われようが自分で料理してやる。一人暮らしだったからある程度は作れるから。


「……そうか、分かった。台所にあるものは好きに使ってくれ、私は出かけてくる」

「え、」


 僕だけ家に残すのか?初対面でほとんど時間も経ってないのに。桜子はさっき持っていた銃を肩にかけた。


「ちょっと狩ってくる」



 ……さいですか。



 彼女の後姿は、百戦錬磨の兵士のようだった。僕は口元がひきつりながら「いってらっしゃい」と見送った。この家で悪さをする気力なんて起きない、全く起きない。


 台所を物色すると、カレー粉があったのでみんな大好きカレーライスを作ることにした。調味料類は豊富にあったので、料理はしていたのか。途中でお茶の葉を見つけた。後ろの成分を見た後、そっと元の場所へしまった。


 人様の家だから道具を見つけるのに時間がかかる。……あと、これ賞味期限1年前のケチャップなんだけど。一通り道具や食材をそろえて野菜を切っていると、「ただいまー」と声がした。


「兎とれた」

「…………」


 ぶらーん、とウサギがぶら下がる。……どこかの団体に訴えられそうな持ち方やめてください、怖い。


「俺、丸ごと渡されても調理できませんよ」

「じゃあ私が解体バラすよ」

「……向こうでやってもらえますか?」


 桜子は「わかったぁ」と言うと、どこかへ消えていった。目の前でやられたらたまらない。僕のメンタルの弱さをなめないで欲しい。……てかさっき解体バラす言わなかったか?


 背筋にうすら寒いものが走った瞬間だった。


 

 鍋のふたを開ける。うん、食欲をそそる匂いだ。ザ・カレーなるものが出来上がった。肉はあのウサギさんだ。できるだけ見ないように調理した。


「いただきます!」


 桜子さんが一口ほおばった。


「おいしい!!ハルト君は料理が上手だな」

「……どうも」


 彼女は本当においしそうに食べていた。褒められたら悪い気はしない。


「久々に現代的なものを食べたな」

「…………」


 この人、今までどんな生活してきたんだろう?食事はおおむね平和に終わった。



 途中でだめになるだろうと思っていた桜子さんとの生活は、意外とうまくいっていた。



 桜子さんは基本僕に干渉してこない。


 「客人はそこに座っていてくれ」、と言って僕には何もさせなかった(料理だけ断固僕がすると言い張った)。だから、そこらへんを散歩するか気まぐれに桜子の手伝いという名の邪魔をするしかすることがなかった。


 桜子は、家の洗濯や掃除をしたり狩りに行ったりと気ままに暮らしていた。……本当に重病人なのか、この人。


「お茶をいれたぞ」

「…………」


 ぼーっと座っていたときにたまに出されるお茶は恐怖の物体Xだ。


「……桜子さん、お茶どう淹れていますか?」

「え?市販のお茶の葉」


 前見つけたあれか。おかしなものは入っていなかった。


「……に山の中から採ってきたものをブレンドして」

「もういいです」


 刺激の原因が分かった。「私なりにアレンジしたんだ。これが一番おいしい組み合わせだ」とかもういいから。これが一番おいしいってどういう舌してるんだ。お茶に何かを加えるな。そういう工夫、激しくいらない。……ブレンドの中にへんな草入っていないだろうな、「白い粉」の元なるものとか。僕、最初うっかり口にしちゃったんだけど。


 桜子の出すものは2度と口にしない、そう決心した。



 そんなこんなで一週間とかあっという間だった。7日目の朝、桜子はぽつりとこう言った。その日はよく晴れた、さわやかな朝だった。




「ごめん、あれ嘘」

「…………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

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