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「ばーちゃんも喜ぶやろ」で形見を溶かした俺の話

作者: 匙田さじ
掲載日:2026/05/03

 ばーちゃんが死んだ。


 九十二歳だった。


 いわゆる、大往生ってやつだ。


 親戚たちはみんな、

「よう生きたわ」

「最後までしっかりしてたな」

 とか言っていた。


 でも、俺の中では違う。


 あの人は――

 “実家のラスボス”だった。


 戦争経験済み。

 腰が終わってるのに毎日畑に出る。

 病院の医者より薬の名前に詳しい。

 オレオレ詐欺を二分で孫扱いし、最終的に泣かせる。


 生存戦略だけ異様にカンストした老婆だった。


 そんなばーちゃんの遺品整理は、

 思ったより雑に進んだ。


「欲しいもんあったら、持って帰り」


 もう大事なものは、

 だいたい分け終わった後だった。


 仏壇の引き出しをガサガサしていたら、

 小さな金の指輪が出てきた。


 K24。


 昭和の女が好きそうな、

 やたら分厚くて、妙にギラついたデザイン。


 今つけたら、

 反社かパチ屋のオーナーにしか見えない。


 でも、持った瞬間――

 ズシッ、と重かった。


 小さいくせに、

 やたら存在感がある。


 そのとき、俺は思った。


「これ、喜平にしよう」


 ちょうどその頃、YouTubeで、


『金価格高騰!』

『資産としての純金!』


 みたいな動画を見まくっていた。


 完全に脳が“金”に寄ってた。


 傷だらけやし、

 ぼろぼろやし、

 くすんでるし。


 こんなん、

 資産価値しかないしな。


 せっかくなら、

 オシャレでつけられるやつにしたほうが、

 ばーちゃんも喜ぶやろ。



 ……そう思った。


 ばーちゃんの金を、“今の俺”にアップデートする。


 進化。


 そう、ポケモンみたいなもんだ。



 ◇



 貴金属店の兄ちゃんは、歯がやたら白かった。


「リメイクですね〜。喜平にするなら、一回溶かしますね!」


 ――え?


 溶かす?


 いや待って。

 “加工”じゃなく?


 溶解???


 いや、理屈ではわかる。


 指輪がそのまま、

 にゅるん、とブレスレットに変形するわけがない。


 俺もそこまで、

 現実を『鋼の錬金術師』だと思って生きてはいない。


 ……いや、ちょっと思っていたかもしれない。



 イメージとしては、

 RPGの鍛冶屋だった。


 素材を渡す。

 奥でカンカンやる。

 数日後、上位装備が完成する。


 そういうやつ。


 でも現実は、もっと容赦なかった。


 一回、溶かす。


 完全に、ドロドロにする。


 いや怖。



 しかも、指輪だけでは少し足りないらしい。


 足りない分は、金を足すことになった。



『それ、“ばーちゃんの形見”というより、

 “ばーちゃん風味”では?』


 脳内のコンプライアンス部門が、

 だいぶ強めに警鐘を鳴らしていた。


 でも、もう後には引けない。


 俺は頷いた。


 大人だから。


 ◇




 でも、家に帰ってから妙に気になった。


 あの指輪、今ごろもう、

 指輪じゃなくなってるんかな、と。


 そう思った瞬間、急に胸がザワついた。


 そして、確かに聞こえた気がした。


『あんた、ほんまにそれでええんか?』


 ばーちゃんの声だった。


 正直、心臓がキュッとなった。


 でも、見なかったことにした。


 大人だから。



 ◇



 数週間後。


 完成したブレスレットを見た瞬間、

 俺は普通にテンションが上がった。


 いや、めちゃくちゃカッコよかったのだ。


 ギラッギラ。まばゆい。キングオブ金。


 圧倒的“金”。


 もう、

『資産です』

 って顔してる。


 防御力より換金率が高そうな装備だった。


 腕につけた瞬間、

 ちょっとだけ強くなった気がした。


 でも同時に、気づいてしまった。


 ――これは、“遺品”じゃない。


 完全に、“金塊”だ。


 ばーちゃんの指輪にあった、

 細かい傷。

 歪み。


 赤ん坊の頃の俺が噛んだ歯形。


 そういうものが、全部消えていた。


 ぐつぐつ煮込まれて、

 跡形もなく。


 つまり俺は、

 ばーちゃんの“時間”ごと溶かしたのだ。




 ◇



 法事の帰り。


 親戚たちも帰って、

 実家は急に静かになっていた。


 縁側でお茶をすすっていたとき、

 母が何気なく言った。


「そういや、ばーちゃんの指輪、どこいったん?」


 軽い声だった。


 世間話みたいに。


 でも、その瞬間。


 俺の脳内で警報が鳴った。


 やばい。


 言ってなかったっけ?


 いやでも俺の物やし……。


 でも母にとっては、“母の母の形見”やし……。


 しかももう、溶けてる。




  やっっっっちまった。




 俺は必死で答えた。


「あっ……あれな。リメイクした。ブレスレットに。喜平で」


 なぜ最後に“喜平で”を付け足したのかは、自分でも謎だった。



 母は三秒ほど黙った。


 そして、湯呑みを見つめたまま言った。


「そうなん……。

 ばーちゃん、あんたのこと好きやったもんね。

 喜ぶ……かもしれんな」


 その“かもしれんな”が、

 思ったより深く刺さった。


 怒られた方が、まだ楽だった。


 このときの俺は、だいたいこんな感じだった。


 罪悪感、60%

 安堵、10%

 残りは、手首の金属疲労。


 ブレスレットの重さは、

 体感二百キロになっていた。


 風が縁側を抜けていく音だけが、

 やけに遠かった。



 ◇



 帰り道。


 首をうなだれて歩きながら、

 ふと思った。


 あれは、“金”じゃなかった。


 “思い出”だったんだ。


 ばーちゃんが生きてきた時間。


 誰にも見えないくらい小さな傷跡。


 その全部を、俺は溶かしてしまった。



 帰宅してから、ふと思い出した。


 昔、母が言っていた言葉を。


「その指輪な。

 じいちゃんが、初任給で買ったやつなんやで」


 その瞬間。


 俺は、喜平をつけたまま泣いた。


 声は出なかった。


 玄関の電球だけが、ぼんやり滲んで見えた。


 


 金は、形を変えられる。


 でも。


 形にしか宿らないものがある。


 喜平としては完璧だった。


 けど、あの指輪にしか残っていなかった何かは、

 もう戻らない。


 使うか、残すかじゃなかった。


 問題は――


 “残るか、残らないか”


 それだけだった。




 ◇



 今も俺は、その喜平を身につけている。


 でも時々。


 無意識に、指輪の形をした幻を、

 指先でなぞってしまう。


 たぶんそれが。


 俺にとっての、ばーちゃんの遺産なんだと思う。




 なお、今の俺は――



 金価格が上がるたびに複雑な顔をしている。



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― 新着の感想 ―
お婆ちゃんの声が聴こえた場面が、特に印象に残ります。 資産として形見を見つつも、そこにお婆ちゃんの気持ちやら何やらが乗っかって、金の重さ以上の『重さ』を、感じているのだなぁと感じました。 繊細な心…
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