婚約破棄されたので辺境伯に拾われましたが、元婚約者と浮気女が土下座してももう遅いです
――婚約破棄。
それは、たった一言で人生を叩き壊すには十分過ぎる言葉だった。
「セレフィナ・ローゼリア!! お前との婚約は今日この場をもって破棄する!!」
王城の大広間。
煌びやかなシャンデリアの下で、私は静かに目を閉じた。
やっぱり、こうなったか。
「……理由を、お聞きしても?」
「白々しいな。お前は侍従長の息子と密通していたそうじゃないか」
は?
いや、待って。
何その話。
「証人もいる」
王太子レオヴァルトの隣で、勝ち誇ったように笑う女。
男爵令嬢ミレイア。
……あぁ。
なるほどね。
「わたくし、見てしまったんです……!! セレフィナ様が男性と抱き合っているところを……!!」
嘘泣きまで完璧か。
随分と練習したんでしょうね。
「レオ様は優しいから今まで黙っていたんです……!! でも、もう限界で……!!」
そう言ってレオヴァルトの腕に抱き付く。
うわ。
普通に気持ち悪い。
というか。
「レオヴァルト殿下」
「なんだ」
「わたくしが浮気をした、と?」
「そうだ」
「では逆にお聞きしますが」
私はニコリと笑った。
「あなたがミレイア様と肉体関係を持っている件については、どうお考えで?」
会場が凍った。
「……は?」
「城下の高級宿“金雀亭”。三日前の夜。部屋番号は三〇七。わたくし、偶然見てしまいましたの」
レオヴァルトの顔色が変わる。
ミレイアも目を見開いた。
「な、な、な……!!」
「しかも二回目でしたわよね? 前回は北塔の客室でしたもの」
「黙れ!!」
怒鳴ったのはレオヴァルトだった。
図星か。
分かりやす。
「そもそも、わたくしに罪を擦り付けようとした理由は“自分が浮気していたから”でしょう?」
「違う!!」
「では証拠をお出しください」
「っ……!!」
出せない。
当然だ。
私は何もしていない。
全部、こいつらのでっち上げだ。
「セレフィナ様!! そんな言い訳――!!」
「言い訳しているのはどちらでしょう?」
ミレイアの言葉を遮る。
「あなた、“わたくしが男と抱き合っていた”と仰いましたわよね」
「え、えぇ……!!」
「その日、わたくしは高熱で三日間寝込んでいましたけれど」
「…………え?」
「診断した宮廷医師もおります。もちろん侍女達の証言も」
ミレイアの顔から血の気が引いた。
詰みである。
でも。
それでもレオヴァルトは引かなかった。
「……ふん。だから何だ」
最低だった。
「俺は王太子だ。お前のような可愛げのない女より、ミレイアの方が愛らしい」
会場がざわつく。
「セレフィナ。お前は努力家だ。優秀だ。だが息が詰まる」
勝手なことを。
「俺はミレイアと生きる」
「そうですわ!! レオ様はわたくしを愛して――」
「そう」
私は頷いた。
もういい。
全部。
「では、婚約破棄を受け入れます」
「……は?」
「その代わり」
私はゆっくりと顔を上げた。
「ローゼリア侯爵家は、王家への支援を全面停止致します」
空気が変わった。
レオヴァルトが固まる。
そう。
この国の流通、財政、貴族間取引。
その三割はローゼリア侯爵家が握っている。
私を切ればどうなるか。
本当は、分かっていたはずだ。
「ま、待て……!!」
「失礼しますわ」
私は一礼して、大広間を後にした。
その瞬間だった。
「――面白い女だな」
低い声。
振り返ると、銀灰色の髪をした男が壁際に立っていた。
黒い軍服。
鋭い眼光。
辺境伯アルディオン・ヴァレイス。
“氷狼辺境伯”と恐れられる男。
「……何か」
「いや」
彼は私を見下ろして、少しだけ口角を上げた。
「趣味が良いと思ってな」
「趣味?」
「啖呵の切り方だ」
思わず吹き出しそうになる。
何、その感想。
「それで」
アルディオンは当然のように続けた。
「行く場所はあるのか?」
「……ありませんわね」
家に戻れば父は激怒する。
社交界も敵だらけ。
王太子に逆らった女に居場所なんてない。
「なら、うちへ来い」
「は?」
「辺境は人手不足だ」
何それ。
スカウト?
