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婚約破棄されたので辺境伯に拾われましたが、元婚約者と浮気女が土下座してももう遅いです

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/05/11


 ――婚約破棄。


 それは、たった一言で人生を叩き壊すには十分過ぎる言葉だった。


「セレフィナ・ローゼリア!! お前との婚約は今日この場をもって破棄する!!」


 王城の大広間。


 煌びやかなシャンデリアの下で、私は静かに目を閉じた。


 やっぱり、こうなったか。


「……理由を、お聞きしても?」


「白々しいな。お前は侍従長の息子と密通していたそうじゃないか」


 は?


 いや、待って。


 何その話。


「証人もいる」


 王太子レオヴァルトの隣で、勝ち誇ったように笑う女。


 男爵令嬢ミレイア。


 ……あぁ。


 なるほどね。


「わたくし、見てしまったんです……!! セレフィナ様が男性と抱き合っているところを……!!」


 嘘泣きまで完璧か。


 随分と練習したんでしょうね。


「レオ様は優しいから今まで黙っていたんです……!! でも、もう限界で……!!」


 そう言ってレオヴァルトの腕に抱き付く。


 うわ。


 普通に気持ち悪い。


 というか。


「レオヴァルト殿下」


「なんだ」


「わたくしが浮気をした、と?」


「そうだ」


「では逆にお聞きしますが」


 私はニコリと笑った。


「あなたがミレイア様と肉体関係を持っている件については、どうお考えで?」


 会場が凍った。


「……は?」


「城下の高級宿“金雀亭”。三日前の夜。部屋番号は三〇七。わたくし、偶然見てしまいましたの」


 レオヴァルトの顔色が変わる。


 ミレイアも目を見開いた。


「な、な、な……!!」


「しかも二回目でしたわよね? 前回は北塔の客室でしたもの」


「黙れ!!」


 怒鳴ったのはレオヴァルトだった。


 図星か。


 分かりやす。


「そもそも、わたくしに罪を擦り付けようとした理由は“自分が浮気していたから”でしょう?」


「違う!!」


「では証拠をお出しください」


「っ……!!」


 出せない。


 当然だ。


 私は何もしていない。


 全部、こいつらのでっち上げだ。


「セレフィナ様!! そんな言い訳――!!」


「言い訳しているのはどちらでしょう?」


 ミレイアの言葉を遮る。


「あなた、“わたくしが男と抱き合っていた”と仰いましたわよね」


「え、えぇ……!!」


「その日、わたくしは高熱で三日間寝込んでいましたけれど」


「…………え?」


「診断した宮廷医師もおります。もちろん侍女達の証言も」


 ミレイアの顔から血の気が引いた。


 詰みである。


 でも。


 それでもレオヴァルトは引かなかった。


「……ふん。だから何だ」


 最低だった。


「俺は王太子だ。お前のような可愛げのない女より、ミレイアの方が愛らしい」


 会場がざわつく。


「セレフィナ。お前は努力家だ。優秀だ。だが息が詰まる」


 勝手なことを。


「俺はミレイアと生きる」


「そうですわ!! レオ様はわたくしを愛して――」


「そう」


 私は頷いた。


 もういい。


 全部。


「では、婚約破棄を受け入れます」


「……は?」


「その代わり」


 私はゆっくりと顔を上げた。


「ローゼリア侯爵家は、王家への支援を全面停止致します」


 空気が変わった。


 レオヴァルトが固まる。


 そう。


 この国の流通、財政、貴族間取引。


 その三割はローゼリア侯爵家が握っている。


 私を切ればどうなるか。


 本当は、分かっていたはずだ。


「ま、待て……!!」


「失礼しますわ」


 私は一礼して、大広間を後にした。


 その瞬間だった。


「――面白い女だな」


 低い声。


 振り返ると、銀灰色の髪をした男が壁際に立っていた。


 黒い軍服。


 鋭い眼光。


 辺境伯アルディオン・ヴァレイス。


 “氷狼辺境伯”と恐れられる男。


「……何か」


「いや」


 彼は私を見下ろして、少しだけ口角を上げた。


「趣味が良いと思ってな」


「趣味?」


「啖呵の切り方だ」


 思わず吹き出しそうになる。


 何、その感想。


「それで」


 アルディオンは当然のように続けた。


「行く場所はあるのか?」


「……ありませんわね」


 家に戻れば父は激怒する。


 社交界も敵だらけ。


 王太子に逆らった女に居場所なんてない。


「なら、うちへ来い」


「は?」


「辺境は人手不足だ」


 何それ。


 スカウト?


