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第5話 終焉の花ーー命を削る光

朝の森は、冷たく湿った霧に包まれていた。

 木々の間を縫うように朝露が光り、葉の一枚一枚に水滴がきらめく。

 風はほとんどなく、静寂だけが支配する中、リリアはゆっくりと歩を進めていた。

 背後でアイクの足音が規則正しく響く。

 その音に、リリアは少し安心しながらも、胸の奥で小さな不安が芽生えていた。


 その日の旅は、森の奥深く、魔力の濃い地帯を通る必要があった。

 空気は重く、湿気の匂いが濃厚で、足元の草木もどこか異様に生気を帯びている。

 鳥の鳴き声もなく、ただ霧が揺れる音だけが耳に届く。


「……リリア様、大丈夫ですか?」


 アイクの声は低く、いつも通り無愛想だが、丁寧に響いた。

 リリアは小さく頷く。

「はい、大丈夫です。……少し、霧が濃いだけですから」


 だが、その言葉に自分でも嘘が混じっていることを感じていた。

 胸の奥に、ざわつく感覚。

 聖紋の力が、いつもより強く、脈打っているのを感じる。

 その光は希望の象徴であるはずなのに、今はまるで自分の命を削る刃のように痛かった。


 突然、霧の中から黒い影が現れた。

 森の精霊でも、魔獣でもない。

 まるで闇そのものが形を得たかのような存在――魔力の濃度が空気を震わせる。


「リリア様、気をつけてください!」

 アイクの声に反応し、彼女は手にした杖を握りしめる。

 だが、体は少し震えていた。

 心臓の鼓動が耳に響く。

 ――怖い。

 恐怖ではなく、命が尽きるかもしれない――その現実が、押し寄せる波のように胸を締め付ける。


 影が近づく。

 リリアは祈りを唱え、聖紋を光らせた。

 だが、いつもより光が鈍く、彼女の体に強い痛みが走る。

 膝が崩れそうになるのを、必死に踏みとどめる。


「……リリア様、後ろに!」

 アイクが剣を振り上げ、影を押し留める。

 冷たい金属の重みと彼の手の力強さに、リリアは少し安心した。

 しかし、体の奥に走る痛みは消えない。

 命が確かに、少しずつ削られているのを感じる――。


 光と闇が交錯する中、リリアは息を荒げ、涙が頬を伝う。

 しかし、目の前の影を見据え、彼女は言葉を紡ぐ。

「……まだ、諦めません!」


 その声と共に、聖紋が強く光り、影を押し返す。

 しかしその代償として、リリアの体から力が抜ける。

 膝が崩れ、森の湿った土にひざまずく。


 アイクは即座に駆け寄り、彼女を支える。

「リリア様、大丈夫ですか? しっかりしてください!」

 無愛想ながらも、必死な口調が響く。

 彼の灰青の瞳に、初めて焦りが見える。

 普段は冷静な彼が、初めて“感情を押し隠せない”姿を見せていた。


 リリアは弱々しく微笑む。

「……大丈夫です。……ただ、少し、力を使いすぎただけです」

 けれどその笑顔は、微かに震えていた。


 アイクは抱え込むようにして、彼女を立たせる。

「無理をしてはいけません。リリア様の命は、そんなに軽くありません」

 その言葉に、リリアは涙をこぼしながらも小さく頷いた。

 ――怖くても、泣いても、誰かがそばにいてくれる。

 それだけで、強くなれる気がする。


 霧が少しずつ晴れ、森の空気が柔らかさを取り戻す。

 焚き火を思わせる夕陽の光が、二人の上に差し込み、影を長く伸ばした。

 リリアはアイクの腕にしっかりとつかまり、微かに笑う。

 その笑顔は、今日という一日の苦しみをすべて包み込み、未来への小さな希望のようだった。


 アイクは無言で、彼女をしっかりと支え続ける。

 無愛想な表情の奥で、胸の奥に何か熱い感情が芽生えているのを、彼自身も感じていた。


 森の中、静かな光がふたりを照らす。

 言葉は少なくとも、互いの存在が、確かな力となって心を満たす夜だった。


 リリアの命は削られたが、確かに、二人の絆は深まっていた。

 そして、淡い恋の種は、苦難の中で、さらに強く育ち始めていた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

第5話では、リリアの命の危機と、アイクが彼女を支える姿を描きました。

無愛想ながらも丁寧なアイクと、限られた命の中で生きるリリアの絆は、少しずつ深まっています。


次回、第6話「永遠の祈り」では、物語のクライマックスに向けて、二人の想いと命の選択が交錯します。

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