「食事は出す。部屋も用意する」
「……随分と親切ですのね」
「気に入った」
即答だった。
「お前、俺の妻になれ」
「話飛び過ぎでは?」
「駄目か?」
「駄目です」
「そうか」
なのに。
アルディオンはどこか嬉しそうだった。
「なら、口説くところから始める」
その目を見た瞬間。
私は少しだけ思った。
あぁ。
人生、まだ終わってないのかもしれない、と。
◇
「セレフィナ様!! こちら寒くありませんか!?」
「湯を用意させます!!」
「旦那様が“最高級の毛布を出せ”と!!」
「…………」
辺境伯邸に来て三日。
扱いがヤバい。
何これ。
王族待遇?
「アルディオン様」
「なんだ」
「使用人達が過保護過ぎます」
「当然だろ」
当然ではない。
「お前は大事な客人だ」
「客人に毎日宝石送り付けます?」
「似合うからな」
さらっと言うな。
心臓に悪い。
「あと」
アルディオンは私の隣に座った。
「泣きたくなったら言え」
「……え?」
「無理してるだろ」
その瞬間。
胸の奥がぐしゃりと潰れた。
私はずっと平気なふりをしていた。
婚約破棄されても。
裏切られても。
全部。
でも。
「っ……」
涙が落ちた。
「……最低ですわ。わたくし」
「何が」
「八年間、支えてきたのに」
声が震える。
「簡単に捨てられて」
「セレフィナ」
「わたくし、そんなに愛される価値ありませんでしたの……?」
次の瞬間。
強く抱き締められた。
「ある」
低い声。
「お前を捨てた奴が馬鹿なだけだ」
優しかった。
あまりにも。
「俺は絶対に手放さない」
その言葉が。
壊れた心に、静かに染み込んでいった。
◇
それから二ヶ月後。
王都は地獄になった。
ローゼリア侯爵家の支援停止。
辺境伯家による流通制限。
結果。
王家の財政は崩壊寸前。
「セレフィナ!! 頼む、戻って来てくれ!!」
そして現れた元婚約者。
みっともなく土下座しながら。
「ミレイアに騙されていたんだ!!」
「へぇ」
「お前だけなんだ!! 愛している!!」
「無理ですわね」
即答した。
「だ、だが!!」
「あなた、わたくしを公開処刑みたいに捨てましたわよね?」
「うっ……」
「浮気したのもあなたですし」
「…………」
「何より」
私は微笑んだ。
「もう、もっと素敵な方に愛されていますので」
背後から伸びてきた腕が、私の腰を抱く。
「遅かったな、元王太子」
アルディオンだった。
レオヴァルトの顔が歪む。
「き、貴様……!!」
「セレフィナは俺の婚約者だ」
「――え?」
私も初耳なんだけど?
「来月、結婚する」
「聞いてませんが!?」
「今言った」
「順番がおかしいですわ!!」
なのに。
アルディオンは真面目な顔で言った。
「嫌か?」
ずるい。
そんな顔。
「……嫌じゃ、ありません」
言った瞬間。
アルディオンが珍しく笑った。
本当に、嬉しそうに。
一方。
レオヴァルトは崩れ落ちていた。
「そん……な……」
「では」
私は最後に微笑む。
「さようなら、殿下」
もう二度と。
あなたを振り返ることはない。
だって私は。
ようやく、本当に愛される場所を見付けたのだから。