「食事は出す。部屋も用意する」


「……随分と親切ですのね」


「気に入った」


 即答だった。


「お前、俺の妻になれ」


「話飛び過ぎでは?」


「駄目か?」


「駄目です」


「そうか」


 なのに。


 アルディオンはどこか嬉しそうだった。


「なら、口説くところから始める」


 その目を見た瞬間。


 私は少しだけ思った。


 あぁ。


 人生、まだ終わってないのかもしれない、と。


   ◇


「セレフィナ様!! こちら寒くありませんか!?」

「湯を用意させます!!」

「旦那様が“最高級の毛布を出せ”と!!」


「…………」


 辺境伯邸に来て三日。


 扱いがヤバい。


 何これ。


 王族待遇?


「アルディオン様」


「なんだ」


「使用人達が過保護過ぎます」


「当然だろ」


 当然ではない。


「お前は大事な客人だ」


「客人に毎日宝石送り付けます?」


「似合うからな」


 さらっと言うな。


 心臓に悪い。


「あと」


 アルディオンは私の隣に座った。


「泣きたくなったら言え」


「……え?」


「無理してるだろ」


 その瞬間。


 胸の奥がぐしゃりと潰れた。


 私はずっと平気なふりをしていた。


 婚約破棄されても。


 裏切られても。


 全部。


 でも。


「っ……」


 涙が落ちた。


「……最低ですわ。わたくし」


「何が」


「八年間、支えてきたのに」


 声が震える。


「簡単に捨てられて」


「セレフィナ」


「わたくし、そんなに愛される価値ありませんでしたの……?」


 次の瞬間。


 強く抱き締められた。


「ある」


 低い声。


「お前を捨てた奴が馬鹿なだけだ」


 優しかった。


 あまりにも。


「俺は絶対に手放さない」


 その言葉が。


 壊れた心に、静かに染み込んでいった。


   ◇


 それから二ヶ月後。


 王都は地獄になった。


 ローゼリア侯爵家の支援停止。


 辺境伯家による流通制限。


 結果。


 王家の財政は崩壊寸前。


「セレフィナ!! 頼む、戻って来てくれ!!」


 そして現れた元婚約者。


 みっともなく土下座しながら。


「ミレイアに騙されていたんだ!!」


「へぇ」


「お前だけなんだ!! 愛している!!」


「無理ですわね」


 即答した。


「だ、だが!!」


「あなた、わたくしを公開処刑みたいに捨てましたわよね?」


「うっ……」


「浮気したのもあなたですし」


「…………」


「何より」


 私は微笑んだ。


「もう、もっと素敵な方に愛されていますので」


 背後から伸びてきた腕が、私の腰を抱く。


「遅かったな、元王太子」


 アルディオンだった。


 レオヴァルトの顔が歪む。


「き、貴様……!!」


「セレフィナは俺の婚約者だ」


「――え?」


 私も初耳なんだけど?


「来月、結婚する」


「聞いてませんが!?」


「今言った」


「順番がおかしいですわ!!」


 なのに。


 アルディオンは真面目な顔で言った。


「嫌か?」


 ずるい。


 そんな顔。


「……嫌じゃ、ありません」


 言った瞬間。


 アルディオンが珍しく笑った。


 本当に、嬉しそうに。


 一方。


 レオヴァルトは崩れ落ちていた。


「そん……な……」


「では」


 私は最後に微笑む。


「さようなら、殿下」


 もう二度と。


 あなたを振り返ることはない。


 だって私は。


 ようやく、本当に愛される場所を見付けたのだから。




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