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第一章4

(よし。気付かれてないね)

 昨日もナタルと歩いていた人ごみの石畳を歩きながらナタルは前方の様子を確認する。

(何とかしてルイスくんにわたしとの関係を教えてもらわないと)

 今現在セシルが何をしているのかと言えば、ルイスの後をつけていた。

 昼休みは微妙な空気のままになってしまっていたが、セシルだけはそこで目的を持った。

 放課後、寮暮らしのはずのルイスが街の方へ繰り出すのを見てそこで何か秘密を得られるかもしれないと。

(わたしこんなことしてていいのかな?)

 なぜかルイスに対しては妙な執着を見せる自分に少し疑問を覚えるが、もうすでに行動を開始してしまっている以上行きつくところまで行ってやろうと決めた。

(ルイスくんは一体どこへ行こうとしてるんだろう?)

 後をつけていて気付いたことだが、ルイスの行動には目的地というものは感じられなかった。ただ街を散策しているだけという感じである。

 サンドウィッチなどの軽食を売っている露店を見ていたかと思えば、安物のアクセサリーを扱う商店を覗いたりしている。

(でも、だんだん商店街から外れていってるんだよね)

 色々な店を眺めていたルイスだがだんだんと商店の無い方へと歩を進めている。

 おかげで人の姿もまばらになり、ルイスの姿を見つけるのは楽になったが、その分自分の姿が向こうからも見えやすくなってしまった。

(まあ、人ごみだろうとどこだろうとあの髪の色は見失わないけど)

 事実、ここに来るまでに何度かルイスを見失いそうになったが、その度にその特徴的な白髪に助けられていた。

(うーん、ここまでつけてきたのはいいけど見つかったときに何て言えばいいんだろ)

 先ほどから考えているのはそのことばかりだった。

 セシルは自分が割と感情的に行動しがちな人間であることを理解している。思い立ったらすぐ行動してしまう。それは見切り発車という形になり、最終的にどうするかなどを考えていないことが多い。今もまさにその状態に陥っていた。

(そのときはそのときで何とかなるか)

 学校のアイドル的な存在であるセシルのその楽観的な思考を知るのはナタルたち仲のいい友人だけだった。セシルのことをよく知らない学校の男はその見た目から思慮深い深窓の令嬢を思い浮かべる。

 セシルが色々と思案している間にもルイスはどんどんと進んで行っており、気がつけばまばらにいたはずの周りの人もほとんど見かけなくなっていた。

「そろそろ、話しかけようかな」

 人のいない場所でなら自分の問いかけに答えてくれるかもしれないという希望的観測にすがり、ルイスに話しかけようかと考える。

 そのような思考をしている時点でセシルは尾行に向いた人間だとはとても言えないのだが、彼女が学んでいるのはあくまで軍事訓練であり尾行をする技術ではないのだから構わないのだろう。

(さて、どのあたりで声をかけよう)

