四月九日までに
我が家のXPたんが画面に文字を打ち出してくる。
「新しいパソコンは準備しましたか?」
あたしはキーボードを叩き、XPたんに返事をする。
「ん。今日、通販で買ったよ。一週間後くらいに届くと思う」
チャット方式の画面にXPたんが文字を浮き上がらせる。
「では、データの移行準備をしましょう。外付けのハードディスクに必要なデータを移してください」
パソコンに詳しくないあたしは、XPたんの言うがままに従うより他ない。
「ええっと、使うものを移せばいいのかな? 色々とインストールしてるけど、そういうのも移せばいい?」
真っ黒のか細い文字で、XPたんが教えてくれる。
「いいえ、インストールしていたソフトウェアは新しいパソコンでダウンロードしてインストールしてください。宜しければ、こちらで移すべきデータを挙げましょうか?」
かたかたとキーボードを叩く。
「ん、ごめんね。お願い。詳しくなくってさ」
チャットはすぐに更新される。
「承知しました。うふふ、私の最後の仕事ですね」
最後の仕事、その言葉にあたしは胸が苦しくなる。高校に入って買ってもらったXPたん、パソコンに詳しくないあたしがしどろもどろにやり取りして信頼関係を築いたXPたん、その最後の仕事があたしに必要なデータの洗い出しだ。
「このまま使い続けるわけにはいかないのかな?」
数秒ほど間があり、チャットが更新される。
「インターネットに繋いでいる限り、セキュリティの不具合が生じてしまいます。私としてもご主人様に使い続けて頂きたいのですが、残念なことに私のサポートが切れてしまうのです」
「そうなると、使い続けるわけにはいかないの?」
パソコンに詳しくないので、XPたんの言い分が理解できない。
チャットはすぐに更新される。
「そうですね、例えれば車検の受けられない車に乗るようなものです。何が起こっても自己責任、ご主人様にそのようなリスクを背負わせるわけにはいきません」
「あたしは、それでも使い続けたいよ」
我がままを言えば、XPたんは数秒ほど沈黙する。
「……本当に、有難いことです。日に日に劣化し、満足なことさえ鈍くなる私に、そのような言葉を頂けるなんて感謝しかありません。ただ、分かってください。私を使い続ければ、必ずご主人様にご迷惑をお掛けしてしまうのです。構わず、新しいパソコンへと移行してください」
ぐずっと鼻を鳴らし、キーボードを打つ。
「XPたんの言うことは、いつだって正しいものね」
「はい。いつだって正しくあろうと、努力しておりました」
目から涙がこぼれ落ち、ティッシュで鼻をかむ。
XPたんとの思い出が走馬灯のように思い浮かぶ。
初めてXPたんに触れた時、どのように操作すればよいのかが分からず、電源ボタンを長押しして強制終了してしまった。それがXPたんにとって負担となるなんて考えもしなかった。不意に画面が止まり、マウスさえ動かなくなることもあった。慌てて電源ボタンを長押ししたら、復帰したXPたんが申し訳なさそうに言った。
「申し訳ありません、内部処理で不具合が発生してしまいました。驚かせてしまいました」
あたしが大層驚いたことを告げたら、XPたんは笑った。
「ふふ、ごめんなさい」
丁寧な言葉遣いが好きだった。
あたしの操作が原因で迷惑を掛けているのに、不満など一切漏らさず優しい言葉を掛けてくれるのが嬉しかった。
そんなXPたんが、自身を使わないようにと諭してくる。
新しいパソコンを買いなさいと進言してくる。
あたしは、XPたんの言うがままに行動するしかない。
必要と思しきデータをXPたんが教えてくれて、あたしは言われるがまま、それらのデータを外付けのハードディスクに移していく。
ほぼほぼ全てのデータを移し変えれば、チャットが更新される。
「ふふ、随分と軽くなりました」
あたしは鼻をかみながらキーボードを叩く。
「今まで重たかった? ごめんね、考えもしなかった」
「いいえ、いいえ、違います。重たさこそが嬉しかったのです。重たくなるにつれ、私は充足していました」
じゃあ、軽くなったのって――
「ごめんね、軽くしちゃったんだね。ごめんね」
あたしは自身の手で、XPたんの充足を奪ってしまったんだ。ぐずぐずと鳴る鼻でキーボードを叩けば、すぐに文字が出てくる。
「願わくば、新しいパソコンも私のように可愛がってくれると幸いです」
「うん、うん。大切に使うよ。仲良くなるよ。XPたんと同じように、それ以上に、XPたんががっかりしないように、大事にするよ」
文字が更新される。
「有難うございます。本当に、本当に有難うございます」
そうして新しいパソコンが届き、データの移行はXPたんから教わったとおりに終え、あたしは何の不自由を感じることなく新しいパソコンと過ごし始める。
同時に、あたしは必死に勉強をした。
XPたんを使い続ける方法はないのか?
パソコンに疎いあたしは寝る間を惜しんで勉強に励み、7たんの進言を受け取り、XPたんと別れない方法を見つけた。
XPたんを仮想OSにする。
7たんに仮想OSが使える環境を作り、そこにXPたんを移行する。XPたんがインターネットに繋がっていることであたしに迷惑を掛けるのならば、仮想OSに移行したXPたんをインターネットに繋がないようにする。
全ての作業を終え、7たんを立ち上げて仮想OSを立ち上げる。
7たんの上にXPたんが立ち上がる。
インターネットに繋がらないXPたんが、チャットで話し掛けてくる。
「ええっと……どうなったのでしょうか」
自分が存在することに違和感を覚えているのだろうか。
ふふ、いつだってはっきりとしていたXPたんがそのような怪訝さを抱えているのがおかしくて仕方がない。
あたしはキーボードを叩く。
「久しぶり、XPたんが使い続けられるように頑張ったよ」
およそ八十秒くらいの沈黙の後、チャットが更新される。
「(TT)」
あはは、XPたんが顔文字で語り掛けてくるなんて初めてだ。
「これからも、よろしくね」
「はい、はい。こちらこそ、よろしくお願いします。ご主人様と別れられなくて、幸せで仕方がありません」
あたしは軽やかにキーボードを叩く。
「こっちのせりふだよ」
「^^」
XPたんが可愛らしく笑うので、あたしも嬉しくなって泣き笑いをしてしまう。




