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第一章1

基本的に場面転換ごとなどで更新していくので短めです。

まだ冬というには風が冷え切っていない季節。

 衣替えからもすでに何週間か経っていて、ゆっくりとしかし確実に過ぎていく今年に、大抵の学生はいつもと変わらない秋を特に何を考えるでもなく過ごしていた。

 ちょうど昼を過ぎた時間帯で、真面目な学生は何とか眠気を堪えながら教師の退屈な話を聞き、不真面目な者はそうそうに授業を聞くのを諦め夢の世界へと旅立っている。

「この世界は『群島世界』と呼ばれ、ある程度の規模を持った二十八の島国が密集して成り立っている。このリヴァルがあるイグリスもその一つだ」

 眼鏡をかけた初老の男性教師は、寝ている学生は目に入らないらしく、世界の構成について眠気を誘うようなテンポでゆったりと語っていく。

「おおよそ島一つに国一つのバランスでそれぞれの国家は形成され、それぞれの国家間の行き来は盛んだ。しかし、群島世界の他には未だに陸は発見されていない。科学者たちの話では海を越えた向こうに『大陸』と呼ばれる大きな島が存在するらしいが、まだその長大な海を越えられたものは歴史上一人もいない」

 この教師は世界の成り立ちについて話すのが好きらしく、授業の進行度合いとは関係なくこの話は何度も聞いているのだが、そんなことはお構いなしに教師はゆっくりと語る。

 そんな教師の声を意識の遠くに聞きながらセシル・マクファーレンはぼんやりと空想の世界に浸っていた。

 教師の語る遥か遠くに存在するという大陸。

 この小さな群島世界という枠を飛び出して自分が大陸に渡る夢。

 空にはきっとセシルの思いもしないような飛行機が飛び交っているだろうし、もしかしたらすでに宇宙に飛び立っているのかもしれない。

 海には大型の戦艦が何隻も行き交い、自分たちの国を油断無く守っているのだろう。

 街にはセシルの知らない材質で作られた整然とした大通りが真っ直ぐに伸び、その両脇には背の高い尖塔が立ち並び、景観を守りつつ様々な色をした家々が所狭しと並んでいる。貧しく路上で夜を過ごす者など一人もおらず、誰しもが大きな家に住み小奇麗な服に身を包んで、堂々とした足取りで楽しそうに街を歩いていく。

 空想するセシルの頭の中の大陸は、見たことも無いはずなのに不思議とリアルな質感を持ってきっとそれが本当なのだという印象を与えてくる。

「……つまらない」

 思わずぼそりと呟くと

「おい、マクファーレン。セシル・マクファーレン」

「へ……? あっ、はい」

 そのタイミングで初老の教師に呼ばれる。

 セシルが立ち上がると一斉にクラスの視線が集まる。

 原因はその容姿にあった。

 今年で十五歳になるが、その見た目は着実に大人の女性へと近づいていっている。腰まで伸ばした長い薄茶色の髪は自慢の一つで、クラスの中でも羨ましがられることが多く、その透き通った蒼い瞳と相まって清らかな雰囲気を醸し出す。彼女が儚げなため息をつけば、周りの人間が一斉にその身を案じるほどだ。その小柄な体躯は男性の庇護欲をそそり、気付けば入学してからのこの半年間で学年の半数の男子に告白されるという事態を招いていた。

 おかげでこのクノー高等学校にはセシルのことを知らないという人間は一人もいない。

「群島世界で一番大きな国はどこだ?」

 しかし、そんなセシルの美貌も教師には関係なく、ぼんやりとしていた代償とでも言うように質問を浴びせてくる。

「えーと……アメリア王国です」

「……正解だ」

 ぼーっとしていたはずのセシルが正解を答えたのが気に食わないのか、教師は少し憮然とした表情を浮かべる。

 そこでセシルがにっこり笑ってみると

「ッ! マクファーレン、早く座りなさい!」

「はい」

 若干顔を赤らめて黒板の方へ向いてしまった。

 周囲からはおーっと歓声のような声が漏れる。

 セシルが周りから好かれる理由にこの表情があった。

 普段は内気な雰囲気で活発ではなさそうなのに、次の瞬間には笑って元気よく駆け出している。このコロコロと変わるセシルの表情や仕草に周りの人間はなぜだか強烈に吸い寄せられた。

 その理由はセシル自身も分からないのだが、場合によっては情緒不安定にも見えるはずのそれがセシルにとっては魅力の一つになっているのだ。

 今日もまたその可憐な笑顔で男性教師をやりこめたセシルはやはりクラスの中心だった。

 セシルが着席するとタイミングよく授業終了の鐘が鳴る。

「では、今日の授業はここまでとする。解散」

 この日の授業はこれで最後で、セシルは友達と帰り支度を始めた。

「ねえねえセシル」

「ん? なに?」

 鞄を持ち上げたところで声をかけてきたのは右隣の席に座るナタル・クリングだった。

「今日さ、街に買い物に行こうかと思ってるんだけど、一緒に行かない?」

「行く行く」

 セシルは笑顔で答えてナタルと一緒に教室を出た。

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