夏月
夏の夜はとくべつだ、と僕は思う。陽が落ちて、気温が下がっても、暑かった昼の名残が消えない。いつまでも空気が揺らいでいる。そんな雰囲気が、僕は好きだ。
「なんでさー、スイカバーってさー、こんなにノスタルジー感じちゃうのかなー」
隣をゆく幼なじみは、融けかけのアイスキャンディを齧りながら歩道の縁石の上を歩いている。
「おい、小学生かよ。」
「そう、小学生のときスイカバーってぜいたくだったよね。」
あ、とけちゃう。そう言って幼なじみはスイカの皮を模した黄緑の部分をぺろりと舐める。僕の話なんかまるで聞いちゃいない。僕はガキみたいなことをしている彼女に突っ込むのを諦めた。かわりに自分のソーダ味のアイスをしゃくりと齧る。
街灯のオレンジ色の光。歩道に伸びる二つの影。横断歩道の縞模様。ずっと遠くから聞こえる、オートバイの走行音。
ふだんの忙しない日常を一歩踏み外してしまったみたいな、なんだか妙に現実離れした光景だと思った。
「……あ、ねえ。」
僕のしらないメロディを鼻歌で奏でていた幼なじみが、ふいにこちらに向き直る。
「月、きれいじゃない?」
顔を上げると、幼なじみの頭越しにまんまるい月がぽっかりと浮かんでいた。
「……ああ、綺麗だね。」
花より団子、という言葉が相応しい彼女の口から出た言葉に、いささか驚きながら僕は頷く。たしかに今日の月は満月というだけじゃなく、その姿を雲に隠すことなくはっきりと僕たちに晒していた。少し珍しいかもしれない。
夏の空はいつもこんな感じだっただろうか。年の数だけ経験しているはずの季節なのに、巡ってくるたび新たな驚きをもって迎えている気がする。
それってなんだか、すごく不思議だ。まるで自分が学習しないいきものであるかのように感じられるけれど、その感覚も嫌いじゃない。
「なんかあの月、いまの気分にすごく合うんだよねー」
そんなこれ以上ないくらいに自己中心的なことを言いながら、いつのまにか幼なじみは車道との間に置かれた赤と白のフェンスに足をかけている。
「あっ!」
白いスカートを翻して車道側に降り立った彼女は、僕のことをからかうみたいにへらへらと笑った。
「おい、何してんだよ。」
「いいじゃん、車なんてこないよ。」
「そういう問題じゃないだろ。」
「おカタいこと言わないの!」
しゃくり。彼女が手にしたアイスを齧る。その音が、僕の耳には妙に響いて聞こえた。
「アイス、融けちゃうよ。」
いたずらっぽく彼女が笑ったのと同時、まるで見計らったかのようなタイミングで僕の手にしたアイスからぽたりと雫が落ちる。
「あ、うわ!」
急いで舐めようとしたそばから、今度は指先に冷たい感覚。慌てる僕に、彼女は声を上げて笑いながら縁石を超え歩道を走り出す。
「ちょっと待てよ!」
二十メートルほど走ったところでふいに立ち止まって振り返った彼女は、残ったアイスを頬張ると叫んだ。
「今日はほんとに、月がきれいだね!」