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第2話 騎士との出会いーー灰の風の中で

王都を離れる朝は、思いのほか静かだった。

 夜明け前の空はまだ薄墨色に沈み、塔の先で一番星が名残惜しそうに瞬いている。

 冷たい風が聖堂の庭を抜け、白い花弁をさらっていった。

 その花は“追憶草”と呼ばれる――誰かを想う心が強ければ強いほど、香りが深くなる不思議な花。


 リリアはその小さな花を一輪だけ摘み、掌にそっと包んだ。

 その花の柔らかさは、まるで過ぎゆく季節の名残のように儚かった。


 旅支度を整えた彼女の姿は、聖女というよりも、どこか普通の少女のようにも見えた。

 長い金髪を背に流し、淡い白の法衣を外套の下に纏っている。

 その手には杖ではなく、古びた祈りの書――彼女がずっと抱えてきた“自分の小さな希望”があった。


「――リリア・アルフェリア様ですね」


 その声は、背後から低く響いた。

 朝靄の中、振り返ったリリアの視界に、一人の男の姿が浮かぶ。


 彼は長身で、灰色の外套を羽織り、腰には鈍色の剣。

 風に揺れる黒髪と、鋭くも澄んだ灰青の瞳。

 陽光の中では少し冷たく見えるが、その立ち姿には確かな誇りが宿っていた。


「王国騎士団より派遣されました。アイク・ヴェルハルトです。

 あなたの護衛任務を――本日より拝命しております」


 形式的な言葉だった。

 けれど、その声は不思議な温度を帯びていた。

 無愛想に見えて、どこかに人間らしい誠実さが滲んでいる。


「……護衛、ですか」

「はい。王命により、聖女リリア様の旅路の安全を確保せよとの指示です」


 リリアは、ほんの少しだけ微笑んだ。

 けれどその笑みは、どこか影を帯びている。


「ありがとうございます。ですが、危険な旅になると思います。

 ……私は、あまり長くは生きられませんから」


 告げた瞬間、アイクの瞳が一瞬だけ揺れた。

 けれど彼はすぐに視線を戻し、淡々と答える。


「それでも、護衛は護衛です。

 命の長さに関わらず、任務は変わりません」


 その言葉に、リリアは息を呑んだ。

 慰めも、同情もない。

 ただまっすぐに、彼女の存在を「ひとりの人間」として見ていた。


 そのまなざしに、胸の奥がわずかに熱くなる。

 彼にとって自分は、特別な“聖女”ではなく――ただの“リリア”として見えているのかもしれない。

 そう思うと、なぜだか少しだけ心が軽くなった。


 冷たい風が吹き抜ける。

 追憶草の花弁が、ふたりの間をひらりと舞い、遠くへ飛んでいった。

 空はゆっくりと明るくなり、東の地平線が黄金色に染まり始める。


「行きましょう」

 アイクが静かに言う。

 その背中は、迷いがなく、まっすぐで。

 リリアはその背中を見つめながら、小さく頷いた。


「……はい」


 その一歩が、彼女の“最期の旅”の始まりだった。

 命が燃え尽きるその日までに、彼女は何を見て、何を残すのか。

 そして、この灰色の騎士に、何を伝えられるのか――


 まだ誰も知らない。

 けれど確かに、この朝の風の中に、淡い恋の種がひとつ、芽吹いていた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

無愛想な騎士・アイクと、命の限りを知る聖女・リリア。

対照的な二人の旅が、ここから始まります。


次回、第3話「小さな奇跡」では、リリアが初めて“誰かを救う瞬間”が描かれます。

静かな優しさと、彼女の心の変化をぜひ見届けてください。

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