第1話 プロローグーー光の果てで
世界は、祈りの光に満ちていた。
王都の空を包む白金の結界は、穏やかな風とともに光を散らし、人々はそれを「祝福」と呼んだ。
けれど、その祝福は――ある者にとって、緩やかな呪いでもあった。
聖堂の片隅。
冷たい大理石の床に、陽光が淡くこぼれている。
祈りの鐘が遠くで鳴り、静寂の中に金の粒が舞うように、リリアの頬を撫でた。
薄く透けるような金髪が光を受け、彼女の姿はまるで朝の幻のようだった。
「……長くてもあと約一年、です。」
告げられた言葉は、胸の奥で何度も反響した。
淡々とした医師の声。けれど、そこには言葉では表せない哀しみが滲んでいた。
リリアはゆっくりとまぶたを閉じ、静かに息を吐く。
「わかりました。……それなら、残された一年で、この世界に何かを残せるでしょうか」
唇からこぼれた声は、あまりにも穏やかで。
けれどその裏に、強く、静かな決意があった。
医師は答えられず、ただ彼女の瞳を見つめていた。
その瞳は光のように澄んでいて――どこか、燃えるような哀しみを秘めていた。
リリアは、ゆっくりと窓のほうへ歩み寄る。
聖堂の大窓からは、王都の街並みが見渡せた。
石畳の道を行き交う人々の笑顔、遠くに見える王城の塔、鐘楼に止まる白い鳥。
すべてがいつも通りで、すべてが愛おしかった。
彼女の掌には、金色の紋章――聖紋が淡く光っている。
それは世界を癒す力の源。
けれど同時に、彼女の命を少しずつ削る印。
祈るたびに、その紋は光を増し、そしてリリアの心臓はひとつ命を削る。
それでも彼女は祈りを止めなかった。
誰かの痛みを癒やせるなら、自分の痛みなどどうでもいいと思っていた。
風が吹き抜け、窓辺のカーテンが揺れる。
リリアは手を伸ばした。
朝の光が指先に触れ、まるで暖かな羽が降りかかるように包み込む。
けれどその優しさが、どこか痛かった。
「ねえ、神様。
もし私がこの世界を去るとき、
誰かが、私のことを思い出してくれるような……そんな生き方が、したいです」
その声は、祈りというよりも願いに近かった。
幼い頃から教えられてきた形式的な言葉ではなく、初めて自分の心から紡いだ言葉。
誰にも届かなくてもいい。
けれど、誰か一人でも、どこかで覚えていてくれるなら――それだけで、生きてきた意味になる気がした。
光が満ちる聖堂の中で、彼女はそっと微笑んだ。
それは、終わりを知った人の微笑ではなく、これから始まる物語を見据える人の微笑。
静かな風が金の髪を揺らし、遠くで鐘の音が響く。
その瞬間、世界のどこかで、一人の騎士が目を覚ました。
運命の歯車が、音もなく動き出す。
リリアはまだ知らない。
この一年の旅の果てに、自らが伝説と呼ばれる存在になることを――。
そして、ひとりの騎士に恋をすることを。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
この物語は、余命を宣告された少女が“生きた証”を探して歩む一年の旅。
そして、その中で芽生える淡く切ない恋の物語です。
長くて後約一年。それはあくまでも、力を使わず大人しく暮らしていればの話……
この物語は、全6話+番外編で完結となります。
どうぞお楽しみに。




