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03「話し合いの顛末」

「それでグレン、何か言い訳はある?」


 重苦しい雰囲気の中、最初に口を開いたのはアリーナだった。


 その口調は冷淡で、みなまで言わずとも分かる筈。そんな含みが見える。


「えっと……これは……」


 一方、グレンの口調は歯切れが悪い。バツが悪そうに眉を下げ泣きそうな顔で下を向く。


(情けない男ね。自分がした事でしょ)


 この男はなんて情けないのか。

 

 今まで優しいと思っていた目の前の男は、ただの臆病者だったのだと、アリーナは自分まで情けなってくる気持ちだった。


「自分がした事でしょ! ハッキリ言いなさいよ!」


 バコンッッ!!!!


 我慢出来なかったアリーナが、思わずテーブルを叩く。


「ひっ……」


 すくみ上がるグレンに対して、横に座ったミレナは微動だにしない。こういう時に肝が据わっている女は、完全に覚悟が決まっている。


「アリーナ、あなたが怒る気持ちは分かる。でも、グレンを責めないで。これは、私のせいでもあるのだから」


 じゃあ、あんたを殴ってやろうか。そんな気持ちでグッと拳を握りしめたアリーナだが、ふと冷静になる。


(私、こんな男のために人生を捧げようとしてたの?)


 一旦冷静になると、今まで高まっていた怒りと熱がどんどん下がっていく。


 今まで仲良くやっていた光景が如何に仮初めだったかと気づき「ふっ」という、乾いた笑いがアリーナから溢れる。


「ミレナは少し黙っててくれる? グレン、ミレナは妊娠してるそうよ」

「そ、それは本当なのかいミレナ!?」


 グレンはクルッと、ミレナに振り返り手を取る。


(教えたのは私なんですけど……)


「黙っていてごめんなさい。私、この子を産みたい! あなたとの愛の結晶を!」

「ミレナ……」


 完全に二人の世界に入ってしまったグレンとミレナ。それを見せられたアリーナは、呆れを通り越して疲れさえ感じていた。


「それで、どうする気なの? グレン」


 早く茶番を終わらせたかったアリーナは、最終確認に入った。ここで少しでもアリーナを思う気持ちを見せればまだマシだったが、そうは問屋が下さない。


 さっきまでバツが悪そうにしていたグレンは、ミレナの妊娠を聞き、キリッとしたような顔でアリーナに向き合う。


「こんな事になってすまないアリーナ。でも、俺はミレナを愛してしまった。いや、愛している。だから、俺と別れてくれ」


(気持ち悪い……)


 キッパリ言い放ったグレンに、アリーナの愛情は完全に失われた。それどころか、目の前にいるかつて愛した男が、今では汚物のようにも思えてくる。


「なら、すぐに荷物を纏めて出て行って頂戴」


 それは当然の権利だ。ここはアリーナが父から受け継いだ大事な店。そんな大事な場所に、汚物が居座るのは我慢ならない。


「なに言ってるんだい? 俺とミレナは、ここで暮らすよ?」


 だが、返ってきた言葉は、気が狂ったようなとんでも理論。アリーナの開いた口が塞がらない。


「な、なにそれ? あなた気でも狂った? ここは私の店、別れたらあなたに居座る権利なんてないのよ」

「権利? それならあるさ」


 当然の発言をしたアリーナに、グレンは飄々とした態度で一枚の紙を出した。


「それは……」


 出された紙は、自分の筆跡で名前が書かれ、血判が押された証文だった。


「ここに書いてあるだろ? 自分の愛情がなくなったら、店を俺に譲るって」


 アリーナは頭を抱えた。

 その証文は確かに自分が書いたもの。


 新婚当初でラリっていた時期に、自分の愛を表したくて書いたものだった。


(私の馬鹿っ! なんであんなものっ!)


 当時、酔って書いた事を思い出したアリーナだったが、気づいた時には手遅れ。


 血判が押された証文は、決定的な証拠として効力を発揮する。店の権利をお上に訴えた所で、あの後悔してもしきれない証文一枚で袖にされる事は間違いない。


「これで分かった? 俺はこの店の主としてここに留まる権利があるんだ。でも、アリーナの愛情がまだ残っているというなら、一緒に暮らしても良いよ? ほら、産まれた赤ちゃんのお世話もあるし、妊娠中はミレナに負担をかけされないからね。夜も頼んだよ?」

「グレン。三人で幸せに暮らしましょうね」


 この男は何を言ってるのか。

 そして、この女はどれだけ阿保なのか。


 目の前でイチャイチャとする馬鹿二人を見つめ、アリーナは絶望に堕とされたように崩れ落ちた。


 結果、アリーナがとった行動は一つだった。


(なんで私がこんな目に……)


 沈む夕陽。くたびれた馬車と老馬。

 荷台には少しの荷物と趣味の木工用品。

 手持ちは銀貨二十枚。

 

 銀貨十枚で一月と考えても、二月凌げるぐらいの現金。


 乏しい現実と荷物。

 そして、棘が刺さったようなやさぐれた心で、アリーナは古都を宛てもなく去った。


(絶対に報いを受けさせる……)


 ズタズタになった心を支える復讐心と共にーー

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