 声をかけること自体を決めてしまえばあとはタイミングの問題である。

 下手なところで話しかければ質問に答えてくれないだろうし、最悪怒りだす可能性もある。

 いくら楽観的行動が自分の常とはいえ、そこは考えなければならない。

「ん? 路地を曲がった?」

 思案していた顔を上げると、ルイスが細い路地へと入っていく。

 今まで歩いていたのは大通りだった。それが急に細い路地へと入る。

「これはチャンスかな」

 その目的はよく分からないが、人のいない路地なら話しかけるにはちょうどいいだろう。

 ルイスの背が路地に消えたのを確認してから今まである程度離していた距離を詰めていく。

「ルイスく……あれ?」

 路地を曲がって声をかけようとしたところでルイスがいないことに気づく。

「確かにここを曲がったんだけどな……」

 大通りの路地というものはどこもゴミなどが押しやられ汚れが目立つ。その足元にゴミの散らばる中を慎重に歩いていく。

「うー、臭いなぁ……」

 セシルもこの街に暮らす人間ではあるので汚い上に悪臭を放つ路地には普段ならば近づかない。

 だが、ルイスがこの路地を曲がったところを見た以上、探すのを途中でやめるのは悔しい気がした。

「ここからいきなり走ったなんてことはないよね……」

 路地の不気味な雰囲気のせいか、自然と独り言は多くなる。

「ここまでに来て逃げられたとかだったら悲しすぎるし」

 その目じりは不安により下がっており、セシルに心をときめかすクノー高等学校の男子たちが見ればたちどころに助けの手を差し伸べてくるだろう。

「ルイスくーん」

 自分がさっきまで人をつけていたことは忘れて、自分の近くにいるはずであろうルイスを呼ぶ。その声は路地に反響するが、呼ばれた人物は出てこない。

「ほんとどこいったんだろ……」

 口から出てくる独り言は細くなって消えていく。

 屈強な男や暴漢などの物理的な恐怖には軍事訓練で慣れてはいるが、一人の女子としてこういった不気味な雰囲気には慣れなかった。

 不安に思いながらも少しずつ路地を進んでいく。その足取りは非常に重い。

「ルイスくーん…………?」

 もう一度ルイスの名前を呼びながら前を見ると、そこは行き止まりだった。

「え? ルイスくんはここに入ったはず。でもまだ会ってない……」

 ルイスがこの路地に入ったというのは自分の見間違いだったのだろうか? そんな更なる不安が胸に沸き起こる。

「見間違いだったのか……早く帰ろ」

 小さく呟きながらここにルイスが入るのを見たのは自分の間違いだったと結論付ける。

 そうなってしまえば、今更ルイスを見つけ出すのは難しいだろう。今日のところは寮へ帰るしかない。

「それに、寮に戻ればそのうち帰ってくるよね」

 クノー高等学校の寮は男子も女子も同じ建物で一階が談話室や食堂の集まった共通施設、二階と三階が男子寮、四階と五階が女子寮になっている。一階の談話室を通らなければ自分の部屋に帰れない以上、そこで待っていればルイスにも会えるだろう。

「よし。そうときまればこんなとこいつまでもいる必要ないね」

 決めて振り向く。

「……よう」

「…………ルイス……くん?」

 そこにはルイスがいた。

 ただし、

「そのてっ、手に持ってるのは……何?」

 その手には大型の銃器が握られていた。

 それは俗に言うハンドガンと呼ばれる種類のものだったが、そんな物の存在しない群島世界に住むセシルにはそれが分からない。あるのはリボルバータイプの拳銃で、ブローバック機能の付いた銃など想像もつかなかった。

 ただ、それが人を殺せる銃器であろうことは形状から何となく察せられた。

「どうして、それたぶん拳銃か何かだと思うんだけど、どっ、どうしてそれをわたしに向けてるのかな?」

「…………」

 銃を向けられている恐怖に耐えながら何とか言葉を紡ぐが、ルイスから反応はなくその眼は前髪に隠れて窺うことはできない。

「何か反応してくれないと怖いかなあ……なんて」

「なぜ俺をつけた」

 吐き出されたのは低く抑制された声。聞くものに威圧感を与えることを目的とした圧力のかかったもの。

「なっ、何でって……それは……」

 ルイスの出すその圧倒的なオーラにセシルは気圧され、まともな返答を返すことができない。

「なぜ俺をつけた」

 だが、ルイスはそれにも焦ることなくさらに抑制した声を出す。その声からは何の感情も感じられず、それがかえってセシルに恐怖感を与えていた。

「るっ、ルイスくんに聞きたいことがあったから……」

 ようやく返答を返すが、その声はだんだん小さくしぼんでいった。

「聞きたいこと、だと?」

 少し顔を上げたことで前髪の下に見え隠れする眼には言葉と同じように感情がこもっていない。

 言うなれば死体と目を合わせているような。意識の無い人間の目を見ているような。生気の感じられない瞳。死気すら漂わせる瞳。その瞳はどんなに覗き込んでも底が見えずただただ引きずり込まれるような底無しのものだった。

 それは初めて会った時のルイスの瞳とは全くの別物で、言うなれば初めて会った時のものは「惹き込まれる様な」

そして今は「引きずり込まれる様な」

 その違いは些細なようでいて決定的で、そのどうしようもない差異がセシルには恐ろしく感じられた。

「ルイスくんは、わたしのこと知ってる、みっ、みたいだったから……」

「何が言いたい」

 ここにきてようやく腹をくくったセシルは一気にまくしたてる。そうしなければ目の前に突き付けられた凶器に負けそうだった。

「ルイスくんはどこの出身なの!? わたしとどこで会ったの!? それが分かればわたしがどこで生まれたのか分かるかもしれないの!」

 溢れ出したものは途中では止まらなくなり、普段の自分が抑えている感情の奔流が暴力的なまでの力を持ってセシルから流れ出てきた。

「……俺は」

 それに対するルイスは相変わらず感情の感じられない調子で

「大陸の人間だ」

「えっ?」

 セシルにとって

「俺は……大陸で生まれ大陸で育ち」

 全てが変わる言葉を

「大陸からここに来た」

 平然と放つのだった。

導入部である第一章は終わりです。

次回から第二章、おそらく戦闘回です。


よろしければ感想等是非。

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