「ばーちゃんも喜ぶやろ」で形見を溶かした俺の話
ばーちゃんが死んだ。
九十二歳だった。
いわゆる、大往生ってやつだ。
親戚たちはみんな、
「よう生きたわ」
「最後までしっかりしてたな」
とか言っていた。
でも、俺の中では違う。
あの人は――
“実家のラスボス”だった。
戦争経験済み。
腰が終わってるのに毎日畑に出る。
病院の医者より薬の名前に詳しい。
オレオレ詐欺を二分で孫扱いし、最終的に泣かせる。
生存戦略だけ異様にカンストした老婆だった。
そんなばーちゃんの遺品整理は、
思ったより雑に進んだ。
「欲しいもんあったら、持って帰り」
もう大事なものは、
だいたい分け終わった後だった。
仏壇の引き出しをガサガサしていたら、
小さな金の指輪が出てきた。
K24。
昭和の女が好きそうな、
やたら分厚くて、妙にギラついたデザイン。
今つけたら、
反社かパチ屋のオーナーにしか見えない。
でも、持った瞬間――
ズシッ、と重かった。
小さいくせに、
やたら存在感がある。
そのとき、俺は思った。
「これ、喜平にしよう」
ちょうどその頃、YouTubeで、
『金価格高騰!』
『資産としての純金!』
みたいな動画を見まくっていた。
完全に脳が“金”に寄ってた。
傷だらけやし、
ぼろぼろやし、
くすんでるし。
こんなん、
資産価値しかないしな。
せっかくなら、
オシャレでつけられるやつにしたほうが、
ばーちゃんも喜ぶやろ。
……そう思った。
ばーちゃんの金を、“今の俺”にアップデートする。
進化。
そう、ポケモンみたいなもんだ。
◇
貴金属店の兄ちゃんは、歯がやたら白かった。
「リメイクですね〜。喜平にするなら、一回溶かしますね!」
――え?
溶かす?
いや待って。
“加工”じゃなく?
溶解???
いや、理屈ではわかる。
指輪がそのまま、
にゅるん、とブレスレットに変形するわけがない。
俺もそこまで、
現実を『鋼の錬金術師』だと思って生きてはいない。
……いや、ちょっと思っていたかもしれない。
イメージとしては、
RPGの鍛冶屋だった。
素材を渡す。
奥でカンカンやる。
数日後、上位装備が完成する。
そういうやつ。
でも現実は、もっと容赦なかった。
一回、溶かす。
完全に、ドロドロにする。
いや怖。
しかも、指輪だけでは少し足りないらしい。
足りない分は、金を足すことになった。
『それ、“ばーちゃんの形見”というより、
“ばーちゃん風味”では?』
脳内のコンプライアンス部門が、
だいぶ強めに警鐘を鳴らしていた。
でも、もう後には引けない。
俺は頷いた。
大人だから。
◇
でも、家に帰ってから妙に気になった。
あの指輪、今ごろもう、
指輪じゃなくなってるんかな、と。
そう思った瞬間、急に胸がザワついた。
そして、確かに聞こえた気がした。
『あんた、ほんまにそれでええんか?』
ばーちゃんの声だった。
正直、心臓がキュッとなった。
でも、見なかったことにした。
大人だから。
◇
数週間後。
完成したブレスレットを見た瞬間、
俺は普通にテンションが上がった。
いや、めちゃくちゃカッコよかったのだ。
ギラッギラ。まばゆい。キングオブ金。
圧倒的“金”。
もう、
『資産です』
って顔してる。
防御力より換金率が高そうな装備だった。
腕につけた瞬間、
ちょっとだけ強くなった気がした。
でも同時に、気づいてしまった。
――これは、“遺品”じゃない。
完全に、“金塊”だ。
ばーちゃんの指輪にあった、
細かい傷。
歪み。
赤ん坊の頃の俺が噛んだ歯形。
そういうものが、全部消えていた。
ぐつぐつ煮込まれて、
跡形もなく。
つまり俺は、
ばーちゃんの“時間”ごと溶かしたのだ。
◇
法事の帰り。
親戚たちも帰って、
実家は急に静かになっていた。
縁側でお茶をすすっていたとき、
母が何気なく言った。
「そういや、ばーちゃんの指輪、どこいったん?」
軽い声だった。
世間話みたいに。
でも、その瞬間。
俺の脳内で警報が鳴った。
やばい。
言ってなかったっけ?
いやでも俺の物やし……。
でも母にとっては、“母の母の形見”やし……。
しかももう、溶けてる。
やっっっっちまった。
俺は必死で答えた。
「あっ……あれな。リメイクした。ブレスレットに。喜平で」
なぜ最後に“喜平で”を付け足したのかは、自分でも謎だった。
母は三秒ほど黙った。
そして、湯呑みを見つめたまま言った。
「そうなん……。
ばーちゃん、あんたのこと好きやったもんね。
喜ぶ……かもしれんな」
その“かもしれんな”が、
思ったより深く刺さった。
怒られた方が、まだ楽だった。
このときの俺は、だいたいこんな感じだった。
罪悪感、60%
安堵、10%
残りは、手首の金属疲労。
ブレスレットの重さは、
体感二百キロになっていた。
風が縁側を抜けていく音だけが、
やけに遠かった。
◇
帰り道。
首をうなだれて歩きながら、
ふと思った。
あれは、“金”じゃなかった。
“思い出”だったんだ。
ばーちゃんが生きてきた時間。
誰にも見えないくらい小さな傷跡。
その全部を、俺は溶かしてしまった。
帰宅してから、ふと思い出した。
昔、母が言っていた言葉を。
「その指輪な。
じいちゃんが、初任給で買ったやつなんやで」
その瞬間。
俺は、喜平をつけたまま泣いた。
声は出なかった。
玄関の電球だけが、ぼんやり滲んで見えた。
金は、形を変えられる。
でも。
形にしか宿らないものがある。
喜平としては完璧だった。
けど、あの指輪にしか残っていなかった何かは、
もう戻らない。
使うか、残すかじゃなかった。
問題は――
“残るか、残らないか”
それだけだった。
◇
今も俺は、その喜平を身につけている。
でも時々。
無意識に、指輪の形をした幻を、
指先でなぞってしまう。
たぶんそれが。
俺にとっての、ばーちゃんの遺産なんだと思う。
なお、今の俺は――
金価格が上がるたびに複雑な顔をしている。




